44 ターゲットに近い二人に意見を求める
そして翌日。
朝の掃除に公園に来たら、なんと結がいた。
この時間にこうして出会うのは珍しい。
「お、おはようございます、蒼くん」
昨日の今日でまともに彼女の顔を見る事が出来ない。鼓動も高鳴り、ドクンドクンと音まで聴こえてきそうだ。
「おおおおはよう結」
「――えへへ、蒼くぅん……」
結が破顔し、ぎゅうっと抱き着いてきた。
昨日の尾を引いているのか、朝から激甘モードだ。こちらを見上げた結の顔も、すっかりとろけていた。
周囲の目を気にする様子もない。
俺の顔も砕けているだろう。
人がいない時間帯でよかった。
「ま、満員電車は大丈夫なのか?」
「それが、急遽タクシーで行くことになりまして」
たた、タクシー!
「そ、それなら安心だけど、いよいよ違う世界の住人みたいになってきたな」
「もう、私だって電車でよかったんですよ」
「でも、何でまた急に?」
「橋影さんの件を葉月さんが母に伝えたら、母が手配してくれました」
結の、母さんか。
母という言葉を口にした結は、どこか嬉しそうだった。
いいなぁ、家族って。
「結の事が大事なんだよ、良かったな」
「はい、久しぶりに電話でお話しできました。嬉しいです、ふふ……」
結はマフラーに口を埋めて笑っていた。
「それで今日から朝は時間が出来たので、ご迷惑じゃなければ、私も一緒にお掃除できたらなと思いまして」
「それは有難いけど、いいのか? ゴミ拾いしかしないけど」
「いいですよ」
「それに橋影一派の件もあるから、結に迷惑がかかって」
「関係ありません」
「――先生に俺と会うなと言われてない?」
そこで、結が止まった。
図星のようだ。
「……大人の事情は分かりません。けれど、母は構わずに行きなさいと言ってくれました。だから蒼くんも、自分のせいで私に迷惑が掛かるだなんて考えないでくださいね。さぁ、パパっとやりましょう」
スパっとそう言い切った結は、手際よくゴミ拾いを始めた。軍手にトングまで用意して格好いい。
そして、昨日の続きはあえて何も聞いてこないようだった。
これも、彼女なりの気遣いかもしれない。
おかげで、すっと会話ができる。
そうして暫く二人で公園の掃除をしていたら、本当に迎えが現れた。
「お疲れさま。ありがとう、助かったよ」
「いえ……私だけ行くのは寂しいですね」
「いっそ結も悪い事をして休むか?」
「ふふ、蒼くんは何をしたんですか?」
「それは……」
罪状を言おうとして、急に恥ずかしくなった。
「つ、罪な男なんだよ」
「私も罪な女です」
そう言って、結が再び抱き付いてきた。
軽く抱きしめ、手を離した。
「ふふ、行ってきますね」
「……おう、行ってらっしゃい」
結がばいばいと手を振り、タクシーに乗り込んだ。
……いや待て、これはタクシーか?
こう言っちゃなんだけど、テレビに出るような政界人が悪い事した時に乗る、賄賂で磨いた黒塗りの高級車みたいだ。窓が閉まり始め、結がスモークガラスに隠れていく。
『ちょっと蒼お兄ちゃん、心が汚れてる!』
分かってる。自分とは全てが違うという事を見てしまって、少し驚いただけだ。
――
その日の夕方。
俺は持田と喫茶店にいた。
その目的は、結と俺を取り巻く状況の情報収集のためだ。決して持田と一生を添い遂げるとか、デートするとかそんなのではない。
持田とテーブル席に腰掛けた。
「よっこいしょういち」
「何だって?」
「蒼、知らないのか。古代のギャグだよ」
「知らん。何飲む?」
「クロノワール」
「あれを飲むとか化け物かよ」
こいつはブレないな。
3回に1回はボケてきやがる。
店員にクロノワール2個とコーヒーを頼む。
「まぁ何だ、蒼が俺に頼ってきた理由は分かる。だが俺も知ってる事と知らない事があるぞ?」
「構わない。それに今日はもう一人、頼りになる助っ人も呼んだんだ」
「助っ人?」
「やほ~望月君、持田君!」
俺の後ろの席から、突如声がした。
「葛西しゃん!」
「うお、いつの間にいたんだ?」
「よっこいしょういちの辺りからかなー」
背中合わせに座っている椅子の、ちょうど反対側にいたらしい。葛西さんは店員に席の移動を告げて持田の隣に座り直した。
「いやぁ、結の危機だって聞いたしさ、協力するしかないでしょ!」
「助かるよ葛西さん。といっても、危機なのはどちらかと言えば俺なんだけどな」
「結から話は聞いてるよ。でも、何があったかを一応詳しく教えてくれる?」
そして俺は、橋影会長から忠告された内容を伝えた。なぜこんな意味不明な事態になっているのかを。
葛西さんは時折相槌を打ちながら、親身に聞いてくれた。それに対して、持田はもぐもぐとクロノワール2個を食べている。……あれ、2個ってこいつ俺の分も食ってやがるな。
「――とまぁ、こんな感じ」
「そっか、聞いてた通りだね。いやぁモテない男達の僻みってのは怖いねー!」
ズバっと切り裂いたな葛西さん。
「それで蒼、確認させてくれ。お前の雛白さんに対する想いは本気なんだな?」
想い、か。
「本気だ。結が好きだ。彼女を心から愛しているし、彼女のために一生を使いたいと思っている。もう何というか、結から出る引力が俺を吸い寄せて離れる事が出来ないんだ。結と出会ってから俺は……」
「やめろ蒼! 悪かった、その辺にしてくれ! 何で急に詩的になるんだ!?」
「わ、私は恥ずかしくなってきたよ! あついあつい!」
言っている俺も顔が熱くなってきた。
水を飲んで少し落ち着く。
「……ふぅ。それで俺は今、八方塞がりの状態なんだ。結に告白しようにも近衛家が何たるかを知らないし、橋影一派も頭領の顔すら見たことが無い。何でこんな訳の分からない状況なのか、それを紐解きたい」
いっその事、何も知らないまま告白してもいいとも考えた。だけど、後から問題が出てくる事は容易に想像できる。何せ橋影一派は釘を刺してきたのだ。だから、あの文化祭で見た大人たちが近衛家とどんな関係にあるのか、できるだけ情報が欲しかった。
優先したいのは結の幸せだが、彼女の家族である近衛家や雛白家の人達にはできるだけ迷惑を掛けたくない。当事者の俺こそが、しっかりしなければならないのだ。
「橋影一派……忍みたいで面白いね!」
「おぉ、葛西しゃんもそう思うのか。俺もそんな気がしたから、写真を忍者っぽくコラージュしてみたぞ」
持田がそう言って、懐から写真を取り出した。『ちびっこ忍者村!』と書かれた看板の前で、忍者のコスプレをした高校生達がしゃがんでどや顔をしている集合写真だ。コラージュって事は、この高校生達の顔が橋影一派か。
「どうやって写真を集めたかは知らないが、もう持田には肖像権なんて関係無いな。しかし、昨日の今日でよくこんな写真を作れたな?」
「俺は遊び人だからな」
「そのネタまだ引っ張るのかよ。で、頭領は誰になるんだ?」
「えぇと……このイケメンだねぇ。橋影悟君。でも本人は先輩に好きな人がいるんだーって結から聞いたよ」
「え、そうなの?」
となるとつまり、ただ周囲が慌てふためいているだけか。近衛家との繋がりが欲しいのは橋影家では無く、その取り巻き。たとえ橋影悟君が拒否したとしても、あわよくば結と子供を結婚させたいと。むしろ最初からそれを望んでいるのかもしれない。
橋影悟君に状況を伝えて何とかしてもらえると一番助かるんだが、彼の兄である生徒会長からは俺に迷惑を掛けるなとも言われた。
どうしたものか――。
「何やら状況が混乱しているようだな。だがな蒼、俺に一つ考えがある」
持田が悪い顔になった。
「――橋影一派を、社会的にやっちまおうぜ」




