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24 噂の少女を見に来る人々②


 事務局も学園の生徒が運営している。

 見知った人物に声を掛けた。


「雛白さん?」

「はい……って望月さん? それに小春?」

「お姉ちゃん、私おじさんに誘拐されたの!!」

「小春ちゃんそれは語弊がある」


 テントの中いた結はポニーテールにメガネ姿でパソコンを打っていた。というか、小春ちゃんのパワーワードのせいで周囲の大人が振り向いている。これはいかんでしょう。


「小春ちゃんは葉月さん達とはぐれてしまったらしい。連絡取れるか?」

「えぇ!? 分かりました、お待ちください」


 結は携帯で電話を掛けた。


「おじさんありがとう」

「どういたしまして。どこまで本気か知らないけど程々にしてくれよ。まぁ結がいてくれて助かった」

「……うん」


 可愛い小春ちゃんめ。

 ありがとうの一言で元気が出た、ジュース代なんて安いもんだ。


「葉月さん達は今からこちらに向かうそうです。小春、今度は迷子にならないように葉月さんの手を繋ぐんですよ?」

「分かった」

「望月さん、ありがとうございます」

「おう。それよりも、ポニーテール似合ってるな。それもやる気スイッチか?」


 仕事が出来るOLのような格好だ。何というか、眼鏡をクイって持ち上げて、少しキツめ結に罵られながら踏みつけられて――。


『ふふ、蒼さん今は会話中よぉ?』


 やばい、妄想してた。

 疲れからか心が乱れているな。


「これは変装と言いますか……実は、声を掛けられる機会を減らそうかと」

「あぁ……そういえば葛西さんもそんな事を言っていたな。大変だな、本当に」


 まさか自分の学園で変装しなきゃいけないとはな。結の容姿も要因なんだろうが、結の家って一体どんな家柄なんだろうか。


 結の家族やご両親の事について聞くのは、逆に俺に気を遣われる気がして聞き辛かった。


「いえ、大丈夫です。むしろちょっと楽しいです」

「小春ー!」


 その大きな声の方に振り向くと、葉月さんと修一君が手を振っていた。近くに寄ってきた葉月さんは小春ちゃんをぎゅっと抱きしめ、修一君はその様子をじっと見ている。


 そんな中、小春ちゃんは真顔でゴキュゴキュとオレンジジュースを飲んでいる。マイペースだなこの子。


「もう、何かあったらすぐにブザーを鳴らしなさいって言ったでしょう?」

「ごくごく……ぷはぁ。あのおじさんが手を握ってきて、鳴らすなって」

「小春ちゃんやめて、また語弊がある」


 すると葉月さんは俺を見て、深くお辞儀をした。


「望月さん、本当にありがとうございます。急にいなくなったのでどうしようかと」

「いえ、唐揚げに比べれば安いもんですよ」

「ふふ、またいつでもいらしてくださいね。……あら小春、そのジュースはどうしたの?」

「おじさんが、変態って叫ぶなよって言って買ってくれた」

「小春ちゃんわざとやってない?」


 まったく、いつもギリギリを攻めて来る。結や葉月さんも冗談だと分かっているのか、ふふふと笑っていた。



「じゃあ俺はそろそろ行くよ、またな」

「あ、待ってください望月さん。今お昼休憩ですよね、良かったらお昼をご一緒しませんか?」

「少しなら大丈夫だけど、ゆ……雛白さんは抜けてもいいの?」

「はい、実は2時から休憩でした」


 そう言うと結は帽子をかぶり、ロングコートを羽織った。それでも天使のようなオーラは溢れ出ているが、これが結とは一目では分からない。


「ふふ、私達はお二人のデートのお邪魔になりますから、もう少し散策させて頂きますね」

「で、デートでは無くて、私はただ蒼くんと一緒にご飯を食べたいだけで……」


 結が照れながら俯き、言葉尻も小さくなる。

 何だかこちらまで気恥ずかしい。


「はい、では楽しんできてください。修一、小春、お化け屋敷に行きましょう」

「「いやー!!」」


 葉月さんたち3人は、そう言い残して楽しそうに去って行った。



 その場に取り残された結と俺を、事務局の面々が眺めていた。デートという言葉を置いて行かれたせいか、居たたまれない。というか結に迷惑が掛かる気がしてきた。恥じらう結の背中を軽く押す。


「とりあえず行こう」

「はい」



 変装した結と共に、ぶらぶらと歩く。


 文化祭の会場となっているのは主に校舎の中で、校庭や中庭は一般向けの休憩所と化していた。敷物を広げて騒いでいたり、一部が駐車場になっていたりと、普段とは違った非日常感が漂っている。


 俺はその辺の人の少ない芝生の斜面に座り、寝転んだ。


 仰ぎ見た空には晴れ間が見えていた。

 ほどよく暖かい日光に涼しい秋風。

 芝生も心地良くて、眠気を誘う。


 結もすっと隣に座り、俺の方を見た。


「ところで望月さん、お弁当はどちらに?」

「ジュース代に消えました。あの値段にはおじさんびっくりした」

「やっぱり……。小春がわがままを言ってすみません。あの、よかったら私のお弁当を食べてもらえませんか?」


 そう言って結は持っていた鞄から小さな弁当箱を取り出した。明らかに結サイズの物だ。貰えるわけが無い。


「悪いからいいよ、俺は結の傍にいれるだけでお腹いっぱい」

「っ……!!」


 そう言って俺は目を閉じた。

 柔らかい風の音が聴こえてくる。遠くから流れてくる文化祭の喧噪と相まって、まるで夢の中にいるみたいだ。


 ふと急に静かになった結を見ると、帽子で赤くなった顔を隠していた。


「結?」

「……い、いきなりはずるいです」


 そう言って慌てて弁当箱を開き、ぱくぱくと食べだした。


 結からは癒しのオーラでも出ているんだろうか、クレープマシンだった頃の疲労が一気に消えている気がする。


「そう言えば、クレープ完売したんだよ」

「え、早いですね。まだ2時過ぎですが」

「結を目当てにした大人達が殺到してさ、おかげで売上もホクホクだった」

「それは……皆さまにも大変ご迷惑を」

「いや、謝る事じゃないよ。むしろ恩恵を得られて有難いのはこっちの方だ。正直、売れ残ると思っていたからな」


 パンフレットを見ても、クレープやカフェの出し物をする店は我がクラスだけでは無かった。俺の作るクレープに付加価値が付いたのは、学園のアイドルのクラスだからなのだ。


「でも折角なら、結仕様の激甘設定にしておけばよかったな。上品な大人達が食ったこと無いようなヤバいやつ。クレープに溢れんばかりのハチミツを塗り手繰って洗礼してやるんだ、結に会いたけりゃこれを食べて下さいってな」

「ふふ、私を餌に大人の人をいじめないで下さいね?」

「はい、ごめんなさい」


 眠気のせいか、自分でも訳の分からない事を言っている気がする。



 そのままぼーっと空を見ていた。

 気を抜くと意識が飛びそうだ。


 結も食べ終えたのか、隣からファサっと芝生に寝転がった音がした。振り向くと、結が嬉しそうにこちらを見ていた。



 そして目が合い、結が微笑んだ。


「穏やかですね」

「そうだな」

「――ふふ、幸せですね」

「俺もだよ」



 そう言って目を瞑った。


 結からは、パタパタと足が動く音が聴こえる。結はスカートだったっけ、斜面の下からパンツが見られないのかな――。



――



「――――――蒼くん…………」

「……ぅえ?」


 目を開けたら、目の前に結がいた。


 ……あぁ、今は文化祭か。



「蒼くん。すみませんが、私はそろそろ戻らなければなりません」

「おぉ……もう3時前か。俺も戻るよ」

「あの、明日お弁当を作ってきてもいいですか? 葉月さんもお礼をしたいでしょうから」

『貰っておけば? 蒼お兄ちゃん』


 澪。

 何だか久しぶりに見た気がする。


『いつも傍にいるよ、無視しているだけで』


 分かってるよ。


 そんなに大した事はしてないけど、俺の欲望だけを言うならば雛白家の弁当は食べたい。滅茶苦茶食べたい。できれば揚げ物がいい。


「できれば、揚げ物を滅茶苦茶食べたいです」

「ふふ、分かりました」

『完全に欲に負けたね、蒼お兄ちゃん!』


 俺は聖人でも修行僧でもないからな。

 人の好意は、有難く受け取る。


「ではすみませんが、明日も2時に事務局へお越し頂けますか?」

「分かった、楽しみにしてるよ」

「ふふ、私もです。それではまた」


 結が手を振って去って行った。


「さて……気が重いな」

『皆頑張ってるんだよ?』

「俺は腹が減った」

『クレープ食べて頑張ってね、蒼お兄ちゃん』


 そう応援するウサギ姿の澪は、瞬きと共に視界から消え去った。

 空想上なのに皮肉が効いているな。


「売り切れだよ。さて……」


 体を伸ばして、俺は戦場へと歩き出した。


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