49 サンタクロースを見る前に① シュークリーマー
クリスマスイブまでは慌ただしかった。
家を売却するというのは、簡単な作業では無い。
単純な話、厄介なのは大量の荷物だ。俺だけの荷物なら1日もかからずにまとめるが、家族全員の荷物を選定するとなると、とても一人では捌ききれない。いっそ全てを処分しようかとも思ったが、時々昔の思い出が現れて簡単には踏み切れなかった。
そして結はというと、何食わぬ顔でやってきて手伝いをし、何気なく俺を雛白家の夕飯へと連れだし、そのままうちで寝てくださいと翻弄してきた。そんな彼女のしめしめとした様子が可愛くて、つい従ってしまっていた。
結はあれから全く告白されなくなったらしい。葛西さんからも『不思議だねぇ』と言われて話を流され、深く追及出来なかったそうだ。
持田に聞くと『お前に伝えた通りだよ。ちょっと誇張したけど』と言われた。自分に関わる事とはいえ、奴に全てを任せた事の不安が募る。
そして、クリスマスイブ当日がやってきた。
――
今日、ついに実家から離れる。
そう思うと色々な記憶が蘇り、そしてデートの緊張もあり、全く眠れなかった。
多分、今日も幻覚を見るだろう。
「今日は、晴れか」
ごそごそと布団から起き上がり、顔を洗って出掛ける準備をする。
このルーチンも最後だ。
名残惜しさしか感じない。
だけど、必要な事だというのも理解できる。
ふと、家族の写真を手に取った。
俺が小学生の時、4人で日光に行った時の写真だ。梅雨の時期でひどい雨に見舞われた事を、今でもよく覚えている。そのせいで、湯葉料理を食べ損ねたんだ。目の前の段ボールには、そんな幸せな記憶の欠片がいくつも詰め込まれていた。
俺は泣き虫だ。これから結の家に住むことになっても、しばらくは見る度に泣いてしまうのだろう。気付かれないようにしないとな。
「本当に、お世話になりました」
小さな声でそう呟いて、家を後にした。
時刻はまだ朝の8時。
待ち合わせは11時。
公園で、時間を潰す事にする。
この季節のこの時間、公園には人っ子一人おらず、いるのは俺と名も知らない鳥だけ。ベンチの霜を振り払い腰掛ける。
ひゅうっと、季節の風が通り抜けた。
思い返せば、ここ1年間で色々あった。
これからは更に色々あるだろう。
そのための今日だ。
……ちょっとセンチメンタルな気分だ。
学園では今頃、持田がいそいそと活動しているのかもしれない。学園が閉じるのは年末年始のみで、部活動やサロンは冬休み中でも活発に動いているそうだ。
電話して聞こうかと思ったけど、やめた。
あいつは期待を裏切らない男だ。
『じゃあ蒼お兄ちゃん、掃除でもする?』
「そう思っていたところだ」
『――変わらないね』
「今日から変わるよ、多分な」
こんな発言をする男は、きっと大人になっても同じ台詞を仕事で言い放つのだ。明日できる事は明日やります!と言って帰るのだ。
そうしてまったりと散歩をしながらゴミを拾い、10時になった所で結の家に向かった。
「ごめんください、望月です」
『はぁい、今行きますー』
少しして玄関の扉が開き、ぱたぱたと結がやって来た。
「うお……!」
その、何というか……。
「おはようございます、蒼くん」
「お、おはよう結。その服は、葉月さんから借りたの?」
亜麻色の髪がローツインテールになっているのはまだいい。
問題は服装だ。
フリッフリの、コスプレ衣装を着ている。
滅茶苦茶似合っているどころか、まるで本物のアイドルだ。寒空の下、豪邸のロケに来ているような人物に見える。
『というか、まぁたツインテールなの!?』
『別にアイドルの格好じゃなくてもいいわよねぇ、蒼ちゃん?』
「蒼くん、へ、変ですか?」
『変だよ!!』
二人が興奮した様子で結を挟んでいる。
当然、澪のツッコミは聞こえない。
嫉妬か?
『違うし!!』
玄関を見ると、扉の隙間から葉月さんと小春ちゃんが覗いているのが見えた。
これは葉月さんの差し金だ。
でも、結は良かれと思って着ているのだ。
受け入れるべきか、否か……。
「やっぱり否ですよ、葉月さん!!」
そう言って結の手を引き、葉月さんの元へと連れて行った。
「あら望月君、だめぇ?」
「駄目じゃないですけど、今日は駄目です。人前に出るんですよ」
「じゃあ望月君の前だけなら着せてもいいの?」
「もちろん。誰よりも可愛いですから」
「ですってよ、結さん?」
「ふふ……えへへ……」
結はふりふりと体を動かし、喜んだ。
か、可愛い……。
「と、とりあえず着替えて来て」
結の背中を押し、家に入る。
部屋に戻っていった。
「葉月さん、結はオモチャじゃないんですよ」
「ごめんねぇ、望月君の事になるとポンコツになる結さんが可愛くって。でも、あの子も貴方の姉妹に負けないためにーって言っていたのよ?」
「……え?」
『蒼ちゃん、ちゃんとフォローするのよ?』
分かってる。
「……それは、悪い事をしました」
「そうねぇ、もっと過激なやつがいいわね」
「良くないですよ葉月さん」
少し待って結がやってきた。いつものマフラーとベージュのアウターに、黒いロングスカート。そして変装用に眼鏡を掛けている。何を着ても似合うから凄いな。
「お待たせしました、蒼くん」
「大丈夫、今度も似合ってる」
「あ、ありがとうございます。蒼くんも素敵ですよ」
「ありがとう」
そうして、お互いをまじまじと見つめていた。一度見入ってしまうと、彼女の瞳に吸い込まれそうで目が離せない。
「……妙ですねぇ」
「こ、小春! 行きましょうか、蒼くん」
「お土産買ってくるよ、小春ちゃん」
「えんざい!」
難しい言葉を知ってるな、小春ちゃん。
――
今日は平日だが、クリスマスイブという事もあってか町の中心部はどこか違って見えた。通り掛けの店舗からはクリスマスソングが流れ、まだ午前中にもかかわらず、ツリーの電飾はピカピカと輝いている。
「ちゃんとしたデートって初めてだ」
「この前の公園はちゃんとしていなかったんですか?」
「あれは俺の欲望。結が見たかったんだ」
「……もう」
結が肩を軽く当てて来た。
そして俺のアウターのポケットに手を入れて、結の右手が俺の左手をぎゅっと掴む。
「ふふ、離さないでくださいね?」
「もちろん。接着剤を塗っておいたから」
「蒼くん、たまに持田さんみたいな事を言うようになりましたね」
「えええぇえ!?」
愕然とする。ガツンと脳天を金槌で打ち砕かれた気分だ。いや、デートに別の男の名を上げるのに驚いたんじゃない。持田に似ているという事に衝撃を受けた。
「あぁええと、ごめんなさい。でも、仲良しではないんですか?」
「仲良しか。そろそろ台地が……」
割れると言おうとして、これが持田かと気が付いて思い留まった。
「っと、あった。ここみたいだ」
訪れたのは商店街にある小さなケーキ屋。ギリギリ滑り込みで予約が出来た店だ。お昼前だというのに、イートインコーナーは満席に近い。表のショーウィンドウには大きなシュークリームを模した照明が光っている。
「シュークリームが有名なお店らしい」
「わぁ……!」
結はマフラーから口を覗かせ、パァッと笑った。
店の中に入り、奥の予約席に座る。店内は女性客だらけだ。お昼時だというのに、ほとんどのお客さんが甘味を頬張っている。
渡されたメニューにはいろんな種類のシュークリームが記載されており、下の方にオマケのようにパスタが2品ほど書いてある。
「私としては、全種類いきたい所です」
「4個も食べれるの?」
「……それが、食べれちゃうんですよ」
「可愛い」
「もう、分かってて聞きましたね!」
結が、少し赤くなった。
思わず笑ってしまう。
結は意外と食べるのだ。特に甘い物は。
結がマフラーとアウターを脱ぐ。白いロングカーディガンと眼鏡が、彼女に知的な雰囲気を与えていた。同時に、周囲の目が結に向くのが分かる。この美少女は、女性から見ても魅力的に映るようだ。
「俺も眼鏡買おうかな、100均で」
「おや、老眼鏡ですか?」
「そうじゃよ、ここにシュークリームがあるじゃろ? ……といった感じで、ついノってしまうわけだ」
「ふふ、いいと思いますよ」
奴に感化されている気がする。
でも、結が笑ってくれるならそれでいい。
「学園はどんな感じ?」
「大分落ち着きましたね。やっぱり見られている感覚は変わりませんが、それよりも告白されなくなったので負担が減って気が楽です。あ、そういえば橋影生徒会長から生徒会に入らないかと誘われましたよ」
「へぇ」
それも既定路線だったんだろうな。
「入るのか?」
「入るための条件を付けました」
「どんな条件?」
「その……秘密です」
「気になる」
「ひ、秘密です!」
ちょうどその時、店員がシュークリームを持って来た。皿にぎっしりと並べられた、それなりの大きさの物が4個もある。これが結のお昼ご飯だ。
結は嬉しそうに一つかぶりついた。
俺はその瞬間、準備していたガラケーのシャッターを押す。
「カシャッ」
「もぐっ……!」
結は驚いたけど、食べるのを止めない。
「これは、葉月さんからの指令その1だ」
「1という事は、まだあるんですか?」
「秘密です」
「もう……ふふ、これ凄く美味しいです」
結はほっぺにクリームを付けながらパクパクと食べていた。見た目は知的なのに、子供っぽい行動のギャップがまた可愛い。見飽きないなぁ。
「お、きた」
次に店員が持って来たのは、クマ風にデコレーションされた小さめのシュークリームケーキとミニパスタ。本当はこれを結にプレゼントしようと予約していた。だが、そんな野暮な事は言わない。
しかし、無限の胃袋を持つ結の目が輝いた。
「蒼くん、なるほどですね」
「分かってるよ、半分こしよう。この量は俺一人じゃとても食べきれない」
そう告げると、結は更に甘い顔になった。
結は携帯でクマケーキの写真を撮った。
だが、食べようとはしない。
「く、クマさんが可愛くて食べれません」
「ぐしゃあ」
「ああああああ蒼くん残酷です!」
クマの頭が割られ、中から赤いソースが出て来た。何だこのディテール。ペロっと舐めた感じ、ラズベリーソースのようだ。クリームも濃厚で甘い。
「……美味しいな」
「美味しいですよね、ふふ」
そして半分食べたところで、結にあげた。
結は間接キスの事などを気にする様子も無く、満面の笑みで頬を押さえながら食べていた。
「ありがとうございます、お兄ちゃん」
「どういたしまして、妹よ」
ここを、思い出の店にしよう。
彼女の笑顔を見て、そう決めた。
シュークリーム4個は結構凄いです。




