第二話 桃の木の下で
「ふぅ〜、危なかった」
もう少しのところで冥府へと強制的に送られてしまうところだった。母さんが助け船を出してくれなかったらどうなっていたことやら…。うちの最高権力者が母さんでよかった。
んで、ぼくが何をしているかといえば、ちょうど店から出たところ。村の近くにある森に住んでいる師匠のところで修業をする予定だからだ。
「それじゃあ行ってきます。」
「いってらっしゃ〜い。気を付けてね〜」
母さんが「どこに?」とは聞いてこないのは毎日の日課となっているから。もう6年以上も続いているせいか、きちんとこなさないと逆に体がムズムズするほど生活の一部となっている。依存症みたいで少し怖くもあるが、特に実害は見られないので別段気にはしていない。
さて、ここで唐突な話なんだけど…無性に散歩がしたい自分がなぜかいる。
これが春の持つ魔力ってやつかな…いや、潤いを求めているだけか。
(朝っぱらからひと騒ぎあったから仕方がないよね)
と、こんな感じで自己完結。村を軽く散歩することにした。
僕の住んでいるナチャクは都市部から離れた地域に位置する農村で、辺り一面が豊かな自然に囲まれている。季節が変わるたびに四季折々の表情をみせる草花は、他と比べるのもおこがましいほどの美しさだ。今いる場所が村の中だろうとさしたる問題ではない。それを証明するかのように一本の樹が視界へと入り込む。
その木の種類は桃―――――かつて村へと移り住んできた人が、故郷である東方から持ってきたいくつかの木のうち、唯一この地に根を張った木である。魔を払う性質があるとされており、現在では村の神木として祀られている。さらに言うなら、この木には恋愛成就の神様が憑いているらしく、プロポーズや告白の人気スポットにもなっている。
誰が言ったのかは知らないけど、あながち間違いではないところが噂のすごいところだろう。が、正確に言うなら神様ではなく精霊で、しかも気まぐれ屋なのであまり叶えてはくれない。本人曰く「自分でどうにかしろ」ってことらしい。…ここでひとつ言っておきたいことは、僕が妄想癖を持っているわけではなく実際に精霊が目に見えるってこと。家族に冷めた目線を送られるのはごめんなので秘密にしている。
(せっかく来たことだし、たまには話しでもしに行くか)
他の人に見られると厄介なので辺りをキョロキョロしつつ、桃の木に近づく。
すると、すぐそばに見知らぬ女性がたたずんでいた。腰のあたりまで伸びている金色の髪、陶磁器のような白いはだ、スラリと伸びた足、空に向かってピンッととがっている耳、まごうことなき美人である。全体として細く儚げな容姿ではあるが、道端に咲く野花のように強い生命力を秘めている印象を受ける。
「あの〜、もしかして旅の方ですか?」
思い切って声をかけてみる。
「そうだ。この村にある薬屋に用事があって来た。キミはどこにあるか知っているか?」
「………え、えっと、この道をまっすぐ進んでつきあたりを左に行ったところに」
クールな物言いに思わずドキッとしてしまい返事が遅れてしまう。その声色からは他を寄せ付けない感じもなければ積極的に仲良くなろうという感じもみられない。まあ、初めて会った人間に対してはこれ位が普通なのかもしれないが…。
「なんだ、かなり近くまで来ていたらしいな。キミ、助かったよ。なかなか人に会わなくてね…少々困っていたんだ。ありがとう」
と、謝辞を述べ、僕の来た道を辿るように歩いて行った。
あまり困っているようには見えなかったけど、今のが人助けになれば僕としてもうれしい限りだ。笑った顔が見られなかったのは少し残念ではあるが、まあ良しとしよう。
(さて、当初の目的を果たしますか)
そのために、さらに桃の木へと近づく。徐に左腕を上げて、木の幹を軽くコンッコンッとノックする。少しの間、沈黙が辺りを包み込む。
(寝てるのかな?)
そう思ってもう一度ノックしようとしたその瞬間に、
「なんかうるさいなぁ。こないな朝っぱらからどなたはんが…ってリックかい。
少しの間見ないうちに大きくなりよったね」
「お久しぶりです、モモ姐さん。最後に会いにきたのがもう6年も前になりますからね。
僕だって少しは大きくなってますって」
手乗りサイズで空中に浮かんでいるのが、桃の木の精霊ことモモ姐さん。なりは小さいが器が大きくこの辺り一帯に住む精霊の中で一番の古株らしい。精霊たちは相談事があるとまずはモモ姐さんのところにやってくるほど。ぼく自身も姉に憧れと羨望を抱いていたので姐さんと呼ぶことにしている。
「まだ6年しか経ってへんのか。ほんまに人の一生は短いちゅうわけや」
「そもそも精霊の常識を人間に当てはめること自体が間違ってますよ」
寿命という生命の限界がない精霊と、たった数十年しか生きられない人間の考えが同じであることの方が逆におかしいのは当然だろう。精霊と共に暮らし続けられるのはエルフくらいなものだ。
「そないもんか…まぁそれはそれでえーや。ところで今日は何の用や?まさか、好きなやつでもできたんかいな?あんまり叶えるのは好きではおまへんけど、他ならぬリックの頼みやさかい聞かんでもないで〜」
「さびしい話ではあるんですが、いないんですよ」
好きな人…と言われて思い浮かぶ人がいないのは、女性に興味がないということには全く結びつかない。ただ、周りの環境に問題があるから思い浮かばないだけだ。
世間一般で言うところの結婚適齢期(17歳)にそろそろさしかかってはいるが、並の人では妹から物理的に抹消されてしまう恐れがある。そのため相手を見つけるのも並大抵の苦労ではないのだ。そのことを考えるだけで探す気はごっそりと奪われ、思わずため息がでそうになってくる。考えのベクトルが限りなく反対方向へと向き始め、表情がだんだんと暗くなってきた。
「垂直にそびえ立つ壁を道具なしで登るような恋愛になりそうやな」
と、苦笑しながら姐さんが他人事のように酷評する。まぁ、他人ごとなのだが…。
「頭ではわかってはいるんですが、実際に言われると…堪えます」
せめて妹に彼氏の1人でもできればいいのだが、その願いはどうやら叶いそうにもない。
一度この話を振ってみたが、
『寝言は寝て言うから許されるんだよ…にーさん』
と、笑顔でお説教を食らってしまった。
こんな話をしたのは、後にも先にもこの時だけになったことは言うまでもない。
「まっ、とにかく彼女ができたら必ずウチに報告するんやで。祝福してあげるさかい」
その時がいつになるかは想像さえできそうにない。僕の想像力がなさすぎるのか、はたまた現実味が圧倒的に足りないのか。どちらが原因なのかは火を見るより明らかである。
「兆が一そんな時がくれば、ぜひお願いします」
さきほども前述したが、姐さんは恋愛成就の話になると途端に猫の額ほどの願いしか聞き入れてはくれない。その姐さんが自分から祝福をしてくれると言ってくれているのだから、断る理由が見つかるはずがなかった。もっとも、その幸運を僕が生きている間に生かせるかは微妙なところではあるが。
「…お、おう。ウチに任しときや。相手が嫌がっていたところで問題あらへん。絶対むすびつけてやるさかい」
(…………んっ?)
なにやら危ない単語がちらほらと散りばめられている。ぼくは背中をひと押しするくらいのものだと思っていたけれど、勢いあまってどこかに飛ばされるくらいに突き飛ばされるほどすごいものだったとは想定外の外の外の外である。もはや呪いと言っても過言ではないだろう。
「が、がんばります」
もちろん、嫌がる相手を連れてこないようにという意味ではあるが…。
てな感じで、2話を書き終わりました。
実際に書いてみると難しさを痛感します。
今年中に3話をお見せできるように頑張ります。
では、また次回にお会いしましょう。