後日談 義妹アイドル見参①
4月下旬のお話です。
以前、冬休み明けに初めて結と手を繋いで登校した時は、学園中が騒然としていた。
周囲の生徒たちは笑顔でウキウキな結を見て微笑み、そして隣にいた俺を見てキッと睨む。今にもいじめが始まるんじゃないかと怖くなったぐらいだ。
結とクラスは違っても、昼休みも放課後もいつも一緒だ。彼女は人目を憚らずにぎゅうっと抱きしめたり、キスを求めたりする。そんな結が愛おしいが、周りの視線が鋭すぎて欲望を抑えながら生活していた。
では、今回はどうだろう。
朝早くに結と家を出る前、まず七海ちゃんが雛白家にやってくる。そしてそのまま3人で登校するのだ。
少し見ない間に、七海ちゃんの見た目は大きく変わっていた。
いや、そもそも俺が七海ちゃんの家に居候していた時は会話もほとんどなく、顔を合わせる機会が少なかったので覚えていないのもある。彼女は食事も入浴も時間がばらばらで、俺からすれば家に居るのかどうかすら分からなかったのだ。
そんな七海ちゃんが自分の部屋で何をしていたかと言うと、まさかのアイドル配信ごっこだった。今となっては『ごっこ』は失礼か。彼女はその配信でプロデューサーの目に留まり、本物のアイドルになってしまったという。
こうして見ると、確かにアイドルと言われても違和感を感じない程にキラキラしている。元々地毛の色素が薄く、赤みがかった髪に知的で甘い顔。妹みたいな存在なのに姉にも見える。
そして七海ちゃんは、学園でもアイドルである事を隠そうともしない。俺の親戚だと堂々と公言し、結と同じように人目を憚らず密着する。俺が二股をかけていると噂されるぐらいに。
そんな彼女と結が俺を挟み、登校している。
桜が散った4月の終わりでも、それは続いていた。
「? どうしましたか、兄さん?」
「いや、大きくなったなぁと思って」
「私はそんなに変わってませんよ。兄さんこそ、少し背が伸びましたね」
そう言って俺にグッと体を近づけ、身長を比べ始める。
「ち、ちょっと七海さん!?」
「何ですか、ただの兄妹のスキンシップですよ?」
七海ちゃんがニヤっと笑った。
結と話す時は、言葉にトゲがある気がする。
「そういえば兄さん、『トリンスハイツ』の新作写真集は見ましたか? 私、兄さんの好きな青色の水着を着たんですよ。胸が大きくなったと思いませんか?」
「あー、そうだったのか。でも七海ちゃん、若いのに露出しすぎじゃないか?」
「若いって、兄さんと一つ違いじゃないですか。結構おじさん臭い事を言いますね……」
「え……そんな馬鹿な……」
あれ、意外とダメージがデカい。
写真集とかよく分からないしな!
「蒼くんの言う通りですよ! あの写真集は持田さんに押し付けましょう!」
「それは七海ちゃんが可哀想だろ。あいつ紙に穴が空くまでペロペロ舐めるぞ」
「うわぁ……それ茜さんに報告してもいいですか?」
「やめてあげて」
持田と葛西さんは、付き合い始めた事を俺達に報告してきた。
持田がWebに投稿した告白ポエムの感想欄に、葛西さんがOKのポエムを書いたのだ。そこから祝福のブックマークと評価ポイントが入り、二人はポエマーカップルとしてランキングに載ったらしい。
未だにWeb上で愛を告げ合うというラブラブっぷりだ。結と二人で見てみたが、ムズかゆくて最後まで読めなかった。
「――やっぱり、視線を感じるな」
早朝の駅のホームは人が少ない。だが七海ちゃんは有名人だからか、時折声を掛けられたり、サラリーマンに見られ続けたりしていた。
「……すみません、兄さん」
「大丈夫ですよ七海さん。私達がいますからね」
「ありがとうございます、結さん」
結も自分の事があってか同情的だ。
本当に、生きていくのが大変なんだろう。
「事務所は何も言わないの? 学校には車で行けとか、ボディーガードを付けろとか」
「ふふ、兄さん。アイドルなんて山ほどいるんですよ。私一人にそこまでしていたら事務所が大変です。登校時には兄達に守ってもらっていますと伝えたら、プロデューサーも安心してましたね」
「そっか、責任重大だな」
「そうです、だから離れないようにして下さい」
そう言うと、七海ちゃんが腕を掴んできた。
「ななな七海さん!」
すかさず結が七海ちゃんと俺の間に割って入り、七海ちゃんを引き剥がす。その流れで俺の腕をぎゅっと掴んだ。
「ふぅ……油断も隙もありませんね」
「私と兄さんは、ごく普通の兄妹ですよ?」
「普通の兄妹はこんなに密着しません!」
確かに、七海ちゃんがこんなに甘えん坊だったのかと、俺も驚いた。
学園に到着すると、今度は七海ちゃん待ちをしていた生徒が話しかけてくる。既にファンサロンも存在し、持田曰く結以上の注目度があるらしい。男女問わず、七海ちゃんは人気があった。
「し、時雨七海さん! 写真集にサイン貰ってもいいですか!?」
「一緒に写真撮って欲しいです!!」
「すみません、写真は事務所からNGなのでサインならいいですよー!」
こんな風に声を掛けてくる生徒を無下にすることも無く、校門で俺達と別れてからの七海ちゃんは、授業が始まるまでファンサービスに徹していた。根が真面目で優しく、誰に対しても粗末な対応はしない。その点は結と似ていると思う。七海ちゃんの周囲には常に人がいた。
それにしても、先程の甘えた様子とは別人のようだ。
ONとOFFがはっきりしている。
「これが時雨七海かぁ……遠い世界の人みたいだな」
「……凄いですね、七海さんは」
「俺たちも頑張らないと」
「そうですね。では生徒会室に行きますね」
「おう、また昼ね」
結は一度周囲を見回し、誰にも見られていないのを確認した。
そして目を閉じ、キスを求めた。
結に顔を近づけ、お互いの唇を唇に押し付ける。
「……ん……はぁ……えへへ」
数秒のキスで、結がとろける。
にへぇっと笑い、手を振って去って行った。
可愛いなぁ。
――
「おい蒼、サインくれよ」
「いいよ、どこに書けばいい?」
「ちげーよ、時雨七海しゃんのだよ」
「何だよ。葛西さんは何も言わないのか?」
「その茜から頼まれた」
葛西さんもアイドル好きだったか。持田と趣向が似ている、というかほぼ同じだから妙に納得がいく。
「今、世間の『トリンスハイツ』時雨七海ムーブメントは凄いぞ。お前ちゃんと昨日の配信は見たか?」
「見てないな」
「蒼のバカ! お前は一応兄ちゃん何だから妹の晴れ姿ぐらい見ろよ!!」
「それで、何をやってたんだ?」
「それがよぉ、水着で写真集のPRしてたポヨ~」
持田の鼻の下が伸びた。下心が無いのは分かっているが、七海ちゃんがそういう目で見られているのは何だか落ち着かない。
「意外と胸が大きいんだポヨ~」
「そうか」
「水菓子学園の紹介もあったぞ。特待生で入学できたのはお兄ちゃんのおかげっつってたな」
「……本人が努力したんだよ」
彼女は俺がいるからここを選んだ訳では無かった。
七海ちゃんは、あの家から出たがっていたのだ。
叔父さんも叔母さんも、七海ちゃんがアイドルになる事を許さなかった。だから彼女は必死で勉強し、水菓子学園にやって来た。
当初、七海ちゃんは俺の実家に一緒に住むつもりだったらしい。だが実家が売却されてしまい、やむなく近所のアパートを借りる事となった。大学生たちが多く住む、雛白家のすぐ近くのアパートだ。
実家を売ったのは俺だ。これについては、結も申し訳なさを感じていた。新進気鋭の女子高生アイドルが一人暮らしをしているのだ。
結も葉月さんも、俺の親戚なら雛白家に住んでいいといってくれた。だが七海ちゃんは「さすがに結さん達に申し訳ないですよ」と言い、今の家で十分だと頑なに断り続けている。
「そのうち蒼に取材も来るんじゃねぇか。あんなイチャイチャしながら登校してたら、仲睦まじい兄妹ってネタになるからな。雛白さんと七海しゃんとムホホ」
「何でムホホなんだよ」
「お前が路上で雛白さんとチュッチュしてるからだよ」
「ぶっ!!」
「七海ちゃんだけに視線が行くと思っていたら大間違いだぞ蒼。雛白結ファンサロンは今も健在だ。俺たちはこれからもお前をパパラッチし続ける」
「やめろ、本当にやめろ!」
最悪だ。
まったく気が付かなかった……。
「そう気を落とすなよ蒼、後で写真を何枚かやるから」
「……釈然としないけど貰うわ」
――
放課後。
いつものように図書室へとやって来た。
常連では無い、新入生らしき人物がぽつぽつと見受けられる。そんな彼らが俺を一瞥し、会釈する。時雨七海の兄のようだからといって、俺が特別な訳では無いのに。
結は生徒会だったようで、少し遅れてやって来た。
「七海ちゃんは帰ったんですか?」
「あぁ。今日も仕事だってさ。校門まで迎えが来てたよ」
「そうですか……」
俺は、昔の記憶が少しだけ過っていた。
「今日も家に帰るのは遅いんだろうな」
俺の母さんは俳優だった。
今の七海ちゃんの状況と少し似ている。
そして七海ちゃんは女子高生で一人暮らし。
彼女を襲おうという輩がいても、おかしくはない状況だ。
考えすぎかもしれない。
だけど、落ち着かない。
同じ事を繰り返したくはなかった。
「結。七海ちゃんの事でお願いがあるんだけど」
「ふふ、私もそう思ってました」
「……いいのか?」
「もちろんです。修一も喜びますよ」
何をするか言っていないが、同じことを考えていたようだ。
「ありがとう、結」
「私は、未来のお姉さんですからね」
②は明日投稿します。
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マイペースな魔女と喋る猫が、蓼科の別荘で現実逃避するお話です。
見少女とは全く違った作品ですが、下記にリンクがあるので、よかったら見てやってください。




