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第七話 将を射んとすれば

「ただいま」


勢いよく玄関のドアを開け帰ってきたことを告げる。

すると、間髪入れずに返事が返ってきた。


「料理も風呂も支度してないが私ならいつでも食べてくれ構わないぞ」


無論、家の中からではなく僕のすぐ左側からである。

らしいと言えないこともない言い方ではあったがあまりにもストレート過ぎた。

口をパクパクさせる以外の行動が一切とれないくらいには。


「いや…食べるというよりはむしろ私に食べられるという方が正確か」


「……………………………。」


もはや口さえ動いてはくれなかった。

それでも唯一の救いだったのはこの場には二人以外に誰もいないことくらいだろう。


「何も反応せずに沈黙を決め込むとは…もしかして放置プレイが好きなのか、キミは?」


「本気で怒りますよ」


僕は決してアブノーマルな思考の持ち主ではないとくぎを刺しておく。

怒っていると言われたことに驚いたのか、きょとんとした顔をしているようだった。

しかし、その予想は悪い意味で裏切られてしまった。


「どんな理由であるにせよキミが私だけを見て考えてくれるのであればこれほど嬉しいことはない」


先ほどとはまた違った恥ずかしさに二の句が継げなかった。

かといって黙っているのは間が持たず、無理に話題を変える。


「まぁ、それはともかくとして。とりあえず家族を紹介しますので…」


そそくさと居間の方へと移動する。

一方、彼女は本当に怒ってくれるものだと期待していたようでやや不満気な顔をしていた。

普通は逆だろう、と突っ込みたいところだ。


ガチャ、ガチャ

居間のドアを開けると夕食のいい匂いが漂ってくる。


「お〜う、お帰り!」


一番に迎えてくれたのは意外にも父さんだった。

妙にテンション高いなーと思ったらテーブルの上のとっくりを発見した。

珍しく酒を飲んでいるらしい。


「今日はやけに遅かったな。何かあったのか?」


「実は…「お初にお目にかかります。義父様」」


事のあらましを説明しようとした矢先に後ろの方から声が響く。

手で制しようと後ろを振り向くがすでに後ろにいなかった。

慌てて前を向くと楽しげに父さんと喋っている表情豊かな女性がいらした。


「マーラと言います。ふつつかな“妻”ですがよろしくお願いします」


お手本のようにきれいな姿勢で深々と頭を下げる。


「…そうか。うちのリックをよろしく頼む」


へぇ〜。マーラっていう名前だったのか…。

って、なんかさっきとはまるで別人なんですけど。

あそこまで猫を被られるといっそ清々しい気もするから性質が悪い。


「あら〜。こんなにかわいらしい娘がこの辺りにいたかしら」


声のする方を振り向くとそこは台所。

主婦が毎日のように家族のために愛情のこもった料理を作る戦場である。

ここまでくれば声の主が誰であるかは火を見るより明らかだった。


「あっ、母さん。実はね「義母様。はじめまして“妻”のマーラです。」」


またもや先を越されてしまっていた。

というか、いつの間に父さんの所から母さんの所へ移動したんだろうか。


「リッくんが年上好きだったなんて母さん知らなかったわ。てっきり妹属性(シスコン)だとばっかり…」


さもそれが真実であるかのように頬に手を当て困った顔をされる母さん。

しっかりしている割に天然な人なので冗談なのかよくわからないから怖い。


「いや…妹属性(シスコン)なんて母親の言うセリフじゃないよ!むしろ止めるべきじゃない?」


「え〜なんでよ?まさか私がお腹を痛めて産んだリズリィが可愛くないとでも言うつもり?」


めっそうもございません。

貴方様に似てすくすくとかわいらしく成長しております…胸を除いて。

そう言おうと思ったけど、どこでリズリィが聞いているか分からず断念。


「そう言うつもりで言ったんじゃ…ないんだけど」


そして、なぜかしどろもどろに言い訳をしている自分がいる。


「冗談よ。冗談。まぁ、ゆっくりしていってね〜。」


そうお客様に言い終わると笑いながら台所へ戻っていった。

どうやら僕の反応を見れて満足したようだ。

僕からすれば被害を最小限に抑えられたことを喜ぶべきなのか…複雑な気持ちではある。


「君には妹がいたのか?なら早く紹介してくれると私としては嬉しいのだが…。なにせ私の義妹になるのだからな」


そんなことを考えているといつの間にか貞淑な妻のように僕のすぐ後ろにくっついている方からお声がかかる。

そう言えばこれが一番の問題だったと思いだして思わず頭を抱えてしまう。


「いるにはいますが…」


接触していない今のうちに注意しておくことなんかを教えておけば…。

無理やりにプラス思考へと思考を切り替えて後ろを振り返ると、


「“いるにはいる”ってどういうことですにーさん?」


目と鼻の先に朝までは妹だった何かがこちらを睨んでいた。

夢であるなら覚めてほしいと願わんばかりの事態に心臓が止まりそうになるほどだった。


「い、いや…。これといって恣意的な意図はないぞ」


このままだと僕の命から先に無くなってしまう…。

そんな最悪の事態に対処すべく頭の中から今までに培ってきたマニュアルから有効な手段を模索していくが、


「まぁ、そう言うことにしておきます。ところで…こちらの方はどちらさまです?私に紹介していただきますか?」


今回に限り蛇のようにしつこい追及がなかった。

会話の一つ一つから矛盾点を探し出し、次第に相手を追い詰めるあれが…。

まぁ、それはともかくとしてとうとう二人が出会ってしまったのだ。


「お初にお目にかかる。私の名前はマーラ。君の兄上とは世間一般で言うところの夫婦関係にある」


先ほどとは打って変わったストレートな物言いが事実を淡々と話しているように感じさせる。

一方、リズリィの方は夫婦という言葉を聞いた後くらいからワナワナとこぶしを震わせていた。


「私には手を出してくれないのに他の女に手を出すなどどういう了見ですか!?」


そう言うのとほぼ同時に僕の肩を両手で掴んで前後に激しく揺り動かした。

どうやら頭に血が昇っておりいつもの冷静さが欠けているようだった。


「その件に関して色々と言いたいことがあるけど、とりあえず夫婦ってのは誤解」


むしろ“私に手を出す”ってところに色々と言ってやりたかった。

けど、誤解させたままだと流石にかわいそうなのでやめておくことにする。


「……………。誤解ですか?」


「そう誤解なんだ。あくまでもそうなる可能性が0%でないというだけ」


嘘はついていないが本当のことでもない。

というのも、あまり彼女を調子に乗せるのは負けた気がするから。


「容赦ないことを本人の前でサラッと言ってのけるね、キミは。まぁ、そう言うところも魅力の一つだと思うよ」


ハァっとため息をつきながらもうれしそうにそうつぶやく。

それとは対照的に笑顔を見せているリズリィはぼくの左腕にしがみついていた。


「やっぱりそうでしたか。だってにーさんは妹属性(シスコン)ですもんね」


これが親子のなせる技なのか…。

そう思わせるほどの衝撃に満ちた一言が無意識下で僕の膝を折らせる。


「否!断じて否だ。そんな嗜好は一切ない。むしろぼくは年上好きだ」


今度は無意識に本音が出てしまった。


慌てて取り繕おうとするも肝心な時に限って何も思い浮かばない。


「こんなところでプロポーズとは…。せめて二人っきりの時に言って欲しかったな」


自身の勝利を誇示するかのような物言いに戦々恐々となってしまう。

もちろん言っていること自体はただの憶測にすぎない。

しかし、火に油を注ぐ程度には何の問題のない威力を持っていた。


「私をだしに使ってのプロポーズ。いい度胸ですね…にーさん?」


もはや何を言っても無駄に終わるのは明白だった。

助けを求めようにも父さんはお酒が入って聞いてくれそうにない。

母さんは面白がって逆に煽るような気がしてならない。

頼みの綱は彼女だが…


「明日にでも挙式をあげるべきか。いや…むしろ両想いが確定した今、既成事実を作って逃げられないように夜這いをかける方が先か。悩むところではあるな」


何やらぶつぶつと不穏な内容を隠そうともせずにしゃべっていた。

ここまで追いつめられると覚悟を決めるしかなかった。


「でければひと思いにやっちゃって下さい」


「却下です」


こうして死神のカマは微塵のためらいもなく振り下ろされていくのだった。


相変わらずのスローペースでありますが、ようやく書き上げたので上げさせてもらいました。

忌憚のない意見を頂けると作者としましてはとても参考になりますので、よろしくお願いします。

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