23 噂の少女を見に来る人々
水菓子学園のイベントは生徒主体で開催される。
それは文化祭も同様だ。結がそれを手伝っていたのは、実行委員会があまりにも多忙だからだそうだ。
そして文化祭はこの閉鎖的な学園に親族や近しい人を招待する事ができる。そのため、この機会に学園へとやって来る親族も多いそうだ。
「見ろよ蒼、すげぇ人の数だ」
「そうだな」
とあるサロンでは、親同士が合う事で子供の婚姻までこじつけるような、ちょっと不純なやり取りまでも行われているらしい。これについては持田情報だから情報の確度は低い。
まぁつまり、今日は上品な大人たちが子供の様子を見に名門学園へとやって来る日。そしてうちのクラスもその例外では無く、親がちらりと教室を覗いては子供に追い払われていた。
「六原です! 先生、いつも息子がお世話になっております!!」
「いえ、義男君は優秀で助かっております」
こうなってしまうと六原委員長の居場所は無い。
借りてきた猫になっている。
「蒼、お前んちは誰が来るんだ?」
「誰も来ないよ。バイト先の店長には声をかけたけど、断られた」
「お前……今日は雛白さんのお披露目の日だぞ、ちゃんと親族呼んどけよ」
「お披露目?」
「さっき言ったろ! 親が子供の結婚相手を見に来るんだよ。水面下でどこのサロンに入れとか誰と仲良くなっとけとか、そんな世界だぞ。親達はあの雛白さんの孫を見たいに決まってる」
「凄いなそれ、中世貴族の社交会みたいだ」
というか今時本当にそんな事あるのか。日頃の突拍子も無い行動のせいか、持田の言う事はつい疑ってしまう。
「持田は誰が来るんだ?」
「うちは母ちゃんと姉ちゃんが来る」
「そうか、この持田を育てた母さんとなると楽しみだな」
「あ、あんたとは結婚しないんだからね!」
「親の前でそれは止めろよ」
こいつは自分の家族にも自慢のポエムとインナーシャツを見せる気か。相変わらず諸刃の剣を振り回しやがる。
「雛白さんのご両親はきっと美形なんだろうなぁ」
「だろうな」
「だが、肝心の本人が生徒会に付きっきりでここにはいないってのが残念だ。さて、んじゃ俺は文芸部行ってくる」
「頑張ってブックマーク増やしてこい」
「おう、感想とレビューも貰うぜ。評価ポイントも☆5でな!」
あいつは本当に勇者だ。
時間があったら顔を出しに行こう。
「さて……」
「望月くーん、そっちは大丈夫?」
「おう、葛西さんの方は?」
「いつでもー!」
人が来るといいけど、仮に来なくても楽しみたい。イベントは楽しんだ奴が勝ちだ。
《それでは、水菓子学園文化祭を開催します》
曇天の秋空の下、生徒会長のアナウンスと共に文化祭が始まった。
緩やかに終わると思っていたが、甘かった。始まると共に、大人たちがうちの教室にぞろぞろと集まって来たのだ。
「申し訳ありません、ただいま満席となっておりまして、そちらで順番にお待ちいただけますか?」
『蒼ちゃん、凄いお客さんの数ね!』
だよな、これが普通なのか?
「望月くーん、プレーン2つ!」
「OK、卵が足りない、誰か取ってきてくれ!」
焼き場で無心にクレープの生地を焼いて、クリームを塗り手繰る。俺はクレープマシンと化していた。カフェってもっと優雅なはずなのに、おかしいだろう。
「葛西さん、何だかお客さん多くないか?」
「それがさぁ聞いてよ、大人の人たちが結を見に来てるみたいでさ」
「はぁ?」
「結っていいとこのお嬢様じゃん、古い家柄で政治家にも縁故があるしさ。その結がどこのサロンにも入ってないから、うちに直接見に来てるってわけ」
「それは、雛白さんも大変だな。本人にはなるべく黙っておくよ」
「……ふふ、分かった。そうやって結を心配してあげると喜ぶと思うよ。あの子、望月君はいつも温かいなーって言ってたからね!」
そう言うと、葛西さんが接客へと戻って行った。
結の家柄は良い。だけど、それは結個人を見ている訳じゃない。結は俺とはまた違ったものを背負って生きているんだろう。
「プレーン3つ追加ー!」
「OK、先に2つできた、卵くれー!」
作業が詰まって来た。
考えるのは、この大人たちを捌いてからだ。
そして、あっという間に時刻は14時。
なんと、もうクレープが完売した。
焼ききったぞ……。
『頑張ったわねー、蒼ちゃん。いい子いい子』
志乃さんも見てないで手伝ってくれよ。
『出来たらやってるわよ!』
しかし、まさか無くなるとは。明日は追加で買って……いや、疲れるから止めておこう。
「望月君、お昼まだでしょ? 休憩してきていいよ」
「いや接客に回るよ、先に皆が」
「いいって、休んだら戻ってきて!」
葛西さんに背中を押されて、教室から追い出された。良い人だな。
廊下から周りを見渡す。どこのクラスも人で賑わっていた。生徒や大人が廊下を行き交い、1年生のエリアはわちゃわちゃになっている。
中庭のテーブルの席では、カップルらしき生徒がお互いの両親の顔合わせをしていた。その周りの芝生の上では子供たちが遊んでいる。凄い光景だ。
「……ん?」
あの子供は……もしかして小春ちゃんか?
そして周りには修一君も葉月さんもいない。
「――おーい、小春ちゃん!」
「ひぃっ!」
小春ちゃんが振り向き、その手に持っていた防犯ブザーを見せつけた。
ここは素直に両手を上げる。
「う、撃たないでください」
「なんだ、おじさんか……」
「そう残念な顔をするなよ。葉月さんはどうした?」
「……どっか行ったの」
「迷子か」
小春ちゃんの手を取った。
「う、浮気者!」
「あー落ち着けよ、また迷子になるぞ。事務局に行けば葉月さん達にも連絡が取れるから。ほら、手をしっかり握る」
そう告げると、不本意そうに手を繋いだ。小春ちゃんは不安だったに違いない。ほぼ毎日通っている俺ですら、いつも以上の人混みに酔いそうなのだ。
しかし、事務局ってどこだろう。
「おじさん、喉乾いた」
「今は我慢しなさい」
小春ちゃんは防犯ブザーに手を掛けた。
自爆スイッチかよ。
「そんな脅しには乗らないぞ」
「変態って叫ぶ」
「ごめんなさい、叫ばないで」
「オレンジジュースね!」
俺の昼飯代200円が自販機に吸い込まれた。悲しむ俺を余所目に、小春ちゃんは嬉しそうにジュースを飲み始めた。その笑顔は少しだけ結に似ている。
「小春ちゃん達は結に誘われて来たの?」
「ごくごく……うん。3人で来た」
「そっか。結のご両親は来ないのか?」
「知らない。凄い仕事をしてていつも忙しいってお姉ちゃんが言ってた。あ、大きい庭! ふふ、私もお兄ちゃんもいつかこの学校に通うの!」
「へー。じゃあ頑張って勉強ないとな……お、あったあれだ」
校庭の人の少ない一角に、文化祭実行委員会と掲げられたテントが立っていた。肩に腕章を付けた学生数人が、中でてきぱきと書類仕事をしている。
その中に、亜麻色の髪を後ろで一つに結った女性がいた。
「あ、お姉ちゃん!」
持田君の現在のブクマは10ぐらいです。




