32 秋の公園で二人の妹を見る
晩秋の日曜日の昼前、いつもの公園。
俺はベンチに腰掛けて、空を仰ぎながら、ぼんやりと結を待っていた。
目の前の緩やかな傾斜のある芝生では、子供達がサッカーをやっているようだ。子供用のゴールネットもあるこの公園は、小学生ぐらいの子供にとってはちょっとしたスポーツ広場となっている。マイボマイボと言う声が耳に届く。
『蒼お兄ちゃん、お金は大丈夫なの?』
「……全然大丈夫じゃないけど、気が進まなくてな」
俺の境遇は、世間からは気の毒に見られる。
だが、俺自身はそうは思っていなかった。
たまたま殺人事件というスポットライトを浴びやすいケースだっただけで、実際にはもっと酷い家庭もある。虐待や放置、それに親がドロンしたり。俺の場合は純粋に家族に恵まれていたのだ。それにそもそも、五体満足なのだ。
そんな様々な言い訳を盾にして、俺はお役所などへの連絡を躊躇していた。考えてみれば年明けからアルバイトを再開すれば生活費は何とかなるのだ。ただ、気掛かりなのは問題なのは叔父さんへの仕送りだ。
『叔父さん達、元気にしてるのかなぁ?』
「分からない。なーんで連絡くれないんだろ? 無事かどうかだけでも知りたいんだが」
俺が仕送りを止めると、一人娘である七海ちゃんの高校受験が失敗するとか無いよな。不安が募るが、かといってあえて公衆電話から連絡する勇気も出なかった。それでもし叔父さんが電話に出てしまったら、叔父さんが俺を拒否していたという証明なってしまう。
落ち葉が一つ、ベンチに落ちて来た。
「――すみません、お待たせしました」
振り向くと、秋色の美少女がいた。
青緑色のオルテガ柄のマフラーを首に巻き、ベージュのコートに深緑のロングスカート。背景も亜麻色の髪と調和していて綺麗だ。思わず息を呑む。
「すげぇ可愛い……」
思わず言葉が零れ出た。
結は少し驚き、ほんのりと頬を赤く染めて目を泳がせた。
「ああありがとうございます。蒼くんも素敵ですね」
「ありがとう。これ全部気に入ってるんだ」
俺の服装は全てお下がりだ。父さんの黒いコートに父さんのシャツとパンツ、マフラーは母さんでハンカチは桜のものだ。俺の服装は、家族で出来ている。
「お隣に座ってもいいですか?」
「もちろんだ、妹よ」
「ふふ、もう」
そう言うと、結は俺のすぐ隣に座った。
少し動けばお互いの腕が触れ合うほどの距離だ。最近は結の距離が近い気がする。触れ合っている腕からは、ほんのりと彼女の熱を感じる。
耳に届くのは葉音と子供の元気な声。
幸せな要素が揃っていて心地良い。
「……ところで結、今日はノープランなんだよ。秋の公園で秋らしい姿の結が見たいなぁという俺の煩悩だけで誘ったんだ」
「ふふ、それは何度も伺いましたよ。大丈夫です、私はこうしているだけで楽しいですから」
そう話す結をの方を見ると、優しく微笑みながらこちらを眺めていた。
本当に隙あらば見てくるな。目が合うと、一瞬だけはにかんだように目を逸らし、再び目を合わせてくる。口元はマフラーで隠れているが笑っている気がする。
まるで違う生き物みたいだ。
彼女に目を奪われ続ける。
「凄いな、ずっとこうして見ていられる」
「私もです」
じーっと見つめるその目に吸い込まれそうになる。結は次第に体を俺の方へと寄せながら、顔を近づけてきた。
だめだ。
恥ずかしくて顔を背けてしまった。
「負けました」
「ふふ、私がどれだけ蒼くんを――ってああああの、お腹が空きませんか!?」
結が慌てて離れた。
時計を見ると、時刻は11時35分。
「そうだな。近くに美味しいパン屋があるから、ちょっと行ってみない?」
美味しいパン屋。
こうして何気なく言ってみたが、実は下調べをしていた。人気のベーコンエピが11時半に焼き上がる。一個320円もするけどここが男の見せ所だ。今日初めて行くが。
「すみません、実はお弁当を作って来たんですが、よかったらいかがでしょうか?」
「もちろん頂きます」
『ちょっと蒼お兄ちゃん!』
断る理由がないだろ。
結は鞄から弁同箱を2つ取り出し、大きい方を手渡してくれた。
「ありがとう、幸せ指数の増加が凄い。多分、明日トラックで引かれちゃう」
「もう、大げさですよ」
そう言いつつも嬉しそうだ。
「結は自分の価値を低く見積もっているな。あの雛白結が作ったお弁当を、なんと本人と一緒に食べれるんだ。持田なら嬉しすぎて気が狂うレベルだぞ」
「私にしてみれば、あの蒼くんと一緒にご飯を食べれるって感じですよ。蒼くんだって人気者なんですから」
「よしてくれ、そんな噂は一切無い」
「ふふ、じゃあお互い様という事で。いただきます」
「いただきます」
弁当箱を開く。
やっぱり唐揚げだ。
「……うまい」
「良かったです、いっぱいありますからね」
少し冷めているが、噛むと肉汁が出てくる。サラダも美味しい。俺の胃袋は完全に結に握られているようだ。
「ほらお兄ちゃん、あーん」
「!? あ、あー……」
『ちょっと結!? 蒼お兄ちゃんも反応しないでよ!』
ご飯を噛んでいる途中だったが、思わずニチャアと口を開き、結の唐揚げを受け入れる。
「ふふ、面白いです」
俺が焦るのを見て楽しんでいる。
仕返しだ。
「ごくん……ほら結、あーん」
「――んうぅ!? ああ、あー……」
結の口の中にご飯粒が残っているのが見えた。
女の子の見てはいけない部分な気がする。
「確かに面白い」
「ごくん……お、驚きました。不意打ちは焦ります」
「お互い様だ」
「結、もう一回やってほしい」
「……ふふ、仕方のない人ですね。じゃあ、澪さんならどうやってあげるんでしょうか?」
『はぁ!? 何言ってるの!?』
ほら澪、どうやるんだ?
『私なら咀嚼して口移しする!』
罰ゲームじゃねぇかそれ。
「咀嚼して口移しするらしい」
「それはちょっと……」
「だよな、妹としては結の勝ちだな」
「ふふ、嬉しいですお兄ちゃん」
『ちょっと! 冗談なんだけど!』
結の一言でにやけてしまう。
本当に見ているだけで癒される。俺も雛白結ファンサロンに入ろうかな。
「そういえば、結のファンサロンって何をする所なんだ?」
「そ、それは私が知りたいぐらいです。知らない間に出来ていたんですよ、クラスでも何名かの入会者がいるらしくて。山田先生もよく知らないと仰っていました」
先生に聞いたのか。
私のファンサロンとは何ぞやと。
「今度、変態に聞いておくよ」
「お願いします」
変態というワードで持田と分かってしまったか。
「ごちそうさまでした。美味しかった」
「ふふ、ご馳走様でした」
弁当を食べ終えて、二人とも静かになる。
さて……どうしよう。
考えてみれば、俺はこれが人生で初デートだ。エスコートしようにも、何をどうしたらいいのか分からない。この住宅街にデートコースなんてあるんだろうか。
ここはごく普通の住宅街。どこかに出かけるなら電車に乗っていく必要がある。だが、あまり人には見られたくない。公園をぐるりと散歩でもしようかな。
そう思っていたら、結が口を開いた。
「……あの、蒼くんの写真を撮ってもいいですか?」
「写真? どうぞ」
と言ってしまったけど、いざ携帯を向けられると恥ずかしいな。
視線を携帯から逸らそうと、サッカー少年達を見て誤魔化す。サイドハーフから山なりのセンターリングが上がり、背の低い少年がヘッドスライディングでゴールを決めた。ゴラッソだ。少年は皆に囲まれて喜んでいる。
「……ふふ、ついに撮りました」
「その写真はどうするんだ?」
「Tシャツにします」
「……そう聞くと、いかにファンサロンがやばいかがよく分かるな」
だが結は返事をせず、嬉しそうにまた写真をパシャパシャパシャと撮り始めた。連写モードのようだ。もう好きにしてくれ。
丁度その時だった。
サッカー少年の一人が目の前にやって来た。
「――あの、おじさんもサッカーやらない?」
「……俺?」




