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第五話 ひざまくら


「あう〜」


奇妙な声を出しながら地面へと倒れこむ。原因は食事の後の修行。

二割増しを意識しすぎてペース配分が狂ってしまったのである。

一方ヒルデさんは―――


「ふむ…体調は悪くなさそうじゃな」


―――僕の首筋に手を当て体の調子を診ていた

汗一つかいていないのは悔しいがひんやりした手が気持ち良く何も言えなかった。


「疲れてるだけです。はぁ、はぁ…今日は飛ばしすぎ…まし…た」


…やばい。眠気のビックウェーブが襲ってきた。

意識のあるうちに家に帰ろうと必死に体をよじり腕に力を入れ立ち上がろうとする。

だが、疲れが四肢をむしばんでいき…そして意識が途絶えた。






次に目が覚めて最初に飛び込んできたのは顔らしきものだった。

寝ぼけてピントの合わない眼で必死に確認すると、それはヒルデさんの顔であった。

目を凝らしてもう一度確認をしてみたが先ほどの認識と変わらないままである。


(顔がやけに近い…)


どうしてかと思い、辺りを見回してみる。

そして初めて自分がどんなに幸運な状況にいるのかを知った。

なんと、ひざまくらをされているのだ。とてもこの世のものと思えない柔らかさである。

今日の僕は幸運の女神に溺愛されているらしい。

まぁ、これだけ幸運すぎると後からのしっぺ返しが怖いが今なら死んでも悔いはない。


「ようやっと起きたか?」


目が覚めたことに気づかれてしまったのか!?

いや…まだ気付かれてはいないはず。

とすると、ここでとるべき行動はただ一つ。

今の言葉を完全に無視して眼をつむり、狸寝入りをかますことであろう。


「ん?…気のせいじゃったか」


そう言いながらヒルデさんは視線を元に戻す。

つられるように視線の先を目で追うとそこには真っ赤な夕日が見えた。

その情景は言うまでもなく美しかった。そして、それでいて何より圧倒的な存在感を放っていた。

風景画として存在していれば、どれだけの値がつくか見当さえつきそうもない。


が、それでも私的な感想としてはその夕日を見つめるその横顔の方が美しかった。

だからこのまま眺めていたかった…やがて気付かれるであろうその時まで。

そしてそのまま刻々と時間だけが過ぎやがて夕日が沈み終える頃になると、


「そろそろ良いか?」


「はい!?」


――――どうやら初めからばれていたらしい。

今度こそ潔く観念したぼくは頭がぶつからないようにゆっくりと起き上がる。

だが、寝顔のこともあいまって余計に顔を合わせづらく視線があちこちに泳いでいた。

すると、僕の挙動不審な様子を見て師匠は、


「別に怒ってはおらん。ただ…」


そうつぶやきながら怒っていないことをアピールをし、そのあとの言葉に詰まった。

続きが気になった僕は、


「ただ…なんですか?」


オウム返しに聞き返した。


「いや…なに。お主と出会ってからずいぶん経ったと思ってな」


嬉しそうに口元をほころばせながらつぶやく。

確かに6年という期間は長い。けれど、僕にとってはあっという間の6年間であった。

それと同時に大切な思い出の詰まった6年間でもあるが。


「あの頃はまだまだ小さかったのに…今ではわしと大して変わらなくなった」


それもそうだろう。

ヒルデさんと出会った頃の僕は、村に住んでいる男の中では一番低かったのだから。

まぁ、今でもその実情は大して変わってはいないが…。


「僕としてはもう少し身長がほしかったですけどね」


毎日のように牛乳を飲んでいたのに大して伸びなかったのはかなりショックだった。

その分の栄養がどこにいったのか不思議でならない。


「わしとしては同じ目線で話せるからこのほうが良い」


「うーん…それなら背が小さいのも悪くないですね」


背が小さいのはもちろん好きではない。というか好きな人もそれはそれで珍しいだろう。

だって背が大きいことにメリットはあれども、背の小さいことはデメリットでしかないのだから。


「それに・・・」


言葉を続けながら僕の頭の方に手をやる。

そして、昔と何一つ変わらない柔らかな手で頭をなでた。


「頭をなでやすい」


そう言えば、昔はよく頭をなでてもらっていたっけ。

その時はずいぶんと大きな手だったと思ってたんだけど…。

今ではだいぶ小さくなったように感じられる。


「では、このまま背が伸びないように頑張ります」


とは言ったものの、いったい何をすれば良いのだろうか?

近いうちにラスに手紙を書いて聞いてみるかな…あいつなら何かしら知ってるだろうし。

本当は会いに行くのが一番なんだけど流石に遠い。

腕を組みながらそんなことを考えていると、


「いったい何をするつもりやら…」


そう言ってクスクスと笑われてしまった。


「い、今のは聞かなかったことにしたください」


慌ててしゃべったせいか少し舌を噛んでしまった。

そのことが余計に恥ずかしくて思わず下を向いてしまう。


「ん〜。よく聞き取れんかったが何か言ったか?」


口に手を当てて、ふふふ…と笑っている。

どうやら僕の言ったことを正確に理解した上でからかっているとみて間違いない。

特に腹が立ったというわけではないが口でも負けた気がしてくやしい。

というわけで…ここはきちんと言い返そうと思う。


「朝の寝顔は綺麗でしたね。と言ったんです」


この返しは想定外であろうと予想し、ニンマリと笑みを浮かべる。

自分としては良い返し文句だと思える内容だった…そう思い、どうだ!と言わんばかりに顔をあげる。

しかし、顔には焦った様子が一切見受けられなかった。

むしろ獲物が罠にかかったような笑みが浮かんでいる。


「まさか自分が寝坊したことがばれていないとでも思っておるか?寝室に入って寝顔を見ていたことに気づかないとでも?そんなわけないじゃあるまい」


……はい、寝坊したことがあっさりばれてます。

想定外すぎるのはむしろ僕の方みたいです。やっぱり謝っておく方が正解だったみたい。

しっかし、なんで寝坊したことがばれたんだろう。


「いや…それは…えーっと」


「その顔は…『なんで寝坊したことがばれたんだろう』という感じじゃろ」


「うっ…」


心の声が一言一句間違えずに読まれてる。

どこからばれたのかは自分の知識の及ぶところではない。

だが、これ以上はやぶ蛇になりかねないので両腕を胸の前で上げて降参の意を示す。


「それはな…占いじゃ。昨日の結果にお主の寝坊がでたのでな」


占いで弟子の寝坊を察知するなんて…これはどう転んでも勝てそうにない。

そのうち朝食のメニューを占いで当ててくるんじゃないか?

そんな疑念が頭の中を駆け巡った。

しかし、それと同時に覚えてみたいという好奇心も持った。


「今度、僕にも教えてください」


「安心してよい。近いうちに教えるつもりじゃ」


「楽しみにしておきます。とっても」


この言葉にウソ偽りは何一つない。

もともと争うことは好きではないし、身を守るためだけに武術を習っている。

だから、戦いとはあまり直接的ではない鍼やマッサージなんかを習うのはとても楽しかった。

その経験からいえば今度も楽しくなることはまちがいないだろう。


「うむ。では明日に備えてもう今日は帰った方が良い。日も沈んだことだし」


冬に比べるとまだ幾分か明るいが、それでも十分に暗いことは疑いようがない。

もっとも夜空には光り輝く星たちが姿を現しており、帰る分には全く問題のない明るさではあるのだが…。


「では、今日はこれで帰りますね。」


そう告げてから僕は立ち上がり帰路へとついた。

夜空に浮かぶ星を明かりにして、温かい晩御飯の待つ家へと。


ようやく第五話をUPすることができました。

思うところがあり、今回から書き方を少し変えたのがその理由です。

以前より見やすくはなったのではないかと自分では思っております。


3月中に第六話をUPできたらなぁ…と思ってはいますが、温かい目で見守ってやってください。またのお越しをお待ちしております。

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