18 1階で見る景色
あの殺人事件が起きたのは、深夜の2時頃だったそうだ。
2人組の強盗は1階のリビングから静かに侵入し、2階で眠っていた家族の命を奪っていった。そして家の中を荒らし、金品を抜き取った。警察に通報があったのは翌日の午前中で、父さんの学校関係者が不審に思い我が家に出向いてからだった。
そして、最後にこの家の2階に入ったのは特殊清掃業者と親戚の叔父さんだ。俺は現場確認の後から、一段も階段を踏んでいない。
今日は、そんな家の掃除を結が手伝ってくれる日。
『蒼ちゃん、本当に大丈夫かしら?』
「いつまでもこうして放置する訳にはいかないよ。それよりも心配なのは、結もトラウマを隠しているかもしれないという事だ。結に異常が見られたらすぐに掃除を止める」
『そうねぇ、気を付けないとダメね』
結には優しい場所で生きていてほしい。別にわざわざ俺の家で汚い物を見なくったって何も問題も無いのだ。あの人は、俺とは違う世界で生きている。
「ごめんください、雛白です!」
そして、そんな結の大きな声が聞こえた。
玄関へと向かう。
「悪い、そういえば家のチャイムは壊れてたんだった」
「もう。誰もいないのかと思いました」
少しふくれた結は、普段とは違った服装だった。上下ジャージ、首には白いタオルを巻いている。髪の毛は後ろで一つにまとめてあり、草むしりでもするような格好だ。
「とりあえず中へどうぞ」
「はい、お邪魔します。ところで、今日はご姉妹はいらっしゃらないのですか?」
『ここにいるわよー? ほらほら』
結の真後ろに二人が立っていた。
だが、彼女には見えない。
「……いない」
「そうですか。では、んー何から手を付けましょうか……」
結は周りを見渡した。俺の生活範囲以外は目も当てられないほどに散らかっている。その割に埃を被っていないのは、この家は凄く風通しが良いからだ。何せ窓が無い。
「失礼ですが、本当にお姉さまはお掃除が得意なんですか?」
言われてるぞ志乃さん。
『もちろんよ! グループ内で一番部屋が綺麗だったんだから』
「アイドルグループ内で一番得意だってさ」
「そうですか……」
「自称アイドルだからな、さて」
俺も軍手とマスクを装備した。
「蒼くん、1階から片付けます。大丈夫ですね?」
「掃除してくれるなら大歓迎だ。結は平気なのか?」
「はい、ちょっとやる気が出てきました」
そう言って腕をまくり、ゴミを拾い始めた。
彼女の言う『大丈夫』とは、俺のトラウマの事だろう。家族の思い出に自分が立ち入ってもいいのかと聞いたのだ。
――
「すげぇ、見違えたな」
「ふふ、まだ途中ですよ蒼くん」
結は手際よく物を分けていた。彼女の手によって集められた床のゴミと、どう処理していいか迷っていた家族の生活雑貨。それらを分けて段ボールに詰め込む作業を繰り返す。引っ越しでもしている気分だ。
どちらかと言えばゴミが多かったが。たまに俺が覚えている家族の私物も出てきた。そういった思い出の品は、やはり捨てれなかった。
それでも部屋はかなり広くなった。
「俺の生活圏が広がっていく」
「ところで、何でリビングだけガラスが無いんですか?」
「あぁ、犯人がガラスに穴を開けて侵入したんだよ。その穴を見るたびに事件を思い出すから、引っ越してすぐに取り外して捨てた」
「あ……すみま」
「そうすぐに謝らない。俺は気にしていないから。そろそろご飯にするか?」
「……はい、そうですね。では休憩しましょうか」
時刻は11時半。
しかし、ここで俺は気が付いた。
俺の家には今、貧乏飯しか存在しない。
学園一の美少女に、納豆や魚肉ソーセージなんて食べさせてもいいのだろうか?
「……ごめん結、冷蔵庫にまともな食材が入っていないのを忘れていた。コンビニで何か買ってきてもいいか?」
「いえその、実はですね……」
そう呟くと、結は持参していた保冷バッグから大小2つの弁当箱を取り出した。
「朝に少し時間があったので、作ってみました。蒼くんさえよければ、一緒に食べませんか?」
俺の隣に座って蓋を開く。中には煮物に野菜にご飯、そして唐揚げ。ぱっと見で分かるような、健康的で手が込んでいる弁当だ。やばい、滅茶苦茶嬉しい。
結の優しさで心が震える。
唐揚げ……。
『いや唐揚げで揺れてるじゃん!』
「手伝いに来てもらっているのにお弁当まで……凄く嬉しいんだけど、これ本当に食べていいのか?」
「はい、私が好きで作ってきたので大丈夫ですよ。余ったら持って帰りますから。それと、蒼くんは唐揚げが好きなのかなぁと思いまして」
「ありがとう、大好き」
「っど、どうぞ食べてください!」
「いただきます!」
早速唐揚げへと手を伸ばす。まだ温かくて、噛むと肉汁が溢れ出た。これは雛白家で頂いた唐揚げと同じ味だ。煮物も出汁の味が染みていて美味しい。人参にレンコン、箸が止まらない。
「うまい」
「ふふ、嬉しいです。沢山ありますから、ゆっくり食べてくださいね」
「感動して泣きそう」
「泣いたらあげませんよ」
「もらえなくても泣きそう」
「もう、ふふ」
美味しすぎてそのままどんどん口に掻き込んでしまい、あっという間に食べ終えてしまった。
対面に行儀よく座っていた結は、小さな弁当を少しずつ上品に食べていた。
これだけの美少女だからか、草むしり風の格好がなぜかコスプレに見えてしまう。どこを切り取っても絵になる可愛さだ。
そんな俺達の様子を、澪と志乃さんは立ったまま見つめていた。
「ごちそうさまでした。美味しかった」
「良かったです。水場をお借りしてもいいですか?」
「あぁ、俺が洗うよ」
「いえ、私が持ってきた物ですから」
そう言って、結は食べ終えた弁当箱を片付け始めた。何だか至れり尽くせりで申し訳ない。そうして洗いながら、結が口を開いた。
「――蒼くん、一つ聞いてもいいですか」
「何でしょう」
「何で蒼くんの家には、布団が一つしか敷いていなかったのですか?」
布団?
あぁ、澪と志乃さんがどこで寝てるのかって話か。二人とも、どこで寝ているんだ?
『私はアイドルとして仕事があるから』
『私は蒼お兄ちゃんの頭の中にいるから!』
「二人とも別の場所で寝ている。ここで寝るのは俺だけなんだ」
「別の……そうですか。どうりで布団からは女性の匂いがしないと思いました」
「え、匂いを嗅いだのか?」
「ああああああいいいいえいえ! その、洗濯をした方がいいのかなと気になっただけなんです! 匂いがあの……匂ってたら……」
結の顔が、見る見るうちに赤く染まっていった。焦っているのか蛇口から出る水の勢いも強まり、弁当箱がシンクに落下する音が聴こえる。結は急いでそれらを流して手を拭いた。
そして、自分の顔をタオルにうずめた。
そりゃ布団は匂ってるだろ……。
結はタオルから目だけを出し、上目遣いでこちらを見た。
「良かれと思いまして」
「そうだろうな、ありがとう」
「信じていますか?」
「信じている。さ、続きをやろうか」
そう言うと、結はむぅと唸り、俺の肩をかるくポンと叩いた。その仕草に思わず顔がにやけてしまう。
「もう、意地悪です……。ですが、1階の片付けはあらかた終了しましたね」
「ほぼ終わりと言っていいぐらいだな」
結の言う通り、1階が昔のように綺麗になった。といっても、物を処分しただけなので汚れていることに変わりはない。何よりも窓が開けっぱなしで、虫も相変わらず湧いている。考えてみればここも公園と同じような環境だ。
あとは俺だけでも何とかなる。
となると問題は。
「――結、2階を見てみたいんだが、いいか?」




