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第四話 師匠の寝顔

 あれから10分ほどで当初の目的地であった場所に着いた。うちの村からは割と離れた場所に位置しているため、人の気配が全くと言っていいほどない。しかし、寂れているのではなく、ただ閑散としている…そういったほうがよりふさわしいだろう。


 周りは風で木の枝が揺れる音や山からコンコンとわき出てくる湧水の音で包みこまれ、その音が体に流れ込んでくる感じは何とも言えない心地さを与えてくれる。


(ふぅ〜。ようやく師匠の家に着いた)


 あそこに見える少し小さめな家が師匠の家である。”小さい”とはいっても4人で住んでいる自分の家と比べてなので、1人で住むとなれば手に余るほど広い。しかし、その広さは1人に孤独を感じさせる。過去に一度だけ、家を狭く作り直すように言ったこともあったが、


「今はお主がおるからの…その必要はない」


 と、頭をなでられながら嬉しそうに答えてくれた。その日から僕はできるだけ多くの時間を一緒に過ごすことを決めた。もうそれからずいぶんと時間が過ぎたが、今でもその気持ちは変わっていない。


「師匠〜!遅れてすいません。不肖の弟子が参りました」


 そう言ってからドアを開けて師匠の姿を探す。だが…見当たらない。

 いつもであればテーブルに備え付けられている椅子に腰かけてお茶を飲みながら本を読む。

 もしくは、新しく考えた料理をキッチンで作っているはずなのだが…。


(おかしいなぁ…どこに行ったんだろ?)


 仕方なく家じゅうをしらみ潰しに探していく。しばらくして、最後に残った部屋が寝室であった。この部屋だけは足を踏み入れたことがなくて入るのが少々ためらわれた。

だが、そのためらいも入ってみたいという衝動には逆らうことができず―――


(これは師匠を探すためであって部屋を見たいとはこれっぽっちも思ってない。)


――――頭の中で今からすることを肯定し、ドアを開ける。そこにはごくごく普通の寝室があった。服を入れるためのクローゼットが置かれ、大人が2人一緒に寝転んでも余裕のあるくらいの大きさのベッドが寝室の3分の1ほどを占めている。


 そのベッドの上がこんもりとなっているのを見て、まだ師匠が寝ていることを初めて確信する。師匠が寝坊するなんて初めてのことで驚きが隠せない。しかし、もっと驚いたのは師匠の寝顔を見た瞬間であろう。日頃の顔と寝顔とではギャップがありすぎて脳内処理が追いつかなかった。


(このかわいさは…異常だ。)


 しばらく寝顔を眺めていたかったがあまり留まると起きてしまいそうなので、回れ右をして寝室を後にした。それにしても師匠が寝坊だなんて…。実際に見てきたいまでさえ信じられない。明日は雪でも降るかもしれないな。


 まぁ…そんな冗談はさておき、師匠がいまだに眠っている。つまり、朝ごはんを用意しなければならないのは当然―――僕の役目になるわけだ。

家では手伝い程度しかやっていないが、一通りの料理の作り方は師匠から教わった。ついに、その成果を発揮する時が来たのだろう。


 とりあえずキッチンへと向かい材料を確認する。あるのは野菜が少々とお米ぐらいなもの。

さすがにこれでは味気ない食事になってしまう。せめて肉か魚があればと思い探してはみたが、やはり見つからない。どうしようもないので、現地調達をすることにした。


 勢いよく家から飛び出して向かう先は近くを流れる渓流。

 源流を山からの湧水に持つその川の水は、そのまま飲み水として使えるほど澄んでいる。

 夏になるとよく水遊びをした思い出の残る場所でもあった。

 すでに雪解けも済んでおり、魚を捕るには全く影響もなさそうだ。


「さぁ、がんばるぞ!」


 その掛け声とともに気合を入れ裸足になり、未だに冷たいであろう川へと進む。いつもであれば釣竿を手に取り餌をつけて魚を捕るのだが、それではいつ魚がかかるか分からない。そんなわけで少々乱暴な手段を今回は取ることにする。


 川の真ん中あたりにまで移動し流れに逆らわないようにしながら足を肩幅まで開く。そして、足が冷たいのを我慢し全身の力を抜く。しばらくすると異物が入ってきたことを察知して逃げていた魚たちが徐々に姿を現し始める。

 この機を見計らっていた僕はそっと水面に左手を置き、掌にマナを集中させていく。2,3匹が僕の近くを泳ぎ始めたことを確認してから、川へ向かってマナを放つ。


 それからすぐに、近くにいた魚たちが水面へと浮かんできた。ぼくは魚を素早く回収すると川から上がった。もちろん魚は死んでおらず、気絶しているだけだ。

 使ったのは戦闘の際に使うための技術――発頸――である。


 発頸はマナと大変に相性がよく、マナを使う者にとっては必須の技術といえよう。本来は相手の内臓を傷つける為に肉体を貫通するマナを打ち込むのだが、先ほどは川の水を媒介に魚を内臓に見立てて行った。

 加減をしすぎると魚に効果がなくなるし、かといって強すぎると死んでしまう。そのため繊細さが求められる。過去に発頸を編み出した人もまさか魚とりに使われているとは思いもしないだろう。


(これだけあれば問題ない。さっさと帰りますか…)


 こうして魚を手に入れ、意気揚々に家へと戻る。






 家の台所に戻って先ほど捕ってきた魚を水で洗い、竹の串をさし、塩を全体にまぶす。

 それから、あらかじめ外に作っておいた焚き火の近くに刺していく。

 後は待つだけのシンプルな一品の完成。

 川の水で洗ったお米を炊き、野菜をお湯でひと煮立ちさせ味噌を入れ、あとは待つだけとなった。


 いい具合に焼けてきた魚を串ごと皿に盛りつけて、そろそろ起こしに行こうかと思っていたその矢先に、


「なにやら…いいにおいがするの〜」


「あっ…師匠。おはようございます」


 師匠が目覚めてしまった。あの寝顔をもう一度だけ見たいなぁ…なんて思っていたのに…。

少々と言わず、かなり残念な結果となった。


「ん!?顔に『残念』と書いてあるが…どうしたのじゃ?」


 自分で思っている以上に残念だったことを理解した。しかし、寝顔のことだけはばらしてはならないと思いなおし、


「いえ、少し味噌が多すぎたかなぁ…と思いまして」


 自分にあり得そうな嘘をついてごまかす。僕は、これがうそをつくときの鉄則だと確信している。そしてその鉄則は師匠にも効いたようで、


「せっかく作ってくれた食事にわしがケチをつけるわけがない。それと、普段はヒルデと呼ぶように言っておいたはずじゃ」


 少し怒られはしたが何とかごまかせた。てか、朝からドタバタしていて本名――ヒルデ=ルイーレ――で呼んでいなかったことにすら気づいていなかった。


 うちの師匠…もといヒルデさんは師匠と呼ばれることがあまり好きではない。理由はいたって単純で、年をとったように感じるからだそうだ。使う言葉が少し古いので師匠のイメージとしてはぴったりだと思うのだが…そのあたりはやはり女性だからだろう。


「以後気をつけます。では、さっそくついじゃいますね」


 そう言ってすぐにお茶碗にご飯をよそい、味噌汁は熱さも考慮して木のお椀に注ぐ。お茶を入れて飲み物の準備も終わった。あとは食べてもらうだけ…。


 すでに椅子へと腰かけていたヒルデさんはそれぞれの料理に手をつけ、


「うむ、なかなかに美味じゃ。奇を衒わずシンプルに作っているところが良い」


 と、美味しそうに食べながら一言。

 

「その一言で満足です」


 これが僕の正直な感想である。

 後は修行の方でもおほめの言葉をもらえれば今日は言うことなし。

 今日はいつもの二割増しくらいは頑張りますか。


なんとか1月中に一話を書き上げる事が出来ました。

テスト勉強のまっただ中にいたのですが…パソコンについつい向かっている自分がいました。


…てな感じで4話です。

このあたりから全く説明のない単語が少しずつ出てきますが、一区切り付いたら人物紹介も含めたものを書きたいと思っているので、ご了承ください。

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