47 1階も2階も見える景色が変わる
「あ、もしもし望月です」
杏奈さんが帰った後、再び葉月さんに連絡を入れた。
《はーい、もしもーし。あら、もしかしてご実家を買収された望月さん?》
「もしもし、ご厚意で家を買い取って頂けた望月です。葉月さん、また少しお話ししたい事がありまして」
《引っ越しは12月25日に手配したから。段ボールは今日の夕方に届くわ。あと、二人の告白を撮るのには小春と修一も一緒に連れて行かなきゃならないから、あんまり遠くはやめてね?》
全部知っていたのか。
それとも予想していたのか。
「葉月さん、何から何までありがとうございます。近衛家の事情や結の事、何となくですが見えてきた気がします」
《いいのよ、下心があるから。私は50歳で退職するから、老後の面倒は見てね?》
「早くないですか?」
《遊び足りないの。またね~……ツーツー》
相変わらずのマイペースだ。
小春ちゃんの母という感じがする。
しかし、引っ越しはもう既定路線か。付き合うなら結婚前提、どうせなら同居をと言う事なんだろう。
住み慣れた家を見渡した。
昔から変わらない掛け時計に、家具やテレビ。何もかもが思い出の家だ。それにすがっているのか、苦しめられているのか俺にもよく分からない。幸せと不幸が共存しているのだ。
『蒼ちゃん、寂しいの?』
「寂しい。でも、正しい事だと思う」
ここにいる限り、過去を思い出してしまう。
「まぁそれがお付き合いするための条件なら、断る理由なんて無いな」
『頑張って荷造りしてね、蒼ちゃん』
「志乃さんも片付け手伝ってよ」
『出来たらいいわねぇ』
何度も繰り返したやり取りだ。
さて、始めるか。
立ち上がり、再び部屋を見渡した。
……人の家に仏壇なんて持って行ってもいいんだろうか。
――
黙々と片付けをしている時に、結がやってきた。夕方頃、段ボールハウスに段ボールが届いてすぐだ。
「今度は葉月さんに早く行って来なさいと言われまして。一体何なのでしょうか?」
この様子だと、結は何も聞いていないな。
「来週から結の家に引っ越すことになった。この家を買い取ってくれる人物が現れたんだ」
「え! ほ、本当ですか!?」
「本当」
結が見る見るうちに笑顔に変わる。
しかし、すぐに元通りになった。
「そんなにお金に困っていたのですか?」
「困っているけど、生きていけるし問題は無いよ。それに、今回はそれが理由で売ると決まったわけじゃないから」
あまりお金の話はしたくないな。
「でも助かるよ、来てもらえて。必要そうな物を並べてみたんだけど、何だか散らかっているようにしか見えなくて」
「……そうですね、以前の姿に戻った感じがしますよ」
「捨てるのが勿体なくて。貧乏性なんだ」
集めるだけ集められた使えそうな道具は、ごみ収集所のようにリビングへと押し寄せている。食器、小物、本や家電、タオルや衣類。素材で分けるのが正解なのかは分からないけど、とりあえず山積みにしてみた。
しかも1階の、まだほんの一部だ。あまりにも散々たる様子に、結は少し引いているようだ。
「どうしても必要な物や、思い出の物だけを持っていきましょう。うちに既にあるような家具や食器などは置いて行きましょう」
「どこかに売ればお金になるかな?」
「二束三文ですね。廃棄するか、家を買っていただく方に引き渡しと同時に処分費として事後請求してもらう方が楽でしょう」
そう話しながらも結はテキパキと段ボールを開き始めた。といっても、最終的に持っていくものを選定するのは俺だ。
「先に2階を見よう」
そう告げると、驚いたような目になった。
「蒼くん、大丈夫なんですか?」
「罠は除去した。それに、今は結がいる」
結は少し俯いた。
そして、俺の手を握って来た。
「無理なら、私が見てきますからね」
「今日は行ける気がするんだよな」
結の手を引いて、階段の段ボールの前にやってきた。一旦つないだ手を離し、段ボールをベリベリっとめくっていく。そして、久しぶりに階段が現れた。
――不思議だ。震えも無く、怖くも無い。
結は不安そうにこちらを見ている。
彼女の手を繋いで、俺が先行した。
軽い足を前に出し、ステップを一つ踏んだ。
「……行ける」
「蒼くん……!」
一つ、また一つと階段を上る。
少しずつ2階の景色が視界に入ってきた。
そして、最後の一段を踏み抜いた。
「蒼くん、大丈夫ですか?」
「大丈夫。でも、体力を回復するために白魔法がいるかもしれない」
「……ふふ、仕方ないですね。……だ、抱き締めますか?」
抱きしめるとヒールになるのか。
結の手を引き、ぎゅっと抱きしめた。
「蒼くん……ふふ」
えへへと笑う顔が、たまらなく可愛い。
この状態の結は気が緩みまくっている。
「ありがとう、回復した」
「……わ、私はまだかもしれません」
「じゃあもう一回」
「へぅう……」
面白い。
ぎゅうっとされる感覚が気持ちいのかもしれない。
小柄な結から、良い香りが漂う。
「2階なのに、俺いま凄く落ち着いてる」
「わ、私はドキドキです……」
「立場が逆転したな」
「もう、ふふ」
手を離すのが名残惜しい。
だけど、ずっとこうしている訳にもいかない。
2階を見渡した。
こうして見るのは小学校以来だ。
懐かしいの一言しか無い。
俺と桜が寝ていた寝室と、両親が寝ていた寝室。布団は綺麗に畳まれているが、ぱっと見で埃が溜まっているのが分かる。廊下には輪ゴムや髪留め、これは母さんが使っていたものだ。
何かを見つける度に家族の記憶が蘇る。
割り切るなんて、一生無理だ。
気持ちが沈む前に、やってしまおう。
「必要なのは枕と洋服ぐらいかな。洋服は父さんのをいくつか持っていこうと思う」
「じゃあ私、カゴを持ってきますね」
ずっと使っていた枕には愛着がある。
後頭部の匂いが染み付いている事だろう。
――
結局、作業は一日では終わらなかった。
そしてその日の夜、いくつかの荷物を持って結の家にお邪魔した。台車があれば簡単に運べるほどのご近所だ。
「ここが蒼くんのお部屋です」
案内されたのは1階の客間。セミダブルのベッドが一つに、クローゼットとテレビ台。六畳一間だが、窓が多くて開放的な洋室だ。
すると、千鳥足の葉月さんがやって来た。
「結さん、小春たちの前ではアレは駄目ですよ。アレをしたいなら夜這いしなさいね」
「は、葉月さん! 何を言ってるんですか!?」
「あらぁ? ……ウェップ……あらあらぁ?」
ベロベロに酔ってるな、葉月さん。
「だって結さん、あんなに嬉しそうに言ってたじゃない。蒼くんが来たら、積極的に夜這いをした方がいいんでしょうかって私に」
「うあああ葉月さん出て行ってください!」
結に背中を押され、葉月さんが退室した。
バタンとドアを閉める。
「早速するのぉ~?」
「葉月さん!!」
「カメラ仕掛けなきゃねぇ」
悪質な酔っ払いだ……。
そんな台詞を言い残して去って行った。
結はソファに寝ころび、クッションに顔を埋めてうううと唸り始めた。
「……そっか、夜這いかぁ」
「ううああああ……」
足をパタパタとさせてソファを蹴っている。
思わず笑ってしまう。
『可愛いわねぇ、蒼ちゃん』
志乃さんがソファの真上から、結を眺めていた。珍しく体が浮いている。昔はよくあったが、見るのは久しぶりだ。
ソファの前に座り、結の頭を撫でた。
結が大人しくなる。
「……忘れて下さい」
「ごめん、無理だ」
「もう……じゃあ、忘れないで下さい」
「分かった」
結がクッションから顔を出して俺の方を見た。
上目遣いで、目が潤んでいる。
顔はすっかり茹で上がっていた。
その時、ドアをノックされた。
「お姉ちゃん、おじさん、ご飯冷めるよ」
「おう、今行く」
立ち上がり、結を見下ろした。
「俺はいつまでおじさんなんだろうな?」
「ずっとじゃないでしょうか。いずれ本当の叔父さんになるって事は最初から言ってありましたから」
「え?」
「…………あ」
結は再び、クッションに顔を埋めた。




