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31 じーーっと見る人が可愛いくなる②


 放課後、お兄ちゃんになった俺は逃げるように図書館へと駆け込んだ。



 文化祭で浮かれていたこの学園も今は落ち着きを取り戻し、次のイベントである期末試験へと向かう時期となる。試験直前になるとこの図書館も混雑するんだろうが、今は人も少なく閑散としている。


 本の匂いを嗅ぎながらうろうろする。好きなもので満たされた静かな空間で、汚れた心が癒される気がした。



 ……駄目だ、全然落ち着かない。

 徐々に顔がにやけて、再び心が汚れ始める。


 お兄ちゃん。俺がついに結のお兄ちゃんに――。


『気持ち悪いよ蒼お兄ちゃん』

「ふふ、おいおい澪、いまさら嫉妬だなんて無駄……」


 そして、すれ違う図書委員の男子と目が合った。突然にやけながら独り言を話し出した俺を見て引いている。


「……すみません」


 頭を下げて、急いでその場から離れる。


 澪、ちょっと静かにしていてくれ。


『嫌だよ、私と遊ぼうよ!』


 どの通路にもパッと現れる澪が不機嫌な顔だ。俺の中にいる義妹のはずなのに、何で嫉妬なんてするんだ?


 ふぅ、まず心を落ち着かせよう。

 そして時間を有効に使うんだ。


 アルバイトができなくなった今、本来であれば勉強をするべきなんだろう。もしくは金策を練ったり、市役所や見守りセンターにお金をくださいとお願いをしに行くべきなのかもしれない。生活費が無くバイトも出来ないというのは、まさに死活問題だ。


 だがそれよりも、今は親戚の叔父さん達は大丈夫なのかが心配だ。何せ返事が返って来ない。今回ばかりは本当に仕送りは出来ないし、困った。


 見守りセンターへ連絡するのはまた今度にして、今日はひとまず結と話をするつもりだった。こうして図書館に来たのも、彼女が来ると思ったからだ。



 時間つぶしに入荷したばかりの書籍コーナーを眺める。11月は歴史特集のようで、戦国武将の本が沢山並んでいた。


 手に取ったのは徳川家康の本。座って本を開き、ほととぎすを待つ事にする。



――



 『人の一生は、重荷を負うて遠き道をゆくがごとし。急ぐべからず。』


 深い。

 忍耐の人の言葉は貧乏性の俺に刺さるな。憧れるのは信長だけど、俺は家康の人間らしい考えが好きだ。最後に勝つためにあらゆる手を打った感じがするのが格好良い。


 いつの間にか読み入ってしまっていたようで、外は夜の帳が下りていた。図書館内の生徒も少なくなり、閉館時間に近付いている事を感じさせる。



 結局、結は来なかったようだ。

 そう考えて本を戻そうとした、その時。


 メガネにツインテールの美少女が、旅行雑誌で顔を隠しながらこちらを眺めているのを見つけた。



 目が合い、お互いに軽く会釈する。


「いつの間にいたんだ?」


「ふふ――――お兄ちゃん」


 ぐふううう!!!


 弾丸かよ!!

 何だよこれ、俺シスコンだったの?


 思わず頭をくしゃくしゃとかき、大きく深呼吸をして落ち着く。



 だが落ち着いた後、なぜかニヤけてしまう。


「やめろお……」

「拒否する割には、嬉しそうですね」

「そりゃあ、可愛い妹のせいだ」

「かっ……ううぅ……!」


 結は恥ずかしそうに顔を隠し、足をバタバタとさせた。

 一体、俺達は何をやっているんだ。


『本当だよ、蒼お兄ちゃん。私はどうなるの?』


 澪は澪のままだ。

 結の方こそどうなってんだ。


「……ふぅー。よくないぞ、一旦落ち着こう」

「ふぅ、ふぅ……そうですね……」


 結の正面に座る。

 やはり、ツインテールも似合っている。


「それ、深く追及しない方がいいか?」

「いえその、急に妹ブームが来てまして……葉月さんにこうしろと言われまして……」

「……そうか」


 葉月さんグッジョブ!


「変ですか?」

『変でしょ! 結、騙されてるよ!!』


 澪の言う通りだが、今の所全員が幸せになってるぞ。これは多分、皆で温かく見守るやつだ。


「変だとしても皆が喜ぶし、しばらくそのままでいいんじゃないかな。俺は正直グッときた」

「そ、そうですか……ふふ」


 そう告げると、結はほっとした様子で微笑んだ。


「でもすみません、あんなに騒ぎになるとは思いませんでした」

「そりゃあ驚くよ。凄い爆発力だ。葛西さんも酷い狼狽えようだったな」

「今度は茜さんに向かって、お姉ちゃんと呼んでみますね」

「鼻血を吹いて失神するぞ」

「ふふ、ちょっと楽しみです」


 こんなの近距離でショットガンを撃たれるようなものだ。言われたのが持田だったら興奮して学生服が吹っ飛ぶだろう。そう考えると、持田と同類である葛西さんも危ない気がする。


「蒼くん、アルバイトはどうするんですか?」


 あ、蒼くんに戻った。

 慣れが必要だな。


「正直迷ってる。医者は体調が戻ればやっていいって言ってたんだけど、もう既に戻ってるから働いてもいいかなぁと」

「ダメですよ蒼くん、私が許可しません」

「店長にも同じ事を言われた」


 この二人は俺の身を案じてくれている。

 それを裏切るつもりは無かった。


「ひとまず年明けまではゆっくりするつもり。どうせ勉強もしなきゃいけないし、生活費も暫くは平気だからな。結も何か手伝う事があれば言ってくれ」

「何でもいいんですか?」

「何でもいいよ」


 すると結は少し考えたような素振りをし、俺の方を向き直した。


「……では、放課後は私の近くに座って勉強や読書をして頂けますか?」

「いや、結の作業を手伝いたいんだけど」

「それでまた倒れられたら困ります。あまり行動的にならないようにして下さい」

「大丈夫……」

「じゃないです。いいですね?」


 むぅっとした表情でそう言った。

 まぁ、気が付いたら倒れていたという実績があるからな。ここは見守りセンター結に甘えるか。


「分かった。けどその代わりに、帰りは一緒に帰って結を家まで送ろう。俺は結から何かを貰ってばかりだから、俺も何かを返しをしたいんだ。これは譲らないぞ」

「一緒に……わ、分かりました」


 そう言うと結は少し俯き、ふふっと笑った。その仕草と表情に思わず目を奪われる。これが知的な妹系美少女か。一体どれだけモテ要素を増やすつもりなんだろう。



 そして、図書館の中が静かになった。


 いつの間にか、司書の人もいなくなっていた。

 もうすぐ閉館時間かもしれない。



 ――今なら、あの夢の事を聞いてもいいのか?



「……結、あのさ――」

「お、お兄ちゃん! 紅葉のその、文化祭の時の約束って覚えていますか?」


 ぐおおおおオニイチャン!!

 だから何なんだよこの胸をえぐられるような感覚は!


 だめだ、動揺してしまう。


「もももちろん。お兄ちゃんがわすっ、忘れるわけが無いだろう。というか今日はその話をしに図書館に来たんだ。結さえよければ早めに行きたいと思ってる。公園の木々もかなり落葉しちゃってたんだよ」

「でしたら、今週の日曜日はどうでしょうか?」

「いいね、そうしよう……はぁ」

「ふふ、良かったです」

「急に呼ばれると心臓に悪いよ」


 しかし、得も言われぬ幸福を感じる。

 俺は一体、何に目覚めたんだ。


「……私と澪さんとどちらの妹がいいですか?」

『はあああああ何言ってんの!?』


 澪が突然現れて大声で叫んだ。聞こえるのは俺だけだが、その声の大きさに驚いて思わずびくんと跳ねてしまう。机に膝が当たってガタンと大きめの音が鳴った。


「だ、大丈夫ですか!?」

「悪い、澪が結に嫉妬しているらしい」

『ちょっと蒼お兄ちゃん! こんなポッと出の妹もどきに負けるわけないでしょ! 年季が違うの年季が!!』

「……何って言ってるんですか?」

「完敗だってさ」

『蒼お兄ちゃん!!』


 澪の声がうるさい。空気の振動も無いから聞こえていないはずなのに、耳鳴りのように残響するんだよな。耳を塞いでも聞こえるという、不思議な現象だ。



 しかし、澪の存在か。


 その事に結は気が付いているのか、ただ俺の空想に付き合ってくれているのか。医者が結に何と言ったのかは知らない。どちらにせよ、結なら誰かに言いふらすような事はしないだろう。いっその事、このままただの妄想癖を持つ男だと思ってくれてもいい。


「あなたには負けません、とお伝えください」

『いい度胸ね、結。どっちが見守ってきたと思っているの? なんちゃって妹にお兄ちゃんの性癖が分かるわけないでしょ!!』

「伝わってるよ。俺の性癖を知らないだろうと言い張っ……いや、何でもない」

「雛白さん、そろそろ閉めますよー?」


 ちょうどその時、司書さんが閉館作業に戻って来た。


「そろそろ帰ろうか、妹よ」

「はい。帰りましょうか――お兄ちゃん」

「ぐふうぅ、また心臓に穴が空いた。しかし妹よ、このパワーワードは使いどころが重要だぞ。連射すると効果が薄れるから、ここぞという時に俺や葛西さんにぶっ放そう」

「ふふ、分かりました。お勉強になります」



 結に夢の事は聞けなかったが、まぁいいか。


 こうして、放課後に楽しみが出来た。



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