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第八話 殺人級の手料理


床にはさっきまで人間だったものが横たわっていた。

固く握られた手の中には木で作られたお箸が一膳。

どうやら何かを食べていた最中に倒れてしまったようだった。


「………生きてはいるみたいで安心した」


声のした方を振り向くと心配そうな顔をした女性がたたずんでいた。

手を貸すそぶりを見せられるが力なく首を振ることしかできなかった。


「キミの料理はいったいどうなってるんだ!この反応はどうみても毒かそれに準ずるものを体内に取り入れるのと同じものだぞ」


少しぴくぴくと動いている人間らしきものを指さしつつ声を荒げる。

わずかに動く首を縦に動かそうとするが、人すら殺せそうな視線に耐えきれそうにない。

よって、何もすることができずただ沈黙を貫いた。


「失礼なことを言ってくれますね。人の料理に向かって毒とはなんです!」


あまりにストレートな物言いに食卓をバンと両手でたたき怒りをあらわにするリズリィ。


「ならば訂正しよう。餓死寸前であっても吐き出しかねん不味さだ」


しかし、あまりに容赦のない口撃に元々ない自信がさらに揺らいでいく。

流石にここまで言ったことはなかった。

むしろ、「前衛的な味だね」とかでなんとか凌いできたのだから我ながらすごいと思う。


「そ、そんなに不味くないですよ。ねー、お母さん?」


何とかごまかそうとして母さんへと助けを求めるが…


「そこだけは私に似なかったのよね〜。お父さんもそれなりに作れるのに…」


ついには「情けない」とまでいいながらため息をつかれるしまい。

母さんが料理がうまいのは日頃を見ていれば言うまでもないことだ。

だが、父さんが料理を作れるというのは知らなかった。


「これでもまだそんな世迷言を言う気なのか?」


父さんも料理を作れることはリズリィも知らなかったらしく、父さんの方を見て小さく「裏切り者」とつぶやいていた。

その言葉を聞いた父さんはお酒を食卓に置き、母さんに泣きついていた。

その年で泣きつくなよと言いたいが、母さんが嬉しそうにしていたのでまぁ良しとしよう。

こんなところを見るとやっぱり夫婦なんだなぁ…としみじみ思ってしまう。

僕も将来はこんな感じになれるかなと考えてはみたが、さらに白熱するやり取りが歯止めをかける。


「…いいでしょう。百歩譲って私の料理が人の口に合わないとしましょう。ではあなたの料理はどうなんです?にーさんの妻を名乗るくらいには美味しい料理を作れるんでしょうね?」


どうやら開き直って相手の料理にケチをつける目論見らしい。

図らずもその構図が嫁姑の様相をしているのに気づいていないのがまた面白い。


「その言葉を待っていた。義母様、台所をお借りしても?」


「いいわ。好きなものを使ってくれてかまわないから」


未だに父さんを抱きかかえている母さんはこちらを振り向かずに返事をした。

意識は向けていなくとも会話はしっかりと聞いていたらしかった。


「では、少し待っていてくれ。すぐに作ってこよう」


そう言い残すと台所の方へと向かっていった。





それから10分ほどたった今、ようやく僕の体も動くようになったので、簡単に服についた汚れをはらってから先ほどの誤解を解くべく立ち上がる。

まずは両親が先決だろうと考えを決めていざ話そうとするが、未だに二人共がいちゃいちゃしていて割り込んで良い雰囲気ではない。

無理に割り込むこともできるけど、どうせ母さんに力ずくで黙らされるのでやっても無駄だということは経験で知っている。

てなわけで、さっきの続きをしなければならないわけで…。


「あの〜。リズリィさん?」


刺激を与えないように恐る恐る声をかけてみる。


「…………どちらさまです?生まれてからずっと一緒に育った妹より、昨日今日に出会った年増を選ぶような兄なんて私にはいませんけど」


これはまた随分とご立腹のようである。

やはり、先ほどの年上好き発言から結婚の話に入った辺りが引き金となっていることを改めて認めざるを得ない。

まぁ…彼女が生きていることを考慮に入れれば本気で怒ってはいないようだが…。

けれども、さっさとこの爆弾を処理しなければ予想が現実となる日もそう遠くはないだろう。

まぁ、結局は先ほどと同じことを繰り返すだけだが。


「だからさっきも言ったと思うけど結婚云々はわからないんだって!彼女と約束したのは一緒に旅に出ることだけだ」


改めて誤解を解こうと言った一言だったが、それは予想以上の反応を引き起こした。


「にーさん…旅に出られるんですか?そ、そんな話は聞いていません」


それは誰が見ても分かるほど見事なうろたえぶりだった。

“うろたえランキング”なるものがあれば殿堂入りは間違いない。


「だから今、話しているんだ。人の命がかかっているらしい。助けになるかはわからないけどできるだけのことをするつもりだ」


僕の言葉に偽りがないことを感じ取ったのか、あるいは少し考えて冷静になったのか、それとも両方なのか僕にはわからない。

が、先ほどのうろたえぶりがうそのように消えていることだけは確かである。


「そう…ですか。にーさんがそう言うということは決心を変えるつもりはないみたいですね」


むしろ、来るべくしてきた残酷な運命を受け入れるような諦めにも近いものを感じる。

けれども、どれほど懇願されても僕の決心は揺るがない。


「悪いな。まぁ…どのみちあと半年もしないうちに旅には出るつもりだったんだ。色んな所に行って見聞を広めたいし、腕試しもしてみたい」


これにもうそ偽りは全くない。

元々は我が家のしきたりの話を父さんから聞いたところから考え始めたことではあるが、そのことがなくともいずれは旅に出ているだろう。

つまりは今回の出来事が僕の背中を押すくらいのきっかけになった。

あるのはそんな事実が一つだけ。


「わかりました。そう言うことでしたら私もお供させていただきます」


僕の意に逆らわないように考えたようだが、それは僕の望むところではない。

だから、兄として妹を諭さねばならない。

どんな手段を講じてでもついてくることは火を見るより明らかだから。


「駄目だ。ぼくは誰かを守れるほど強くない」


以前、師匠に聞いたときにはとっくに免許皆伝しているとのことだった。

が、実践となると話はまた別であり師匠の教える流派はむしろ免許皆伝から極みに至るまでが重要とのこと。これが現在に至るまで師匠にかすり傷一つ当てられない理由だそうだ。

つまり、他人を気遣いながら戦う力は今の僕にはない。それが僕の出した結論である。


「問題ありません。自分の身体くらいは自分で守れます。それに…にーさんを危険と悪い虫から守るのが私の使命なんですから」


かなり真剣な目で言われたものだから、「良い虫なら良いのか」と突っ込む気分にならなかった。


「それでも駄目だ。お前に万が一のことがあれば父さんたちに顔向けできなくなる」


「…わかりました。にーさんがそうおっしゃるなら私はそれに従います」


これ以上のやり取りは無駄だと悟ったのか、頭をがっくりとうなだれた。

これでもう大丈夫だろうとそう思った。


「聞き入れてくれて助かったよ」


そう言った瞬間だった。そんな浅はかな考えが一蹴されたのは。


「では、私は台所で年m…いえ、義姉さんと親交でも深めるとしましょう。邪魔は…しませんよね?」


「………………。………………………………。」


このシナリオを最初から考えていたのであれば歴史に名を残す詐欺師になったに違いない。

僕の背中を押した彼女がいなくなれば取りやめざるを得なくなるのは自明の理。

慌てて止めようと椅子から立とうとするも目で制される。

台所へと向かう妹を止めることのできなかった僕に残されたたった一つのこと。

それは彼女が無事に帰ってくることを祈ることだけだった。


妹が料理下手という定番なネタをお届けいたしましたがいかがでしたでしょうか?

次回は台所でのリズリィVSマーラを予定しております。


忌憚のない意見を頂けると作者としましてはとても参考になりますので、よろしくお願いします。

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