36 じーーっと見る人がほんの少しクールになる
本日2話目です。ご注意ください。
11月のある日。
「うぅ……今日はまた一段と寒いな」
『蒼ちゃん、さすがにコート買ったら?』
そんな風に気を遣ってくれる志乃さんは夏と同じ格好をしている。アイドルは季節が関係なくて過酷そうだ。
公園の木々もすっかり寂しくなってしまった。日を追うごとに寒さが増し、季節に上手く順応しないと風邪を引いてしまいそうだ。
しかし落ち葉が無くなったおかげで、朝の掃除も大分楽になった。これぐらいの掃除なら志乃さんでもできるんじゃないか?
『できたらいいのにねぇ。見ているだけじゃ暇よ』
こうして志乃さんと話しながらゴミ拾いをしていたが、いつの間にか幼稚園児の登園時刻になっていたようだ。道路の脇から修一君が俺の方を見ていた。
「おはよう、修一君」
「ねぇおじさん、今度はお姉ちゃんに何したの?」
「結に? いや……また何かあったのか?」
「……チッ」
そして修一君は去って行った。
……この流れ、前もあったな。
嫌な予感がする。
やはり、朝っぱらから持田が興奮していた。
「おい蒼! おいおい蒼蒼!!」
「またかよ持田、今度は何なんだ」
「そんな事言って、お前も実は楽しんでるだろ! あのクールにデレた生物は何だ!?」
あながち否定できない。
そして持田は結の方を横目で見た。
――そこに、ツーサイドアップの美少女がいた。
『あらあら~あれは私かしら!?』
「結~! これも可愛い~!!」
これはデジャヴだ。
いや分かる、何が起きているのかはよく理解できるんだ。
「ぐおおお可愛いいい!」
「もうお前は何でもいいんじゃないか」
「馬鹿言え、今の雛白さんはそこらのアイドルを上回ってる!」
制服姿のツーサイドアップ。もともとの髪色が綺麗な上に、更に艶やかに輝いていた。首を振るとふわりと舞いそうで、キラッとポーズを取ればまさにアイドルだ。志乃さんはそんな彼女の隣に立ち、とても愛らしそうにその様子を見ている。
『可愛いわねぇ! 娘ができたみたい!』
高校生の娘がいるアイドルとは、志乃さんの年齢設定を大幅に変えなきゃだめだな。6歳ぐらいで生んだことになっちゃうじゃん。
『蒼ちゃん冗談よ、冗談が通じない男はだめねぇ~』
――
そして、その日の昼休み。
何となく前と同じ流れにしなきゃいけない気がして、俺は売店でシュークリームを購入した。皆が期待しながら教室で俺の帰りを待っていた。何なんだろうこの連帯感は。
「んっふ……ふぅ。……はぁ……んっふ」
「そこまで再現しなくてもいいだろ持田」
「蒼のバカ! 俺はリアリティを求めるんだよ」
「ほら持田、お前の分のシュークリーム」
「あ、ありがとう――お兄ちゃん」
ゾっとした。
ホラーみたいな、不気味なモノマネだ。
若干似てるのが余計に腹立たしい。
俺は200円もかけて何をしているんだろう。
しかし、そんな俺達の様子を結はいつも通りじーーっと見ていた。いや、見ているというよりもムムムと睨んでいるようだ。少しだけ頬が赤く見えるのは、やはり恥ずかしがっているんだろう。
「ちょっと行ってくる」
「もぐもぐ……おう」
売店で買った200円のシュークリームを持ち、深呼吸をして結の方へと近づく。
結の前に立った。
皆が俺と結を見ている。
そこで少し冷静になった。
俺は一体、何をしているんだろう。
結は何も喋らない。
これはツンデレか、クーデレかどっちだ?
「――な、何か用?……ですか?」
結はクールになりきろうとしていた。
がしかし、戸惑ったようだ。
……今の結は俺のために行動を起こしてくれている。それなのに、こうして見世物のようになるのはどうなんだろうと思った。
俺は思い切って結の手を取り、教室を出ることにした。
「えっ、あっ……!」
「ごめん、ちょっとだけ付き合ってくれ」
「あ、おい蒼!?」
結がすっと立ち上がり、手を繋いだまま俺に付いて来る。
静かにクラスメイトの注目を浴びる。
背中に汗をかいてきた。
大胆な事をしているのは分かる。
だが、やっぱり自分が許せなかった。
教室を出て、そのまま図書館へと向かう。
昼休みで人通りが多い廊下に差し掛かって、手を放そうとした。だが、結の方からギュッと手を握り返してきた。
「――い、嫌です」
恥じらいながら上目遣いでそう告げる結に、思わず心臓が跳ねた。本当にどこかのアイドルと手を繋いでいるみたいだ。
しかもその表情は、デレッデレにデレていた。めちゃくちゃ可愛い。えへへと笑いながら、今にもすり寄ってきそうだ。
「こ、こっちだ。行こう」
衆目を集めつつ、図書館の近くの芝生へと辿り着いた。学内よりも人は少ないが、それでもこちらを見ている生徒は多かった。
立ち止まって結の方に振り返り、話しかける。
「ふぅ。これも葉月さんから聞いたのか?」
「は……はい、アイドルはこうだって……こうあるべきなんだって」
葉月さんのニヤっとした顔が目に浮かぶ。あの人は結を大事に育てると言いつつも、かなり楽しんでいる気がする。
結は泣きそうな表情でじーっと俺を見ていた。
餌を欲しがるポメラニアンみたいだ。
「……結。結の気持ちは凄く嬉しいんだ。だけど、俺は結を葉月さんのオモチャにしたくないんだ」
「は、葉月さんの?」
「葉月さんは……というか俺やクラスメイトも、結が可愛いと思っている。可愛い子が可愛い事をしたら、凄く可愛いんだよ。皆それを見たいと思っているんだ」
「かっ……か……」
口があわあわとしだした。
「それを結だけが知らないのは、俺は嫌だと思ったんだ」
お兄ちゃん事件の時は、あまりの衝撃で受け入れてしまった。だがそれが続くのはやり過ぎだと感じたのだ。考えすぎかもしれないが、俺はいじめられていた過去を思い出してしまった。
「蒼くん……」
「澪も志乃さんも幻覚だ。だけど、恩人だ。それと結とは比べる事なんて出来ない」
結は少し落ち着いてきたようだ。
再び、ぎゅっと手を握ってきた。
「――じゃあ蒼くんの前だけではどうですか?」
「え?」
……まだ何か勘違いしているんじゃないか。
葉月さんに騙されている感が残っている。
だが……。
「――どちらかといえば、俺はお兄ちゃん呼びの方が好き」
『はぁ!? ちょっと蒼ちゃん!!?』
「うおっ!!」
「あ、蒼くん!?」
志乃さんのこんな大きな声、初めて聞いた。
以外に低い声で怒りを感じる。
「ごめん、志乃さんが嫉妬してる。凄い大きな声で怒られた」
「……」
「あー、まぁとにかく。教室ではそれはやめよう。皆びっくりするから」
「だ、駄目よ蒼ちゃん! 私が蒼ちゃんの前でアイドルになるのは、蒼ちゃんの――!」
結が言葉に詰まった。
デレはハードルが高いらしい。
見る見るうちに赤く染まっていく。
頭からポンッと音を立てた湯気が見える。
結は繋いでいた手を離し、両手を顔に持っていった。
「んんんぅうう……」
「……ほら大丈夫、シュークリームあげるよ」
恥ずかしがっている結の頭の上に、ちょこんとシュークリームを置いてみた。
バランスよく乗り、結が固まって面白い。
「……もう」
結は顔を隠したままそう言った。
「教室へ戻ろうか、変態が何してるか心配だ」
「ふふ……はい」
そして教室へ戻った瞬間、案の定、持田が俺と結のモノマネを一人でやっていた。




