一騎当千 Ⅲ
「アッハハハハハハハ、ヒィッィィヒヒヒ、ぐふっっおぉうぇ!……死ぬわ緋流!肘入れんな!」
「極端にアンタの笑い方がうるっさいからでしょう? しかもそこまで面白いことでもないし」
モニター越しに、殺意をぶつけられる天宮を見て、素路咲は壊れたレコーダーのように笑い転げた。そして不快に思った緋流に肘を思いっきり入れられた。というのが今の状況である。
隣の卒業生や下の階の保護者らはバカ笑いする彼を見て眉をひそめている。
だが、学園二位は人目など気にせずにそのまま続けた。
「天草先輩の弟君もオーディエンスもさぁ、ホンットに分かってないねぇ!」
それが分からないから二流なんだよ、と更に煽りを入れていく。一度スイッチが入ってしまうと止まらないのが素路咲拝火である。緋流は呆れたように首を振りつつも納得はしていた。
「なんでこう、学園上位組はめんどくさい奴が多いかな。まぁそこには同感ね、高沢ちゃんもでしょう?」
素路咲に呆れながらも同意する緋流は椅子の高沢の顔を覗いてみた。高沢はモニターから一瞬目を外し、緋流に合わせるとこくりと頷き自論を述べた。
「うん、学園一位って称号は言ってしまえば栄光にして呪い。今も未来も、その過去ですら所有者の行動はワンフレーズで囚われる。だからさーー」
「負けることなんて許されていないんだよ。俺にも、天草先輩にも。お前、確か俺を殺したいんだっけ? ならやってみなよ、負けたら学園一位を返上してやってもいい」
高沢と同じ言葉を天宮は繋ぐように怒り心頭の天草祓実に言ってのけた。
この少年に油を注ぐのにこれ以上の言葉は不要だった。次の瞬間、天宮は宙に浮いた。宙と言ってもフワりといったレベルでは無く、空中五百メートル程で、だ。
眼前には外側に弾ける無数のガラス片と人の形にひん曲がる窓のフレーム。少し遅れて理解する。自分はあのフロアから強烈な力で投げ出されたのだと。背中が少しだけ痛い。身体の強度を創造していなかったら背骨は折れていただろう。
そして天宮の眼前で巨塔は変形していく。人や動物の形といった具象では無く、細長いモノに適当に手を数本刺したようなグロテスクなものへと。
「俺ノ神技ハ〈潜行神〉、掌握シタ“バベル”を以てオマエヲコロシテヤル」
正面の穴から見える最奥部から太く聞き取りずらい声が鳴る。そして見えるのはその場に伏している天草祓実。どうやら発動中は自身の肉体を操作出来ないらしい。
「潜行&操作の能力ねぇ、バベル全域を乗っ取るとはそこそこ見込みあるけど……自分で自分の神技をバラす奴には負けたくないな、てかそんなん基本だろ」
「ウルサイ、ツブレロ!」
無造作に腕が四〜五本迫ってくる。遅く見えるが乗用車程度の速度だ。当たれば死ぬし当てれば殺せる。空中じゃ避けようもない。避けようもないはずだ。
だが、何故天宮はそこから一度も重力落下していない?
「うーんアレばかりは分からないねぇ、せーっかく天宮の負けだと思ってたのに。高沢も知らない?」
「料金はシュークリーム一個ね」
「がめつくね?お前。まあいいや、二個やるからバカ宮と食ってろ」
「優しいね素路咲。よし、私がレクチャーしてあげようじゃないか✩」
椅子からピョコっと立ち上がってワームホールに手を突っ込むとどこからともなくブラックボードと指し棒、そしてペンを取り出した。
「うん、嬉しいけどモニターが見えないわね……」
と緋流。構わずに高沢は絵を書いて説明を始める。
「仕組みは簡単!足の裏からかなり強い上向きの圧力を調節して創造!来夢が言うには結構歩くのも難しいらしくて〜でも創造のストックは節約出来るらしいよ」
ビシビシと叩くブラックボードには足とは思えない図形と上向きの矢印のみ。
「おー、時空生物統制学の教授の真似か。あの教授マジで何書いてるか分からねぇのよな。ま、分かったことは一個だ。あの後輩くん負けたね」
一本目の腕は横薙ぎ。天宮の右から風を裂いて迫り来る。天宮は右手を翳してつまらなそうに見据えると掌からトゲトゲしたオレンジで透明な物体が暴れ狂う。一度、一点に集約される。
「刺し殺せ、絶対物質」
それだけだ。それだけで迫る腕が爆散する。続く上からの二本目、下から挟むように来る三本目は返す腕の動きのみで絶対物質に喰い破られていく。
「言う割には、大したことないこと……」
「ダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレ、ダマレ!」
音声的にも壊れたラジオの様に喚き続ける巨塔からの五本目は正面からのストレートパンチ。天宮は足を前に向けると蹴り出すように前に突き出した。
その腕と共に延長線上のバベルの一角も粉々に吹き飛ぶ。そして塔の動きは完全に停止した。
その圧倒的な力に観客席からの声は無く、皆気の抜けた様な表情をしている。素路咲のみが神妙な表情で画面を見つめていた。
「それじゃ、トドメの時間だな」
少しジャンプすると、天宮はバベルの中まで高速で直線移動した。先程の圧力創造の応用である。応用、と言っても空中浮遊の方が難しいのだが。
出ていった穴から中に入り込むと荒れたフロアの中央に天草祓実が横たわっていた。サバイバルナイフを創造し、首元に近づける。頸動脈を一撃で狙うにはかなり技量が求められるのだ。仕留め損ねて反撃でも食らおうものなら笑えない。
笑えない事が起きた。
刃は未だに首に触れてはいない。祓実は謀ったのだ。
床から伸びた腕は天宮を握りしめるとそのまま上空に伸びた。
「サア、オマエヲニギリツブソウスベテニイサンノカタキダ!クイロ、アマミヤ!」
勝利宣言とも取れる発言をする祓実に天宮は何も言わない。観客席の反天宮派は今にも拍手やガッツポーズをするのではないかというように忙しなく動いている。中には微笑が堪えきれない者も出始めた。
「ノコスコトバハ?モト、ガクエンイチイサン」
天宮は一言。
「隕石創造。今も、これからも、俺は学園一位だ」
手のひらから山ひとつほどの巨大な岩石。厳密には成分的に隕石では無いがこの高さから地面に落ちた時の破壊力で考えると隕石と呼んでも変わりはないだろう。
巨大な岩石がバベル、クロノス部門の塔を上から粉々に押し潰されていく。一度、祓実はバベルを巨大な一つの手に変えたものの圧倒的重力落下に耐えられずに数秒持たず瓦解した。
遂に自ら以外の空に伸びるものを全て砕ききり破局的な破壊が天宮に迫る。そこで虚構は硝子細工の様に消えた。
体育館には気を失い倒れた五人と立つ天宮のみ。歓声と怨嗟が溢れた。
『これにてお披露目戦を終了します!勝者、今年度学園一位、天宮来夢です!』
盛り上がった拍手に紛れて観客席で薄紫色の髪の女性がどこかを見つめて呟いた。女性と言うには未だにあどけなさが残り、他の保護者よりも数十歳若い。
「まずはおつかれ、アタシの弟。これならキミはいつかセル君をも……いや、流石にそれは無いかな。これ以上はセル君にも悪いや」