30 じーーっと見る人が可愛いくなる
「うぅ……寒くなってきた」
『もうちょっと厚着しなよ、蒼お兄ちゃん』
早朝の公園に木枯らしが吹き、落ち葉がふわっと舞い上がった。それに朝日が重なって絶景だ。人も車も少ないこの時間は葉音しか聞こえず、心が落ち着く。
予定通りに退院する事となった俺は、体調万全の状態で落ち葉の清掃を始めていた。気が付けば紅葉しきってしまったこの公園は、来週にも落ち葉だらけになりそうだ。
俺は病院で目が覚めた日の昼間、先生に電話を入れた。そこで退院の日時とお礼を言おうとしたが、いきなり先生が電話越しに怒鳴ってきた。そして同時に謝罪もされた。
先生は叔父さん達よりも俺の事を心配してくれている。この後、学園でもう一度怒られに行くつもりだ。あとコンビニに行って店長にも怒られなきゃな。
そして、結には結局電話が出来なかった。あれが夢か現実か分からずに勇気が出なかったからだ。そのため、先生にお礼の言伝をお願いしておいた。
『蒼お兄ちゃん、あれは夢だよ』
「俺もそう思う。まぁ電話には心の準備が出来ていなかったんだ。今日会って直接お礼を伝えるよ」
シャッシャッと落ち葉を集めていると、いつの間にか幼稚園児の登園時刻になっていたようだ。道路の脇から修一君が俺の方を見ていた。
「おはよう、修一君」
「ねぇおじさん、お姉ちゃんに何したの?」
「結に? いや……俺は昨日退院したばっかりで特に何もしてないけど」
「……チッ」
そして修一君は去って行った。
何だよこええ……幼稚園児が舌打ちなんてどこで覚えるんだよ。
だが俺はこの後すぐ、その舌打ちの理由を知る事になる。
数日ぶりに教室に着いたら、朝っぱらから持田が興奮していた。退院おめでとうの一言も無く、席に座った俺に詰め寄って来る。
「おい蒼! おいおい蒼蒼!!」
「何だよ持田、もう授業が始まるぞ」
「授業よりもお前の体調よりも重要な事だ! あの可愛い生物は何だ!?」
そう言うと持田は結の方を横目で見た。
彼女の席は、俺たちの右斜め後方。
――そこに、ツインテールの美少女がいた。
『ちょっと何あれ!? 私の真似じゃん!!』
「結~! なにこれ可愛い~!!」
葛西さんも興奮している。あの人は持田を嫌っているようだが、こいつとは馬が合う気がするんだよな。同じ穴の狢だ。
「ぐおおお可愛いいい!」
「確かに」
ローツインテールと言うのだろうか。この学園でも結構見かける髪型だが、普段ストレートヘアーの結がやるとかなり可愛いく見える。ただ髪型を変えただけなのに凄いな。澪はそんな彼女の隣に立ち、悔しそうにその様子を見ている。
『私の方が似合う!』
いや、どう見ても結の方が似合う。そして当人は俯きがちになり恥ずかしがっているようだ。その姿もいじらしいというか、恥ずかしいのになぜその髪型にしたんだ?
――
そして、その日の昼休み。
「先生、ありがとうございました」
俺は山田先生の研究所で、先生に深く頭を下げた。
「止めなさい。そんな事をしても何にもなりません。この話は先日の電話で終わりましたよ」
「いえ。叔父さんの代わりに来て頂いて。これからは時間にも余裕が出来そうなので、何かお手伝い出来る事があれば言ってください」
「……はぁ」
先生は深くため息を吐き、俺を見た。
「まずは元気になりなさい。それからです」
「はい、頑張ります。失礼しました」
良い人だ。
そのまま売店を経由し、教室へと戻る。
だが……。
「んっふ……ふぅ。……はぁ……んっふ」
昼休みになっても持田の興奮は冷めやらない。
そして結はというと、上目遣いでじーーっとこちらを見ていた。そこにあざとさは無く、むしろ恥ずかしいのに我慢しながら見ているようだ。頬はほんのりと赤く、今にも顔を隠してしまいそうな表情だった。
しかし、俺も恥ずかしくて結の方を直視する事が出来ない。あの夢のせいだ。夢が事実なら、俺はとんでもない事をやらかしている。一体、彼女に何って言ったらいいんだろう。
「ステータスオープン!」
「……聞くのも億劫になって来たが、急にどうしたんだ持田」
「ありがとう蒼、その優しさで俺のHPが50回復したぞ」
そう言うと、持田は手に持っていたルーズリーフにハートマークを書き足した。
「ちょっと雛白さんが可愛すぎるから、俺のステータスを興奮の状態異常にしておこうと思ってな。今書いているweb小説に、ステータスを導入する事にしたんだよ」
「お前が書いてるのってポエムじゃないの?」
「最近は恋愛小説を書き始めたんだよ。底辺すぎて誰にも読まれないから、恋愛小説にステータスを入れたらどうなるかの実験をする事にした」
「レベルが高すぎて分からない」
「おぉ、蒼は流石だな。お前のレベルを上げておこう」
持田はもう一枚紙を取り出して書き換えた。
俺のステータスのようだ。
いちいち修正すんのかこれ。
持田にデコピンした。
「ぐああああああああ!!」
「いや弱すぎだろその反応」
「蒼の攻撃力がインフレ起こしてんだよ。それに俺のジョブは遊び人だぞ。ちなみにお前は青魔法使いで、雛白さんは白魔法使いだ」
「青魔法使いでインフレ起こすのかよ。どんなジョブなんだ?」
「敵にやられながら臭い息を吐くんだよ」
「なめてんのか」
「ぐあああああくっせえええ!! ハートが1になった! だれかヒール、ヒールをくれ!」
持田は片目でチラッチラッっと雛白を見た。
雛白はこちらを見つめながら怯えている。
「すまん、付き合ってやってくれ」
「……ひ……ヒール」
「んっふ! 興奮してきたぜぇええ!!」
そして、持田は更に元気になった。
こいつに構ってると話が進まないな。
「ちょっとお礼してくる」
「んっふ……! どうした蒼、おい……?」
売店で買った200円のシュークリームを持ち、深呼吸をして結の方へと近づく。
緊張する。
そして、近づいて理解した。
恥ずかしがっている結は滅茶苦茶可愛い。
どうしたの?といった表情で、結はおずおずとこちらをじっと見ていた。心臓がばくばくして思わず目を逸らしてしまう。気が付けば結の周りの女子もクラスの皆も全員が俺を見ていた。落ち着かない。
「雛白さん、これお礼。お見舞いありがとう。その髪型も似合ってるな」
シュークリームを渡す。あれがたとえ現実だとしても、結は俺のお見舞いに来てくれたんだ。こんなにありがたい事は無い。
結はシュークリームを見て少し驚き、そして俺の顔を見て微笑んだ。
「――ありがとうございます……お兄ちゃん」
!!?
一瞬で教室が静かになる。
そして持田が立ち上がった。
「蒼おおおお!!?」
葛西さんにいたっては、俺の肩を掴んでぐわんぐわんと揺らしだした。
「何したの望月君!? 結に何したの!?」
「待ってくれ、俺が一番被弾してる!」
お兄ちゃんはやばい、心臓がやばい!
結も恥ずかしさからか、ついに顔を隠してしまった。
なにが起きた。全員が大ダメージだ。
落ち着け。
落ち着け俺……ふぅ。
「も、もう一回お兄ちゃんって呼んでみて」
「蒼てめえええぇいいぞおおおおぉ!!」
「おにっ……おにっ……!」
「結! 言わなくていいから!」
大混乱の中、授業開始のチャイムが鳴った。




