一騎当千 Ⅱ
天宮は背中に迫った気配を半歩ズレて避けた。右袖をクレイモアが掠めていく。重量のまま振り下ろされた大剣が床に突き刺さるのとほぼ同時に天宮の振り向きざまの拳が襲撃者の顔面に着弾した。その一撃は余波でガラスが数枚吹き飛ぶほどだ。
「手応えはねぇな……痛ってぇ」
そう言って天宮は後方に飛び退く。かなりの威力のパンチだったが手応えは感じられない。ようやくはっきりと見据えた相手は右手を大剣に、頭を鋼鉄に変えて制服を着崩した、いかにもな武闘派の生徒。
「天宮サンの一撃を止めてやったぜ! よっしゃー!
彼は喜ばしそうに銀に輝く両腕でガッツポーズを作って見せた。天宮は拍子抜けしたように笑う。
「そんな嬉しいかよ……お前、面白いね」
観客席では在校生側から歓声が上がった。鋼鉄少年の実力を認める声や、偶然だと宥める声、真似してガッツポーズをするノリノリの男子生徒らもチラホラ。そして卒業生の反天宮派からは野次が飛ばされる。
未だに素路咲の椅子に座り続ける高沢はあからさまに不機嫌な顔を浮かべると手元と足元にワームホールを展開し反対派閥のテーブルを蹴り倒しながら彼らのドリンクを奪い取り一思いに飲み干した。
「俺っ!天宮サンみたいな強いクロノスになりたくてっ!今回の抽選に当たったのもメチャメチャ嬉しいっス!」
「いやー、殺されかけてる状況で言われても、なぁ?」
その両腕を剣に、鎌に、斧に、時にはただただデカいだけの鋼鉄に変えて天宮に何度も襲い来る少年を天宮はタッチの差で躱しつつ苦笑いを浮かべる。
「正直、攻撃が雑すぎるよ、能力も見せびらかしすぎ……身体の鋼鉄化だろ?名称は〈鋼鉄神〉、だろ?」
「流石ッス、当たりっス!それそこ憧れた先輩ですけど……追い詰めましたよ!」
「あ……ホントだ」
狙ってか狙わずか、隔壁とガラスの狭間、つまり天宮は角まで追い詰められていた。耳元からは必死にエネルギー弾を打ち続ける金髪の声が小さく聞こえる。コレが破られるのも時間の問題だ。
鋼鉄少年はその両手を握り合わせて振りかぶった。両手は人一人分にもなる巨大な槌となりいま正に天宮を叩き潰そうとする。
「アドバイスありがとうございました!これからの活躍も目ェ輝かせて見守ってるっス!うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」
雄叫びと共に巨大なハンマーが天宮の頭上に迫る。
「やばいやばいヤバイヤバイ!!……なーんてねっ、鉄には鉄っ!」
重い様なそれでいく響くような音がフロアに響いた。その大音響に鋼鉄少年は耳を塞ぐ手を武器化している事を惜しんだ。そのハンマーは出現した長く大きい人間大のインゴットで受け止められている。
天宮はーー既に彼の真横に回っている。右手には小さな拳銃。容赦なく鋼鉄少年の側頭部に弾丸を撃ち込んだ。当たり前のように、甲高い音でその銃弾は防がれた。物理攻撃を阻む鋼鉄の頭だ。
だが、天宮の目的は銃弾での殺害では無い。
「うぉぉぉぉぉ、何だこれ!滑る!?」
よく見ると鋼鉄少年の足元はテカテカしている。鋼鉄少年はこの光る液体の匂いを嗅いだことがあった。
「油撒いといたから滑るよ、そこ。あとコイツもあげるわ!先輩からのプレゼント、だぜ!」
弾丸の衝撃でバランスを崩す鋼鉄少年、天宮は足元で意識を失っている少女の残った右腕の触手を掴むと、遠心力を用いて文字通り彼女をぶん回して鋼鉄少年に投げつけた。
高速で射出された少女はそのまま鋼鉄少年に激突する。いくら体格も良く、神技で重量の増した鋼鉄少年でも滑る足場では少女一人分の衝撃にも耐えきれない。転んで腰から滑るようにガラス窓に向かっていく。
「どっからその怪力が……あ、天宮サンは複数神技保有者だったッスか?!そんな話聞こえてこなかったッスよ!」
「ん?さすがに俺でもそんなレアじゃねぇよ。俺の神技は創造神ただ一つ、これも創造神で身体能力を創造しただけだ」
氷を割るような破砕音と共に二人はガラス窓から落下していく。この空間のオリジナルはその名が示すように百十五階にある。似せて作った此処でも落ちてしまってはリタイアだろう。
そしてそれとほぼ同時に隔壁が破られる。そこから覗くのは心底やつれきった様子の金髪の少年。天宮を見つけると苦しそうに、それでも精一杯笑い、両手の十本の指からカラフルな光弾が弧を描いて飛ばされる。それぞれが別々の軌道で天宮に迫る。
素路咲が緋流の肩を叩き軽そうに訊ねる。
「おーい、緋流的にあの金髪君の力はどうなの?俺とか高沢みたいな世界を借用して戦うにはああいうの疎くてさ」
「ああ、あのエネルギー操作ね。ホーミングとか弾道操作出来るのは強いけど肝心の使い手君があれだとね……もう少し連携取って動け無いと、躱されてからやられるのが関の山ね。後ろの子もエネルギー操作だけど溜めながらもう片手で援護したらいいのに。あんなんじゃ流れるように始末されるわよ」
「全く、辛口だこと。さーて天宮はどうなっかなー?」
「それじゃ、弾幕ゲーといきますか!」
楽しそうな声とともに天宮の移動速度は一段と早くなる。初め、天宮を最短距離で追っていた光弾は一つだった。しかし、その全てに近い距離で逃げ続けるという動きによって、バラバラだった光弾の軌道は全て同化してしまう。
正面から迫るものは既に大きな一つの塊となっている。天宮は脚力を創造して光弾を飛び越えると金髪の眼前に着地した。
「クソ、なら至近距離で……」
その左右から鮮血が吹き出す。理由は簡単、創造した圧倒的な膂力を持って天宮が両腕を引きちぎったからだ。こうなってしまってはもうエネルギー弾は飛ばせない。
先程創造した拳銃の装填数は六発、二発目は金髪の少年の眉間に撃ち込まれた。霧散する少年の身体に倣い、天宮の背中二センチまで迫った光弾も消滅した。
「三人とも時間稼ぎありがとう!後はアタシに任せて!」
そう叫ぶのはペレー帽でショートカットの少女。その右手にははち切れんばかりのエネルギーが集約されていて呼応する様にガラス窓が次々に割れていく。
「」
「え?何て……」
何と言ったのか少女には聞こえなかった。だがモニター越しの素路咲はそれをしっかりと聞いていた。
「絶対物質、これ出すってことは天宮もそろそろこの茶番に飽きてきたかな?」
「まぁ、そういうことよね。だって初見じゃ絶対避けられない知覚不能で不可視の攻撃なんだから」
緋流もそう答える。どちらも模擬戦でこれを食らったことがあるからだ。
少女が野球のように絶大なエネルギーを振りかぶり、天宮に投げつける寸前その右手は地面から生える幾本もの刃に縫い止められていた。
右腕だけでは無い、その四肢全て、そして心臓当たりにも刃が突き刺さっている。
そのエネルギー弾はコントロールを失い真上に飛ばされ、その上層全てを木っ端微塵の吹き飛ばした。様々な音が小うるさく鳴った後にそこから眩しい晴天が覗く。死亡レベルのダメージを受けて霧散した彼女の身体は空の蒼に照らされて輝いた。
「絶対物質絶対物質。本来、お前の神技は手元や身体付近でしか創造出来ない。でもソレはそれが初めて触れたモノに無限の創造を付与する。こういう風に遠距離攻撃も出来るし、身体に直に触れられたら喰い破られて即死、ねぇ」
説明したのは天宮でも素路咲の席にいる三人でも無い。ただ一人、何もせずに突っ立っていた挑戦者の最後の一人だった。
「アンタだけ動かなかったけど、誰だお前?それとどういうつもりだ?」
この戦闘の間、常に飄々としていた天宮もこればかりは怪訝な顔をした。
五人目の挑戦者は応えるように激情を吐き出した。
「天草祓実、お前が去年この場で倒した先代学園一位、天草凪斗の弟だ。お前は一対一で、殺したかった!」