第六話 闇夜の求婚
家に帰り始めてからおよそ20分が経過し、ようやく村にたどりつく。
このまま家に帰り待ちに待った晩御飯を食べるのも魅力的な選択肢の一つではあるが、今回はそうはしない。
「姐さんには心配をかけたし、生きていることを報告しておくか」
ということで、少し寄り道をすることにした。
とはいっても辺りは結構暗いしお腹も空いているので今朝のように話し込むつもりはない。
簡単に挨拶をして帰るのが予定である。
「ではでは、行ってきますか」
桃の木を目視できるくらいの距離まで近づいた。
すると、朝方に来た時とは異なって辺りを妙な違和感が包んでいた。
目を凝らして辺りを見回してみてもおかしなところは何一つなく、耳を澄まして辺りの音を拾ってみてもおかしなところは何一つない。
それなのに違和感があるのは単に時間帯が違うのが理由なのか、それとも…。
「何かが隠れているのか…」
だんだんと歩みを緩めつつ何が起こっても対処できるように体から余分な力を抜いていく。
姐さんも気づいていないのかどこかに行っているのか、姿を見せる気配が感じられなかった。
「まいったな〜」
近づけば何かしら行動を起こすと考えていたがそう簡単ではないらしい。
予想の上を行く相手の技量の高さがうかがえる。
また、これが事実であるならば現状は微妙なバランスの上に成り立っていると言うことができる。
このバランスを崩し間違えればどうなるかは容易に想像がつく。
「動くのはまずいだろうし…どうするかな」
現状で切れるカードを一つ一つ確認していく。
そして、もっとも有効であろうカードを即座に切る。
「だれかは知りませんが出てきませんか?」
ここまで直接的に挑発すれば流石の相手も何かしら反応するだろう。
もちろん気を抜けば、一瞬にして天国にいるであろう祖父との対面が叶うことは言うまでもないことだが…。
「ここまで念入りに隠れていたのに気づかれるとは…」
――――そう言い終わったくらいに木の上から人が降りてきた。
「まて。何もキミに危害を加えようと思ってはいない」
「…………んっ?」
今が夜であることを差し引いてもよく通る声であり女性の声であった。
最近聞いたことのある声なのだがどこで聞いたかは思い出せない。
顔で確認しようと思ったが星の光だけでは輪郭くらいしか分からなかった。だが、もう一度よく見ると耳の形が普通の人と少々変わっていることが分かり、疑問が氷解した。
「ひょっとして今朝、桃の木の近くで会った方ですか?」
「……なぜわかった?」
一発で当ててきた僕に驚いているのだろう。
ハッと息を吸い込んで少し間が開いてから質問と同時に肯定の意を示した。
「一番の決め手は耳の形ですかね。とても印象深かったので」
こう答えると、先ほどよりもさらに驚いたらしく返答がなかった。
別に変なことを言ってはいないはずなのだが…。
僕が気をもんでいる一方で向こうでは小声で何かを確認していた。
「どうかされましたか?」
「いや、こちらの話だ。気にしないでくれ」
「はぁ」
そういう言われ方をすると余計に気になってしまうのは仕方のないことだろう。
まぁ、深く聞いても藪蛇になるだけなのであえて聞くことはしないが。
「それよりも、キミに聞きたいことがあるんだが…良いか?」
「答えられることであれば」
「私と結婚してくれないか?それも今すぐに」
結婚ねぇ…。結婚かぁ…って、
「はぁ!?」
敬語がデフォルトな自分がどこかへ行ってしまうほど驚いた。
時間が経ってもそれがなくなることはなかった。
その結果、ぼくの答えを黙って待っていた相手がとうとう痺れを切らした。
ズンズンと僕に詰め寄っていき、僕の目の前1メートルで立ち止まり――――
「だ・か・ら、結婚してくれと言っている。この言い方では伝わらなかったのか?それなら、“キミの一生を私に欲しい”とか“毎日、みそ汁を作ってくれ”であれば理解はできるか?」
―――さらに求婚を続けている。
とりあえず結婚を申し込まれていること明らかに男の方がいうセリフであることは理解できた。
しかし、このような行動に踏み切った理由は未だに明かされていない。
「言っていることはわかりました。ですが、なぜ僕なんですか?」
すると待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべる相手。
何を言われるのかと身構えていた僕に対して、
「一目ぼれしたからだ」
先ほどとは打って変わったように真剣な目がこちらを射ぬく。
少なくとも悪意や嘘のある人のそれではないように思えた。
「…それは喜んで良いんでしょうか?」
容姿だけで結婚を申し込まれるのもいかがなものかと思う。
いや…それどころか、人並みの容姿のどこに一目ぼれされる要素があったのか。
あれこれと考えながらも率直な感想としては喜びと戸惑いとが半々。
それが最も適切だろう。
「もちろんだ。自分で言うのもなんだがスタイルは悪くないと思うし、家事全般に関しては母に仕込まれているから期待してくれて構わないぞ」
「はぁ…」
さりげなく自己アピールまで…。
確かに、同姓からは羨望の目で見られ異性であれば思わず二度見してしまうことが確約されるほどのスタイル。自分に多少なりと自信を持っていて当然だろう。
「それとも何か?キミは胸の大きい子が好みなのか?」
「あ…。まぁ」
「くっ…。所詮は胸の大きさが全てだということなのか…。脂肪の塊の分際で…」
が、胸の大きさまでを除けば…というあくまで仮定の話になってくる。
これが同性から羨望はされども嫉妬されない理由と言える。
「いや、それ違いますから!」
一見して矛盾しているようではあるがそうではない。
確かにそういった嗜好の人間がいることは否定できないし、先ほど言ったように僕自身大きい方が好きである。しかし、それはあくまでも外見を見ただけの話だ。
好意や興味なんかにはつながるかもしれないが、逆にいえばそこまでで止まってしまう。
「なんだ…違うのか。ではいったい私の何が不満なんだ」
もちろん容姿だけで考えれば不満なんてあり様がない…胸を除いて。
「容姿が相手に対する好意や興味の大半を占めることは理解できます。できますが、ぼくはそれ以上に―――」
と、途中まで言いかけて――――
「―――それ以上に相手のこと、すなわち内面を知りたい。そう言うわけか?」
僕の言いたかったことを会話にかぶせてきた。
「え…はい」
言いたいことを見透かされた驚きでコクコクと頷くことしかできなかった。
そんな僕とは対照的に相手は手を叩いて笑って魅せる。
「ならば話が早い。じつはもう一つ頼みたいことがあったんだ」
「…何でしょう?」
悪意のない笑顔に見え隠れする企みに戦々恐々しつつ返事を待つ。
一拍ほど間をおいてから目線をこちらに合わせた。
「私と一緒に旅をしてくれないか?多くの命を救うためにとある薬が必要なんだ」
「それで薬屋を探していたんですか…」
この話を聞いて一つ合点がいったことがある。
それは薬屋をわざわざこの村で探していたのかということだ。
恐らくだが各地を転々としながら主なところを回りつくし、こんな辺境に来たのだろう。
「そうなるな。まぁ、これならば私の内面を知ってもらえるし目的も果たせる。私にとっては良いこと尽くしなんだが…どうする?」
そう言えばこんな交渉の仕方があったなぁ…と思いはしたが、とりあえず頭のすみに追いやる。
今この瞬間に考えるべきは頷くか否か。
そう悩むのも仕方がない。自分なんかが力になれるのか想像がつかないのだから。
けれども、もしその命が自分の手で救うことのできる命であったなら…そう考えると断ろうという気持ちにはなれなかった。
「喜んでお手伝いさせていただきます」
そう答えると解りきっていた答えを聞いたようにウンウンと頷く。
「それは良かった。出発は明日で構わないか?」
すぐに出発したいということは、うちの店にはお目当ての薬がなかったのだろう。
目的の薬がなかったのだからこんな辺鄙な村に留まっておく理由は当然ない。
「それは一向に構いません。ただ…両親と(特に)他一名に許しをもらわないと」
しばらく会えなくなるというだけでもまずいのに、さらに女性と二人でともなれば命がいくつあっても足りない。
当然ではあるが、バットエンドに向けて一直線に走りぬける特殊な趣味を僕は持ち合わせていない。
何とかしてフラグを回避しなければ…明日の朝日が拝めなくなる。
「ふむ。将来の家族に挨拶しておくのも悪くはない」
“将来”という言葉を聞いて思わず肩をすくめる。
この人はまたそんなことを言って…。
こじれそうな話をさらにややこしくそうでどうにも怖い。
「いや…。必ずしもそうなるわけではないと思うのですが」
承諾したのはあくまでも旅をすることであって、結婚では断じてない。
「可能性があるだけで十分すぎるというものだ。では早速あいさつしに行こうか」
言いたいことを言い終わると、クルリと背を向けて自宅の方へと歩いて行った…僕の首根っこを掴んで引きずりながら。
身長差もあいまって実に情けない構図となっている。
「ところで、なぜ僕の家をご存じで?」
教えていないのに方向が合っているのが不思議でたまらない。
「………………。乙女のたしなみというやつさ」
――――深くは聞かないでおこう。
なかなかきりのいいとことで終われなかった7話ですが、いよいよヒロインの登場です。
お楽しみいただければ幸いです。
7/14に本文を修正いたしました。
話の大筋は以前のままですが、所々をいじくってます。
以前よりは話がわかりやすくなっているか心配ですが…たぶん大丈夫かな。
感想や意見なんぞいただければ幸いです。