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14 読書する姿を見つめられる


 翌日の昼休み。


「なぁ蒼、今日の雛白さんは何だか妙にニヤニヤして見てないか?」

「気のせいだろう」


 目端で結を見る。じーっとこちらを見る目はいつも通りだが、持田の言う通り口角が上がるのを我慢しているような表情だ。笑うのをこらえている、というのか。


「気のせいじゃねぇって。俺が一発芸をやったら笑ってくれんじゃないか?」

「持田は何が出来るんだ?」

「海外のテレビショッピングのジュースミキサーのモノマネだ。家族全員とマシンを一人でやり切るんだぞ」

「またマニアックだな。でも見てみたい」

「任せろ。○%×●~……!」


 持田は立ち上がり、突然英語みたいな言葉を話し出した。

 雰囲気だけでやり切るらしい。



 俺は今朝、誰にもバレないように結の引き出しにメモを入れた。昨日の謝罪とお礼の一文に加えて、『度々迷惑をかけているので、困った事があれば何でもお手伝いします』と書いたものだ。


 すると、いつの間にか俺の引き出しの中に返事が入っていた。


 そのメモには結の字でこう書いてある。


『困った時はお互い様ですよ。何でもいいなら、お時間がある時に図書委員の仕事をやってみませんか?』


 その返事に気が付いたのは数分前だ。結は俺がメモを見た様子に気付いた時から、うずうずと期待しながらこちらを眺めていた。



 バイトと勉強に多少余裕がある今なら、シフトの合間を縫って手伝いが出来る。受けた恩を返すチャンスだ。



 結に目を合わせる。

 そして、頷いてみた。



 ――その瞬間、結は誰もが見惚れるような笑顔になった。



「☆#▲○%×●~ウィィインアアア……おい蒼、雛白さんが笑ったぞ!」

「……笑ったな」


 突然微笑んだ結に対して、周りの女子は急にどうしたのと驚き話しかけている。その可愛さにやられたのか、抱き着いている女子もいた。結は嬉しそうにえへへと笑っている。女子の気持ちはよく分かる。結ほどの美少女の笑顔は見ているだけで心臓に悪い。



 そして、その日の放課後。


 真っ直ぐに図書館へとやって来た俺は、早速結に仕事を任された。



 頼まれたのは簡単なものだ。書架整理と呼ばれる、返却された本を棚に戻す作業だ。結の日課らしく、図書管理台帳のチェック作業と並行して普段から行っていたらしい。


 こうしてみると、意外と多くの書籍が貸し借りされているのが分かった。割と新しい書籍も入っているし、参考書も学園の過去問もある。この図書館は結構良いかもしれない。



 しかし、作業自体はあっという間に終わってしまった。時刻はまだ17時半、ひとまず結に報告する。


「終わったよ、雛白さん」

「ありがとうございます、早いですね」

「他にやる事はあるか?」

「んー……実は、今日はこれぐらいしかないんです。あとはこちらが無いとお願いし辛い事ばかりで」


 そういって、結は図書委員証を掴んだ。

 それもそうか。


 結は前と同じ場所に座って作業をしていた。今は珍しくメガネを掛けている。教室では掛けていないので、どこか新鮮だ。


「目、悪かったんだな」

「え? ……あぁ、これはやる気スイッチと言いますか、伊達メガネですよ。それに、普段よりも頭良さそうに見えませんか?」

「確かに見える。俺も怒られる時にかけて真面目に見せようかな」

「ふふ、まず怒られないようにしてください」

「そうだな」


 こうして結と話すのは楽しい。だが、彼女の仕事の邪魔をするわけにはいかない。さて、どうするか……。


「適当に本でも読んでるよ。何かやる事があったら手伝うから言ってくれ」

「はい、分かりました」



――



 ルサンチマンとは、弱者が強者に対して抱く「恨み」や「嫉妬心」のこと。弱者は自分たちを謙虚で質素であることを善とし、強者は傲慢であるから悪となる。こうして弱者は自己を正当化し、弱者であることが強者であるよりも優れているとされる道徳である。


 ニーチェって凄いな。尖った人物だと思っていたけど、言っている事は納得できるものばかりだ。このルサンチマンなんて、まるで自分の事のように感じる。



 哲学本が面白くて読み入ってしまい、気が付けば夜の帳が下りていた。


 顔を上げると、目の前にちょこんと座っていた結がじーっとこちらを見て微笑んでいた。いつの間にか仕事は終わっていたらしく、彼女の机の周囲には何も置いてない。


「ごめん、集中してしまった。終わったなら声を掛けてくれればよかったのに」

「面白そうに読まれていたので、私もこうして望月さんを見ていました」

「えぇ、俺の顔なんか見てて飽きない?」

「飽きませんよ。色々な発見があります」


 そう言って、意地悪な顔で微笑んだ。

 直視できなくなり、思わず結から目を逸らす。


 顔が熱い。


「……その顔はずるい。結とまともに目を合わせられなくなる」

「……っ!」


 すると結の顔も徐々に赤くなり、鞄で顔を抑え始めた。


 あぁ、しまった。

 動揺してつい結と言ってしまった。


「……き、急に下の名前で呼ばないでください」

「ごめん」


 結は顔を隠し、足をパタパタとさせている。

 言った俺の方も恥ずかしい。


「そ、そういえば雛白さん。図書委員の手伝いは週に一度ぐらいになりそうなんだが、それでも大丈夫?」

「え? あ、はい。大丈夫ですが……残りは全部アルバイトでしょうか?」


 鞄を下ろした結は、いつもの顔でそう言った。


「あぁ。勉強に余裕があるうちにお金を貯めておきたいんだ」

「そう、ですか……。分かりました。でも無理はしないで下さいね?」

「もちろん」

「それと、中間試験が終わったら望月さんの家を掃除します」

「もち……え? 何でまた急に?」


 そう言うと結は鞄からメモを取り出した。

 俺が今朝、結の引き出しに入れたメモだ。


「『度々迷惑をかけているので何でもご協力致します』。望月さんの生活が乱れているのが困るので、一緒にお掃除をしたいのです」

「……その気持ちは有難いけど、そこまでしてもらうのは気が引ける。少しずつ進めるからいいよ」

「それは、義理のご姉妹と一緒にするから、という事ですか?」


 ん?

 あぁ、そういえば結との話じゃ、澪と志乃さんがうちで居候している事になってたっけか。俺が幻覚が見える精神病持ちだとは――――言いたくない。言うのが怖い。


「そうだな」

「――失礼ながら、義理のご姉妹はお掃除できるのでしょうか?」


『おぉっ!? 結が攻めてきたよ蒼お兄ちゃん!!』

『何なのかしら、怖いわね!』


 急に来たな。

 どうなんだ二人とも、掃除は得意なのか?


『アイドルの中では得意な方よ?』

「志乃さんは得意だって言ってる」

「わ、私も得意なんですが!!」


 人気の無い図書館に結の声が響き渡った。

 その数少ない人々が、一斉に結の方を見る。


「得意、なんですが……」


 再びそう言いながら、結は先程下ろした鞄をまた顔へと持っていった。意外と大きな声が出てしまって、恥ずかしそうにしている。


「――じゃあ、少しだけお願いしようかな。志乃さんよりも掃除できそうだしな」

『えええぇ!? 蒼ちゃん酷い、私は何度もお手伝いしようとしたじゃない!』


 そもそも二人とも物に触れないじゃないか。


「任せてください!」


 結は、再び大きな返事をしてくれた。


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