43 見えてる幻覚の皆さん全員集合
その日の帰り道。
結を家へと送り届ける前に公園に立ち寄り、生徒会長から言われた事を包み隠さずに話した。
「――という訳で、暫く学校を休む事になった」
「納得がいきません」
「俺もだよ。でも仕方がない」
「仕方なくないです、理不尽ですよ! 精神異常者って何ですか!!」
結は、会長に直訴すると言い出した。
俺が停学するのはおかしいと。
彼女の言っている事はもっともだ。会長も話していたが、普通こんな理由で停学だなんてあり得ないし、どこかの教育委員会にでも文句を言えば、それなりの話題として取り上げてくれそうだ。むしろ会長のあの様子だと、既に何かしら働きかけてくれた後だったのかもしれない。
だが俺は、別に休んでもいいと思っていた。突然の事態に驚きはしたが、不思議と怒りの感情は生まれていなかった。こんな事もあるのかと、ただそう感じただけなのだ。
学園でやりたい事や将来の事が定まっていたら、荒れていたかもしれない。
だけどそれも無かった。
精神異常者であるのも事実なのだ。
自分は周囲に何を言われても構わない。
それよりも、こんな人間でも助けてくれる、目の前の大切な人の方が気掛かりだった。
「結、俺が落ち込んでいるように見えるか?」
「それは! ……見えませんが」
そして俺は鼻で大きく息を吸い、口からふうーと吐き出した。
意を決した。
「――聞いてくれ、俺と結は周りからは既に恋仲に見えているんだ」
「あ、っく、きゅ!?」
きゅ?
「だけど、その――ちゃんと正式に言わせてくれ。言いたいんだ」
「…………」
結はぽーっとした表情になり、こくこく頷いた。口を開いたまま、その目はじーっと俺を捕えていた。心なしか、泣きそうにも見える。
そして俺は顔が熱い。
こんなの告白じゃないか。
「1週間後は冬休みの初日、クリスマスイブだ」
「――はい?」
「そこまで待っていてくれ、最高の日にしたい」
「――はい……」
「じ、じゃあまたな、お休みっ!」
「はい、おおおお休みなさい」
――
何が最高の日だくそったれええーー!!
家についてドアを閉めた瞬間、鞄を投げ捨てて声の無い叫びを放った。
『どうしたの蒼お兄ちゃん?』
「聞いてたろ澪! こんなの告白だ!」
『……ぷぷ、そうだね!』
「きっと結は、『あれ、今告白する場面なんじゃないの?』って思っただろうな」
『日和ったもんね、さすが蒼お兄ちゃん!』
俺だってそう思ったぐらいだ。
この一週間、一体どうして過ごせばいいんだよ。
だけど、もう後戻りはできない。
「幻覚の皆さん、全員集合ううう!」
強く目を閉じ、来い!と念じてカッと開いた。ダサくても、昔から一番確実にイマジナリーフレンドを見れる合図として頻繁に使っていたものだ。
現れるのはいつもの二人……では無かった。
総勢5名。
過去最高に多い。
初めて現れた顔が二人もいた。
これは……。
『蒼お兄ちゃん、どうしたの?』
「澪と志乃さんと伊藤さんはいい。そちらの顔の無いおじさんは白衣から察するにお医者さんだな、それもまぁいい。なんで持田がいる?」
何だ、俺は脳に障害でもあるのか?
「医者っぽい先生、大丈夫なんでしょうか?」
『望月君、君は僕を最後の砦として考えているね。だから僕はいるんだよ』
顔の無い医者が……いや、俺の深層心理がそう答えた。彼の言う事は正しい。幻覚がどうしようもなくなった時、俺は入院する事を考えていた。
「では、持田は?」
『蒼、俺たちは友達だろ。俺がお前の心の支えになってやる。一生だぜ?』
おい冗談だろ、ニュアンスが不気味だぞ。
深層心理でこんな事を考えてたのか……。
「き、消えろよ持田!」
『そんな冷たい事を言うなよ。二人で一緒に消えようぜ、お兄ちゃん?』
「気持ちわりぃ……!」
駄目だ、こいつは放っておこう。
幻覚の状態ですら俺の時間を奪っていく。
「俺は一週間後のクリスマスイブに、結に告白する事にした。それを皆さんに宣言しておく。それと同時に……」
そう発言して、少し言葉に詰まった。
――――不思議だ、彼らが味方に見える。
いつから俺は、幻覚と付き合えそうだと思っていたのだろう?
俺の家族がいなくなって、志乃さんと澪が現れて、それ以後も視界にチラチラと発生している幻覚。俺にとっては色のある人間にしか見えず、生活に支障しかきたさないと思っていた。
『病気と付き合っていく、時間が経てば落ち着いてくる』医者のこの言葉の意味が、今初めて分かった気がする。
俺は、病気と向き合っていなかったんだ。
「……それと同時に、皆には告白の相談をしたい。初めてで自信がないんだ。俺なんかが釣り合う自信も無いし、病気持ちで将来設計も酷い。それでも今から間に合わせたい。どうにかして、彼女に幸せを送りたい」
『よっ、色男!』
『蒼お兄ちゃん、私思うんだけどさ、もしかして橋影一派が邪魔してくるんじゃない?』
「かもな。そうなる前にファンサロンからの情報が欲しい。誰から追われているのか見当もつかないし」
『よぉし蒼、俺は人肌もふた肌も脱ぐぜ!』
持田が五月蠅い。
自分の中にいると分かっていても、茶々を入れてくる姿が鬱陶しい。
「さ、参考になった。とりあえず明日、現実の持田あたりに連絡を取ってみるか」
『頼んだぜ、蒼!』
「それで、告白の台詞の相談だけど」
『待ってたわぁ、蒼ちゃん!』
『蒼お兄ちゃん、この前見たズダーウォーズでいいのがあったじゃん!』
「ありゃ王女様との駆け落ちだろ……あと、クリスマスプレゼントって何がいいんだろ?」
こうして、夜な夜な不思議な会議が始まった。
彼らは俺の中だけの存在で、質問も質問の答えも俺の中から出て来たもの、結局は自問自答だ。傍から見れば俺が奇妙な独り言を話しているようにしか見えない。
それでも、楽しかった。
今まで自分だけがこうなんだとネガティブに捉えていて、それが原因で他の全てもネガティブだと感じていた。けど本当はそうじゃない。俺に憑いていたのは、不幸の神様なんかじゃなかったんだ。
『蒼ちゃん、やっと気づいた? Mねぇ』
「否定しない。ごめんな、俺は幸せだった」
『知ってるわよ?』
「さすが志乃さん、そろそろデビューしなよ」
『もう、蒼ちゃんだけのアイドルよぉ?』
はは、違いない。
『ねぇ蒼お兄ちゃん。これからのお兄ちゃんの人生に、私は一緒に居てもいいの?』
「唐突だな、居ていいに決まっているよ。澪さんも志乃さんも大切な家族だ」
はっきりと、そう言い切った。
だが、二人からは返事が返ってこなかった。
急な心情の変化に、俺自身も驚いているのだ。
人生は後半の方が面白いと店長は言っていた。けれど、こうして行動を起こそうとしてようやく理解した。
俺は、今でも十分に楽しかったのだ。




