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21 文化祭の準備中に見られたもの



 秋らしい天気の早朝に、公園で座り込んでいる人がいた。

 この辺でよく散歩しているお婆ちゃんだ。



 実にベタな状況だ。

 ベタ好きな俺としては無視出来ない。


 とりあえず、おんぶした。


「お婆ちゃん、この診療所ですか?」

「そうです、悪いねぇ」


 朝早いせいか、診療所はまだ開いていないようだ。


「すみませーん! こちらのお婆さんが腰が痛いと座り込んでいたのですが、どなたかいらっしゃいませんか!」

「……はーい! ……あれ、伊藤さん!? ちょっと先生ー! 運んでくれた君もこっちに」

「あの俺、学校へ行かないと」

「あらごめんなさい。その制服は、えぇと水菓子の学生さんかな? うちから一報を入れておくね。悪いけどそのまま伊藤さんをベッドまで運んでもらってもいい?」

「分かりました」


 これで、俺の皆勤賞はあっけなく終了した。内申点なんてこんなもんだな。むしろ不幸っぽい事がやってきてちょっと安心した。


「ありがとう望月くん。君の担任の山田先生には連絡を入れておいた。午前中は出席扱いにするから、お昼の授業にはちゃんと出て欲しいそうだ」

「わ、分かりました」


 不幸が幸運で対消滅した。

 なぁ志乃さん、俺はもうすぐ死ぬとかないよな?


『着々とMに近付いているわねぇ』



 そうして遅めに登校し、まず売店へと向かった。


 水菓子学園の設備は基本的に豪華だ。食堂や売店も例外では無く、やたらお洒落な食堂にはコスパのいいメニューがずらりと並んでいる。併設している売店も、どこぞのミュージアムショップかと思う程に小綺麗だ。そんな売店に売っている、半額シールの張られた昨日の売れ残りのパンを2つ購入する。


 これは今日、良い行いをしたから食べれるんだ。徳を積んで欲を満たすという、仏教的にはよく分からない行動をしている。



 その後、何となく教室に入り辛かったので図書館で勉強する事にした。


 この時間にここに来るという事は、授業を免除されている生徒か、サボっている生徒のどちらかだ。司書さんの怪訝な眼差しをかいくぐりながら学習ブースに座り、午前の授業の復習をする。


『蒼お兄ちゃんは何でそんなに勉強するの?』


 対面のブースに座っていた澪が問いかけてきた。図書館は静かだから、急に大きな声が聞こえたような錯覚に陥る。


「おれ……」


 危ねぇ、声が出そうだった。俺は特待生だからだ。学費の免除もあるし、今となっては山田先生の期待に応えたいってのもある。


『蒼お兄ちゃん、そんなにバイトを頑張らなくてもいいんじゃない? 仕送りなんて、多少減っても叔父さんは何も言わないと思うよ?』


 ……心の整理がつかないんだよ。俺だって普通の生活をしたいけどさ、見て見ぬフリはできない。俺の体が親戚の叔母さん以上に壊れてから考えるよ。


 気が付けば外が騒がしくなっていた。昼休みか。静かなこの空間はとても勉強が捗る。その辺の芝生の上で食事を摂り、引き続き図書館で勉強をする。


 不思議とここにいるだけで自分の頭が良くなったように感じる。大学受験があるならこうして勉強するだろうが、できればそれを回避して推薦を狙いたい。


「あれ、蒼……望月さん?」


 声の方に振り向くと、結がいた。


「どうしてこちらに? 今日はお休みでは無かったのですか?」

「あぁ、午前中だけちょっと病院に行ってて。昼からはちゃんと授業に出るよ」

「病院って、どこか具合でも悪いんですか?」


 心配そうに俺を見つめている。


「いや、俺じゃない。近所でよく散歩してるお婆ちゃんを病院に運んでいた」

「そう……ですか」

「心配してくれてありがとう」

「いえ。というよりも、望月さんはもう少し自分の体を労わってください」

「それが困ったことに、誰かに心配されるのも嬉しいんだよ」

「もう……ふふ」


 結の表情が笑顔に変わった。

 その手には何冊かの本を抱えている。


「雛白さんは図書委員の仕事?」

「いえ、今は本を返却しに」


 借りていたのはこの学園の資料のようだ。文化祭で何かをやるのかもしれない。


「忙しそうだな、手伝えることがあれば手伝うよ」

「ありがとうございます。でも、望月さんも忙しそうですから大丈夫ですよ。最近は遅くまでバイトに行ってるみたいですね?」

「あー、まぁな。仕送りの額が増えたから」

「……望月さん、その仕送りを少し減らす事はできないのでしょうか? 文化祭の準備にバイトに勉強となると、望月さんの体の方が心配です」

「澪にも全く同じ事を言われたな」



 そう発言した途端、結の顔から色が消えた。



「澪? へぇ、義理の妹さんでしたっけ……」

『うわっ、何か怖いよ蒼お兄ちゃん!』


 周りの空気が急に冷たくなったな。


「そ、そろそろ教室に戻ろうかな」

「あぁ、すみません。私はこれを返却してきますので、先に戻って下さい」

「分かった」


 席を立ち、教室へと向かう。あんな表情というか、結の背中からやばいオーラが出てたな。澪、何かしたのか?


『私は結から見えないよ!』



 見えない。

 結から見えないか。



 最近、少しだけ考えていた。


 結に対して二人が空想上の姉妹だという事を隠し通すのは、いささか誠実さに欠けている気がする。例え結が信じてくれなくても伝えるべきだ。そのせいで変な目で見られるようになったとしても今なら後悔しない。


『私もそう思うよ、蒼お兄ちゃん』

「これが、甘えにならないといいけどな」



――



「ありがとうございましたぁ」

「望月君、この時間にシフトに入ってくれるのは本当に助かるよ。僕もやっと休めそうだ」

「店長は働きすぎですよ」


 俺がバイトに入るのはせいぜい3時間。そして平日の夜は客もまばらで楽だ。いつも入っているピークタイムはパートのおばちゃんが埋めてくれている。


 俺はこの夜の雰囲気が静かで気に入っていた。うちのコンビニだと一人でも回せる時間帯だし、たまに一緒になる店長とのお喋りもちょっとしたストレスの発散になっていた。


「店長、徳を積むとはなんでしょうか」

「……今度は何を読んだんだい?」

「ニーチェを読んでいたら仏教に興味が湧いて、最澄や空海の本を読んでました」

「そこまでいくと、望月君の方が詳しそうじゃないか。……徳を積むか。良い事をして見返りを求めないってイメージはあるね」


 やっぱりかぁ。

 贅沢して売店でパン買っちゃったもんなぁ。


「しかし急にどうしたんだい?」

「いえ、今日は何の巡り合わせか、人助けをしたんです。公園にいたお婆ちゃんをおぶって病院まで行ったんですよ。ちょうどあそこのほら…………んんんん!?」


 普通に歩いてるじゃん!

 思わず声をかけた。


「伊藤さんですよね、歩いて大丈夫なんですか!?」

「ん? 何がや?」

「今日の午前中、伊藤さんを病院へ運んだ者です。体調は問題ありませんか?」

「……あ~あ~、ありがとう」


 お婆ちゃんはそう言うと、何も購入せずに音も無く外へと出て行った。もしかして、これは徘徊か?


「……店長すみません、伊藤さんをご自宅まで送って行ってもいいですか?」

「…………分かった。少し早いけどそのまま上がっていいよ。望月君、体調がおかしいと思ったら無理しないでね?」

「はい」



 ご家族はいないのだろうか。


「伊藤さん、お家までお送りしますよ」

「あ~あ~。いいですよ、歩けます」

「いえ心配です。俺、若いんで馬力あるんす。誰かを背中に乗せたいんですよ」

「ほか、はは」



 別に徳を積みたい訳じゃない。

 親戚の叔父さんと同じで、俺は多分こうやって生きていくんだろう。


 でも、悪い気はしなかった。

 唐揚げを食うだけで幸せだからな。



「伊藤さん、空見えますか。月が凄く綺麗ですよ」

「ほか、はは」


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