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たとえ羽根が捥がれても

作者:斯波
「お前はどうしたら俺のことを諦めるんだ?」
 
 大好きなカルロにため息混じりにそう言われ、私の思考はほんの一瞬だけ動きを止めた。けれどすぐに時計みたいにいつもどおりに動き出す。
 
「どうしたの、カルロ」――と。
 強張った表情は一転して6年前からカルロ専用となった笑顔に変えて。

 自慢じゃないが私の外見は優れている。
 銀色の絹のような触り心地の髪は風とともに踊り、翡翠のような瞳は目があった者を魅了する。スラッと伸びた手足は傷ひとつない陶器のようで、誰もが私を『妖精姫』と賛美する。
 だけどカルロだけは、彼だけは初めてあった日から一度だって私を褒めてはくれないのだ。
 それどころか名前さえも呼んではくれない。「おい」とか「お前」とか適当に呼んでばかり。
 他の人達に向けても大抵そうだから私だけが特別ってわけじゃないけれど、それでもカルロの口から私の名前が吐かれるのを期待せずにはいられない。
 
「俺が聞いてるんだ」
「そうね……カルロに奥さんでも出来たら、かしら?」
「……それは遠回しに俺が生涯結婚できないって言ってるのか?」
「私ならいつでも大歓迎よ!」
「誰がお前なんかと結婚するか」
「妖精と契りを交わせば生涯安泰だって言われてるのに……」
 
 外界と交流を持ちたがらない妖精が、わざわざ異種と契りを交わすことなどほぼない。だが実例が全くないわけでもない。過去にドワーフやエルフ、ビースト、そして人間と契りを交わした妖精がいる。
 そして彼らは一様に妖精であることを、悠久にも思える時を生きることを辞めて伴侶に寄り添い死んでいったのだ。
 その話は妖精界では有名な御伽噺として今なお語り継がれている。
 異種族を恐れているくせにその反面で彼らとともに過ごすことを決意した同族は憧れの的なのだろう。
 かくいう私もその話を聞いた時には憧れて、そして数年でその夢から覚めた。無理だと悟ったのだ。他の妖精がそうであったのと同じように御伽噺と言う名の箱に閉じ込めて、幼子の憧れとして処理したのだ。
 …………カルロに会うまでは。
 
 私とカルロとの出会いは今から6年ほど前のこと。
 カルロがこの村に越して来たのがキッカケだった。
 それまではこの屋敷は私にとっての秘密基地だったのに、カルロが来たことによってこの場所は秘密でもなんでもなくなった。
 せっかく数十年前に見つけた人間界での憩いの場所だったというのに、彼らと来ればいつもみたいにすぐに出て行くわけでもなく、カルロとその他の数人はそこに住み始めた。
 どうにかして追い出そうと突風を起こしてみたり雷を鳴らしてみたりしたのにカルロだけは全く動じることなく、むしろオモチャを見せた子どものように笑って見せた。

 そして私はその無邪気な笑みに心を奪われたのだ。
 
 声をかけて欲しくて彼の周りを飛び回り続けて一年。自慢の羽根を間近で見せてあげてもカルロは一度だって私の前で瞼を開くことはなかった。
 
 2年目になると庭に落ちた葉を空に飛ばして、彼につく年寄りの人間を困らせてみてもカルロはもう一度笑ってくれることはなかった。
 
 そして三年目に度々訪ねてくる、妖精には劣るが人間としてはまぁまぁ見目のいい女に嫉妬して、応接間まで気配を消しながらついて行って、漏れ聞こえる会話から彼には私はおろか、窓の外の美しい緑でさえも見えていないことを知った。
 この頃にはもう人間に姿を見られるのも気にならなくなっていて、この屋敷の者達にも声をかけられるようになっていたのに、まさか彼の目に私が映っていないなんて思いもしなかった。
 
 その夜、私は彼に気付いてもらうまで待つことを諦めた。
 人間はひどく弱く、そして短命な生き物なのだ。ここまでしても気付かなかった少し鈍感なカルロが気付くまで待っていたら彼はその短い命に終わりを告げてしまうと思ったのだ。
 早速、カルロの部屋の窓から至近距離で風を起こして窓をカタカタと揺らし、そして彼の注意を引き付けて彼に話しかけた。
「こんばんは、カルロ」
「誰だ」
 初めてカルロが私に向けて発してくれた声はまるで氷柱のように鋭く尖っていた。
 やっと私を見つけてくれたことが嬉しくて、その氷柱はいつまでも溶けずに私の胸に刺さり続けている。
 
「私はシンシア。西の森に住む妖精よ」
 
 * * *

 私はもう御伽噺に憧れる子どもじゃない。
 だからなぜカルロがそんなこと言い出したのか、想像することは簡単だ。

『異種族と契りを交わした妖精は羽根を捥がれ、二度と飛べなくなる』と風の噂か何かで耳にした彼は私を引き離そうとしているのだろう。

 そんな優しいところもまたカルロの魅力ではあるけれど。
 だけど私、カルロと共に生きれるのなら500年もの間連れ添った羽根を捥いでしまっても構わない。
 あの日から私はカルロに囚われたまま飛び立つことなど出来ないのだから。

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