42 予見していなかった不運
「蒼、お前を学園から追放する!」
「持田君、少し黙っていてくれたまえ」
持田にそう告げた人物は、橋影生徒会長。いつも俺達の学年で一位を取っている、あの橋影の兄だそうだ。兄も弟と同様に文武両道と非常に優秀で、柔道の全国大会では上位に食い込んでいるらしい。そのせいか、ガタイが良くて威圧感がある。
学園の昼休み、俺は生徒会室に呼ばれていた。
初めてやってきた水菓子学園の生徒会室は、これまた豪華な造りをしていた。ゴージャスという言葉が相応しく、質素という言葉からほど遠い。
生徒会に所属しているのは学園内でも優秀かつ家柄のいい生徒で、横のつながりが深いそうだ。OBとの交流も頻繁にあるらしく、このサロンが最も格式高いと持田は言っていた。格式って何だよ。
そして持田は面白そうだからと言って俺についてきて、しかも何故か入室を許可されていた。俺と持田と会長の3人が、広めの部屋でソファに座って向かい合っている。
「では望月君は不純異性行為をしていないと?」
やや疲れ気味の橋影会長がそう問いかけた。
しかし凄い言葉だ、不純異性行為。
まさか俺が聞く事になるとは……。
「汚職事件と同じぐらいに素敵な言葉ですね」
「持田君、静かにしていてくれ」
「ところで会長、俺はいま空気と会話しているんですよ。彼らと会話するとモチダに一定量の酸素を運んでくれるんです」
「何なんだ君は……」
「持田、空気を読め」
「さすが蒼、ユーモアのある突っ込みだな」
持田がいるだけで本当に話が進まなくなる。
「――俺の不純異性行為というのは、雛白結さんの関係の事でしょうか?」
「そうだ」
「はああああああああああ!!?」
「誤解です。付き合ってもいませんよ」
「そうか……はぁ……」
橋影会長は深いため息を吐いた。それが俺に対する回答か、持田に対する怒りなのかは分からない。
「いいか望月君、正直に言うと、私は君たちが付き合おうが行為しようがどうだっていい。だが情けないことに、俺の弟の取り巻きに近衛家と懇意にしたい馬鹿な連中がいてな、こうして望月君を呼んだのだ。ほんっっっとにどうだっていい案件なのだ」
弟というと、同級生の方の橋影か。
下の名前も知らないし、会った事も無いな。
「俺はどうでもよくありませんよ会長! 蒼、お前とは婚約破棄だ!!」
「持田、悪いが今は構っていられない。会長、それは俺が解決できそうな問題でしょうか?」
「無理だ。彼らの中で君は『軟弱な精神異常者で家柄も悪い貧乏人』となっている。君はこれから1週間、雛白結と恋仲になりそうになった罰という、意味不明な理由で停学する事になる」
何だそれ……。
本当に意味不明だ。
「それは……先生方も承知の上でですか?」
「当然だ。雛白結が大好きで仕方のない馬鹿な学生の親達がな、学園の出資者だらけなのだ。彼らは全員がサロンで繋がっている。持田君、君のところの妙なサロンもやりすぎには注意したまえ。写真についても彼らから勧告を受けている」
「写真……持田?」
すると、持田の動きが止まった。
こいつまた何かやってたのか。
「会長、この事は雛白さんもご存じですか?」
「知らん。知った所で彼女も学園に文句を言うんだろうが、どうせ何も変わらない。君は突然この場で私に殴りかかったという理由で停学になる。私だっていい迷惑だ。馬鹿共の下らない嫉妬だよ、まったく」
会長はそう吐き捨てた。
この話が本当なら、会長は良識人のようだ。
だが、非常に厄介な事になっている。
「会長、俺は好きにしてもいいですか?」
「……何をするのか知らないが、私に迷惑を掛けないなら駆け落ちでも何でも好きにしろ」
「蒼、アタシを捨てるの!?」
「帰るぞ持田。ご忠告、感謝します。今の生徒会長が橋影会長でよかったです」
「よせ。せいぜい頑張れ。何なら馬鹿共に痛い目を見せてやってくれ」
橋影会長はそう言うと、しっしと手を振り立ち上がった。
俺と持田も立ち上がり、一礼して部屋を出る。
パタンとドアが閉まった瞬間、持田を見た。
「……悪いな持田、黙ってて」
「蒼よ、持田家の情報網を舐めないでほしい。俺はサロンに入会する前から、お前と雛白さんの関係は知っていたぞ。まぁ暴露するとな、あそこは雛白さんとお前が面白そうだから皆で見ようぜってサロンなんだ。俺達は何も知らないフリをして遊んでいるんだよ」
「冗談だろ……」
「今も驚いたフリをして遊んでいた」
そう言うと、持田は懐から何枚かの写真を取り出した。
俺と結がコンビニにいる写真、結との帰り道で見つめ合っている写真、この間の公園で結が俺に寄りかかっている写真……。
「いや待て、何してんだよ!」
「ざまぁ」
「プライバシーを考えろ。これは捨てる」
「蒼のバカ! これは貴重なネタだぞ。リアルタイムで観察している俺は、蒼と雛白さんのラブストーリーをWeb小説に書き続ける義務がある。今が一番いい所でな、面白く完結すればブクマ30は下らないんだぞ」
「もう書いてんのかよ……」
最悪だ。
だめだ、疲れてきた。
1週間停学という重い処分を受けたのに、持田のヤバい話がそれを上回っている。
持田が肩にポンと手を乗せて来た。
「――蒼、お前は大地と会話するんだよ。改めて自分を見つめなおせ」
「お前らが見つめなおせ。これは犯罪だ」
「生命のエネルギーを大自然と雛白さんが分けてくれる。昨日サロンで読んだヤバい本にそう書いてあった。安心しろ、雛白結ファンサロンはお前の味方だぜ。正直、俺達は面白ければ何でもいいんだよ。ふ、ふふ……ぐふふう……!!」
「おい戻ってこい持田!」
白目を剥いて笑いだした。もはや魔物だ。
だがこんな様子でも、持田なりに気を遣ってくれている……と思う事にする。
「んで蒼、どうするんだよ」
持田が元に戻り、尋ねてきた。
橋影会長の話が真実なら、結と俺が恋仲になるのはNGという事だ。周囲はそんな気配が漂ってきて焦ったのかもしれない。
だが、そんな事実は結には関係が無い。
結は幸せであって欲しい。
俺は、そんな結の傍にいたい。
そして、彼女が困っているなら助けてあげたい。
それこそが何にも勝る、俺の願いだ。
「俺、結以外に失うものが無いんだよ」
「ふむ」
「結を何とかしてやりたい。彼女に重荷があるならば、俺が代わりに背負いたい。そのために持田、協力してくれないか?」
「任せとけ。告白の際は、ファンサロン総出でシュワキマセリを歌ってやるぜ!」
「……それは気持ちだけ貰っとく」
頼んですぐに、持田の協力が不安になった。




