48 クリスマスの情景と未来の姿に見入る
「そんなに私の事が好きですか?」
「何よりも好きだ」
「嬉しい……でも私、実は――――――小春ちゃんでしたー!!」
うわああああああぁ!!!
――――
チュン……チュン……
朝か。
薄ら目を開くと、見慣れない天井が映る。
ここは結の家だ。
昨日は確かあの後、そのまま夕食を頂いた。そして葉月さんと結の3人で俺の自宅の売買契約の話を詰めて、気が付くと風呂に入っていて、知らぬ間にベッドに倒れ込んで……。
小春ちゃんめ、ここは結の夢を見る場面だろう。よほど怖かったのか、寝汗をかいていた。
自宅よりもよく眠れた。
夜這いは……無かったな。
漫画じゃあるまいし、有るわけが無いか。
そう思った瞬間、コンコンとノックが聞こえた。
思わず体が固まる。
「おじさん、遅い。ご飯できてるよ」
「……おはよう修一君。今行くよ」
「お姉ちゃんが起こしに来ると思った?」
「はは、まさか……思いましたね」
「緊張してて顔が真っ赤だったから僕が止めた」
それはぜひ見たかった。
ベッドから起き上がる。
窓の外はまだ薄暗い。
冬至が近いせいか、日の出はまだのようだ。
雛白家の朝は早い。結の登校時間に合わせて、彼女と葉月さんが弁当と朝食を準備するためだ。子供達二人も夜明けと共に起きてくるらしい。
ダイニングテーブルには既に食事が並び始めていた。朝食を食べる文化を失った俺からすると、何だか異常な風景だ。まさか、湯気が出ている味噌汁を朝から見るだなんて。
「おはようございます。手伝います」
「あ、おはようございます蒼くん。今はまだお客様ですから、いいですよ」
「ごめんねぇ望月君、小春たちを呼んできて食べちゃって」
「わ、分かりました」
調理場に男がしゃしゃり出るなんて野暮かもしれないけど、与えられるだけの生活というのはどうも落ち着かない。
小春ちゃんと修一君と共に朝食を頂く。
朝からおかずが3品もある。ここは旅館か。
遅れてやって来た結達も食事に手を付け始めた。時計の短針は6時を差していた。天気予報を眺めながら、皆の雑談を聞いていた。
ここは、とても温かい家庭だ。油断すると、昔の家族の景色を思い出してしまいそうになる。
「蒼くん、箸が止まっていますよ?」
「あぁごめん」
感傷的になっている事に気が付いたのか、結が優しく微笑んでくれた。
俺は、本当に恵まれている。
「今日は何人に告白されるのかしらねぇ?」
「そういえば、昨日の放課後は誰にも告白されなかったんですよ。ですが、何だか皆さんが遠巻きに私を見ている気がして……」
「あら、さすがに告白しても振られるって気付いたんじゃない?」
「茜さんが、そんな感じの不気味な噂が流れてるんだーって言っていました。そのせいか、男子だけではなく女子からも見られているみたいで」
葛西さん……。
むしろ噂の出所だ。
「ふふ、見るのは好きなのにねぇ?」
「は、葉月さん!」
結が慌てて葉月さんと俺を交互に見た。
照れている様子が愛らしい。
「蒼くん、そんなに見ないで下さい」
「いつもの仕返しだ」
「うぅ……味方がいません」
そんな風に見つめる俺を他所に、味方になり得る子供達二人は無心でご飯を食べている。
結は諦めてもぐもぐと食事を続けた。
「そういえば蒼くん、昨日の昼休みに茜さんと持田さんが何やらこそこそと話し込んでいたんですが、何やら怪しい雰囲気なんですよね」
多分それは知っている事だ。
けど、俺からは言わない方が良いだろう。
「葛西さんなら、直接聞いてみたらどう?」
「そうですね、今日聞いてみます」
むしろ、俺も彼らがどこまでやらかしてるのかを知りたいぐらいだ。
「そうだ、結。その件で相談があるんだけど」
「相談?」
「持田と葛西さんは妙に気が合うと思うんだ。俺は、あの二人がくっつかないかなぁと考えている」
ちょっと悪い顔で提案してみた。
葛西さんは持田に対して柔らかくなっていた。『持田くんは犯罪者みたいだよね!』と言っていた文化祭からまだ日は経っていないが、『あれ、この人面白いんじゃない?』ぐらいには砕けていて欲しい。
「……いいですね、ふふ。面白そうです」
「だろう?」
「そことなく、持田さんの印象についても茜さんに聞いてみますよ」
悪い顔が、結に伝染した。
――
「では行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「ふふ、何か変な感じですね」
「俺も違和感がある」
学園に向かう結を、手を振って見送る。
高級車の重低音が遠ざかって行った。
俺はまだ雛白家に残っている。
そして、隣には葉月さんが一人。
「……さぁて、二人きりね?」
「帰ります」
「ふふ、まぁお待ちなさい。ハイビスカスから伝言が来ているわ」
結のお母さんがコードネームのようだ。
リビングへと戻り、葉月さんの携帯を見る。
『家の水道光熱費などの各種契約の解約は済ませなさい。携帯電話はそのまま継続ね。引越しの手続きも行政に申請しておきなさい。手付金は既に振り込んだわ。契約書は後で送る。あと……』
改行も無くぎっしりと書かれたメッセージには、俺の手続きに関する事項がつらつらと並べられていた。
「もうね、返信が面倒くさいの」
「すみません、お手数をお掛けします」
幸いにも今日は平日。
役所は開いている。
手早く外出の準備を整えた。
「今日のうちに、役所関係を済ませてしまいます。さくっと行ってきます」
「はぁい、行ってらっしゃーい」
――
セキュリティの厚い玄関を抜け、役所へと歩き出す。
役所のある中心市街地は、ここからやや離れた場所にある。雛白家や俺の実家があるのは新興住宅地にあたり、中心市街地までは電車で2駅の距離だ。
通勤ラッシュの終わった電車に乗り、目的の駅に降り立った。
大きな駅ビルのあるその駅の北口には、ごみごみとした大きな繁華街がある。チェーン店が多く並ぶ、迷路のような飲み屋街だ。
目的地である役所はちょうど反対側、南口だ。南口を出ると、今度は綺麗な駅前のオフィス街が姿を現す。この町の本当の玄関口は南側で、間違えて北口に降りてしまうと、何だこの飲み屋だらけの町はとなってしまうだろう。
オフィス街の中心あたりに役所がある。
そこで言われた通り、手続きを済ませた。
役所を出て、駅とは逆方向へと向かう。
少し進むと、商業ビルが並ぶ区画になる。
近くのATMでお金を下ろそうとした。
が、預金残高を見て固まった。
――い、いちじゅう――――100万!!?
こ、これが家の手付金か。3万円だけ引き落とし、震える手で掴んでATMから逃げ去った。まるで犯罪を犯しているような気分だ。
気分を落ち着かせるように町を見渡した。
「……綺麗な町だ」
電信柱も電線も地中化され、空が広く感じる。都会なのに景色が良いのだ。クリスマスも近いからか、町はLEDのイルミネーションで彩られていた。
大きなモミの木を模した装飾が目に留まる。歩道の結節点の中心にある、4階建て程の高さもありそうなLEDのツリーだ。きっとクリスマスイブは、この下が満員になるんじゃないか。そう思うぐらいロマンチックだった。
『何を買いに来たの、蒼お兄ちゃん?』
モミの木の下にいた澪が、上を見上げながら話しかけてきた。彼女には光が当たっておらず、景色から浮いていた。
結へのプレゼントだよ。
それに、雛白家の人達にも。
『私の分は?』
悪いな。
『いいよ、知ってる。協力が必要?』
あぁ。
折角だから、俺にしか出来ない事をしようと思う。
『いかにもスベりそうな方法だね!』
言うなよ。
そう考えて、瞬きをした。
その一瞬で、澪が志乃さんに変化していた。
志乃さんは真っ直ぐこちらを見ている。
『本当は不安なの?』
思い出が無くなりそうな事?
それとも、新しい道に進む勇気の事?
『答えは決まっているのね』
そうだね。川の流れらしいよ。
店長命令により、逆らわない事にした。
『ふふ、前向きなのは良い事よ』
ありがとう。
そう考えて、もう一度深く瞬きした。
今度は誰の姿も現れず、ツリーの下には老夫婦の姿があった。
男性は荷物を持ち、女性は杖をついている。仲睦まじく、お互いを支え合うようにして手を繋いで歩いていた。
歳を重ねたらあんな風になりたい。
そう思えるような、素敵な光景だった。




