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04 見ていた理由


 夜8時過ぎの、住宅街の静かな公園。

 そこに、俺と雛白が2人きりで立っている。



 まるで愛の告白みたいなムードになっているが、決してそうでは無い。


 街路灯に照らされた雛白は神聖で、西洋人形のように美しい。背中には見えない天使の羽根が生えているのかもしれない。サラサラと長い髪が流れ、大きな瞳で俺の方を見ていた。それに対して、俺の周囲には大量のユスリカが飛び回っている。


 俺が普通の高校生だったら今この瞬間に惚れているかもしれない。だがそうならないのは、俺の心のどこかが壊れているからだろうか。



「まずはお礼を。先日は、私の甥っ子達を助けて頂いてありがとうございました」


 雛白はそう言うと頭を下げた。あの二人の子供は、やはり雛白の親族だったようだ。それにしても、わざわざこんな時間までお礼のために待つとはご丁寧な……というか他にも理由があるんだろう。


「そんな対した事はしていないよ」

「いえ、甥っ子達からもちゃんとお礼を伝えてほしいと。特に姪っ子は本当に怖がっていましたから」


 それ違う。

 俺に怖がってたんじゃねぇか。


「でも雛白さん、その割には随分と俺の事を睨んでなかったか?」

「……その、間違っていたらすみません。最近この辺りで噂になっている、独り言を言い歩く浮浪者とは望月さんの事でしょうか?」

「何だよそのやばい噂……」

『ほら、私の言った通りじゃん!』


 噂って尾ひれつくよなぁ。


「独り言は言うけど浮浪者じゃないよ。でも多分俺の事だ。公園で飯食って本を読んでるのも俺、体を洗っているのも俺、朝まで寝ているのも俺だ」

「やっぱり望月さんじゃないですか!」

「いやまぁ限りなく近い自負はあるけど、学生だしちゃんと自宅もある。無いのはお金だけ」


 雛白の目の色が変わってきた。蔑んだその目すらも魅力的で、どくんと心臓が跳ね上がる。あれ、俺ってもしかしてMか?


 慌てて目を逸らした。


「お聞きしますが、なぜそのような真似を?」

「単純にこの公園が好きだから」

「家出とか……望月さんのご家族は何も言わないんですか?」

「家族はもう誰もいない。俺は一人暮らしだ」

「――え? あ、その、ごめんなさい……」

「気にしてないからいいよ、もう昔の話だから」


 この手の質問に答えた後の空気感は、色んな場所で何度も体験した。もう慣れてしまったというのもあり、逆に俺の方が申し訳なくなってくる。


「まさか望月さんって――」


 そう言って、雛白が急にしおらしくなった。

 少しの間、気まずい沈黙が辺りを包む。


「あー、今日は家で寝るから大丈夫だよ。虫も多くなってきたし」

「……望月さん、私が家までお送りします」

『ぷぷ! 蒼お兄ちゃん、普通逆だよね?』


 どんだけ疑われてんの俺。


「……悪かった、今度からはなるべくここでは寝ないようにするから。俺の方こそ送るよ雛白さん」

「いえ、私の家はすぐそこなので大丈夫です」

「大丈夫じゃない。その容姿でこんな時間に一人でうろついてちゃ駄目だ。どんな場所にも危ない男はいる」


 雛白を無視し、公園を背にして歩き出した。もうここであまり寝泊まりできないというのは中々にショックだな。昔から気に入っていた、思い出の公園だったのに。


 雛白がちょこちょこと後を付いてくる。雛白の家がどこにあるのか知らないから、適当に歩く事にする。


「……望月さんも危ない男ではないんですか?」

「危ない男かもな、噂の浮浪者だし」

「意外と気にされるんですね」

「こう見えて少し傷付いてる。あの公園は本当に第二の家みたいに思ってたからな」


 いや、やっぱり自分でもおかしい事を言っている気がする。


 その時、対面から男性の集団が歩いてきた。この辺りで夜によく見かける、集合住宅に住んでいる大学生達のようだ。


 すれ違う時、彼らは雛白に目が釘付けになっていた。彼女の特徴的な亜麻色の髪と整った顔立ちがそうさせるのだろうか。大学生達は口を開いて茫然としていた。


 雛白が大学生達に触られないよう盾になる位置に移動し、静かに通り過ぎる。


「……美人って、本当に大変なんだな」

「もう慣れました。それに全員が全員、私をそういった風に見る訳ではありませんから。どちらかと言えば、望月さんもそうではありませんか?」

「まぁそうかもな。雛白さんは可愛いと思うけど、俺は見た目より中身の方を気にする……あぁ、ごめん雛白さんが性格悪いってわけじゃなくて、お互いにそんなに話してないからよく知らないというか」


 俺を通報しようとしたので怖いんです、とは言えない。


「ふふ、気にしていませんよ。それよりも、守って頂いてありがとうございます。……私、望月さんって怖い方なのかと思っていました」

「そりゃ噂が作り出した風評被害だ」

「それは自業自得ですよ?」

「……仰る通りです」


 そう言うと、雛白は意地悪な顔で微笑んだ。

 可愛いの一言しか浮かばないな。

 尚更こんな時間に一人にさせられない。


「望月さんは優しい方だと思います。何だか話していて温かい気持ちになりますから」

「いや俺は口も悪いし、むしろ雛白さんの方が優しいし温かいよ。こうして雛白さんが夜に訪ねて来る事になったのも、俺が避けていたからだしな。ごめん、悪かったよ」

「いえ、気にしないで下さい。私の方こそ、学園で睨んだりしてすみませんでした」


 雛白がぺこりと謝罪した。


 礼儀正しすぎる。明らかに浮浪者チックな行動をした俺の方が悪いのに。外見も中身も良いときたら、モテるという理由がよく分かる。


「またコンビニに遊びに来てくれ、ちゃんとシュークリームは冷やして待ってるから」

「ふふ、分かりました。ここが私の家です、送って頂いてありがとうございました」

「あぁ、お休み。また明日な」

「あのっ――……はい、お休みなさい」


 雛白は何かを言いかけて止め、俯きがちに家の門をくぐって行った。



 ……いやいやまてまて。

 何だこの家。


 雛白が入っていった家は、でかすぎるコンクリートの壁のせいで中の様子が全く分からない。まるで防波堤だ。


 住宅街の一角に相応しくないその佇まいは、ここを高級住宅街と間違えて作ったかのようだ。興味本位で家の周りをぐるりと確認したが、俺の家が軽く4つぐらい収まる。


 やはり、彼女は住む世界が違うのだ。水菓子学園の生徒って、名門だけに皆こんな家に住んでるのか?


 そういえば持田の弁当もやたら豪華だったな。俺のお手製魚肉ソーセージ丼とか見たらドン引きするんじゃなかろうか。



『蒼ちゃん、彼女が羨ましい?』

「家は何とも思わないが、少しだけな」


 弟と妹の存在。当たり前かもしれないが、家族と一緒に暮らしている事が正直羨ましかった。雛白の生活は光の庭で、今の俺は影とか泥沼あたりだろうな。


『蒼ちゃんには私がいるから大丈夫……何だったら私と一緒にアイドル目指しちゃう?』

「それはやばいでしょ志乃さん」

『そろそろ帰ろう、蒼お兄ちゃん。宿題と予習復習やらなきゃ!』



 そして自宅に着いてから気が付いたが、雛白の家は俺んちから僅か徒歩1分のご近所だった。


 そりゃ噂に過敏になるわけだ。


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