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02 じーーっと見られ始める


「なぁ蒼、やっぱり俺の方を見てねぇか?」

「気のせいだって」

「やばいな、ちょっと興奮してきた。美少女の視線が気持良くて体がムズムズするぞ」



 前の席の持田もちだ はじめがそう言って振り返り、ニヤニヤと喜んでいる。


 ここ、私立水菓子(みずがし)学園は国内でも有数の名門私立だ。全国から優秀な子供達が仲間を求めて集まって来る。彼らは学力よりも交友関係を増やすことが目的で、学生主体のサロンや同好会まで存在していた。そのため生徒達の人数も非常に多く、学費もそれなりに高い。


 聞けばこの持田も、東北に本社がある何とかって大企業の息子らしい。そうとは思えないほどの適当な性格と出席番号が一つ違いだという点で、何となく俺と気が合っていた。短髪で快活、文芸部の自称期待の星らしい。そして何よりも、先生がエロっぽい言葉を言うたびに嬉しそうに笑うかわいい奴だ。



 そんな持田の言う通り、斜め後ろの方角から雛白がじーーっとこちらの方を見ている。

 あの視線、落ち着かないな……。


「すげぇ可愛いよなぁ。この大人数の学園で同じクラスってだけで幸運だと思っていたが、ついに日陰者の俺達に春までもが訪れたか」

「もうすぐ夏だぞ持田」

「何だよ蒼。才色兼備で性格も良しだ、まるで天照(アマテラス)ような人だぞ?」

「そうなると、やはり俺達は日陰に落ち着くな」



 だが、雛白は持田の言う通りの人物だ。


 中間試験ではなんと学年2位で、特待生として入った俺よりも頭が良い。その可憐な容姿から、雛白はアイドルでハーフの巫女だという滅茶苦茶な噂まで流れていた。だがその噂すら真実味を感じるほどに美人で大人しく、どこか浮世離れしている。


 それに人前に立つような性格ではないにも関わらず、担任の推薦によって副委員長を任されている。教師陣からの信頼も高く、誰に対しても敬語でお淑やかときたらそりゃモテるだろう。まるで欠点が見当たらない。



 こちらを見つめている雛白は確かに魅力的だ。好きな人にとっては嬉しいのかもしれないが……心当たりのある俺にとっては嫌でしかない。


「つーか雛白さん、ちょっと睨んでないか。普段の可愛いくて物腰柔らかい雰囲気を感じない。いやまぁ睨んでいる表情も小動物っぽくて可愛いんだけど。ツン期か?」

「持田は前向きだな……」


 間違いなく昨日の件だ。

 あの少年少女が雛白に何を告げたんだろう。

 印象は悪かったし、親族だったら最悪だ。


 席を立つ。


「何だ、もう帰るのか」

「バイトの時間だよ」

「蒼、バイトのシフト入れすぎじゃねぇか?」

「金欠だからな」

「よくそれで中間10位取れたなぁ……でも、そんな蒼がスキなんだから!」

「デレ期かよ。じゃあまたな」


 雛白の方を見ると、多数の女子に囲まれながらもチラチラとこちらを見ていた。あの優しそうな雛白の事だ、彼女達を蔑ろにはしないだろう。


 背中に視線を感じながらも、バイト先へと向かった。



――



「ありがとうございましたぁ」


 もうすぐ夜の8時。


 日中は学校で放課後はコンビニバイト。帰ったら晩飯に宿題、それに復習と予習。地元に帰ってきて3か月が経ち、この生活にも随分と慣れてきた。


 学校の成績も悪くはない。この順位を維持できれば奨学金に影響は無いはずだ。この町で一人で生きていける、そんな自信が少しずつ湧いていた。


「望月君、そろそろ上がっていいよ」

「はい、お先失礼します」

「お疲れさま」



 ふぅ……。

 夜風が生温い。



 俺が今住んでいる町は、駅から少し離れた場所にあった。ここは山を削ったような坂の多い地域で、ごく一般的な住宅街だ。商店街も飲食店も無く、あるのはスーパーやコンビニ、それに少し大きめの公園だけ。何もない普通の町だが、俺はこの町が好きだった。


 コンビニから自宅は近く、全力で走れば30秒程で着くかもしれない。この時間になると車も少なくなり、町は静かに眠り始める。


 そして俺の自宅は、家族4人で住む事ができる2階建ての小さな分譲住宅だ。昔は望月家の幸せの拠り所だった場所だが、今や俺一人だけの静かな城になっている。



 ――はずだった。


「ただいま」

『蒼お兄ちゃん、おかえり~』

『お帰り、蒼ちゃん。大丈夫そうね?』


 義妹の澪と、義姉の志乃しのさんだ。


 澪はウサギの寝間着でぱたぱたとお出迎えに来た。澪はいつも明るく、俺を煽ったりからかったりしてくる。志乃さんに至ってはアイドルの服装のままだ。20歳を超えても自称アイドルなのは痛々しい。



 俺は今、彼女達と奇妙な同居生活をしている。



 彼女達はどこからともなく現れ、そしていつの間にか消え去る。俺以外の誰かに認知される事も無く、何かに触れる事もない。俺に話しかけるためだけにいるような、よく分からない存在だった。


 最初は幽霊かと思った。だが医者曰く、両親と妹を失った衝撃が俺の心に何かしらの傷を与えて生まれた空想上の人間、いわゆるイマジナリーフレンドだと言っていた。


 だが、俺はそんな事実はどうでもよかった。この二人は今や俺にとって、苦しい時に助けてくれる大切な家族になっていた。


 俺が二人の事を見えるという事実を知っているのは一部の人々だけ。親戚一家と医者、それにバイト先の店長と先生ぐらいだ。この事を安易に言ってしまうと親戚達のように不気味がるから、他の誰にも知られたくはない。また遠くに逃げる事はしたくないのだ。


「澪、昨日の女子高生いただろ」

『雛白さんだね、じっと見てたねー』

「通報はされていなかったみたいだ」

『でもがっちりマークされてたよ、ぷぷ!』


 二人は俺の記憶を共有している。俺の脳が生み出した虚像だからだろう。これが、幽霊では無いという事を裏付けていた。


「俺、どちらかといえば助けた方だよな?」

『蒼ちゃんが脅かしたからじゃない? あそこは偉いねと褒めて終わっておけばよかったのよ』


 志乃さんの言う通りだ。


「……あの少年を素直に褒める事は出来なかったんだよ。あの女の子を助けに入った事は良かったんだけど、どうしても……昔の自分と重なった」

『分かってるわ。いい子ね、蒼ちゃん』


 志乃さんは俺の頭を撫でてくれる。その手の感触は無いが、こういう時の彼女達の行動は、温かいと思う事にしていた。


 気分が落ち着いたところで、家族の遺影に祈る。

 大切な日課だ。


「……今日も一日ありがとうございました」


 鞄から宿題の束を取り出した。

 名門というだけに、毎回鬱陶しいぐらいに多い。


「よし、元気でたから宿題やる」

『蒼お兄ちゃん、がんばれー!』



 応援する澪の声の方へ振り向く。


 そこには、誰もいなかった。



幽霊ではないので、ホラー要素はありません。


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