46 冬にハイビスカスのような女性を見る
「あ、もしもし望月です」
俺は持田達と別れた後、早速葉月さんに連絡を入れた。
《はーい、もしもーし。あら、もしかして停学をくらった望月さん?》
「もしもし、無実の罪で停学をくらった望月です。葉月さん、少しお話ししたい事がありまして、ご迷惑でなければ今から伺ってもいいでしょうか?」
この時間、葉月さんは夕飯の準備をしている事が多い。
雛白家の夕飯は、若干遅めである。
《ん~、望月さんがうちに来るのは、誰かに見られたらマズいんじゃないかしら?》
「そ、それはそうかもしれませんが」
《ふふ、まぁ聞きたい事は分かるわ。手は打っておいたの。明日のお昼前にハイビスカスみたいな女が望月さんの家に行くから、優しくお相手してあげてね》
「は、ハイビスカス?」
《近衛家についてはその阿婆擦れから聞くといいわ、じゃあね~……ツーツー》
……阿婆擦れのハイビスカス。
どんな人物だ。
葉月さん、既に酔っているのか。
――
翌朝、結に連絡を入れて今日は公園に行けない旨を伝えた。来客があるので、流石に家の周りの蔦を綺麗にしなければいけない。
そう告げると、結は私も手伝うと言ってくれた。
だが……。
《すみません、あの後、葉月さんにどうしても駄目だと言われまして》
葉月さんがそこまでして止めるのは、今日来る予定の客人に何かがあるという事。結に会わせたくない、もしくは彼女にとって会いたくない人物なのだろうか。
近衛家に関わる人か。もしかして……。
「すみませーん、誰もいないんですか!?」
玄関から、野太い声が聴こえてきた。
そういえば、チャイム壊れてるんだった。
「今行きまーす!」
そして、ドアを開けた。
10cmぐらい開けた。
そこで何者かの手がドアを掴み、ぐわんと一気に開かれた。
思わず取っ手を離し、唖然とする。
そこに立っていたのは、凛とした美しい外国人の女性。
ゴージャスという言葉が似合うような、オレンジの長髪にスラリとした人物だった。その髪色を際立たせるかのような深い赤のスーツに、眉目秀麗でスタイルも良く、まるでモデルのようだ。
その女性を取り囲むかのように、スーツ姿の人々が数名が佇んている。その後ろには黒い大きなミニバンが1台。立っている全員が俺の方を見ていた。
気味が悪い。
何の映画の撮影だ。
「Veuillez le mettre dans la maison」
これはグエン君と同じ、フランス語か。
喋れないぞ。
「すみません、日本語でお願いできますか?」
「……中に入れてもらえるかしら?」
「は、はい。どうぞ」
ハイビスカスのような阿婆擦れ。
その髪色と服装はハイビスカスではあるが、この美貌は阿婆擦れでは無いと断言できた。
家の中へと案内したハイビスカスの女性は、真っ先に仏前で手を合わせていた。
この様子だと、俺の事情を知っている。
俺はどう見られているのだろう。
何はともあれ、こうして家族を悼む気持ちは嬉しかった。
「ありがとうございます。家族も喜びます」
「突然押しかけてごめんね、望月蒼くん。私は近衛杏奈、結の母です」
予想はしていたが、改めてそう言われると驚く。顔のパーツなど結と似ている部分はあるが、杏奈さんの容姿は外国人そのものだ。
「初めまし……て……」
こちらも自己紹介をしようとした瞬間、杏奈さんが頭を下げてきた。
「結を助けて頂いて、ありがとう」
「き、急に何を! そんな、俺の方こそいつも助けて貰っています。ありがとうございます」
思わず頭を下げ返した。
「事情は葉月から全て聞いているわ。結の事、学園の事、そしてあなた自身の事も」
顔を上げると、杏奈さんが優しくこちらを見つめていた。
「葉月に頭を下げられてね、今日ここにやってきたの。悪いけどあまり時間が無くて、すぐに戻らなければならないけどね」
そう言うと、秘書らしき人物が何かを持ち出してきた。手土産……にしては随分と大きい。
「唐揚げが好きらしいわね」
「そうですが、こんなに沢山は悪いです」
「受け取っておきなさい。食べられなかったら冷凍しておけば暫く持つから」
「いえ。うちの冷凍庫、壊れてまして」
「……え?」
――
そして突如、唐揚げパーティーが始まった。SPっぽい人達も一緒に一つのテーブルを囲んで、お皿一杯に盛られた唐揚げをちくちくと摘まんでいる。
「美味いっすねこれ……ところで杏奈さん、時間は大丈夫なんですか?」
「昼食会を省くわ。いや美味しいわねこの唐揚げ……もぐもぐ……」
胡椒が良い感じの塩梅だ。
「ところで、葉月さんに聞いたというのは?」
「……近衛はその名の通り由緒ある家系でね。昔から、高貴な身分の人を補助してきた立場にある。そして今もそう。そのため、近衛家とのつながりを持つ事は拍が付くの」
もぐもぐと食べながら、そう切り出した。
「そしてあの学園はね、かなり昔から膿が溜まっていたのよ。特に今の学園長はどうかしている男でね、名前と権力を持つ味方を増やしたいのよ。明るみに出ないような、大人の裏事情ってやつね。あなた達には悪いけど、この機会を利用して彼を中心とした淀みを綺麗にするわ。だから1月からは安心して登校しなさい」
学園長って、確か元政治家だったか。
追及しない方がよさそうだ。
杏奈さんの表情は変わらない。
でも、頬に唐揚げが入っていて面白い。
それをごくんと飲み込み、遠い目をした。
「……結の父親、つまり私の旦那は厳しい人なの。そして子供たちの中で一番下の子の結は、結は昔から不安症というか、あまり人前に出れなくてね」
杏奈さんは、そのまま淡々と話を続けた。
近衛家で結と年齢差のある兄や姉たちは非常に優秀で、既に巣立ってるそうだ。外国語も堪能で、好んで近衛家の仕事に就いていると。
だが結は強い心の持ち主では無かった。近衛の名に圧しかかるプレッシャーに耐えきれなかったそうだ。そのため、結は本心では近衛の家から出たがっていた。子供と触れ合う仕事がしたかったらしい。
近衛の名は兄や姉が跡を継いでくれる。だから、杏奈さんは結に仕事を強要するつもりは無かった。しかし、結の父は結にも継いでほしかったそうだ。
そこで杏奈さんは、このまま近衛として生きるべきかどうか、結に考えさせる時間を作った。親戚である雛白家に預けることにしたのだ。
「そういった事情を周囲は知っているから、雛白の名に変わっても学園での結へのアプローチは止まなかったんでしょう。最終的には旦那の一言で結が近衛に戻るとね。結を救ってくれたのに、今回もあなたにも迷惑をかけたわ」
「そう……だったんですか」
結の過去を、始めて知った。
聞き辛かったのだ。
彼女が何を抱えていたのか。
そうして話している間にも、SPの人がレンジで温めた唐揚げをどんどん追加していく。終わりの無い大食い大会みたいになってきた。
「望月くん、結が好き?」
「はい、好きです」
「……即答ね。そう面と向かって言われると、娘の事ながら恥ずかしいわね」
「中々素敵な子じゃないですか、目つきが良いですよ」
そう告げた一人の男性SPの方を、杏奈さんは見た。
「あなたと入れ替える?」
「遥か遠い未来でなら、どうぞ」
「ふふ、冗談よ」
ふふふと笑った顔が、結にそっくりだ。
思わずドキリとしてしまった。
杏奈さんがこちらに向き直った。
「望月君、一つ聞かせてくれないかしら。あなた、親戚を恨んでる? 私で良ければ、何かしらの対価を要求する事もできるけど」
親戚の叔父さんか。
どこまで情報を調べたのだろう。
「いいえ、全く恨んでおりません。むしろ、俺のせいで七海ちゃんが親を疑ってあの家庭が壊れてしまうのが心配です。俺は最初からいなかったものにしてくれて構わない、と思うぐらいですよ」
「甘いわね、望月くんは」
「叔父さん達がどう考えていようとも、育ててくれた事に対して感謝しているんです。だって俺、今凄く幸せなんですよ」
そう告げると、皆が目を丸くしていた。
俺は今、幸せなのだ。
何もおかしくない。
自信を持って言えた。
「……私には、染み入る言葉ね」
「結は喜んでいましたよ。杏奈さんが、結を守ろうとしてくれた事に」
「結が……?」
「はい。凄く嬉しそうに笑っていました」
杏奈さんは少し俯き、何かを考える素振りをした。そんな何気ない仕草も結に似ている。そして前髪で隠れたその顔は、ほんの少しだけ笑っているかのように見えた。
「結に会って頂けませんか?」
何となく気が付いていた。
杏奈さんには何か思う所があって、結に会うのを避けているのではと。きっと葉月さんから連絡があった時も、それを条件にしたんじゃないかと。
「……会えないわ。私は育児よりも仕事を優先したの。親として失格よ。結や葉月に恨まれても何も言えない。あの子に家族の愛を与えてくれたのは、紛れもなく葉月よ。私はね、合わせる顔が無いの」
「結はきっとそう思っていないはずです」
「下の名前で呼び合っているのね」
「……あ! す、すみません。結さんです」
「ふふ……冗談よ」
そう言って、杏奈さんは鞄から封筒を取り出した。『AIR MAIL』の表記がある、赤と青の封筒だ。俺に差し出した。
「いつか、ちゃんと結に謝るわ。今はこれが私の限界」
「……俺から渡してもいいんですか?」
「えぇ、お願いするわ。でも、あなたの愛の告白がちゃんと済んでからね」
「んぇえ!?」
変な声が出た。
「告白まだなんでしょ、葉月から全部聞いているわよ。何ならウブな動画も見たわね。そうねぇ……あの子、くまのぬいぐるみが好きでクローゼットの中に隠していたり、匂いフェチだったりするのは知ってる?」
「知りません。もっと教えてください!」
「ふふ、悪い顔ね。旦那に似ているわ」
「それは……」
「褒めているのよ」
「そろそろ時間です、空港へ」
SPの一人が、杏奈さんに話しかけた。
「そう。楽しかったわ。さて……」
杏奈さんは立ち上がり、ナプキンで口元を上品に拭った。それをSPに渡し、俺の方を見た。
「――この家と土地、うちで買い取るから。あなた、葉月の家に住みなさい」
……え?
「き、急に何を」
「親戚の方には、既に私から直接相談して話を通したわ。葉月の家に、必要なものだけを持っていきなさい。ご家族の仏壇も家電もね。当然、2階の荷物も入って確認しなさい。望月君、あなたは雛白に婿に入って未来に生きるのよ。いいかしら?」
話が飛び過ぎて、訳が分からない。
家を買う? 婿?
「飛躍しすぎて、頭が追いつきません」
「強引でごめんなさい。でも、担当医にもちゃんと相談したのよ。あなたと結は二人で前に進みなさい。後の詳しい話は葉月に聞いて」
「時間です、行きましょう」
「分かったわ。望月君、また会いましょう」
SPと葉月さんが慌ただしく出て行った。
見送るのも慌てる。
杏奈さんが車に乗り込む寸前に足を止め、俺の方に振り向いた。
「――あぁそうだ、言い忘れてたわ。あなたの告白シーンは、ちゃんと葉月に動画を撮らせてね?」
そう言ってウィンクした。
……多分勝てないな、この人にも。




