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11 再びじーーっと見られ始める



 結の家で夕食を頂いた以後も、俺の夏休みはとても充実した。



 主に予習とバイトだ。特に店長がバイトのシフトを多めにいれてくれたおかげで、叔父さんへの仕送り資金3ヵ月分を前もって確保できた事は大きい。


 バイト先では、その後も結がちょこちょこと顔を出し、いつも通りの買い物をしてくれていた。だがなぜか俺を見つめる視線は以前よりも鋭く、射抜くように目を細めてじーーっと見られていた。



「望月くん、彼女と喧嘩でもしたのかい?」

「いえ、思い当たる節は……無い事はないですが」


 俺の居城である公園は、なんとこの秋から見守りパトロール隊が立つことになったらしい。小学生と幼稚園児の帰り道だからだそうだ。これも俺が地域社会に与えた悪影響の結果だろう。そのせいで結が怒っているんだと思う。


 恩を仇で返すとはまさにこの事だ。

 どうしよう。




 そして二学期が始まり、一週間が経過した。




 名門私立水菓子学園の2学期は忙しい。9月の末には体育祭、10月の頭には中間試験、そして11月に入ると文化祭が待っている。全てが内申点に響くイベントなので、推薦狙いの俺としては積極的に参加しなければならない。


 夏休みで黒く日焼けをした持田も、中間試験以外の全イベントに対してやる気満々だ。そういえば夏休みに結局こいつとは遊ばなかったな。



「蒼、一緒にリレーに出ようぜ。誰も出たがらないし丁度いい」

「構わないけど、俺は帰宅部で持田は文芸部だろう? 負けて迷惑をかける気しかしないんだが」

「体育祭の中では花形競技らしいからな。スピードよりも格好いい走り方で雛白さんを射止めてやる。蒼もその顔なら格好つけて走ればならきっとモテるぞ」

「いや格好よりもスピードを出せ」


 内申点は単純に加算形式で、とにかくイベントへの参加率を上げる事が大事だよと担任の先生がこっそり教えてくれた。参加でプラス、成績が良ければ更にプラス。そういった理由もあり、俺は玉入れと借り物競争にも参加を表明した。


「望月君、積極的に参加してくれるのは嬉しいんだけど大丈夫なのかな?」

「はい」


 やる気を見せたせいで、このクラスで初めて目立った気がする。多くの人に見られる事は未だに怖いが、最近は少しずつ改善していた。結も驚いた表情でこちらを見ている。


『蒼ちゃん、あまり2人に心配かけちゃだめよ?』


 志乃さんが突如、先生の真横に現れた。

 毎度の事ながら、急に現れるとびっくりするな。



 ホームルームが終わり、クラスメイトが部活へと流れていく。

 それなのに……。



「おい蒼、一学期よりも雛白さんの視線がきつくないか?」

「そうだな……」


 結は相変わらずの美少女っぷりだが、持田の言う通り最近は視線が鋭い。じーーっとこちらを見ている。それも、女子に囲まれて相槌を打ちながらだ。周りの女子たちは何とも思わないのだろうか。


「そういえば蒼、昨日知ったんだが、世の中には『視姦』という極意があるらしい」

「何だそれは」

「大きい声じゃ言えねぇが……相手を凝視しながら、脳内で脱がせて楽しむんだよ」

「なるほどな。それで、視姦がどうしたんだ?」

「蒼のバカ! 声が大きい! いやさ、雛白さんがじーっとこっち見てるって事は、俺たちを視姦してんじゃねぇかって事よ」

「お前……あの視線が俺たちを脱がせる視線か?」


 目端で雛白を見た。

 視線は鋭いが、それだけだ。

 女子たちとも器用に会話をしている。


「ああ見えて雛白さんの頭の中では、俺と蒼が素っ裸で抱き合ってキスしてんだよ」

「やめろよ気持ち悪いな!」

「静かに! そこで俺は気が付いた。見る性癖と相性が良いものがあるじゃねぇかとな……そう、露出狂だ」

「持田、お前は本当にろくでもないな」

「俺たちが視姦されているなら、俺たちが露出狂になれば雛白さんとの相性は最高になるんだ!」

「そうなると、俺とお前がキスするんじゃないか。お前一人でアプローチしてくれよ」

「分かった、蒼に雛白さんはやらんぞ……ぬぎぬぎ……」


 本気かこいつ。


「キャー最悪!!」


 そうやって持田は1週間女子達から無視される事になった。



――



 9月のある日、俺は一大決心をした。



 この多少余裕のある時期に、家を片付けるべきだ。


 だが、すぐに心が折れた。

 どう頑張っても階段を上れないのだ。


『蒼ちゃん、やっぱり上れないのねぇ』

「足に根が張ったみたいだ。手すりに触れた瞬間に手も硬直する。一体どうなっているんだ?」

『あまり無理しちゃ駄目だよ蒼お兄ちゃん。心が潰れちゃうよ』


 心が潰れる、か。


「こういうのって、いざ行かんと決心した時点で心が拒絶するんだよな。逆に頭空っぽにしてアヘアヘしながら階段を上がれば行けるのかな」

『蒼お兄ちゃん、それはお酒を飲むって事?』

「あぁその手があったか、ってそりゃ駄目だろ」


 まだ無理という事か。先は長そうだ。


「……バイトの時間だ」




 物体の運動エネルギーの変化は、物体にされた仕事に等しい。


 エネルギー保存の法則によると、俺がバイトで働く事によって得られるバイト代は、働いた時間が変化したものという事らしい。だったら、不動産賃貸業や地主って何もせずにエネルギーが増幅しててずるくないか?



 仕事中にそんな邪な事を考えていると、今日も結がやってきた。


 俺は結の薄い亜麻色のストレートヘアーには秋が似合うと思っている。ただでさえ目を惹くその美貌が、落ち葉と木枯らしで更に引き立てられるのだ。俺はその季節がやって来るのを密かに楽しみにしていた。結には言えないが、美人は見ているだけで心が安らぐのだ。


 まぁそう考えているのは俺だけのようで、彼女は違う。いつものようにじーっと俺の顔を睨んでいる。だが、今日は視線を泳がせながら少しうずうずとしている。アレをもよおしているのかもしれない。


「ありがとうございましたぁ」

「――あの、蒼くん」

「……っ! はい、なんでしょうか?」


 学園では望月さんと呼ばれ、こうして二人の時はお互い下の名前で呼び合う。下の名前で呼ばれるのは未だに慣れない。


 誤解されかねないから避けた方がいいと伝えたが、どうやら結は俺の不安定な精神とド貧乏っぷりを心配してくれているようで、落ち着くまではこの関係でいいと言われた。


「家のお掃除は進んでいますか?」

「家の掃除? ……まぁ、ぼちぼちだけど」

「あの、もしよろければ私がお手伝いしましょうか?」


 ……この申し出は、正直有難い。

 結は俺の過去を知っているし、頼み易くはある。


『でも、いくらなんでもそれは悪いわよねぇ』


 そうだな。

 そこまでしてもらうのは気が引ける。


「ありがとう。でも、悪いからいいよ。結の気持ちは嬉しいけど、ひとまず自分で少しずつやってみるつもりだ」

「……そうですか、分かりました」

「結、いつも心配してくれてありがとう、これでも俺、凄く感謝してる。ガブチキおまけしようか?」

「望月君、それはダメだよ」

「はい店長」

「ふふ、私の方こそ蒼くんと仲良くなれて嬉しいです。体育祭、一緒にがんばりましょうね」



 そう言って、結は天使の微笑みを発動した。


 これだ、彼女のこの笑顔は俺の弱点だ。

 胸に深く突き刺さって、顔が火照る。


「あ、ありがとうございましたぁ!」

「はい、ありがとうございました」



 結の表情も、どこか柔らかくなったように感じた。



見少女は、気が付いたら見ちゃっています。


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