花火と朝顔
「あーつーいー」
ガンガン回る扇風機の羽根に向かって叫んでみる。16歳の夏休み。
ヒマ。部活は休みだし、バイトしようにもうちの高校では禁止されてるし、もちろん勉強なんてする気ない。だからといって遊びに行くのも億劫だし、私はただゴロゴロと畳の上を転がって夏をムダに消費している。
あおむけになって、目を閉じた。じりじりと蝉が鳴いている。額からひとすじ汗が流れ出た。暑い、そして眠い。
次第に意識がぼやけていく。ゆるゆると、眠りの世界へすべり落ちていく、その寸前で。
「何やってんだよ、双葉」
あきれたような声が降ってきて、あたしはぱちっと目を開けた。
「ゆ、有也!」
がばっと身を起こす。そして、慌てふためきながら乱れた髪を撫でつけた。
ありえないほど鼓動がはやい。だって、まどろみから覚めたら、いきなり目の前に有也の顔があったから。
ぜんぜん気づかなかった。寝ている私のすぐそばに有也がしゃがみこんで、私の顔を見下ろしていたなんて。ほんと、いつの間に。
「な、なななな何の用ですか」
「いや。すいか。あるから食べてけって、おばさんが」
有也はぼそっとつぶやくように答えると、なぜだか少し決まり悪そうに、自分の首すじを掻いた。
ちょうどその時、お母さんが、すいかと麦茶の載ったお盆を持ってきた。
「すぐそこで有くん見かけてね、高校生になってから全然来ないじゃない、淋しいわ、って言って、誘っちゃったの。たくさん食べてってね」
うふふと笑う。お盆を私と有也の間に置くと、すぐにお母さんは戻っていった。
縁側からぬるい風が吹き込んで、ちりんと風鈴が鳴る。
「……ほんと、ひさしぶりだね。うち来るの」
「……ん」
それぞれ、すいかを手に取った。無言で、食べ始める。
どうやって会話を続ければいいのかわからない。
広瀬有也は、向かいの家に住んでいる、同い年の男の子。小さい頃から毎日のように一緒に遊んでいた。小学校にも毎朝一緒に歩いて行っていたし、自転車でちょっと遠くまで冒険もした。お互いの家に泊まったことも1度や2度じゃない。
さすがに中学生になってからは冷やかされることも多くなって、きょうだいみたいにいつも一緒にいることはなくなったけど、それでも、会えばたくさんしゃべっていた。
なのに。
別々の高校に進学してから、みょうに気まずくなってしまった。
有也は公立の進学校に、私は私立の女子校に。ちがう制服を着て、ちがう校舎で授業を受けて、ちがう友達とつるんでいる、ただそれだけなのに。
有也の口元に、すいかの種がくっついている。中学を卒業してから、ぐんと背が伸びて大人っぽくなったくせに、こういう、ちょっと抜けてるところは小さい頃と変わらない。
なんとなく胸がつまって、自分のつま先に視線を落とすと、ペディキュアがはげかけているのに気づいてしまった。……恥ずかしい。
「双葉、どう? その、最近……。部活とか」
話しかけられて、われに返った。
「あ。えっと、相変わらず弱小だよ。インターハイ予選も初戦敗退だし」
何もかもぱっとしない。中学から続けているソフトボールも、浅黒く日焼けした肌も。
有也はさぞ充実した高校生活を送ってるんだろうな。きっと女の子にも人気があるんだろう。
中学のころにも、ちらほら、有也に告白した女子はいたらしいけど、断っていたといううわさだった。だけどもうそろそろ、本命の彼女ができてもおかしくない。
そんなことを考えていると、
「15日だけど。夜、ひま?」
ふいに有也がそんなことを言った。
「ひま、だけど」
「花火大会、行かね?」
突然の思いがけない誘いに、私はびっくりして言葉を詰まらせてしまった。
毎年開催される、町内の花火大会。子どもの頃はおたがいの家族もいっしょに楽しんだし、中学生になってからは、仲間も交えてわいわいくり出した。
まさか今年も、いっしょに花火を観られるなんて……。
ぼんやりしていたら、有也があわてて、
「その。おれの友達が、青藍女子校の子と知り合いたいとか何とか言ってんだよ、それで」
って、付け足したから。ああ、なんだ、そういうことね、と納得した。
合コン的なやつね。要するに、私が、かわいい女友達を連れて行けばいいってコトね。
「いいよ。友達に予定聞いてみる」
そう答えたら、有也は、あからさまにほっとした顔をした。
一瞬でも、ふたりきりで? って思ってしまった自分が、馬鹿だった。
淡いクリーム色の生地に、大きな、青い朝顔の花が咲いている。
中学生の時に、祖母に仕立ててもらった浴衣。私の身長はあの頃からたいして伸びていないし、サイズ的には大丈夫なはず。……だけど。
「やっぱりちょっと子どもっぽいよね? この柄」
「そんなことないよ? 双葉のイメージに合ってると思う」
美月が私の腰に器用に帯を巻きつけた。同じクラスの美月は明るくてかわいいんだけどみょうに押しが強い。
花火に誘ってみたら、「行く!」と即答されて、しかも、「ぜったい一緒に浴衣着ようね!」と、言われてしまったんだ。
そして、花火大会当日の今日、本当に私に浴衣を着せるためにうちまで来てくれた。
姿見に映っている自分は、去年までの自分とちっとも変っていない。きれいにもなっていないし、大人っぽくもなっていない。
へたしたら、有也と張りあって金魚すくいをしていた小学生のころから、変わっていないような気がする。
美月が、私の髪の毛をひとたばつまんだ。
「うーん。双葉、髪短いからなあ。どういうアレンジにしよう?」
「い、いいよっ。髪の毛までいじらなくても。はりきってるみたいで恥ずかしいし」
「はりきってるんじゃないの?」
美月は小さく首をかしげた。紫色の桔梗柄の浴衣に、山吹色の帯。肩まである髪はサイドを編みこみにして、耳もとに花の飾りを差している。
「だって片思いしてる幼なじみ君と一緒に花火観るんだよ? はりきるでしょ、ふつう」
「かっ、片思いって……!」
顔から火が出そうになってしまった。
「私、美月にそんな話したっけ? ゆ、ゆゆゆ有也に、その」
「聞いてないけど。もしかしたら、って思ってカマかけてみたの」
「…………」
「好きなんだね」
私は、口をつぐんで、うつむくしかなかった。
「告らないの?」
さらに美月はたたみかけてくる。
「……無理だよ」
力なく、つぶやいた。死にかけた蚊みたいにかぼそい、情けない声で。
「無理って最初から決めつけるの、よくないんじゃない? なにごとも、全力でぶつかってみなくちゃわかんないじゃん。だめだったら作戦練り直して再アタックすればいいんだし」
美月はにっこりとほほえんだ。かわいい顔して、ソフト部の私よりよっぽど体育会系的思考っていうか。ガッツありすぎっていうか。ポジティブすぎるっていうか。
「まじで無理だから」
浴衣に咲いた、青い朝顔の花を指先で撫でる。
ほんとうは、私だって。
去年も、おととしも。
花火大会の夜に、気持ちを告げようって決めて、ふたりきりになるチャンスをねらって。でも、できなかった。
いつもふざけあってバカばっかりやっているのに、いきなり恋愛モードになって「実は好きです」とか言っちゃうのなんて、どうしても照れくさくて。
仲が良かったころでさえ無理だったのに、なんとなく距離ができてしまった今年はなおさら、言えるわけなんかない。
「ここらでそろそろ、勇気出したら?」
美月はふんわり笑うと、自分のコスメポーチのジップを開けた。
勇気、か。私は姿見の中の自分を見つめた。
「じゃあ、美月。お願いがあるんだけど」
花火は町の中心を流れる大きな河で上がる。川沿いの道は歩行者天国状態になっていて、たくさんの出店が立ち並んでいた。
夏の夜、水のにおいと草いきれに混じって、出店のたこ焼きやお好み焼きのソースのにおいが漂っている。ただでさえ暑いのに、集まった人の熱気でくらくらしてしまう。
「双葉。大丈夫か?」
有也が、よろめいた私の腕をとっさにとった。
「う、うん。こういうカッコも、下駄も、苦手でさ。ごめん」
有也はすぐに私の腕から手を離した。一瞬だけだったのに、有也が触れた腕は熱をもっていて。心臓のどきどきが加速して、私は有也の顔をまともに見ることができない。
片思い、とか。告れば、とか。美月に言われたことばの数々がよみがえって脳内でリフレインしているから。そのせいで、いつもより余計に意識してしまっている……。
美月は、有也が連れてきた加藤くんという男子とすぐに意気投合して、私たちの前をふたりで楽しげに話しながら歩いている。
美月は、加藤くんをひと目見て気に入ったみたいで。私に、「すっごいタイプなんだけど」とこっそり耳打ちしてきた。ほんと、かわいい顔して中身は狩人っていうか。
「あのふたり、このままくっつきそうじゃね?」
有也が言った。こくりとうなずく。
小さい頃からいっしょにいる私たちより、出会ったばかりの美月たちのほうがよほど仲がよさそうに見える。
やっぱり無理だし。告るとか。ため息を飲みこんで、私はたこ焼きをほおばった。
「双葉は、」
ふいに名前を呼ばれて、たこ焼きがのどに詰まりそうになってしまった。
「その。か、彼氏ほしいとか、思うことあんの?」
「べっ。べつに私は興味ないし、そういうの。女子校だから、そもそも出会いだってないし」
「そっか。そうだな。おまえって昔っから、そういうの、さっぱりだもんな。色気より食い気っつーか」
「悪かったね、色気なくて」
この程度の軽口が、今夜はみょうにひっかかってしまう。
「おまえなんて恋愛対象にはなり得ない」、って、さらりと宣告された気がして。
きゅっとくちびるをかんでうつむいたら、自分の、下駄の赤い鼻緒と、きれいに塗り直したペティギュアが目に入った。
ばかみたい。今夜の私は、うっすらとファンデを縫って、控えめにだけどマスカラもつけて、淡いさくら色のリップも塗っている。
全部、美月に教えてもらった。いつもとちがう私になりたくて。
去年と同じ、朝顔の柄の浴衣も、少しだけ大人びて見えるかもって。そう思ったのに。
私のちょっとした勇気も冒険も、どうせ有也の視界には入らない。
告白したって無駄だ。それどころか、今よりもっともっと気まずくなって、もっともっと疎遠になるに決まってる。
「ねえねえ、もうすぐ8時だよ? 花火はじまるよ」
美月が立ち止まって振り向いた。
「そろそろ移動したほうがいいな」
どこで花火を観ようか、話し合っていたら。
「広瀬くん!」
有也を呼ぶ声がした。女の子の声。
加藤くんが、「沢口じゃん」と、つぶやく。
見ると、浴衣の女の子3人組が、小さく手を振っている。
広瀬がそれにこたえて手を振り返すと、真ん中にいる小柄な女の子が、はにかんだようにほほえんで、持っているうちわで口もとをかくした。
めちゃくちゃかわいいんだけど、あの子。目がくりっと大きくて、長い髪はアップにしてかんざしで留めている。
沢口、って、あの子のこと?
女の子3人組は小走りで寄ってきて、有也をかこんだ。私ははじき出されるようにして有也から離れ、美月たちのそばへ。
「有也、やっぱりもてるんだ……」
思わず漏れ出た心の声を、加藤くんがすぐさま拾った。
「まあなー。すげーむかつくよな、女子に対してがつがつしてないとこがいい、って沢口も言ってる」
「沢口さんって、あの、かわいい子? 有也とは、どういう……」
「同じクラスで、すげー仲いいよ。つき合うの秒読みって、みんなうわさしてるけど、どうなのかな実際のとこ。……って、ちょっと、大丈夫?」
「えっ……。あ、うん。ごめんね、たこ焼きを食べ過ぎたみたい」
加藤くんと美月に、ぎこちない笑顔を向けた。
心臓がどきどきしている。
私の知らない教室で、あの子と有也が笑顔でじゃれ合っている姿を、思い描いてしまった。
つき合うの、秒読み。
彼女できるかもなって思ってはいたけど、いざ、そんな現実を目の前に突き付けられたら。どうしていいかわからなくて。
例の「沢口さん」は、まだ有也のそばにいる。大きな瞳をきらきら輝かせて、時折笑い声をあげて。有也も……。笑っている。
すごくお似合いだ。
「双葉。ふたばー」
美月が私の浴衣の袖を引いた。
「ごめん美月。私、帰るね」
「えっ。ちょっと、双葉」
「ほんと、ごめんね」
私が誘ったくせに美月を置いて帰るなんてあんまりだとわかってる。わかってるけど、胸がつぶれそうで、はやくこの場を立ち去りたくて。
ひとりに、なりたい。
私は駆け出した。
ひとの群れをくぐりぬけながら、祭り提灯の光が揺れる、川沿いの道を走る。
橋をわたる。歩行者天国になっている橋の上は、花火を待って夜空を見上げている人であふれかえっている。大きな男の人に真正面からぶつかって、転びそうになった。
「あっ……」
その拍子に、鼻緒が切れた。
ぷつん、と。私の気持ちも切れてしまった。
下駄を脱いでふらふらと歩きだす。
どんっ、と、おなかの底にひびくような大きな音がして、夜空がふるえた。
はじける光。湧きおこる歓声。ぬるい風にのって運ばれてくる火薬のにおい。
花火がはじまった。
涙がほおを伝っていた。私、有也のことばかり考えている。
ほんとうは、他の女の子と付き合ってほしくない。
自分はどうせ彼女になれないから。だから、せめてこのまま、だれのものにもならずにひとりでいてほしいと、勝手なことを願っていた。
でも。
自分の気持ちを伝えないまま、だれかにとられるのを指をくわえて見ているだけなんて。
ほんとうに、私はそれで後悔しないのかな……。
歩を止めて、夜空を見上げた。光の花が咲いて、そして散っている。
いくつも、いくつも。
小さい頃からずっとそばにいた男の子。いつもつるんでバカやって、いっしょに怒られて。この花火も毎年いっしょに観ていた。
だけど。私の気持ちは変わってしまった。フラットじゃいられない。
いつの間にか、そばにいるとどきどきするようになって、有也のすがたを目で追うようになっていた。
たんなる幼なじみじゃなくって、友達でもなくて。もっと特別な存在になりたい。
――ここらでそろそろ、勇気出しなよ。
美月のせりふが脳裏によみがえる。くすっと、笑みがこぼれた。
勇気出して、当たってくだけて、いさぎよくふられてこようかな。そうしないと私はきっと、ずっとずっと、この恋をひきずってしまう。
花火みたいに。ぱっと咲いて、一瞬で散ってしまったほうがいい。
手の甲で、乱暴に涙をぬぐった。
きびすを返して、ふたたび歩き出す。みんなの、有也のところへ戻ろう。
素足でアスファルトを踏んでいるからか、足の裏が痛い。浴衣も着崩れているし、汗と涙でメイクも落ちてしまった。私はきっと今、すごくみっともないすがたになっている。
それでも、私は。
橋を戻り、土手へ降りる。みんな、今どこにいるんだろう。手提げからスマホを取り出してみると、充電が切れていた。
「……どうしよう」
とりあえず、美月たちと別れた、出店の場所まで戻ってみようか。
スマホを仕舞って、顔をあげた瞬間。
「何やってんだよ、双葉」
息を切らした有也が、目の前にいた。
「ひとりで、勝手にどこか行って。心配するだろ? すげー探したんだからな」
「有也……」
「具合悪いってホントなのか? っつーかなんで裸足なんだよ。まさか、ケガしたのか?」
「は。鼻緒が、切れて……」
胸がいっぱいになってうまくしゃべれない。
有也は、しょーがねーな、と苦笑した。
「とりあえず加藤たちに連絡するから。向こうの土手のほうで待ってもらってる。美月さんもすごい心配してるし、ちゃんとあやまれよ?」
そう言って、電話をかけはじめた。通話を終えると、ふたたび私に向き直る。
「その。歩けんのか?」
「大丈夫だよ」
「なんなら、おれが、その……。背負うけど」
背負うって……。おんぶってこと?
「そっ、それは無理! 私、汗でべたべただし、重いし、これ以上迷惑かけらんない」
「でも。ケガするだろ、裸足じゃ。ってか、どうしても嫌だっていうんなら、おれのサンダル履くか?」
ほら、と自分のサンダルを脱ぎはじめたから、私はあわてて止めた。その時。
どんっ、と、激しく空気がふるえた。
今までのものより、ひときわ大きい花火が、夜空いっぱいに広がっている。
「すげー……」
空を見上げる有也の目に、花火のきらめきが映り込んでいる。
私は、ぎゅっと、有也のシャツの裾をつかんだ。
「……双葉?」
「……き」
どん、どん、と。続けざまに花火があがって、私の声はかき消されてしまった。
「なに? なんか言った?」
有也が私を見下ろす。いつの間にかこんなに背が伸びていて、ずるい。
シャツを握りしめる手に、ぐっと力をこめた。
すうっと、思いっきり息を吸い込む。そして。
「好き、って言ってんの!」
思いっきり大声で、怒鳴ってしまった!
近くで花火を見ていた人たちが、いっせいに私のほうを見る。
しまった! あわてて口を押えるけど、もう遅い。
有也は……。
ぽかんと、口をあけている。
「その。聞いてもいい? 双葉、なにを、す、好きって言ってんの?」
まだ通じてないわけ? 軽いめまいを覚えた私は、有也を思いっきりにらみつけた。
「私が! 有也を!」
こうなったらもう、やけくそだ。
「好きって言ってんの! この状況でカレーが好きとか言うわけないじゃん! 高校別になってからあんまりしゃべれなくなったし、がんばっておしゃれしたのに色気ないとか言われるし、おまけに、有也の彼女候補まであらわれるし。もう、どうしていいかわかんなくて」
涙が勝手にせり上がってきて、だけど泣きたくなんかないから、ぐっと目に力を入れてこらえた。
「……いきなり、こんなこと言ってごめん」
そっと、有也のシャツから手を離す。
ずいぶん派手に打ち上げてしまった。後先なんて何も考えてなかった。このあと美月たちのところに戻るのに、気まずくなるようなことを言ってしまった。
だけど。……なんだか、清々しい。
「……何だよ」
有也のつぶやきが耳に届く。
「おれが言おうと思ってたのに」
え? と顔を上げたら。有也が、夜目にもわかるほど赤い顔をしている。
「ずっと言おうと思ってて、でも言えなかった。卒業式の日も、言おうと決めてたのに言えなかった。花火に誘うのだって、ものすごい緊張した」
「そ、それって……」
「おれも前から好きだった」
有也が私の目を見つめる。熱のこもったまなざしに捕えられて、時が止まる。
「学校は別々だけど……、ずっといっしょにいてほしい」
夢みたいで、うそみたいで、壊れたロボットみたいにうなずくばかり。そんな私の頭を、有也はぐりぐりと撫でた。
「来年も、さ来年も。いっしょに花火を見に来よう」
「うん。……うん」
「それと。去年もおととしも思ってたんだけど。その浴衣、似合ってる」
私から目をそらして、ぶっきらぼうに言い放った有也の顔は、ますます赤く染まっていて。私も顔が熱くて、うつむいて、ありがと、とつぶやくので精いっぱい。
打ちあがって咲いた私の花は、散ることはなく。浴衣の朝顔のように、鮮やかな色を保ったままで。きれいに咲きつづけていられますように。
「そろそろ、戻んなきゃな」
「……ん」
有也が私に背を向けてしゃがんだ。恥ずかしかったけど、私は素直に、有也におぶわれた。その背中が広くて、熱くて。胸のどきどきは、いつまでも止まらなかった。