52 見少女と見える男
夕焼けに沈む静かな公園。
周囲には、俺と結しかいない。
木々が北風で擦れる音が聴こえる。
少しだけ冷えてきたようだ。
安っぽいランタンを膝の上に置いた。
手紙は全部で3通。
2通は俺の直筆で、1通は杏奈さんからのものだ。
「えー。ではまず始めに、俺の家族から」
『緊張するわねぇ、蒼ちゃん』
澪と志乃さんが、目の前に現れた。
そうだな、事前に書いているとはいえ緊張する。
「家族?」
「澪と、志乃さん」
2つ折りの手紙を開いて、読み上げる。
『結へ。これから蒼お兄ちゃんの事について色々な癖とかを……』
スッと手紙を閉じた。
「……やっぱり、これは10年後ぐらいにしよう」
「気になります、今読んでください!」
書いたのは俺だから、内容は分かってるんだけどな。
『結へ。
これから蒼お兄ちゃんの事について、色々な癖とかを教えよう……と思ったけど、書いてくれないので止める。
お兄ちゃんはシスコンだよ。
たまにお兄ちゃんと呼ぶと、喜ぶから!
お兄ちゃんは多分これからも一人で泣くと思う。泣き虫だからね。でも、結がいれば大丈夫。どうか、結は結らしく妹してあげて下さい。じゃあね! 望月澪』
澪らしいサッパリとした内容だ。
続きはあるが、一度手紙を折りたたむ。
しかし、顔が熱い。
『お兄ちゃんはシスコンだよ』と自分の事を書いた手紙を、自分が読み上げている。
「……ふふ。大丈夫、お兄ちゃん?」
「大丈夫じゃない。背中に汗をかいてきた」
この手紙は、深層心理の妹の独り言を具現化したものだ。どうせなら俺にしか出来ない告白を、と考えてみた結果だった。今の所、どこにもロマンチックな要素は無い。
結は俺の持っている手紙を開いた。
「まだ続きがありますよ?」
「下半分は志乃さんだな」
「ほう、私が読んでもいいですか?」
メガネがきらりと光り、髪も揺れた。
この悪戯な感じが愛らしい。
結の言う通り、自分で読むよりもダメージが少なそうだ。
「お願いしようかな」
「ふふ、任せてください」
結に手紙を渡した。
『結ちゃん。
私は望月志乃と言います。
始めまして。
蒼ちゃんを通して、いつもあなたを見ていました。
いつかお礼を言いたかったの。
蒼ちゃんを助けてくれて本当にありがとう。
いずれ私のような幻覚は消えると、お医者様は仰っています。その時に、蒼ちゃんの隣にいるのがあなたであってほしい。どうか、傍で笑ってあげてください。あなたは蒼ちゃんにとってのアイドルなんだからね? 望月志乃』
「うわあああ、これ拷問だわ……」
これが俺の深層心理。
晒し刑、心の中の晒し刑だ。
それに対して、結はニコニコだった。
「『あなたは蒼ちゃんにとってのアイドルなんだからね?』この手紙は神棚にでも飾っておきましょう」
「やめて俺が死ぬ。もうHPが無い」
「ふふ、ヒールしましょうか?」
隣に座っていた結が、更に寄りかかってきた。俺を抱き枕のようにぎゅうっと抱き締め、体のほとんどの部分がくっ付いている。
「――澪さん、志乃さん。本当にありがとうございます」
『どういたしまして、結ちゃん』
『蒼お兄ちゃんは一旦貸すだけだからね!』
すると、目の前に二人が現れた。
二人はどこか儚げで、体からは薄っすらと夕日が透けて見えていた。表情は分からないが、笑っている気がした。
少し気分が落ち着いてきた。
2つ目の手紙を取り出す。
これは、俺の言葉が綴られたものだ。結がその様子に気付いて俺から離れようとしたが、両腕で強く抱き締めて捕らえた。
「へうぅ……」
抱き締められると、結はヘロヘロになる。
「次は俺から結への言葉」
抱き締める力を弱めて、結を起こした。
今にも泣きそうな顔で、頬を赤らめていた。それでも結は、いつものようにじーーっとこちらを見つめている。ずっと変わらないな。
この手紙に書いてある文章はたった3行。
読む必要もなく、覚えている。
「結。いつもありがとう」
「ずっと、好きでした」
「付き合って下さい」
「――――――はい!」
――
結が再び体を寄せてきた。俺の腰に手を回し、彼女の耳が俺の胸に当たる。まるで心臓の音を聞かれているような格好だ。
「私もずっと好きでした」
「待たせてごめん」
「いえ、待ったかいがありました。ふふ」
顔を胸に埋めたまま、結はつぶやいた。
亜麻色の髪から良い匂いが漂ってくる。
結を安心させるように、背中を撫でた。
「『人は不快な記憶を忘れることによって防衛する』」
「え?」
「偉大なるフロイト先生がそう仰っていた。『幸福になる方法は、自分で実験してみなければ分からない』だったっけな、そうも言っていた」
フロイト先生の言葉が理解できる。俺はどこかで分かっていたんだと思う。たとえどんな結果になろうとも、自分から進んで変わるのが大切だという事を。
結が不思議そうに俺を見た。
「これでようやく、前に進めた気がするんだ」
「……これからは一緒ですよ、蒼くん?」
「もちろん。お願いするよ」
「ふふ、お願いされましたよ」
結の顔が、俺の顔の方にゆっくりと近づいてくる。
お互い、数センチの距離。
「――今度は、夢じゃありませんから」
唇が、静かに重なった。
結は目を瞑り、俺の首に手を回す。
それはほんの数秒。
だが、とても長い数秒。
甘く、優しかった。
いつまでもしていたいと思ったが、結はそっと唇を離した。夕日が亜麻色の髪を照らし出す。まるで絵のように綺麗で、息を呑んだ。
「――愛してる」
すると、ボッっと音が鳴ったかのように、結の顔があわわと慌てだした。
俺も熱い。お互いに言い慣れていないし、聞きなれない言葉だ。
……だめだ、可愛すぎる。
抱きしめたこの手を離したくない。
――そう考えていた時だった。
「(見なさい小春、ああしてお互いの幸せを確かめ合うのよ)」
「(妙ですねぇ)」
「(あそこからどうするの?)」
何かが聞こえた。結には聞こえていないようだが、俺には聞こえた。そして見えるぞ……木陰からニヤニヤとこちらを覗いている葉月さん達の姿が。
急に冷静になってきた。
「……結、葉月さんたちに見られてる」
「ええああぁっ蒼くんっ!?」
「葉月さんに告白する時は絶対に呼べと言われて、さっきメールをいれていたんだ。これが指令その2だよ」
結はガバっと離れ、頬に両手をあてた。
一瞬だけ普段の顔に戻ったと思いきや、再びえへへと笑い始めた。
「……嬉しくて、元に戻りません」
「可愛いからそのままでいいよ」
「うぅ、蒼くん……好き、好きです――」
結が、甘い声で再び抱き着いてきた。
胸にすりすりと顔を擦りつけている。
「(……もう無理、見ていられない。お母さん、突入の準備を)」
「(待ちなさい小春、もう少し泳がせましょう)」
「おじさん、もういいかな?」
「し、修一!!」
さすが修一君。
「ありがとう修一君。空気読んでくれて」
「おじさんは読めないからね。まったく、見ている方が恥ずかしかったよ。まさかシスコンだったなんて」
「最悪だ、そこから見てたのか……」
「動画もそこからよ?」
「鬼ですか葉月さん!」
「どど動画を撮ったんですか!?」
流石に驚いた。
「ごめんねぇ結さん、あなたのお母さんがどうしても見たいからって」
「お、お母さんが?」
「あ、そうだ、結のお母さんからも手紙を預かっていたんだった」
興奮して忘れていた。
すみません、杏奈さん。
取り出した手紙を、結に渡す。葉月さん達も気になるようで、覗き込んできた。
結が緊張した面持ちで読み上げる。
『結、好きな人が出来たようね。葉月が喜んでいたわ。彼女から聞いたんだけど、その人って小学校の頃に好きだった人……わああぁ!!』
結が勢いよく手紙を閉じた。
「何で言っちゃうんですか葉月さん!?」
「……今日はいい天気ね、望月君」
「そうですね葉月さん。小春日和ですよ」
「小春日和!!」
「ううぅぅう……!」
結は恥ずかしそうに目を逸らし再び俺の方をじーーっと見た。
そんな彼女の背後では、澪と志乃さんが優しく微笑んで佇んでいた。
ようやくゴールしました!
おめでとうぅ(*´∀`*)ノ。+゜*。
物語はもう少しだけ続きます。




