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55 母と娘の間に見えたもの



 12月は、あっという間に通り過ぎて行った。



 まず、学園から出された冬休みの課題は二人ですぐに終わらせた。停学に関しての反省文も無く、宿題の量も皆と同じだった。


 あとは年の瀬に向けての大掃除と、身の回りの整理だ。貯金が増えて私物が買えるようになったので、足りない物資を揃えたかった。といっても欲しいのは大した物ではなく、ほつれていた下着を買い替えたり、穴の開いたシャツや服を買い替えたりだ。



 それも含めて、結と小春ちゃんと共に、結の目当てだった福袋を買いに街中へと出かけた。


「蒼くん……福袋、全部売り切れでした」

「えぇ、正月でもないのに?」

「最近の福袋は早いんですよ。それに予約が必要だったみたいです。先週で予約分が完売してたらしくて、全く気が付きませんでした」


 そう言ってしょんぼりとする結を他所に、小春ちゃんは物欲しそうにショーウィンドウを眺めていた。


「蒼おじさん、私ここに来るとシュークリーム食べたくなっちゃうなぁ」


 小春ちゃんは、こうして欲しい物を相手に言わせようとする癖がある。


「へぇ、そうか。んじゃ帰るか」

「――――――買って欲しいの!!」

「素直じゃない刑事め」


 そして結はというと、小春ちゃんの我儘でも自分に利益があるものは制止しようとしない。その証拠に、結は少し焦った様子で目を泳がせていた。


「し、仕方ないですねぇ小春は」


 落ち込んでいたはずが、一瞬で元気になった。

 こういう所が可愛い。



 そう思わないか、澪、志乃さん?



 ……。



 クリスマスイブから、澪と志乃さんは現れていない。脳内で声を掛けても返事しないのはたまにあったが、呼びたい時にこれだけ現れないのは初めてだった。



――



 今日は元旦。


 新年を迎えたが、相変わらず雛白家への来客は無い。普段から電話も鳴らずに、まるで外の世界とは断絶されているようだ。


 近衛家の事情はいまだに詳しくは教えられていないが、これも杏奈さんが結を守るために行ったものかもしれない。



「明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとうございます、蒼くん」


 今日は早めに起きたつもりだったが、既にキッチンではエプロン姿の結がおせち料理を詰め始めていた。黒豆、筑前煮、きんぴらごぼう。どれも手が込んでいて美味しそうだ。


 何よりも好きな人が作ったおせち料理。

 こんな幸せは他に無い。



「公園の掃除をしてくるよ」

「蒼くん、正月ぐらいはゆっくり休んでいてもいいのではないですか?」

「これは習慣だからな、やらないと気が狂い始めて踊りだす」

「ふふ、分かりました。では8時には帰ってきてくださいね」

「分かった。行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


 そしてお玉を持った結がトトトと近づいて来て、目を閉じて唇を付き出して来た。このキス待ちの顔は永遠に見ていたい程に可愛い。


 結と、いつもの甘い口付けを交わす。

 キスの時間は、日に日に増えている。


「――ん……うふふ……へへ」


 結はふにゃぁっとした顔になり、両手を頬に当ててウキウキでキッチンへと戻って行った。


 こんな幸せは他に無い。




 そうしていつものように掃除をし、予定通り8時に帰宅した。すると、玄関に見覚えのある黒塗りの車が停車していた。


 あれは、もしや――。


「お、久しぶりだね望月君」


 車に近付くと、杏奈さんが訪ねて来た時にいた側近の男性SPが話しかけて来た。


「お久しぶりです。何かあったんですか?」

「はっはっは、何もないよ。正月に母親が娘に会いに来ただけだからね。さぁ望月君。修羅場になる前にあの状況を何とかしておくれ」

「不穏な事を言わないで下さい」


 玄関では、杏奈さんを睨むように腕を組んだ葉月さんが立っていた。ピリピリとした空気が既に修羅場感を物語っている。



「…………」

「…………」


 葉月さんは、杏奈さんをじっと睨んでいる。

 気まずい沈黙が玄関を覆っていた。


「葉月、ごめんなさ……」

「お帰りなさい、お母さん!!」


 満面の笑みの結が現れ、杏奈さんに飛びついた。予想外の出来事に、杏奈さんも慌てた様子で少し苦笑いになっていた。


「……ただいま、結」

「朝ご飯は食べましたか? 時間は大丈夫なんですか?」

「えぇ。まだ食べてないから、頂こうかしら」

「ふふ、嬉しいです! 葉月さんもいいですよね?」


 葉月さんも目が丸くなっている。


 ……あぁ、結は気付いていたのか。

 二人のこの沈んだ空気を。


 流石の葉月さんも絆されてしまっていた。


「もちろん。お入りください、杏奈さん」

「ふふ、やった。久しぶりですねお母さん」

「えぇ……本当にね」



――



 結と杏奈さんが最後に顔を合わせたのは去年の3月。結が雛白家に入る直前だ。


 小春ちゃんと修一君に至っては、杏奈さんと会うのはまだ数回だそうだ。二人とも少し緊張しているのか、いつもの元気もなく椅子に座っている。



 目の前のダイニングテーブルには豪華なおせち料理が並んでいた。重箱が4つ、結は余るぐらいで多めに作ったらしいが、こうやって見ると凄い量だ。


「お母さん、これ私が作ったんですよ。あ、この筑前煮も自信がありますから」

「わ、分かったわ。ありがとう結」


 結は興奮冷めやらぬ様子で杏奈さんに取り分け始めた。山盛りになっていく取り皿に杏奈さんはたじたじになっている。



「そういえば、お父さん達はどうしているのですか?」

「皆忙しくてね、ここ最近は連絡も取って無いわ」


 おせちを食べながらそう話す。


「それに比べていいわね結は。愛する人と同居しているんですもの。もう妊娠したの?」

「おおおおお母さん!?」

「冗談よ、この様子じゃ当分生娘ね」


 正月から飛ばすなぁ。


「……ごめんねぇ小春、修一。この杏奈さんという人は奇天烈で支離滅裂なのよ。小春、後で逮捕していいわよ」

「葉月、あなたどういう教育してるの?」

「修一にはゾンビゲームをやらせて、小春は刑事ドラマ漬けにされていますよ」


 結がそう言うと、杏奈さんは目を丸くした。



 そして、笑った。



「ふ……ふふふ、昔から変わらないわね、葉月は」

「昔からそんなヤバい感じだったんですか」

「えぇ。大学では大学生らしからぬエグい事をしてたわね。確かあれは、教育実習で小学校に行った時……」

「杏奈さぁん!? ほら小春、修一、あっちで正月特番を見に行きましょうね!」


 まだ食べたそうにしていた二人を捕獲し、3人はそのまま部屋を出て行った。それを見た杏奈さんは、したり顔になっている。


「俺は続きを聞きたいですよ」

「私もですお母さん」

「……あなた達、似てるわね」


 そうして杏奈さんは「ナイショよ?」と言って葉月さんの昔話をしてくれた。



 嬉しそうに話す杏奈さんと、それを嬉しそうに聞く結。


 何が切っ掛けで今日ここに来たのかは分からないが、杏奈さんは後ろめたいものがあって結との接触を避けていた。だが目の前にいる二人は、どこにでもいるような仲の良い母と娘にしか見えない。



 そんな優しい風景に、あやうく正月から涙を流すところだった。多分、切っ掛けなんて何でもよかったんだ。



「あら望月君、悟ったような顔で見てるけど何かしら?」

「あ、いえ」


 家族っていいなぁと思った。だけどそれを言ってしまうと、気を遣われてこの雰囲気が壊れてしまう。


「――親子だなぁって」



 そう言うと、一瞬二人は呆気にとられたような顔をして、お互いの方に振り向いて微笑んだ。


「そんなに似ているかしら?」

「二人ともそっくりですよ」

「ふふ、嬉しいですお母さん!」


 結は杏奈さんに抱き着いた。


「……まだまだ子供ね」

「子は一生子供ですよ、親も一生親らしいです」


 知った風に話したが、誰かの受け売りだ。


「望月君……毎日働いているとね、たまに家族って何なのかって思う事があるわ。近衛には自己責任の仕事人間しかいないから、愛の溢れる穏やかな景色というものは無いの。だから、結には苦しい思いをさせた」


 結の背中をさすりながらそう話す。


 幼少期の事だろうか。

 結の表情は隠れて見えないが、じっと話を聞いているように見えた。


 丁度その時、葉月さんも戻って来た。

 俺の隣に座り、静かにおせちを摘まみ始めた。


「俺は、家族の在り方って人それぞれだと思います。仕事を優先するのも社会の為なんでしょう。それも仕方のない事だと思います」



 和やかな家庭じゃなくても、皆が納得していればそれでいいと思う。


 家族って近いようで遠く、離れていても繋がっている。どこにいても電話で会話できるし、いつでも味方になってくれる。それさえ分かっていればいい。


 俺は自分の家族の優しさに包まれて生きていた事を、失ってから気が付いた。だからそれに報いたくても、その想いを外に向けるしかなかった。後悔しているのだ。



「でも、子供を納得させてからですね。これは結の母としての責務にしましょう」

「ふふ、言うわね。でも、私は望月君の母親にもなるんでしょう?」


 すると、葉月さんがムッとした。


「何か誤解をなさっているわね杏奈さん、望月君は雛白の子ですよ?」

「あら葉月、嫉妬ね」

「嫉妬しているのはどちらかしら?」

「葉月でしょう?」

「……」

「……」



 仲が良いのか悪いのか分からないな。

 再び険悪な雰囲気になるかと思ったら、突如結が吹き出した。


「ふふ、二人ともそっくりですね」

「俺もそう思った。大人って体が大きくなった子供みたいだ」

「おおおぉー、蒼くん決め台詞ですか?」

「いやこれは持田ジョークだ、ごめんなさい」


 あかん、むしろ悪口だ。

 毒されてる。



「ふふ、まぁ否定しないわ。さて……」


 杏奈さんが一呼吸おいて結に向き直った。



「結、あなた進路はどうするの?」



 先程とは打って変わって、今度は真剣な表情だ。

 今日ここに来た目的はこれだろう。



 近衛に戻るのか、雛白に残るのか。

 進路どころか、これからの人生の選択だ。


 結は杏奈さんから手を離して、少し俯きがちに口を開いた。


「――私、実はやりたい事があるんです」

「分かった、応援しているわ」


「……え?」



 予想外の二つ返事に、結は驚いていた。杏奈さんはまるで最初から答えを知っていたかのようだ。


「悪いわね、実はもうお父さんを説得してきたの。結、あなたはこれから雛白家の人間よ。近衛のしがらみは全部取り除くわ」

「ちょ、ちょっと杏奈さん、私は何も聞いてないんだけど?」


 葉月さんも初耳だったようだ。


「今言ったじゃない」

「……」

「でもね、条件が一つ」


 そう言うと、杏奈さんは俺の方を見た。


 ……嫌な予感がする。



「――望月君、あなた私の側近にならない?」

「……は?」

「まずは英語の勉強ね」



 …………んん!!?


 杏奈さんの側近の男性SPが、にやりと笑ったのが見えた。


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