タマゴはどこへ? ☆☆☆逆さ虹の森事件簿☆☆☆
むかしむかし、ある森に立派な虹がかかりました。
その虹は逆さまで、珍しい虹がかかったその森は、いつしか「逆さ虹の森」と呼ばれるようになりました――
ある日のこと、平和な森にひとつの事件が起こりました。
この森には、素敵な歌声のコマドリさんがいます。
コマドリさんがひとたびその小さなクチバシを開きますと、誰もがうっとりとして、その歌声に聞き入らずにはいられませんでした。
その日も、コマドリさんは、高くそびえ立つ樹の上で素敵な歌声を披露していました。
披露といっても、観客はひとりも見あたりません。ただ、コマドリさんの視線の先には巣がありました。
隣の樹に作られた巣の中には、空色のタマゴがみっつ、心地よさそうに眠っているのでした。
コマドリさんには、ひとつだけ欠点がありました。
それは、ひとたび歌に夢中になると、周りがまったく見えなくなることです。
初めこそ、ちらちらとタマゴを気にかけていたコマドリさんですが、歌に熱中しすぎたあまり、その存在をつい忘れてしまいました。
歌い終えたコマドリさんがタマゴに目を向けた時、なんと、タマゴはひとつ残らずなくなっていたのです。それも、巣ごと消えてしまっていたのでした。
さあ、たいへんです!
平穏な逆さ虹の森に、コマドリさんの甲高い悲鳴が響き渡ります。
その声に、驚いた森の仲間たちが集まってきました。
最初にやってきたのは、森一番の食いしんぼう、ヘビくんです。
「やあ、コマドリさん。そんな金切り声を上げて、どうしたんだい? せっかくの美しい声がだいなしだよ」
そう言いながら、にょろにょろと現れたヘビくんをきっと睨むと、
「ヘビくん! まさか、あなたじゃないでしょうねっ?」
コマドリさんは、羽をばたつかせながら、凄まじい剣幕でヘビくんにつめ寄りました。
「ちょ、ちょっと待って! コマドリさん、いったいどうしたんだい?」
ヘビくんが慌てふためいていると、
「騒がしいなあ! こんなにうるさかったら、おちおち昼寝もできないじゃないか!」
くさむらの奥から苛立った声が上がりました。やってきたのは、短気で怒りっぽいアライグマくんです。
「まさか……まさか……っ、あなたなの? アライグマくん!」
コマドリさんの剣幕に、この時ばかりは森一番の暴れんぼうもたじたじです。
「な……なんのことだよ! おれは、たった今きたところなんだ。コマドリさんの悲鳴を聞いたからさ。なんのことか、順を追って説明してくれなきゃ、わからないじゃないか!」
アライグマくんの言うことももっともです。ヘビくんも、しきりに長い首を揺らしてうなずいています。
そこで、コマドリさんは、ことのしだいを涙ながらにふたりに語って聞かせました。
「……というわけなのよ」
そうしめくくると、コマドリさんは声を上げてなきました。それは、いつもの美しい歌声とはまるで違います。不協和音に彩られたなき声でした。
「うう……こりゃたまらん!」
耳を押さえていたアライグマくんが、たまらずに声を張り上げます。
「よし、わかった! タマゴがどこにいったかがわかればいいんだろう?」
アライグマくんの言葉に、コマドリさんはぴたりとなきやみました。
「タマゴたちがどこか知っているの?」
「知らないよ。だから、タマゴがどこにいったのか探してやると言っているんだ」
「え、本当に? 探してくれるの?」
「そうでないと、ああやってなき続けるんだろ? 昼寝ができないのはごめんだからな」
「アライグマくん、ありがとう!」
感極まってなき出しそうになったコマドリさんを制し、アライグマくんはヘビくんをちらりと見て言います。
「タマゴは、きっとヘビくんが食べちゃったのさ」
突然のことにぽかんとしていたヘビくんですが、コマドリさんの怒りと悲しみに満ちた表情を見て、みるみる顔を青ざめさせるとアライグマくんにつめ寄りました。
「な、な、な……なんてことを言うんだい、きみは! ぼくは、そんなことしてないよ!」
「そうかなあ? きみは森一番の食いしんぼうじゃないか。タマゴのひとつやふたつやみっつ、食べられないことはないだろう?」
「それはそうだけど……」
と納得しかけたヘビくんでしたが、
「いや、違う!」
大きく首を振って、きっぱりと否定します。
「ぼくは大食いだけど、早食いじゃない。コマドリさんが歌っている間に食べきることなんてできないよ。それに、タマゴをみっつも食べたらさ、お腹が膨れてごろごろいっているはずだよ」
そう言いながら、ヘビくんはスマートなお腹を見せました。
「そんなことを言って、アライグマくんが犯人なんじゃないのかい?」
ヘビくんの言葉に、今度はアライグマくんが焦り出します。
「な、なんだとっ?」
「ぼくが食べたというなら、きみが食べたということだってできるじゃないか」
「おれは、なんでも洗ってからでないと口にできないんだ! 綺麗好きだからな!」
「なら、どこかに隠したんじゃないのかい? あとで洗って食べるつもりなんだ」
「おれは、きみよりもあとからきたんだぜ! そんなことができるわけないだろ!」
しばらく言い争いをしていたヘビくんとアライグマくんでしたが、次の瞬間、ぴたりと争うのをやめました。それは、コマドリさんが再び声を上げてなき出してしまったからです。
「あー、うるさい! わかった、探す! タマゴを探してやるから、なくのはやめてくれ!」
両手で耳を押さえながら叫ぶアライグマくんに、まるで同意を示すかのように、ヘビくんも長い首をぶんぶんとふってうなずきます。
「ところで、探すってどこをさ?」
ヘビくんが尋ねました。アライグマくんはとても苛立った様子で答えます。
「さあな! とりあえず、他の動物らにも聞いてみないことにはわからないさ!」
「そうだね。聞き込みは捜査の基本だものね」
草木を蹴りながらずかずかと歩いていくアライグマくんのあとを、どことなくワクワクしているヘビくんが追いかけます。そしてコマドリさんは、不安にクチバシを震わせながらも、とぼとぼとふたりのあとをついていったのでした。
最初にやってきたのは、森一番のいたずらっこ、リスくんのおうちです。
リスくんのおうちは、ドングリ池のすぐそばにそびえる木のてっぺんにありました。
「リスくん、リスくん」
木の下からヘビくんが呼びかけると、リスくんがおうちから顔をのぞかせます。
「おや、どうしたんだい? みんなおそろいなんて、珍しいね」
「それがね、たいへんなことが起こったんだよ。まあ、ちょっと下りてきてくれないかい?」
ヘビくんの言葉に、リスくんは素直に従いました。
リスくんが下りてくると、ヘビくんはことのしだいを話して聞かせます。
リスくんはとても驚いた様子でしたが、眉間に皺を寄せたアライグマくんが、
「もしかして、犯人はきみなんじゃないのかい?」
と言ったので、みんなは一斉にアライグマくんを見つめました。
「だって、きみったら、よくいたずらを仕かけてはみんなを困らせているじゃないか」
すると、今度は一斉にリスくんへとみんなの視線が集中します。リスくんは、あわあわとうろたえながら、その小さな体からは想像もつかないほどの大声を張り上げました。
「待ってよ! ぼくじゃない! ぼくはそんなことしてないよ!」
それでも、みんなの冷たい視線がリスくんに突き刺さります。
「ぼくじゃないったら! だって、そんなこと、いたずらじゃすまないじゃないか!」
その言葉に、それもそうだろうとみんなはうなずきました。
「根っこ広場にいこうよ」
すかさずリスくんが口を開きます。
根っこ広場とは、たくさんの木の根っこが飛び出した広場のことです。そこで嘘をつくと、根っこに捕まるという言い伝えのある場所でした。
「裁判だ!」
そうして、一同は根っこ広場を目指して歩き出したのです。
「あら、みなさんおそろいでどうしたのかしら?」
根っこ広場に向かう途中、お人好しで評判のキツネさんに会いました。また、そのうしろには、大きな体を縮こませるようにして震えているクマくんもいます。クマくんは、森で一番の力持ちです。けれども、とっても怖がりで、いつも何かに怯えているのでした。
「やあ、キツネさんにクマくん」
ヘビくんが声をかけます。そして、キツネさんとクマくんにも森の一大事件を話して聞かせました。
キツネさんはとても驚き、コマドリさんを気遣っています。クマくんは、恐ろしい話を聞いたためかさらにがくがくと震え出してしまいました。
「よし! 君たちも一緒にくるんだ!」
「そうだね。これから、みんなで根っこ広場にいくところなんだ」
「タマゴ泥棒をはっきりとさせようじゃないか!」
アライグマくん、ヘビくん、リスくんらにつめ寄られるように誘われ、キツネさんとクマくんは否応もなしに根っこ広場へと連れていかれたのでした。
「着いたぞ」
みんなは、ようやく根っこ広場へと辿り着きました。
「相変わらず薄気味悪いところだなあ」
根っこ広場で絡み合っているのはなにも根っこばかりではありません。木の枝や葉も複雑に絡み合い、陽の光を遮り、辺りには鬱蒼とした雰囲気が立ち込めていました。
「ヘビくん、根っこの上に乗るんだ」
アライグマくんに言われ、
「どうしてぼくが先なんだい?」
ヘビくんは尋ねました。
「どうせみんなやるんだから、ヘビくんからやったっていいじゃないか」
「なんだい、それは。なら、アライグマくんからやったっていいだろう?」
「なんでだよ!」
「だいたい、きみは初めから疑わしかったんだ」
「なんだとっ!」
「きみがやりなよ!」
ヘビくんは長い体をしならせると、勢いをつけてアライグマくんの前足を払い上げました。その拍子に、アライグマくんは根っこの上に倒れ込みます。
「『タマゴをとったのはぼくじゃありません』……さあ!」
ヘビくんの剣幕に押され、アライグマくんはおずおずと口を開きました。
「タマゴをとったのは、おれじゃないよ……っ」
緊張の時間が流れました。けれども、根っこが動く気配はありません。
「……ほうら、だから言ったじゃないか!」
額に浮かんだ冷や汗をぬぐいながら、アライグマくんは震える足取りで根っこから下りました。
その後、みんなも同じように根っこの上に乗りました。誰ひとりとして、根っこに絡みつかれたりはしませんでした。最後はクマくんです。
「ほら、クマくんの番だぞ!」
イライラしながらアライグマくんが声をかけます。
「う、うん」
震える足を一歩踏み出したクマくんですが、
「だめ……っ、やっぱり怖いよ!」
そう言うと、猛スピードで根っこ広場を出ていってしまったのです。
「犯人は、クマくんだったんだ!」
アライグマくんの言葉に、みんなは一斉にクマくんを追いかけました。
そして、オンボロ橋のすぐそばまできた時に、ようやく追いつめることができたのです。
「クマくん、観念するんだな!」
みんなににじり寄られ、クマくんはいよいよなき出しそうになりました。その時、甲高い悲鳴が起こり、みんなは一斉にふり向きます。すると、一番うしろをついてきていたコマドリさんが、羽をばたつかせながら叫んでいました。
「あったわ! 見つけたわ!」
その声に、みんなはコマドリさんの視線を辿ります。その先にあったのは、オンボロ橋でした。
森を半分にわける大きな川にかかった吊り橋のことを、みんなはオンボロ橋と呼んでいます。その名の通り、それは、今にも落ちそうなくらいボロボロになった橋でした。
その橋のまんなかに、鳥の巣が置いてありました。中には空色のタマゴがみっつ、静かに眠っています。
コマドリさんが、再び甲高いなき声を上げました。風が、オンボロ橋を揺らしたからです。
そして、またも風が吹いた時、誰よりも早く駆け出したのは、怖がり屋のクマくんでした。
クマくんは、凄まじい勢いでオンボロ橋を目指します。
「だめっ、やめて! タマゴが落ちちゃう!」
コマドリさんがなき叫びます。ですが、クマくんは止まりません。その勢いのまま、クマくんはあろうことか、オンボロ橋を目がけて飛び込んだのです。
オンボロ橋は、クマくんの重さに耐え切れず、あっさりと落ちてしまいました。
「クマくん……っ」
みんなは驚き、クマくんと、そして……その手の中にあるコマドリさんのタマゴたちを交互に見つめています。
クマくんは、ざぶざぶと川の中を歩いて岸にのぼると、濡れていることも構わず、コマドリさんのもとへ巣を届けてあげました。
「クマくん……っ、ありがとう!」
ないて喜ぶコマドリさんに、クマくんも照れたように笑います。
そのあと、すぐにクマくんは座り込んでしまいました。
「どうしたの、クマくん?」
リスくんに尋ねられ、
「なんか……どっと怖くなってきちゃったんだ」
クマくんはそう答えました。そんなクマくんから渡されたタマゴたちを見つめながら、コマドリさんは首を傾げます。
「でも、どうしてわたしのタマゴたちがこんなところに……」
「あら。それを運んだのはわたしだわ」
その言葉に、みんなはぎょっとしてキツネさんを見ました。
「まさか、キツネさん……あなただったの? どうして、うちの子たちをっ?」
「そうだよ、なんでさっ?」
「食べるつもりだったの?」
「よく根っこ広場で無事だったね」
みんなの言葉を聞きながら、キツネさんは悪びれる様子もなくのほほんと言います。
「だって、こんなに綺麗な水色をしているのよ? 木の上にいるよりも、水辺のほうがいいんじゃないかと思って」
その発言には、みんな唖然としていましたが、
「……こ、れ、は……水色じゃなくて、空色というのよ……っ!!」
コマドリさんの絶叫ともとれる怒鳴り声が、森中に響き渡りました。
みんなには水色と空色の違いがよくわからなかったのですが、怒り心頭のコマドリさんを前に、誰ひとりとしてつっこむ勇気はありません。
そして、キツネさんは、コマドリさんの様子から自分のあやまちに気づき、コマドリさんに心から謝ったのです。
「そういえば、クマくんはなんで逃げたんだい?」
ヘビくんに尋ねられ、クマくんは裁判という雰囲気が怖かったからだと答えました。
そこで、リスくんの提案で、みんなはドングリ池にいくことにしました。ドングリ池には、ドングリを投げ込んでお願いをすると叶うという噂があるのです。
ドングリ池に着くと、みんなはひとつずつドングリを持ち、一斉に池に投げ込みました。そして、みんなでお願いをします。
「ドングリ池の妖精さん、クマくんの怖がりをなおして下さい!」
ひとしきりお願いをしたあとで、みんなは顔を見合わせて笑いました。
その後、コマドリさんの美しい歌声を聞きながら、みんなはそれぞれのおうちに帰っていったのです。
こうして、キツネさんのおせっかいから始まった逆さ虹の森の事件は、幕を閉じたのでした。
めでたし。めでたし。