表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/59

38 避けられている相手に勇気を見せる


 期末試験までもう少し。


 結の家で何回か夕飯をお世話になりつつ、食後に二人で勉強するという日々が続いた。当然タダ飯では無く、何かしら手伝いをさせてもらった上でだ。


 彼女は頭が良くて、何よりも効率がいい。俺の様に暗記一辺倒の勉強方法ではない。結は眼鏡をかけたポニーテール姿で、俺が分からない所を細かく教えてくれた。その様子はさながら家庭教師だ。俺よりも教師に向いていると思う。



 そして、期末試験があっという間に終わりを告げる。


 今回も頑張った方だ。

 何せ体調が良い。


 その結果は……。



「4位……!」

『やるじゃない、蒼ちゃん!』

「ふふ、やるだろう?」

「――やるわねぇ、蒼ちゃん」

「うわっ!」


 びっくりした。

 順位表の前で無意識に志乃さんと話していた上に、隣に結がいる事に気が付かなかった。


「うわっ、は酷いです!」

「ごめん気配を感じなかった。ゆ……雛白先生は今回も2位じゃないか」

「はい、あぉ……望月ちゃんもまた一桁ですね」


 望月ちゃんは初めて聞いたぞ。


「雛白先生のおかげですよ。ありがとう、本当に助かったよ」


 そう言うと、結は嬉しそうに笑った。

 感謝の思いを伝える事は大切だ。


 俺はすっかり結に面倒をみられているのだ。


「それはよかったです。これから山田先生の所へ行くんですか?」

「あぁ。特待生はこうして毎回指導を受けるんだ。ついでに俺は生活指導も受けている」

「ふふ、行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 ばいばいと手を振って結と別れた。



 ふと思ったが、もしかして先生と結って俺の情報を共有しているんじゃないか?

 やたら結の家でバイトをと誘われるのも、実は二人で結託していて俺を監視するためだとか。


『いいじゃない、蒼ちゃんは甘えても』

『結は純粋に優しいだけだよ、蒼お兄ちゃん』

「……」


 俺にしか見えない、二人のイマジナリーフレンド。たとえ空想上の人間だとしても、彼女達が消滅する事に対してはまだ躊躇いがあった。


 この二人は消えなくてもいい。だけど、次々と新たな幻覚が増える事は恐ろしい。



 研究室のドアをノックする。


「失礼します、望月です」

「おぉ望月君、頑張ったね。バイトを休んで体調も整ったかい?」

「整いました。ですが、財布は素寒貧です」


 そう告げると、困った表情で微笑んだ。先生に迷惑はかけたくないが、こちらも生活がかかっているんだ。それも、俺だけの問題じゃない。


「それよりも先生、親戚の叔父さんから連絡が途絶えています。何か聞いていませんか?」

「ご親戚の? それは……いや……」


 先生が口籠った。


 この様子だと何かを聞いていそうだ。

 先生から言い辛そうな雰囲気を感じる。


「……俺は無視されていても、彼らが無事ならいいんです。仕送りが出来ていない今、特に受験生の一人娘がどうなっているのかが気掛かりです」


 すると、先生考え込むように顎に手を添えて少し下を向いた。


 何かを聞いているのかもしれない。だけど、山田先生は優しい方だ。頭の中で俺を傷付けないように言葉を選んでいるんだろう。



「特に何も言っていませんでしたが」

「……え? 先生が連絡を取ったのはいつですか?」

「君が退院した時です。気になるなら、こちらから連絡を取りますか? それとも、自分で出来ますか?」


 自分で出来るか、か。

 正直、甘えたかった。


 だけど、少し気が変わった。

 先生からは真意を測られている気がする。


 俺が、一歩を踏み出せるのかどうかを。


「いえ。勇気を出してみます」

「――良い事だ。また成長したね、もし電話が繋がらないなら頼ってください」

「ありがとうございます、先生。失礼します」



 先生の研究室を出る。


「ふぅー」


 試験の結果が良かった喜びが、叔父さんと会話する覚悟でかき消されそうだ。


 自分を避けている人にぶち当たる勇気か。きっと仕事ってこんな感じなんだろうな。苦手な上司に異議を申し立てる、みたいな。そんな風に考えると、働く事に対して躊躇いそうだ。




 教室に戻ると、結が俺に気付いて小さく会釈してきた。それだけで、重く沈みかけた心が軽くなった。俺って単純だなぁ。


 そして結の朗らかな表情とは対照的に、持田が俺の椅子に座ってどんよりと落ち込んでいた。再び気が重くなる。それに持田の唇が紫色だ。死んでんのか?



「蒼、聞いてくれよ……」

「珍しく暗いな持田。順位は良かったんじゃないのか?」

「試験の事じゃねぇんだ。昨日な、通りすがりの占い師に俺の運勢を占ってもらったんだ。そしたら、俺いま大殺界らしくてよ」

「何だっけそれ、とにかく不幸なやつか?」

「そうだ。んでつい今さっき――俺、ファーストキスしちゃったんだよ」

「……はぁ!?」


 持田のキス告白に、思わず大きな声が出た。クラスの皆も持田の告白に驚いてワクワクしている。皆、なんだかんだ持田の雑談が好きなんだよな。俺と持田の会話は、大体が聞かれている気がする。


「それはまったく不幸じゃないぞ。むしろ、おめでとう持田。今さっきって事はこの学園で?」

「売店だよ」

「その……お相手はどなた?」

「売店のおばちゃん」

「嘘だろ……」

「マジだよ……」


 途端にクラスメイトが悲劇の様相になった。軽く悲鳴が上がり、皆が怯えだしている。結にいたっては、とんでもないものを見たという表情で口元を押さえていた。


「俺が転んで押し倒してよ、何でか分かんないけどチュっとしちまったんだ」

「何でチュってするんだよ……いや好みなら何も言えないが、売店のおばちゃんって確か還暦近かったろ?」

「そうだ、多分母ちゃんより年上だぞ。きっと何らかの方法で若いエナジーを吸ってきたんだよ」

「吸血鬼かよ、つか持田からやったんだろ」

「よく分かんねぇけど、あのどぎつい厚化粧が妙に可愛く見えたんだ。どう考えても大殺界のせいだろ、唇がナスみたいな色してんだぞ」


 多分だが、試験の結果が良かったせいで浮かれてキスしたんだろう。

 こいつの生態は謎だ。


「ちなみに初めてのチュウはどんな味だった?」

「酸味と加齢臭がきつかった。おばちゃんもドキドキが止まらないっつってた」

「恋が始まってるじゃん」

「いや、不整脈だそうだ」

「おばちゃん……」


 ご高齢なんだな。


「脳内でおばちゃんをナスに変換しとけよ」

「お前は天才かよ。ナスを買ってキスするわ」

「それはトラウマになるからやめとけ……」


 こいつはこれから、ナスを見る度にキスを思い出すんだろう。


 持田はクラスメイトに囲まれて慰められ始めた。そして少し元気になった持田に別れを告げ、俺は図書館へと向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ