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53 見ていられない光景


「相変わらず、めちゃくちゃ美味しい」


 クリスマスイブの夕食は唐揚げだった。

 出来立ての唐揚げが食卓に並び、皆で食べ始めた。


 相変わらず噛むたびに肉汁が溢れ出る。

 肉汁を注入しているのか?



「あーんしましょうか?」

「ありがとう、大丈夫。結は可愛い」

「もう、蒼くん食事中ですよ。ふふ」


 結が俺に密着してくる。

 そして、じーーっと目を見つめてきた。



 そんなやり取りを他所に、前に座る葉月さん達3人は無言で食べ続けていた。


 それを見て冷静になる。


 俺達は一体何をしているんだ?



「……葉月さんすみません。俺と結は油断するとすぐにこうなってしまうんです。今、ちょっとおかしいんですよ」

「あらいいのよ。どうせ若いうちだけだし」

「お、お母さん怖い!」


 ほんと昼ドラみたいな人だ。


 結も元に戻って食べ始めたが、またすぐに気が緩んで破顔してしまっていた。葉月さんに動画を撮影されているという事にも気が付かずに、突然えへっと笑い出すのだ。


 葉月さんは右手にストロング缶、左手に携帯を構えての戦闘態勢。この構図も面白い。後で動画を貰っとこう。


「ふふふ、まさかこうなるとはねぇ。良い酒の肴になるわぁ」


 葉月さんの女豹のようなギラついた目つきに殺気を感じたので、俺はささっと食べて後片付けを始めた。料理は結と葉月さんで行うが、食器を洗うのとその後の片付けは俺の仕事にしてもらっていたのだ。本当はもう少し手伝いをしたいが、気を遣わないでと断られていた。


 そして、葉月さんが子供達の食器を持ってやって来た。


「だめね。結さんは暫くあのままね」


 結はいつもより食事のペースが遅く、ポワポワとしていて心ここに在らずだ。時々笑っている姿が俺のせいだと考えると、愛おしくなる。



「俺のせいで何かすみません。にへっ」

「望月君もやられてるじゃないの。でもね、望月君ー―」


 すると葉月さんはシンクに食器を置き、急に真面目な表情でこちらに振り向いた。


「結と付き合うという意味、結婚するという意味は、多分望月さんが考えている以上に大変よ?」



 多分、大事な話だ。


 葉月さんが徐々にに近づいてくる。

 お互いの顔は、ほんの僅かな距離。


 肩に手を回してくる。

 吐息が酒臭い。飲み過ぎだ。


「……ウェップ……私は二人の幸せを願っているわ。大人に左右されずに、普通に生きて行って欲しいと思ってる。でも、近衛を利用したい人が沢山いる事は望月さんもご存じでしょう?」

「はい。文化祭で沢山見ました」


 どの人物も身なりが良く、俺みたいな人間はいなかった。それは彼らの子供も同じで、顔だちもキリッとした育ちの良さそうな生徒達ばかりだった。


「将来的に近衛になるか雛白になるかは、ご家族の意向も重視しなければならない。ハイビスカスはあの子の味方だけどね。だから望月君、あなたはどんな事があろうとも、どうか結さんを支えてあげて下さいね」

「はい。一生支えるつもりです」

「心強いわね」

「葉月さんもですよ。俺にとっては葉月さんもお母さんですから」

「あら……ふふ、それは嬉しいわ」


 俺はこの人も支えていきたい。

 葉月さんは恩人で、結の育ての親なのだ。


「は、葉月さん! また蒼くんに近付いて!」

「また今度話しましょうね」

「今度じゃないです! わわ、私の蒼くんに手を出さないで下さい!」



 私の蒼くん、か。


 得も言われぬ幸福感を感じる。

 やばい、ちょっと興奮してきた。

 素数素数2、3、5、7、11……。


「ゆ、結。テーブルを拭いてきて」

「分かりました」

「ふふふ、顔が真っ赤よ望月さん?」

「ああもう葉月さん! 葉月さんもあっちに行きますよ!」


 結が女豹を引っ張っていった。


 俺、今日からこの家で住むんだよな。今更ながら、一つ屋根の下で結と一緒に暮らすという事に緊張し始めた。こんなんでやって行けるのか。修一君の方がよっぽど大人だ。



 食器を洗い終えて、テーブルを見る。

 片付けをしていた結と目が合った。


「もう終わりますよ」

「俺も終わったよ」


 葉月さん達はリビングでテレビを見ているようだ。


 今のうちに……。


 戸棚の中に隠しておいた袋を取り出す。



「結、メリークリスマス」


 結は目を丸くして固まっている。


「クリスマスプレゼントだ」

「これは……開けてもいいですか!?」

「もちろん」


 赤い紙袋に包まれた柔らかいもの。結が丁寧に開け、中からクマ柄のひざ掛けが現れた。杏奈さんに聞いた事前情報から選んだ、結が好きなタイプのクマだ。


「わぁ……ありがとうございます! でも、わ、私、何も用意してません……」

「別にいいよ」

「そんな……じゃあ今度」


 何かを言いかけた結を、両手で捕獲した。


「これ以上は十分すぎる」

「……離れたくないです」

「俺も」

「蒼くん、好きです」

「俺も好きだよ、結」


 結の甘えモードがもの凄い。

 こっちまでベロベロになってしまう。


 結の腰に手を回し、顔を近づける。

 その仕草で何をするか分かったんだろう、結はそっと目を閉じた。



「今度は、俺から――」



 そっと唇を重ねた。

 結も、強く押し付けてくる。



「――ん……はぁ……」



 唇を離し、再び結を見る。

 その顔はトロトロにとろけている。

 ほんのりと唐揚げの香りがした。



 ふと、思い出した。


「『夢から覚めたら、ちゃんと蒼くんを惚れさせてみせますから』」


 そう告げると、結はパタパタと慌てだした。


「結が俺を惚れさせるよりも、俺は結の事はもっと前から好きだったと思う」

「そ、それは無いですね。私の方が先に好きになりましたよ?」

「どうかな」

「……ふふ、どうでしょうね。だって私は」

「(どうなの、お母さん)」

「(しっ、もうちょっと見ていましょう)」



 今度は結も聞こえたようで、顔が固まった。


 葉月さんがドアの隙間からカメラをこちらに向けてパパラッチしている。その口は三日月型になって不気味に笑っている。何かさっきと同じ流れだな。


「葉月さん、後でそれ送ってください」

「いいわよ。何なら目にモザイクを掛けて動画サイトにアップしましょう」

「もう、二人とも!」


 ……いいなぁ、こういうの。


「望月君、ようこそ雛白家へ!」

「このタイミングで言うんですか葉月さん」



――



 部屋に戻り、家族の写真に手を合わす。


「今日、彼女が出来ました。俺にはもったいないぐらいに優しい人です。どうか、彼女が幸せになるように見守っていてください」


 目を開くと、写真の中で笑っている3人の顔が普段よりも厳しそうに見えた。まるで、お前にあの子を幸せにできるのかと問われているかのように。


「頑張るよ、どんな事があっても結だけは幸せにしたいんだ。澪と志乃さんも見守っていてくれ」


 俺はもっと前に進みたい。


 その先にある景色を掴みたいのだ。

 結との、温かい家族の風景を。



――――――――――



『結、好きな人が出来たようね。

 葉月が喜んでいたわ。

 彼女から聞いたんだけど、その人って小学校の頃に好きだった人なんだってね。

 二人の幸せを願っているわ。


 母親らしい事は何もしてあげれなくてごめんなさい。寂しい想いをさせてごめんなさい。また年明けには、長期で日本を離れる事になるの。

 ……上手く言えないわ。


 メリークリスマス、結。

 あなたの幸せを願っています。


 結がよければ、食事にでも行きましょう。

 その時は、素敵な旦那さんも一緒にね?

 近衛杏奈』



――――――――――


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