15 体育祭で見たいい男
9月末、体育祭当日。
見事な秋晴れに恵まれた。
この日に全力投球をするのは、上級生と推薦狙い組だけ。下級生とその他大勢は彼らの濁流に飲み込まれるがまま、さっさと今日が終われと祈るらしい。持田がそう言っていたから、こいつは祈る側なんだろう。
「蒼、やる気満々じゃないか」
「俺はどんな勝負でも負けるのだけは嫌だ」
「モチダモ ソウナノ!」
「頼むから本番でG-3POは止めてくれよ」
この学園は人数が多すぎるし会場も広すぎるため、色んな場所で色んな競技が流れ作業で行われている。最後に全校生徒が校庭に集まり、リレーをして終了するそうだ。
《はぁい、次の借り物競争は、なんと全員同じ借り物が書いてありまぁす!》
司会の女子が高らかに叫ぶ。
運営が何か細工を入れたようだ。
しかもよりにもよって次は俺の番。
俺の両隣は名前も知らないイケメン。
というか、俺はクラスメイトの名前すらうろ覚えだ。きっとクラスメイトにも俺の存在すら知らない人もいるだろう。でも負けねぇ。
パァンとピストルが鳴り、全員が駆けだした。
隣の男とほぼ同時に、落ちている借り物札をめくる。
そこに書いてあったものは……。
【あなたが好きな人】
ベタな真似をっ!
やばい、好きな人好きな人……!
《おぉっと、サッカー部期待の1年、隅田君が一直線に草組へと走って行くぅうう!!》
隅田君が走ってい行った先は、うちのクラス。そこから手を引いてきたのは……なんと結だった。何だよ隅田君、公開告白とか格好良すぎだろ!
そして同じレースの参加者たちも、次々と散っていく。
《1位は早い! 圧倒的なスピードでゴールしたのは華組の隅田君! 手を引いてきたのは、何とこの学園のアイドルと言っていいでしょう、地毛が美しい雛白結さん! そして出された借り物のお題は……【あなたが好きな人】》
司会が叫ぶとともに観客席から女子達の黄色い歓声が沸き上がった。イケメンの隅田君に、学園一の美少女の結。ショーとしては成功だろう。というか知らなかったが、結の髪は地毛だったのか。
隅田君ははにかんだようすで頭を掻いている。対する結は、どうしていいのか分からないのか狼狽えていた。
他の走者達も家族がいる人は家族を、彼女がいる人は彼女の手を引いている。俺にはそんな存在がいない。バイト先の店長を読んでくれば良かった。
あぁもう――――仕方無い!
俺は自分のクラスメイトの所へ走った。
「おい持田、早く来い!」
「うそ……やだ……」
持田の手を引き、全力で走った。
せめて最下位だけは避けたい。
……と思って頑張った結果、生温かい拍手に迎えられて、むさい男2人が手を繋いで最下位のテープを切った。
《最下位は草組の望月君でしたぁ。お題の好きな人、お名前を伺ってもよろしいですか?》
「アタシ持田! 望月くん、シュキ!」
「何で裏声なんだよ持田……」
《禁断の恋ですね! はぁいありがとうございましたー!》
新たなトラウマが生まれそうだ。
「蒼、これで貸し一つな」
「このお題、酷すぎるだろう」
「不満なら生徒会に入れよ。体育祭も文化祭もやりたい放題で、しかも生徒会ってだけで推薦枠確保らしいぜ」
「俺は無理だな、バイトの時間に追われてる」
「そりゃ、ご苦労なこって」
そして、結の方を見た。
引っ張ってきてごめんなさいと、隅田君が謝っている。
俺と目が合う。
結は困っていた。
喧噪の中でも聞こえるように、大きめの声で叫ぶ。
「雛白さん! 次の競技が始まるんで、そろそろ戻らないと!」
「は、はい今行きます! すみません隅田さん、私は戻りますね」
「あっ雛白さん!!」
結がこちらに駆け寄ってくる。
「……蒼、お前ウホいい男だな」
「やめろよ気持ち悪い」
「すみません、ありがとうございます望月さん……と持田さん」
「俺はオマケで呼ばれても嬉しいですよ雛白さん!」
「それで、告白されたのか?」
「はい、ですがお話ししたことも無いので申し訳ありませんとお断りしました。そして、いつか振り向かせたいと言われ、そのままグイグイと来られまして」
「……そっか」
ある意味男らしい、俺とは大違いだ。
そうしてクラスメイトの元へ戻り、俺と持田は熱い祝福を受けた。
人からのいじりはまだ少し抵抗がある。だが……。
『最下位でも、悪くないんじゃない?』
そうだな。
悪くなかった、そう思う。
一日の流れは早く、各会場での競技が一つまた一つと終了していく。
日も沈みかけ、早くもナイターの照明がこのトラックを照らし始めた。たかだか一私立高校にナイター設備付きの陸上トラックが併設されている時点で、この学校が普通じゃないという事がよく分かる。
そして今、この学園のほぼ全ての生徒がこの周辺にいるらしい。この後に閉会式が行われるからだからだそうだが……。
トラックから見たその光景は、圧巻だ。
千人を超える生徒とその関係者。結はこの中で一番美人だという話なのだから、告白される数も半端じゃないだろう。
「位置について、よーい……」
パァンとピストルの硝煙が上がり、4人の男が駆けだした。同時に野太い歓声も上がる。上級生達は応援も必死だ。
アンカーの俺は400m走らされる。
そして俺の前の走者は持田。
何だか違う意味で緊張してきた。
二週目の差し掛かり、何と俺の組は1位。
急いでレーンに並ぶ。
俺の隣には、借り物競争で一緒になった隅田君がいた。
こいつには一言、言っておかなけばならない。
「――隅田君」
「ん?」
「結の手を引くときは、もっと優しくしろ。痛がっていた」
「え、きみ誰? 何なの急に?」
「隅田君にだけは負けたくないって話だ」
持田がバトンを持った。
文芸部の持田は足が遅く、体力も無い。リレーを選んだ理由も実に不純だ。だが今は、格好良さなんて意識せずに必死で走っている。だからこいつは嫌いになれない。
「隅田君、あれが本当のいい男ってやつだよ」
その俺の声は、隅田君には届いていない。
先にバトンを受け取った3人は既に走り出しているのだ。
そして俺も、よれよれになった持田からバトンを受け取る。
「はぁ、はぁ……悪い……!」
「任せろ」
今は最下位。
だが1位の隅田君を捕えれば、内申点。
俺は、全力で地面を蹴り出した。
《おぉ!? 草組のアンカー速い!! あっという間に3位との差が縮まり……抜き去った! 物凄い速さです! そのまま一気に2位の――――》
――
《1年の部 一位華組、二位草組、三位……》
隅田君、滅茶苦茶速かった。
たかがコンビニバイトの分際で、イケメン隅田君にドヤ顔で説教していた自分が恥ずかしい。数分前の俺の記憶を消し去りたい。あれは確かにサッカー部期待のエースだ、後で握手してもらおう。
けど、ちょっと悔しいな。
『でも蒼お兄ちゃん、頑張ったじゃん』
生徒に紛れて澪が覗き込んでいた。
クラスメイトからは、予想外の激励の言葉を貰った。
頑張ったね、良かったよ、格好良かったね。
そう笑って俺を迎えてくれた。
嬉しかった。
だが、俺が逆の立場だったら、果たして彼らに同じ言葉を掛けれるのだろうか?
そう考えると、自分がひどく失礼な人間に思えてきた。
『結果は大事だけど、過程も大事だよ。努力している姿に人は感動するの。必死な人って素敵でしょ? 蒼お兄ちゃんのクラスメイトは、受け取った感動を言葉にして蒼お兄ちゃんに返しているの』
その言葉に励まされるよ、澪。
俺はクラスメイトの誰よりも心が幼稚だ。
この学園にいる間に、脱皮できればいいが。
「キスしろ! 二人ともキスしろ!」
「アオクン チュッ!」
「うわっやめろよ!」
勇者持田が必死で顔を近づけてきた。
顔を押さえて離れようと首を背けたら、結が少し離れた場所からこちらを見て笑っていた。




