17 見違えたテストの結果
これほど勉強したのは、いつ以来だろう。
休み時間も放課後も、とにかくノートを頭に詰め込んだ。バイトの時間も削って勉強時間を増やした。その全ては、学費と特待生としての俺の価値を高めるためという邪な理由ではあるが。
試験期間中は図書館の勉強ブースでやろうと思っていたが、人気のためかすぐに満席になっていた。そんな中、結は図書委員特権を使って図書館の裏でこっそりと勉強場所を確保しているらしい。ちょっと羨ましい。
そして中間試験が終了した。
掲示板に張り出された順位表を眺める。
頑張った結果は、実っていた。
「3位――これは夢か」
『凄いよ蒼お兄ちゃん! 3位って中学校でも見た事がない、過去最高の順位じゃない?』
そうだな、よくやったぞ俺!
俺の上には雛白結の名前。凄いなぁと思っていたら、その本人がやって来た。
「望月さん、おめでとうございます」
「ありがとう、ゆ……雛白さん。頑張った甲斐があった。ようやく、お主の後ろ姿を捉えたでござるよ」
「ふふ、ご堪忍してくださいまし」
「逃がさぬぞ……というか、一位の人も凄いな。3連続じゃないか?」
「橋影さんですか? ご実家も由緒あるお家柄で成績も良いですし、次期生徒会長に内定されているみたいです。剣道の全国大会でも結果を残されていますし、文武両道を体現されている方ですね」
「へぇ、大したもんだ」
この橋影という人物は特待生ではない。どの学校にも一人はいるような、とんでもない人物だという事だろう。
「あぁ、伝えるのを忘れていました。山田先生が望月さんをお呼びでしたよ。ホームルームの前に研究室に来てほしいと」
「分かった、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
ばいばいと手を振る結に見送られ、担任の研究室へと向かった。
「失礼します」
「おぉ、随分と頑張ったんだね。立派だよ」
先生は何気なく言った一言だろうが、努力を誉められた経験の少ない俺はその言葉がもの凄く嬉しかった。思わず頬が緩む。
「……ありがとう、ございます」
「はは、望月君はそうして感情が豊かになってきたね。いい事だと思うよ」
自分でも気が付かなかった。
先生はよく見てらっしゃる。
「さて。中間試験の結果だけど、5人の特待生の中で望月君は1番優れた順位となった。文句無しだ。他の先生方もこの調子で頑張ってほしいと仰っていた。この成績を維持しろとは言わないが、引き続き勉強を怠らないように」
「はい」
「それと、最近は運動部に勧誘されているそうだね。入る部活は決まったのかい?」
そう、体育祭で目立った影響か、いくつかの運動部から勧誘があったのだ。何らかの部活に入部するだけで内申点を貰えるとは分かっていたが、バイトを優先せざるを得なかった。
「すみませんが、全てお断りさせてもらいました。やる事があるので」
「……そうか。あまり体に負担をかけないようにね。では戻ってよし」
「はい、失礼しました」
研究室を出て、教室へと戻る。
っしゃあああああー!
嬉しい。滅茶苦茶嬉しい!
「おい蒼、ニッコニコだな」
席に着いた途端、持田が声をかけてきた。
無意識のうちに笑っていたらしい。じーっとこちらを見つめる結も、そんな俺の様子を見てほんのり笑っていた。
「だって3位だぞ持田、今日は牛丼だ」
「俺はなんと今回も259位だった。これはこれで驚くべき確率だ」
「いやちゃんと勉強しろよ」
「知らないのか蒼。人の心は低きに流れ――――アタシ持田真子! 一の姉よ!」
そう言って急に持田が立ち上がり、内股になった。
「……突然どうした持田、意外と声が大きくて皆が見てるぞ」
「昨日、人と人の中身が入れ替わるアニメを見たから、姉ちゃんと入れ替わっちまったんだよ」
「早くも元に戻ってんじゃねぇか」
「いつでも戻れるんだ」
「姉ちゃん可愛そうすぎる」
「そこで俺は、この技を使って雛白さんと入れ替わる事にした」
結を見ると、また持田かという表情をしていた。それを見ても気にせずに強行する持田のメンタリティーは凄い。
「――私は雛白結! とりあえず脱ぐわ!」
「やめろ、お前は持田だ」
「趣味は脱毛! 特技は尻呼吸!」
「トイレ行こうぜ雛白さん」
「雛白さんを連れションに誘うとか引くわ……」
「そこはのっかれよ」
その時、丁度ホームルームが始まった。
「はい皆座ってくださーい! さくっと決めてしまいましょうか!」
大きな声を出したのは、えぇと……六原義男。それに副委員長の結が黒板に何かを書いている。
「六原委員長か、覚えた」
「まじかよ蒼……2学期だぞ」
「まずテストお疲れ様でした。早速ですが、11月に行われる文化祭の出し物を決めてしまいたいと思います」
この水菓子学園では11月の初週に文化祭がある。といっても、こちらも本気になるのは文科系の部活と推薦狙い組、それにステージ出演希望者のみだ。水菓子にいる受験組や交友サロン組はあまり積極的では無い。当然っちゃ当然だ。
事前に集められた案が黒板に書かれていく。いくつか重複している案もあった。多いのは……カフェとクレープ屋か。男子と女子の希望だろう、どっちもやるパターンになりそうだな。
「じゃあ文化部以外の人、5分あげるからどれがいいか考えて下さい」
委員長がそう告げると、各々の席で雑談が始まった。
『蒼お兄ちゃん、これは参加するの?』
澪が黒板の端に現れた。
正直迷ってる。
内申点は欲しいけど、どれぐらいバイトの時間が奪われるのか分からない。それにカフェとクレープって、何だか和気あいあいとした雰囲気に気後れしそうだ。
『クラスに溶け込むのは、まだ苦手?』
……苦手だよ。
いつか、皆の前で澪に返事をすると思う。
そう考えて瞬きをすると、澪が消え去った。
「持田は文芸部だろ?」
「そうだよ。この文化祭でブックマークを増やして、俺は底辺を卒業する」
「頑張れ。俺は多分バイトだな」
「何言ってんだ、お前は帰宅部だろ? 強制参加だよ」
「え、冗談だろ?」
「本当だよ。回避したいなら文化部に入るか、金払ってどこかのサロンに入会するんだな」
俺にはサロンに入会する金も時間も無い。
これは文化部に入るべきか。
「望月君はどうするんですか?」
いつの間にか、巡回していた結が隣に来ていた。
結に顔を近づけて小声で相談する。
「なぁ、これってアルバイトを理由に不参加に出来ないのか?」
「恐らく難しいでしょう。それに望月さんは特待生ですから、率先して参加しなければならない立場です。文化部に所属していても同様の扱いでしょう」
「そうか……。どれぐらい時間を取られる?」
「毎日、放課後の2時間弱でしょうか。普通の部活と同じですよ」
「そんなに!?」
バイトして宿題して予習復習したら日付を跨ぐぞ。それが一ヵ月。ロスするバイト代に思考を巡らせていると、結が耳打ちしてきた。
「生活費ですか?」
「そう。仕送りの額が増えちゃって。バイトの時間も増やさないといけないし、期末テストもあるから」
「私から先生にお話ししましょうか?」
流石にそれは悪い。
「自分で直接言うよ。そこまで甘える訳にはいかない」
「分かりました。あと、お掃除は明後日ですよ。忘れないで下さいね」
「了解、助かるよ結」
「……が、学校ですよ。結じゃないです」
「あ、ごめん」
少し頬を赤らめた結が、黒板へと戻って行った。持田はそれを横目で見ながら、ゆっくりと俺に視線を戻した。
「……おい蒼、雛白さんと何を話してた?」
「雛白さん経由で先生に不参加を表明できないかについて」
「お前は鬼か」
「バイトがあるんだよ」
そして多数決の結果、うちのクラスではクレープを出すカフェに決定した。
その後、先生には俺の現状を詳らかに説明した。生活費については理解をしてもらえたが、仕送りについては家庭の事情という事で飲めないと言われた。
この結果は何となく分かっていた。だが、こうして相談に乗ってくれた事が嬉しかった。
そんな素敵な担任の名前は山田望先生。覚えたぞ。




