22 文化祭の準備中に見られたもの②
着々と文化祭の準備が進む、ある日。
「うおぉ……何だこれ」
布団から起きた瞬間、眩暈が襲ってきた。
視界がぐわんぐわんと回っている。
『蒼お兄ちゃん、大丈夫?』
「んー、少し寝不足かもしれないな。そんなに酷使はしてないんだが」
俺は自頭が良くないので、その分を勉強量でカバーしていた。バイト終わりが10時前後、それから宿題やって予習復習をしているとあっという間に日を跨ぐ。もっと効率の良いやり方があるのかもしれないが俺はこの方法しか知らない。
仕送りの額が増えたし、文化祭の準備もサボれない。ここ最近はずっとこのスケジュールを繰り返していた。
「今日は結に話す事があるからな、しっかり頭を起こさないと……うー気持ち悪ぃ」
『短時間睡眠なんて学生がやる事じゃないよ』
「俺はナポレオンにはなれないのか」
『ナポレオンは仮眠して稼いでいるんだって』
皇帝はコンビニバイトなんてやらないしな。
11月に二月分を仕送りすると、残りは8万円。
12月も同額なら、年明けには資金が底を突く。
バイトしていても追いつかない。我が家の財政状況が、いよいよまずい状況に近づいてきた。
「我輩の辞書に不可能という文字はない、か……」
顔を洗い、気合を入れた。
学園に向かう前に、公園へと立ち寄る。
忙しくなった今でも、俺は早朝の公園の掃除を続けていた。木々は色づき始め、季節の移り変わりを感じる。これから落ち葉が増えるのに合わせて、俺の仕事も増えていく事だろう。
俺はこの木枯らしの吹く季節が好きだった。寒いけど情緒があり、何だか落ち着く。それと、結の髪もきっとこの景色に映えるはず。文化祭が落ち着いた頃に誘ってみようかな。
「おじさん、おはようございます」
「おはよう修一君」
ようやく園児達にも認められたのか、最近は向こうから挨拶される。というかこの子達の朝は随分と早い。
「ねぇおじさん。この前お姉ちゃんがおじさんの家に行ったじゃん。その事をお姉ちゃんに聞くと恥ずかしそうにクッションに顔をうずめるんだけど、お姉ちゃんに何をしたの?」
「修一君は朝っぱらから飛ばすな。あの時は結が俺の布団を……いや何でもない」
「ちょっと待って。おじさん布団って事はどこまで手を出したの?」
「修一君、キレッキレじゃないか。結が洗濯しようと匂いを嗅いじゃっただけだよ」
「なぁんだ。根性無し」
……俺に会心の一撃を撃ち込んで去っていく。
修一君の背中はいつも格好良い。
――
その日の放課後、結と図書館で待ち合わせた。
彼女には澪と志乃さんの正体についてちゃんと話しておきたかったからだ。
その結果がどうなろうとも構わない。俺にもう以前のように怯えは無かった。でも、先生や店長に告げた時とはまた違った緊張はある。
『蒼ちゃん、緊張するわねぇ』
『どんな反応するかな』
「――望月さん」
澄んだ声で結がやってきた。パーティションで区切られた学習ブースの隣同士に座る。
「ご姉妹の件とは、何でしょう?」
……何か既に怒ってないか?
「義理の姉妹がいるという話だけど、いるにはいるんだ。だけど、俺にしか見えない存在なんだよ」
「そうですか、だから望月さんを蔑ろにしていると?」
「……蔑ろ?」
「望月さんがこんなに頑張っているのに、お姉さんはなぜ家を片付けないのでしょうか? なぜ妹さんは家に戻らずに遊んでいるのでしょうか?」
『ちょっと蒼ちゃん、何とかいってやりなさい! 私はお仕事をしているのって!』
事実だろう。触れないんだから。
「いや、雛白さんは誤解している。彼女達は幽霊みたいなもので、片付けどころか物に触れる事もできないんだよ」
「望月さんが庇う理由も分かります。大切なご家族ですから。ですが、優しさと甘さは違うと思うんです」
「そうじゃない。そもそも、存在しないようなものなんだ」
「仮にそれぐらい希薄な関係だとしても、やっぱり望月さんのご親戚――」
「図書館ではお静かに!」
「「すみません……」」
司書さんに怒られた。
小声で続ける。
「と、とにかく、二人はいないんだよ」
「分かりました。でも大丈夫ですよ、ご姉妹に何を言われたのかは分かりませんが、私は望月さんの味方ですから」
「……うん、ありがとう」
そう言って、優しく微笑んでくれた。ずっと見ていたくなるような笑顔だけど、結は完全に誤解している。騙している気がして笑顔を見れない。
『どうするの、蒼お兄ちゃん?』
『もうこの際、独り言として自然消滅させてもいいんじゃないかしら? 結なら気にしないわよ多分』
そうだな、この反応は予想外だった。
あっさり終わってしまった。
志乃さんの言う通り、これからは会話にも出さずに忘れてもらうか。どうせ出会いは独り言を話す浮浪者だったんだし。何だか今なら持田にも暴露できそうな気がする。絶対にしないけどな。
「俺は教室へ戻るよ、雛白さんは今日は図書委員の仕事?」
「今日は図書委員も生徒会の作業もお休みですので、私もクラスの出し物をお手伝いしようかと」
「珍しいな、じゃあ一緒に戻ろうか」
「はい」
そして文化祭を一週間先に控え、俺達の教室でも装飾品などの準備が進んでいた。段取りは済んでおり、残りは小物の準備やちょっとした作業だけになる。
「茜さん、お手伝いに来ました」
「結~!」
結は葛西さんの隣に座り、両手を握り合ってキャッキャと話し出した。女の子同士、仲が良くていいな。俺と持田がこんな風に手を繋いだら、台地が割れて神話の怪物が生まれるぞ。
「結、生徒会の方は大丈夫なの?」
「はい、なので茜さんと一緒に作業したいです」
「結~!」
これがあざといんじゃなくて本心だもんな。結は凄いよ、モテないわけがない。
「ほら結、結への愛を熱弁していた望月くんと一緒に作業しようよ」
「待って葛西さん、それ含みがある」
「あれぇこの前の言葉は嘘だったの?」
「あれは本心だ」
「~~!!」
結が恥ずかしそうに両手で顔を隠し、足をパタパタとさせている。
「……葛西さんは友達じゃなかったのか」
「友達だよ? 可愛いよねー、この結」
足のパタパタは可愛い。
だけど俺は晒し者だ。
他の帰宅部は無表情で作業をしている。
「作業を始めるか。俺は看板をやるよ」
「じゃあ結も看板ね! ほらほら」
「うぅ…………ふぅ。分かりました。私はお手伝いに来たんです」
「だよな、じゃあこの花の制作をいくつかお願いしたい」
「任せて下さい」
そうして、黙々と花を作る作業が始まった。
この文化祭を通して分かったのは、一つの目標に向かって行う共同作業は楽しいという事だ。きっと仕事のプロジェクトなどもこんな風に進むんだろう。
それに加えて、結がいる時は会話も弾んで更に楽しかった。
「望月くんは器用なんですね」
「こういう地味な作業は好きなんだよ。あと草花も好きだし、もっと言えば公園のベンチも好きだ」
「ふふ、でも最近は寒くないですか?」
「寒いけど、誰かが心配してくれるのが嬉しいからな。むしろ風邪を引いたら付きっきりで看病してくれるかもと期待してる」
「駄目ですよ、ただでさえ体に負担をかけているんですから」
「冗談だよ。最近は段ボールハウスで寝てる」
「もう、ふふ」
この美少女はどんなに下らないジョークでも笑ってくれるから、いつまでも話していてたい気持ちになる。また逆にお互い会話をしない時でも、それはそれで結らしい穏やか空気に包まれる。
彼女はこちらをじーっと見ながら、器用に花を作り上げていた。そして時折目が合うと、はにかみながら微笑んでくれる。その顔が可愛くて、思わず俺の方まで顔が緩んでしまう。そうしてお互いに見つめ合っては照れるを繰り返していた。
やっぱり、結は本当に可愛いと思う。
「……二人とも、どこまで進んだの?」
「あ……すみません茜さん」
「あともう少しかな、明日には多分終わるよ」
「いや、そうじゃなくてさ……」
そんな感じで装飾を作ったり、試しにクラスメイトに振舞ったりと、あっという間に日々が過ぎて行った。
結は最終日まで手伝ってくれた。彼女はクレープが好きなようで、フリーダムな葛西さんが毎日アホほどクリームを塗って餌付けしていた。予算が無い無いと言いつつもこの適当っぷり、葛西さんは面白い人なのかもしれない。
そして、文化祭がやってきた。
少しずつ、甘みが出てきます。




