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10 優しさの先に見えたもの


 この唐揚げ、やばいわ。


「うんめぇ……!」


 噛むとジュワジュワと肉汁が出てくる。

 こんな食事、いつ以来だろう。


「蒼くん、そんなに急がなくても沢山ありますよ」


 千切りのキャベツも豆腐の味噌汁も、全てが美味しい。箸が止まらない。よく噛んで食べているが、それでも胃が驚いているのを感じる。図々しい事この上無いが、とにかく詰め込めるだけ詰め込みたい。


 俺は夢中でご飯を食べた。



「――だよお姉ちゃん、やっぱりプール行きたい」

「ちゃんとお片付けしない子は連れて行きません」

「えぇ! いじわるー!」


 その声でふと現実に戻り、箸を止めて顔を上げた。


 俺だけ食べ始めるのが遅かったからか、気が付けば雛白家の人達は食べ終わっており、皆が温かいお茶を飲みながら談笑していた。



 幼稚園の友達と遊んだ話、学園の友達と買い物に行った話。テレビで流れているニュースの話題を拾ったり、明日の天気を確認したり。思い思いの事を話しながら、笑ったり真面目な話をしたり。


 いつもこんな雰囲気なのだろう。家族が作ってくれた温かい食事を、温かい人たちが囲んで食べている。



 そんな、どこにでもあるような家族の風景。



 俺には、それが輝いて見えた――。




――



「蒼お兄ちゃん、醤油とって」

さくら、唐揚げはそのまま食べなよ」

「味が濃い方が美味しいもん」

「蒼の言う通りだよ桜、お父さんみたいに痛風になるからそのまま食べなさい」

「痛いのはいやー!」



「蒼お兄ちゃんどうしたの? 大丈夫?」

「……あぁ、いや。明日は晴れるのかなって考えてた」

「そういえば蒼、いつもの子がまたプリントを持ってきてくれたよ。今度はちゃんとお礼を伝えるんだよ?」

「ふふふ、あのお人形さんみたいに可愛い子は蒼ちゃんの彼女さんかしらねぇ?」

「えぇ! お兄ちゃん彼女いるの!?」

「いないし!」



「蒼、無理してないかい?」

「父さんどうしたの? 僕は大丈夫だよ?」

「あまり何かを抱え込んではいけないよ、蒼は優しいからね」

「そうだよ蒼お兄ちゃん!」

「……もし辛いことがあったらちゃんと頼ってね。私たちは、いつでも蒼ちゃんの味方だから――」



――




「――おじさんどうしたの? 大丈夫?」


 修一君が、俺を覗き込んでいた。

 小春ちゃんも葉月さんも結も、皆が俺を見ていた。



 俺は泣いていた。



 溢れ出した涙は止まらない。

 茶碗と唐揚げを持ったまま、下を向いた。


 こんなの、俺には眩し過ぎる。



「……唐揚げが、おいしくて……ぅう……!」

「泣く程美味しかったの? よかったねお母さん」


 修一君が無邪気にそう言った。


 そのまま俺は机に伏せた。


 唐揚げを食べて大泣きする俺は、ひどく滑稽に見えるだろう。だけど、この涙の止め方が分からない。


「……蒼くん」


 もっと家族とご飯を食べたかった。普通に遊んで、普通の生活をしたかった。毎日いってらっしゃいと、お帰りなさいを言いたかった。


 俺はただ、寂しかったんだ。


「う……うぅ……!!」


 結が俺の背中を優しく抱きしめる。

 慰めてくれているようだ。


 そのまま俺は、涙が枯れるまで泣き続けた。




 結は、俺が泣き止むまで抱きしめていてくれた。

 落ち着いた所で、深呼吸をして起き上がる。


「……ごめん、もう大丈夫だ」


 どれぐらい泣いていたのだろう。いつの間にか修一君と小春ちゃんは、別の部屋に移動していた。葉月さんもキッチンで食器を洗っているようで、この部屋には結と俺しかいなかった。


「蒼くん、目が真っ赤ですよ?」

「……人前でこんなに泣いたのは初めてだ」

「さっきの私もです。一緒ですね」


 結は優しく微笑んだ。

 ……敵わないなぁ。


「ご飯は全部食べれますか?」

「……おかわりが欲しい」

「ふふ、仕方がないですね。私が入れてきてあげますよ」

「ありがとう、結」


 お礼を伝えると、結は急に慌てて部屋を出て行った。彼女は俺に大切な事を教えてくれた。感謝しても感謝しきれない。


『良かったね、蒼お兄ちゃん』

「うん」

『蒼さん、今日はゆっくり寝れそうねぇ』

「うん。泣いたらスッキリした」


 この温かい家庭は、いつか俺が目指すべき場所。



 結が持って来たご飯の上には、大きな唐揚げが一つ乗っていた。


「元気が無いならあーんしましょうか?」

「嬉しくて泣いちゃうから遠慮するよ」

「ふふ、分かりました。私はこうして蒼くんを見てますから、二度揚げで出来立ての唐揚げが美味しくても泣かないでくださいね?」

「そんなにフラグを立てないでくれ」


 そうして、結のおかげで二人して笑いながら夕食を頂いた。



――



「そう遠慮せずに泊ってもいいんですよ? 蒼くんはまた公園で寝る気ではないのですか?」

「大丈夫だよ。ちゃんと家で寝るから」


 帰り際に、葉月さんに泊まっていきませんかと誘われた。社交辞令だろうが、例え本気で言っていたとしても、健全な学園一の美少女の家に不健全な浮浪者が寝泊まりするなんてできない。そしてその美少女はというと、俺が公園で寝るんだろうと執拗に疑っている。


「ご飯ありがとう、美味しかったよ」

「それは良かったです。またいつでも食べに来て下さいね」

「……そうだな、またいつかな」


 流石にそれは気が引ける。

 今日も散々迷惑をかけたのだ。


「蒼くん、辛くなったら言ってくださいね。私は、蒼くんの味方ですから――」


 その一言で、結と母さんの姿が重なって見えた。いよいよ母さんまでもが幻覚で現れるようになったか。


「分かった、結も何かあったらすぐに言ってくれ。飛んでくるよ」

『早く帰ろうよ、蒼お兄ちゃん』

『これ以上いるとご迷惑だし、家で待ってる家族に今日の事を報告しないとねぇ。蒼ちゃん、先に家で待ってるわ』


 二人はそういうと、パッと消えた。

 そうだな。今日の事についてお礼を言わなくちゃ。


「……本当に帰っちゃうんですか?」

「あぁ、家で義理の姉妹が待ってるから帰らないと」


「――――え?」


「じゃあまたな、結。お休みなさい」

「お、お休みなさい……」



 自宅に帰り、家族の遺影にお礼を伝えた。


 そして、その日は夢を見た。

 小学校時代の夢だ。



――――



 俺はベンチで本を読んでいた。すると、公園の隅で同い年ぐらいの変わった髪色の女の子が一人、男女の集団に鞄の中を荒らされているのが見えた。


 何があったのかは分からない。

 だけど、その様子が気に食わなかった。


 俺は男子の一人に本を投げつけて、やめろと言って襲い掛かった。


 それから俺は、彼らにいじめられるようになった。その男子は同じ学校の上級生で、不良のリーダーのような人物だったのだ。学校でも帰り道でも、目立たない場所を殴られたり、物を取られたりした。



 最初にいじめられていた女の子がその後どうなったのかは分からない。


 だが夢で現れたその女の子は、どこか結に似ている気がした――。


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