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27 私が見てきたもの

今回のみ、雛白結視点です。


 文化祭の翌日。



 今日は学園が休校で、文化祭に参加した人達が総出で後片付けをする事になっていた。私も実行委員会だったため、学園を慌ただしく動き回っていた。


 でも……蒼くんは、お昼を過ぎても学園にやって来なかった。クラスの皆さんから何も知らないと聞いて不安に感じた私は、学園に戻って来たばかりの山田先生を訪ねて事情を伺った。



「……昨晩、望月君が倒れた」

「――――え?」


 血の気が引いた。


「雛白さん、行っておいで。生徒会には私から連絡しておくから。ただし、彼に何があっても言いふらさないように約束してもらえるかい?」



 そう念を押して、先生は蒼くんの容体を教えてくれた。

 そして、私を病院へと送り出した。


 学園からはタクシーで10分。

 大きな総合病院だ。



 私は、蒼くんの事は昔から知っていた。

 それも近衛結だった、小学生の頃から――。



 あの当時、私はいじめられていた。


 上級生達に鞄の中身をぐちゃぐちゃにされたり、水着や荷物を破られたり、写真を撮られたり。何故いじめられていたのかは分からない。幼かった私は、近衛の名前がそうさせるのだと思っていた。


 辛かった。

 辛かったけど、耐える事にした。


 助けてくれる人は誰もいなかった。私がどんくさかったのも悪かったんだと思う。両親も忙しくて、相手をしてくれるのはいつも葉月さんだった。でも、臆病だった私は彼女にも言う勇気がなかった。



 そんな時に、蒼くんが現れた。



 蒼くんは上級生に殴られながらも一切抵抗をせず、私の荷物を盗り返して守ってくれた。あの時の彼は一言も言葉を発しなかった。



 私は単純だったんだと思う。

 蒼くんのその姿が、救世主に見えた。


 私は、そこで初めての恋をした。



 だけど、そこからの私は愚かだった。


 お礼を言う前に去って行った蒼くんは、学校ではあまり目立たない人だった。いつも読書をしているか、誰かのお手伝いをしていて話しかけ辛い。そんなイメージと私の弱い心のせいもあって、ただじーっと見つめるだけだった。


 それなのに、蒼くんの変化には何も気付いていなかったのだ。


 蒼くんが不登校になったと知った時、私は彼がいじめの対象にすり替わっていた事など何も知らなかった。私がいじめられなくなったのは幸運の神様が見ているからだ、そんな風にまで考えていたのだ。


 私は彼に罪滅ぼしをしたかった。

 でも結局は、それも自己満足だったんだと思う。


 蒼くんの家に学校の配布物を届けに行く度に、彼のお母さんから様子を伺っていた。お腹や目立たない所にいじめの痕跡があるけど、あの子は頑なに認めないの、と仰っていた。そして中学校に上がる前に、蒼くんは一人で引っ越してしまった。


 私は彼に助けられたのに、代わりに犠牲となった彼を助ける事が出来なかった。蒼くんは心に傷を負ったまま、どこか知らない場所へと行ってしまった。



 私は初恋が終わった事よりも、何も出来なかった自分に対して後悔した。


 だから、変わろうと思った。

 私も蒼くんのように、人の為に、誰かの為に生きようと。


 それから少し後に、蒼くんのご家族が亡くなった。私が沢山お話しをした彼のお母さんも。私は自分の家の近くで事件があった事よりも、なぜ彼の家族が殺されなければならなかったのか、それが悔しくて、そして悲しかった。



 水菓子学園で蒼くんと同じクラスになった時、彼は私に気が付いていなかった。そして私も彼に気が付かなかった。雛白の性になったばかりで色々あった時期だったし、蒼くんがこちらに戻って来ていて、しかも同じクラスにいるだなんて考えもしなかった。自分の恩人を忘れるだなんて、本当にどうかしてる。


 二度と会うことは無いんだと思っていた。

 あの公園で、あんな風に出会うまでは。


 それから私は蒼くんから目を離せなくなった。彼は自分のご家族が亡くなってからも、いつも誰かの為に生きていた。昔からずっと優しいままで何も変わってない。自分の事など全部後回しにして、誰かを助けてばかりだった。



 気が付けば、私は蒼くんに夢中になっていた。


 そして彼の家を見た瞬間、確信した。

 当時の悲しさや嬉しさ、申し訳なさが心を搔き乱して、蒼くんの前で思いっきり泣いた。


 だけど、そこで同時に分かった。



 蒼くんのその優しさや、他愛もない話をする時の柔らかな表情。寝ている顔や意地悪な顔。冗談を言ってその場を和ませてくれる気遣いや、会話の無い時でも彼から感じる温もりや落ち着いた空気。



 ――私は、蒼くんの事が好き。


 二度目の恋も、蒼くんだった。



 もう同じ過ちは繰り返さない。蒼くんが誰かの事ばかりを考えるなら、私は彼の事を考えて助けたい。そう思っていたはずなのに蒼くんが倒れた。私がちゃんとしていないから、また彼がどこか遠くへと行ってしまう。


 そんな情けなさが、私の心を覆っていた。



「すみません、望月蒼さんのお見舞いに来ました」

「どうぞー、602号室です……あ、少々お待ちを。雛白さんですね?」

「はい、そうですが……?」

「担当医に確認します」



――



 案内されたのは診察室ではなく、どこかのスタッフルーム。

 入ってもいいのか不安になる。


「雛白さんですね、どうぞお掛けください。担任の山田先生から聞いておりますよ。すみませんねこんな場所で。患者さんの保護者もご親族の方も誰も忙しいらしくてね」

「連絡は取れないのでしょうか?」

「取れたけど無理だという事です。その代わりとして、今日の昼過ぎに先生がお越しになられた。随分と責任を感じていましたよ。先生から聞いているとは思うけど、過労と栄養失調だね。暫く寝れば問題ないですよ。若いのにかなり無理をしていたようで」


 蒼くんが倒れたというのに、なぜご家族は誰も来られないの?


「患者さんは通りすがりのお婆ちゃんが夜のうちに見つけてくれてね。体が冷え切る前だったようで、熱も無く容体は安定しています」

「そうですか……」

「ところで失礼ですが、雛白さんは患者さんの彼氏さんですか?」

「……えぇっ!? い、いえ。違いますけど……」


 急な問いかけに、思わず俯いてしまう。

 私、分かりやすいのかな……。


「そうですか。彼の事はどこまでご存じで?」

「どこまで、と言いますと……ご家族の件でしょうか?」

「いいえ、彼自身の事です。その様子だと知らないようですね。……んー、申し訳ないがこのまま少しお待ちください」


 お医者様は、誰かに電話を始めた。


 口振りから察するに山田先生のようだ。

 蒼くんに関する何かの許可を求めている。


 電話を切り、こちらを向きなおした。


「……ふぅ。山田先生は良い先生だね。患者……望月君の持病について、雛白さんにだけは知らせてもよいとの許可を頂きました。お二人は家族のような関係らしいですね。では開示させていただきます」

「持病、ですか?」

「えぇ。イマジナリーフレンドといいまして。まぁこれは病名では無いんですがね、ご存じですか?」

「いえ……初めて耳にしました」

「ごく稀に幼少期の子供に見られる幻覚のような障害でしてね。『見えない友達』として自我らしきものを持ち、会話も可能なのです。ある種の精神疾患に近いものでして、悪化すると解離性同一性障害に繋がる事もあります」



――『義理の姉妹がいるという話だけど、いるにはいるんだ。だけど、俺にしか見えない存在なんだよ』



「これは過去の強い衝撃が生み出した、ある種の防衛本能のようなものです。ですが、他者からは幽霊が見える人と言われたり不気味がられますから、この症状をお持ちの方は信頼している人以外には話したりはしません。そのため、独り言が多い人物といった認識をされがちです」

「そん、な……」

「望月君の症状は悪化しておりませんが、まだ目覚めたばかりで一時的に意識が混濁しております。徐々に元に戻ってくるとは思いますので、もし望月さんが変わった発言をされても、なるべくショックを与えないようにしてあげて下さい。もしもの時にはすぐにナースコールを押して下さい」



 ……また、私は気が付かなかった。

 蒼くんは教えてくれようとしていたのに。


 ずっと、苦しんでいたんだ。

 それなのに、私は偉そうな事ばかり言って、独りよがりに浮かれていた。



「……そのイマジナリーフレンドというものは、治るものなのでしょうか?」

「一般的には、歳を重ねればイマジナリーフレンドは消滅すると言われています。ですが望月君の場合はご家族の事件が発端ですから、まだ暫くは治まらないかもしれません。それに他にも幻覚が見える事もあるようです。時間と共に様々な経験を積めば、いつの間にかいなくなるでしょう。心と体のストレスを消すことがまず第一ですね」


 このままじゃ駄目だ。


 蒼くんにはずっと笑っていてほしい。


 たとえ蒼くんの将来の相手が私じゃなくても、彼には幸せになって欲しい。私が彼から貰った沢山のものを、彼に返してあげたい。


 でも――できれば私はずっと彼の隣に居たい。



 今度こそ、蒼くんの手助けをする。

 その決断を、心の奥に深く刻んだ。



「分かりました」



――



【602号室・望月蒼】


 個室だった。


 深呼吸し、ノックして呼びかける。


「失礼します、雛白です。お見舞いに参りました。蒼くん、入っても大丈夫ですか?」

「あれ? どうぞー」


 スライドドアを開き、一歩を踏み出した。


 小さな病室の中にベッドとサイドテーブルが一つ。窓からはほんのりと夕日が差し込み、床を照らし出していた。


 蒼くんは柔らかな表情でベッドに座っていた。窓の外を眺めていた彼の顔が、私の方へと向く。


 その仕草に思わず心臓が跳ねる。

 蒼くんがこんな状況なのに、彼の顔を見るだけで胸が苦しくなってしまう。



 ――やっぱり、好きだなぁ。



 蒼くんは気付いていないけれど、蒼くんは女子の間ではかなり人気が高い。外見は格好良いし、誰に対しても謙虚で優しいから。席が近い古橋さんも、蒼くんの事が気になっているのかもしれない。


 私はいつも無意識に蒼くんを見てしまっていた。茜さんに注意されても、自分で気を付けていても、もう彼から目が離せないのだ。


 そして、彼の前だと冷静ではいられない。

 彼を助けたいのに、好きな気持ちのせいでどうにかなってしまう。



 蒼くんが、ゆっくりと口を開いた。



「――こんにちは()()()()。どうしたの?」


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