前夜 Ⅰ
「知らない天井ってよく言うもんだよなあ。あれから少し経ったけどまだ慣れない」
天宮は眠い目を擦ってそう呟いた。今の住居の天井に対して、何年も過ごした寮の天井が目に焼き付いて何とも言えない違和感を醸し出している。
ここはチームのシェアハウス、学園序列上位三人には広い土地が副賞のように与えられる。あくまでも厚意ではなく学園側の見栄に見えて、良い気分はしないが有難く頂いた。そこに創造神で家を創ってしまえば特に大金はなくとも巨大なシェアハウスが建てられる。
部屋である程度の着替えを済ませて廊下に出た。始めは迷ったが今では全員分の部屋をハッキリ覚えている。
「おい、ゼノン!起きろ!俺もだけど寝坊し過ぎだ」
「うぉぉぉぉ、やべやべ。起こしてくれてサンキューな」
焦った様に寝巻きに一枚羽織って出てきたのは部屋の主ゼノン・ルージギア、短髪の好青年でいつもの寝坊常習犯。チームメイトは図らずとも同年代六人、みんなフレンドリーだ。寝惚けているのか酔っぱらいのように天宮の肩を叩きながら言った。
「んじゃ天宮、俺ちょっとトイレ寄ってくわ、先行っててくれ」
ゼノンは虎か何かのようなスピードで廊下を駆けて行った。その高速移動は神技〈倍力神〉を使ったものだ。他の強化系が強化量が決まったものであるのに対して本人の肉体次第で何処までも強化出来るという特徴がある神技。
ゼノンの努力家であるところや正義感が強い性格なども合わさりメンバーの中で天宮が最初に勧誘したメンバーでもある。また、軍を目指した過去から格闘も出来る期待の星だ。
「脚力で家壊すなよー、建てたばっかだからな」
聞こえていないのかそれとも無言の了解か、返事は返って来なかったが天宮はゼノンの言葉通りリビングに向かった。
「うぉ、何これ?リゼルだな……」
リビングに入るならサッカーボール程の機械が目の前に現れたと思いきや天宮の何かをスキャンして消えて行った。天宮には仕掛けた人物に心当たりがある。
「体温等に以上は無い、もっと時間を守れ天宮。折角作った飯も冷める」
光約・リゼル・アルジール、綺麗に無造作な髪が特徴的に跳ね、片耳にイヤホンを掛けた少年が不機嫌そうに立っていた。人の営みを再現する〈文明神〉で作った機械が健康観察まで出来ることに天宮は驚いた。
「お前は野菜がキャベツと玉ねぎしか食べれない上に食えないもんを作るとすぐ自分で創造したがるから工夫が必要なんだよ。さあ食え!腕によりをかけた」
「なんでちょっと誇らしげなんだよ、栄養管理ありがとな。じゃ、いただきますっと」
腕を組んでニヤけるリゼルに悪態を突きながら野菜炒めを口に運ぶ。本当にキャベツと玉ねぎしか野菜炒めには入っていないのに他で栄養を取らせる構成をしている朝ご飯。控えめに言っても天才だ。クロノスよりも調理師が向いているのかもしれない。
味わっているとゼノンの驚く声がした。きっと機械の強制健康観察に驚いたのだろう。
「どうぞ、ソルマちゃんのターンでしょ」
「あーもう、だからボードゲームは嫌いなんだよなぁ〜!もっとこう運命力で決まるゲームの方私には向いているのにぃ!」
ソファーを挟んでチェスに白熱する少女二人、身長差や言動から年の差があるように見えるがどちらも同年齢だ。
余裕そうにビショップを構えている大人びた方が御鈴鹿奏戯。高沢の幼い頃からの友人で誰もが知る大企業『御鈴鹿グループ』令嬢。よくもまあこんな凄い人材をスカウト出来たものである。高沢のコミュニケーション能力には脱帽だ。
主な料理を食べ終わりフルーツヨーグルトを食べようとしていたら頂上のチェリーが消えていた。御鈴鹿が艶めかしく咥えている。
御鈴鹿は〈時間神〉という十五秒程度だが時間の停止、巻き戻し、スキップを行う規格外の神技使いでもある。それもこのような軽いイタズラに使われる程度では可愛いものだ。
チェリーを惜しみながら味っけの無いヨーグルトを口に運んでいると天宮の背中をとんとんする少女がいた。見るとチェス組のもう一人、かなり小柄で同じ家に住んでいるだけで犯罪臭漂う方であるソルマ・レイゼードがこちらを見ていた。
「ライムもカナギにさくらんぼ取られたから私の味方だよね?」
「ちょっと、天宮君!これは女と女の勝負だから無関係なのが口出してくると困る!」
悩む天宮に全力で助力を請うソルマとあくまでも見ていろと不服を上げる御鈴鹿。悩んだ末天宮が取ったのはーー
「うん、一旦御鈴鹿の事倒そう」
チェリーの恨みが勝った。食べ物の恨みが恐ろしいことを御鈴鹿には知ってもらおう。ヨーグルトの残りを胃に流し込みゲーム盤の戦場に飛び込む。この天宮、クロノスとしての規格外のセンスが関係してかボードゲームも得意である。
「そこはルーク使って、いやキングを逃がせ、しないと詰む。でこっちもビショップで攻めろ」
「ちょっ、ずるいってばそれ!ほぼ動かしてるの天宮君じゃない!」
「んでここをこうして……」
「ライムどうした?まさかミスったんじゃないよね?!馬鹿なの?!」
「いや……引き分けだ」
「はぁはぁ、私だってタダで負けるわけないじゃないですか。クロノス活動とゲームが根本的に違うことを知りなさいよね」
空元気を出して紅茶を入れに行った御鈴鹿を天宮とソルマの二人は不服そうに見つめていた。天宮に至っては勝ち以外の引き分け、負けを体感するのが久しぶり過ぎて動けずに居た。
御鈴鹿は思い出したように振り向いて天宮に頼み事をした。
「あ、そうそう。高沢ちゃんまだ寝てるから起こしてきて。天宮君、彼氏さんなんでしょ?」
正直高沢は寝起きがめちゃくちゃ悪い為起こすのがとても難しい。他の人を起こすのが猫をあやすレベルだとしたらライオンの巣に神技無しで突っ込む位には厳しい。
「分かった、今行くよ」
それでも天宮は起こしに行く事にした。誰かが細切れになっているなんて事は避けたい上に好きな人の寝顔を簡単に見せるほどヤワじゃない。




