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第3羽

主人公視点に戻りました。今回は色々とお仕事らしいことを始め、山も少し発展しています。

 私が拠点にしている池を中心にして辺り一面を植物が覆い始めるまで、予想以上に時間がかからなかった。どうも本人、いや本植物たちが張り切っているようで、通常よりもとんでもなく成長が早かったのだ。おかげであっと言う間に山一面に生い茂り、ぽかんとしてしまった記憶も新しい。毎日昨日までと劇的に景色が違っているのだから、誰だってそうなるはずだ。

 今まで山の神様の力の恩恵一切なしに生き延びてきた彼らの生命力は伊達ではなく、私と言う神様が常に発している力の余波だけであっと言う間に花を咲かせて萎れて実が落ちて発芽して……うん。すごすぎる。さらには、たくましい親の遺伝子を子である種もばっちり継いでいるらしい。特に、私が実験的に直接力を与えて育てた草花は当然として、それらと交配した子達の成長も私の方が『これでいいのだろうか』と不安になるたくましさ。一年草のはずの子ですら、種を落としてもピンピンしている。

 怖っ。やっぱり、もう力を直接分け与えるようなことはやめよう。どうやら私が山にいるだけで私の力が浸透していくようなので、これで十分なはず。むしろ本来はそれで普通並みに育つようにできているんだと思う。どれくらい山の神様が不在だったのかはわからないけど、反動って恐ろしい。さすがに何世代かで落ち着くだろうけど……。


 おかげで私は思っていたよりもずっと早くに衣服を手に入れることができ、ご満悦だ。声が聞こえてしまう分元気な彼らを刈り取るのは少しばかり罪悪感があったものの、こちらも背に腹は変えられない。いつまでも裸のままいるのは……ね。見られて恥ずかしい誰かがいるわけではなくても落ち着かないものだ。

 さて本来ならここでさらに時間をかけて繊維を取り出し糸をつむぎ布を織るわけだけど、私はそんなまどろっこしいことをするつもりはない。趣味で楽しむならともかく、ことは緊急を要するのだから。

 やり方は簡単。集めた草に神様の力……神通力で働きかけて繊維とそれ以外をばらします。いらないところは土に埋めて自然に還します。繊維を解して柔らかくして組み上げ、布にします。服の形に整え、縫います。針がなくても繊維を操って絡めているので、縫い目は目立ちにくいです。以上!


「糸から作ってたら何日もかかるのに、あっと言う間なのは情緒がないと言えばないなぁ。一刻でも早く服をほしがっていた身としては贅沢な悩みだけど」


 そもそも一から手作りする根気も技術もさすがにないので、言ってみるだけだ。趣味の手芸などリリアンで十分だ。

 ということで、最初に作ったのは貫頭衣とも呼べるような質素な膝丈ワンピースだった。生成りで飾り気はなく、普通のワンピースとの違いは尻尾と羽を出すところを作ってあるだけ。幸運にも機織りの知識を持っていたので、布を編むのにここでも過去生が役立った。

 今の私のベースになっている日本人だった頃の記憶上、布を作ったことなんてないのでまずは簡単なことから始めてみたが、この分なら大丈夫そうだ。その後、とりあえず出来上がったワンピースに手を加えて色々デザインを変えてみたら、なかなかいい感じにできた。

 だけど原料は本来繊維にするような柔らかい植物ではなく、綿のような滑らかな肌触りには程遠いためちょっと着心地は悪い。とはいえさすがに元の性質までは変えられないので、贅沢は言えないのだ。なまじっか綿製品なんかを知っている私がいけないのよ……。

 その辺は妥協して、毎日おしゃれ気分を味わえるだけでありがたいと思わないと。素っ裸な日々とはえらい違いだ。これでも誰の前に出ても恥ずかしくないぞ。

 そんなわけで、ようやく着衣で過ごせるようになっていくらか時間が経ったある日のことだった。


「うおおおお、これは!すごい!素晴らしい!!」


 拠点の方から聞き覚えのない大興奮している声が聞こえて、私はそちらへ向かった。するとそこには、きゃーきゃーはしゃいでいる一匹の……蛾。ふとっちょの体に対してちょっと小さめの羽をばたつかせている姿は、あんまりお近づきになりたくない。

 前世の人間だった頃の記憶を引き継いでいる、つまり趣味嗜好人格はほぼ前世そのままである私は、おおよその人間の女性がそうであるように、正直虫系は苦手だ。安心できるとしたら、彼らが私を襲ってくることはなく、触れるなんて畏れ多いと距離を取ってくれるという点だろう。それはすごく助かっている。互いに平和でいるのに、距離感は大切だよね。この先神様やってたらそのうち虫にも慣れるんだろうけど。


「ああっ!もしや!あなたは!」

「!!」


 しかしテンションが上がりまくっている一匹の蛾は、見た目を裏切る猛スピードで私の目の前まで飛んできた。ビクッと肩が跳ね、思わず顔が引きつる。反射的に叩き落さなかっただけ自制できたと思う。

 そんな私の様子などおかまいなしに、蛾のテンションは最高潮に達した。


「あなたは、山の神様ではないですか~~~~?!?!?!?!?!?!?!」

「ヒッ」


 ただでさえ近い蛾の顔がさらにドアップになり、私はさすがに悲鳴を上げた。短くすんだのは、ヒュン!と目の前を横切った何者かがおり、その直後に蛾がいなくなっていたためだ。

 横切った者の行き先へと目を向けると。


「神様に対してなんてご無礼を働いているのかしら……」

「ぎゃー!痛い痛い痛い痛いやめて頭もげる死んじゃう!!!!!!!!!!」

「ちょ、待って鳥さーん!」


 鳩くらいの大きさの茶色い鳥が蛾に対して制裁を課しているシーンだった。その細い足はがっちりと体長五センチほどの蛾の体を掴んで踏みつけ、小さいくちばしは頭をくわえて曲がっちゃいけない方へ力を加えている。

 見た目こそ地味でも可愛らしいのに、彼女――メスなのだ――はなかなか猟奇的だ。放っておけば、人に置き換えたらとんでもないスプラッタな絵面が展開されるに違いない。

 私が引きとめたことで鳥は渋々くちばしを離してくれて、おかげで蛾はものすごくほっとした様子で息をついた。……表情とかよくわからないけど、その、雰囲気が。

 だがそれもつかの間。


「失礼しました、神様。ひと思いに楽にしては神様が受けた苦痛に吊り合いませんね!」

「そんな?!」

「って違う違う!鳥さん落ち着いて!別に私、いたぶってやろうとか思ってないから!」


 鳥の無感動に見える黒目がきらんと光った気がするけれど、気のせいだと思いたい。とにかく私の必死の説得により、鳥はようやく蛾を完全に解放してくれた。


「ふぃ~~いや、失礼しました。ついこの辺りでは滅多にない素晴らしい環境に興奮し、まさか山の神様がお戻りだとは思ってもおらず、大興奮してしまいました。失礼いたしました」

「あ、うん……次からは気をつけてネ」


 この表情らしい表情のないよくよく見てしまうとグロテスクな顔でコミカルなことを言われても、言葉がカタコトになってしまうのは……しかたないよね。モモイロヤママユくらいおとぎ話感が漂う見た目ならともかく、彼、普通にベージュ色でこれぞ蛾!って感じだし。

 山の神様として山に住む生き物を好き嫌いしちゃいけないのはわかっていても、こればかりは前世のままである弊害だ。虫が好きな女なんて、そんなにいないのだから。うん、そうだよ。閻魔様のせい!これで解決!……ってことにしよう。紳士な閻魔様なら許してくれるはず。たぶん。


「はい、気をつけます。……ところで神様、無礼のお詫びに一つお役に立ちたいと思うのですが?」

「役に?君が?」

「はい。と言っても私一匹ではどうにもなりませんし、私の仲間たちを呼び寄せてからになりますが」

「……呼び寄せるのは一向にかまわないけど、君たちは何ができるの?」


 こちらとしては、生態系の充実と思えば蛾が増えるのは悪いことじゃない。あんなに接近されなければ私だって落ち着いて話ができるし、今はとにかく色々な生き物に増えてもらわなくてはいけない時期だ。なんせ今のところ生態系の頂点がカラスくらいの大きさの鳥や、五十センチくらいの長さの蛇くらいなもの。貧弱すぎる。

 だからと言って、大型の生き物をいきなり住まわせるわけにはいかないのだから頭が痛い。呼び寄せるには小さい生き物をこつこつ増やし、大型の生き物の胃袋を満たせるだけの土台を作るのが先だ。そういう意味では蛾の一匹でも十分私の役に立ってくれると言えば立ってくれるのだけど、彼が言ったのは予想外の役割りだった。


「繭ですよ。私たちの繭から採れる糸は、以前の山の神様も大層お気に入りだったとか。失礼ながら、見たところ今お召しになっている服は、そこらの植物から作られたもの。着心地はあまりよろしくないでしょう。その点私たちの糸は大変丈夫でありながら純白で艶やかな光沢も美しく、お美しい神様にはピッタリです」

「ふざけんなー」

「ばかにすんなよー!」

「蛾のくせになまいきだー!」

「ぶーぶー!」


 その瞬間、足元の草花たちから万歳三唱ではなくブーイング三唱が巻き起こった。そりゃそうだ。自分の仲間たちがせっかく役に立てて、私からも感謝されて、大変満足していた矢先に二流品だと貶されては誰でも怒る。

 まあ、植物が怒ったところで、蛾は痛くもかゆくもないんだけどね。手足がないからぶたれるわけではないし、言わせておけって感じである。

 それに私としても、大変魅力的な話なのだ。できるだけ繊維を柔らかくしてから作ったけれど、着心地は綿100%には程遠い。この蛾はつまりカイコのようなものだと思われ、出来上がる布はシルク100%と同等と期待できる。多少の違いはあるだろうけど、確かにそれはすごい。蛾もこれだけ自信満々だし、期待外れにはならないだろう。


「まあまあ、みんな落ち着いて。誰にでも得手不得手はあるんだから。彼らの方が繊維として優れていたとしても、私がみんなのおかげで助かったのは本当だよ?それに植物には植物にしかできないこともある。例えば、蛾から採った糸を君たちで染める……とかね。といっても、まずは実物を見ないことにはどうしようもないけど」

「承知しております。すぐに仲間たちを呼び寄せましょうっ」

「ちなみに君たちの食べ物は?」

「大人は花の蜜、子供たちは木の葉です」

「ん、わかった。みんな、聞いたね?花たちは産卵前の大人たちにできるだけよい蜜を提供!木たちは葉っぱを食べつくされないように気合い入れなよ!よい糸はよい食べ物から。どうせなら最高の条件で育ってもらいなさい。それでもしもダメダメな糸だったら……」

「……だったら?」


 ちらりと蛾に視線をやると、虫なのに息を呑んだ。虫も息を呑むのかと感心した。


「鳥さんは容赦なく食べてさしあげなさい」

「かしこまりました」

「ひぇっ?!」

「ってことで、みんな、いいね?!」

『はーい!』


 蛾だけは先ほどくびり殺されそうだったのを思い出してすくみ上がったものの、他のみんなは声をそろえてよい子の返事をした。やる気満々だね。

 私だってもちろん蛾を殲滅したいわけじゃない。ただ驚かせてくれたちょっとしたお返しをしただけであって、糸にはとても期待しているし、質もいいだろうと考えている。万が一粗悪品でも、私がとりなせばみんな普通に山の一員として受け入れはするから大丈夫。多少不憫な待遇にはなるかもしれないが、それは最初に大見得切ったのが悪いってことで。

 こうして私の山にまた一種新たな生き物が加わり、蛾たちはよい環境の中すぐに卵を産み始め、やがて孵化した。小さな小さな幼虫たちは一生懸命木の葉を食べ、それはもう食いつくさんばかりの勢いだったけれど、気合いを入れた木たちは次々に新芽を付ける。競争でもしているのかってくらいだ。

 ……今のとんでもない成長速度があってこそだね、これは。なんせ木の数そのものがさほど多くないし、ほとんどは大きくても二メートルくらいしかないのだから。

 でも最初は膝丈だったことを思えば、十分すぎる成長率と考えていい。普通よりはずっと早いとはいえ、さすがに草花と違って樹木の成長にはある程度時間がかかるものだ。


 そして一ヵ月後、唯一五メートル程に達している最初の木――私が最初に実験的に成長させたあの木をそう呼んでいる――に集まり、木の葉を丸めて部屋を作った幼虫たちが、とうとう糸を吐き繭を作り始めた。

 なぜ最初の木に集まったのかというと、私の拠点の目の前だからだそうだ。おかげであちこちの葉っぱがくるんくるんしている最初の木はまるでブロッコリーのようになってしまい、半泣きの様子。しかし私のためと我慢しているようだ。……なんか、ごめん。

 そこまでしてくれなくても私の身体能力なら山のどこでもすぐに行けるのに、つくづく山のみんなは私に甘いなぁ。この蛾たちの待遇だって、私のわがままなのにあっさり喜んで受け入れてしまったし。今回の採集が終わったら、ちゃんと普通に(?)弱肉強食で接するように周知しないと。蛾たちは一度の産卵で複数卵を産むし、繭が私への献上物であるために今回はほとんどの幼虫が無事育ったので、このままだと不自然に増えすぎてしまう。


「では特に質がよさそうなもから選別しますので、少々お待ちください」


 私の懸念を知ってか知らずか、大人の蛾たちが繭の選別を始める。よくよく考えると、これって子供を人身御供に出しているのとあんまり変わりないんだけど、その子供たちですら喜んでいるようなので私からはあんまり言えない。すごっく非道なことをしているはずなのに、なぜ罪悪感を感じているのが私だけなんだろう?

 それでも質のいい糸はほしいし、直接自分がしたわけではなくても、前世でシルク製品を使ってきた身だ。みんなは私に感謝するけれど、私はもっともっと感謝しなければならないと改めて思わされた。

 選別された繭を鳥やトカゲが葉ごと採集し、私の前へと並べられていく。その一つを手に取ると、不思議と品質がわかった。これ、すごくいい。もしかしたら、シルクよりも。

 一ヶ月間新たな糸でどんな服を作るかをじっくり考えていた私は、必要な繭の数もなんとなくわかる。しかし思った以上の繭の数を見て、間引きをしなければならないと考えてあえてかなり多めに集めることにした。最終的に、最初の木に残った繭は最初のおよそ半分くらいだろうか。このくらいなら、今後ばらければ問題ないだろう。


「みんな、手伝ってくれてありがとう。もう十分だよ。最初の木に残っている子たちは、これから一生懸命大きくなってね。えーと、蛾さんたち」

「は、はい!」

「よい糸をありがとう。これより君たちも正式に山の仲間として迎えます。お客様ではなくなるからこそ、君たちもより懸命に生きなければならないと思う。だけど私たちはあなたたちを歓迎します。……みんな、わかったね?」

『はーい!』


 やっぱりみんなよい子の返事である。一番心配だった草たちは多少悔しげではあるけれど、繭を見て敵わないのを悟ったらしい。新たに染めの役割りを得る予定もあり、ここは素直に身を引く形だ。


「最初の木も、その、ありがとね?」

「これしき、神様が気になさることはありませんよ」


 ……語尾が震えているのは気のせいってことにしておこう。じゃないと、葉っぱが減ってちょいハゲなのを余計に気にする。しかも残りの多くがパンチパーマ。これまでどおり何事もなかったかのように接してあげるのが、彼には一番だと思う。


 さてさて。材料が手に入ったことだし、私は次なる作業に入った。葉っぱと幼虫を取り除けば、集めた糸を織り上げるのはもう慣れた作業になる。そうしてできたのは真っ白い一枚布。蛾の言っていた通り、滑らかで光沢のある美しい布だ。思った以上に大量の繭が手に入ってしまったので、必要な量を軽く超えているけれど、なんなら二着三着と作ったっていい。どうせだったらおしゃれしたいもんね。普段着、余所行き用、リラックスウェア等々。

 でもまずは一ヶ月間考えた“神様っぽい服”を作る。これは確定事項だ。威厳的なものは間違いなく必要になってくる。見た目だけ取り繕ってもしょうがないとはいえ、新米なので見た目くらいは大切にしたい。


 私の兎の耳のこともあって、イメージしたのはかぐや姫……和装をベースに考えている。それに従い新しい服をとりあえず作って着付けてみると、思ったよりも胸が大きくてちょっと不恰好になった。ただのワンピースの時はそこまで気にかけなかったし気にする必要もなかったけど、見栄え重視の今回は放置できない。

 最終的に何度かきちんと見えるように作り直しをすることになったけれど、そこは神通力で材料を無駄にすることなく問題を解決しましたとも。作ってみるとイメージとちょっと違って色々いじる部分も多かったし、神通力がなかったらかなりの量を無駄にするところだった。巻尺とか便利なものがないから、採寸できないのよね……。

 最終的に出来上がった着物本体はシンプルに白を基調とするけれど、これまた虫たちの糸を寄り合わせて作った白い刺繍糸であちこちに刺繍をほどこしてあり、一見無地だがよく見ると非常に凝っているのがわかる。帯は兵児帯に似た柔らかいもので、花から採った染料を使い、絞り染めした。さらに池の底で見つけた綺麗な石を磨いて縫いつけたり、立場に相応しい豪華さも忘れない。

 一番苦労したのは、裾の丈を私があちこち飛び回ることが多いので膝丈と短めにしたため、下品に見えないようにすることだ。苦労の甲斐があって、派手すぎず地味すぎないのに品よく華やかに仕上げることができたと思う。もちろん、尻尾と羽を出す穴も忘れていない。神通力があれば縫い針もいらず、シームレスでただでさえ肌触りのいい布が着心地も極めている。


 ちなみにこの綺麗な石は、見た目は宝石によく似ているけれど別物だ。どうやら私の力の影響を受けた鉱石が変質したもののようで強い力を秘めており、エメラルドのような澄んだグリーンでありながらエメラルドと違って非常に硬く普通に加工するのは困難だろう。でもそれを含めて全て神通力でぱぱっと解決するのだから便利だ。……常に非常に間違った力の使い方をしているような気はするけれど、気にしてはいけない。

 どうやら山全体が私の力に馴染んできたようで、こういう綺麗な石になる以外にも金属でありながら不思議な力を感じる鉱石になる場合もある。山の西側にある切り立った岩の壁は、今ならまとまった採掘ができそうだ。それらが必要になるかはわからないし、あちこちに不思議な宝石や金属の塊がくっついて夕日に照らされるとキラキラしていてとても綺麗に見えるので、とりあえず我が山の絶景ポイントとして認定した。


「えっへへー、どう?みんな。似合ってる?」

「にあうー」

「美人ー」

「とても素敵ですぅ」

「神様万歳!」

「なんて素敵なんでしょう」

「蛾……うらやましいなぁ」


 改めて完成品を着込み、その場でくるりと回ってポーズを取ると、あちこちから褒めてくれる声が聞こえてくる。一部問いに対する返答としてはおかしなものが混じっているけれど、いつも大体こんなもんだ。私の現在の外見的に似合わない服装はあんまりないと思うけど、やっぱり人に褒められると嬉しいね。

 ……全員私を貶す発想はこれっぽっちも持ち合わせていないので、仮に何を着ても似合うとしか言わないだろうけど。

 そういえば自分でも細部まで確認できるよう、姿見がほしいな。でも太陽の反射で火事とかになるのも困るし、家ができてから用意しよう。鏡なら土から作れるけど、家は家を造れるほど大きな木材がない。調度品を雨ざらし野ざらしにはしたくないので、今しばらくお預けだ。でもこうして素敵な衣装ができるところまで来たのだし、もう少しの辛抱だろう。

 それ以外の理由としても、神通力で雨に濡れることはないとはいえ、気分的に安心して雨宿りしたいというのがある。今のところその辺の洞窟とかに入って過ごしているものの、私の概念からしたら外は外。そのうち……そうだ、この池のほとりにでも建てよう。家が建ったら、ますます拠点らしくなるよね。

 家が造れないまでも、今は次々制作意欲が湧き出てくるので、これを発散したい。……よし、折角服を作ったし、装飾品がほしい。作ろう!


「そうだっ。あの鉱石使えるじゃん」


 先ほど必要になるかもわからないと思ったばかりの不思議な金属。あれでチェーンや宝石の土台を作ってネックレスやブレスレット、指輪なんかも好きに作れる。折角美人に生まれ変わったのだし、身だしなみにも少しくらい頓着しなければ。

 ……前世?うんまあ、ご想像にお任せします。こんなこと言っている時点で答えているようなものだけどね?

 だって、アクセサリーって邪魔なんだもん。手や指は何かするたびに机なりなんなりに触れて気になるし、ネックレスなんかは肩凝るし。私ってばものすごーく肩凝りが酷くて、仕事とはいえ社内で名札を提げることすら本当は嫌なくらい重症だった。そうすると、少しでも肩凝りにつながりそうなものは排除したいじゃない?生まれ変わって何が一番嬉しいって、肩凝りとオサラバしたことだと断言できる。神通力を使うと細工物もお手の物でついつい熱中してしまったけれど、ついぞ肩凝りは来なかった。


 出来上がったのは前世であれだけ敬遠していたネックレス……というか、首飾りって言った方がいいだろうか。神様っぽく、かつ私のセンスが身に着けてもいいと思えるようなもの。薄く伸ばした金属を透かし彫りをしたように大輪の花を連ねたような形に整え、緑の石をちりばめたものだ。採掘できる金属はいくつか種類があって、淡い金色っぽいものを選んだのでシンプルながら華やか。

 うむ。上出来。それからおそろいのデザインで足首につける足環も作った。

 それらをいそいそと身につけ、私の考える“神様っぽい”姿がここに完成する。


「どれもとてもお似合いです、神様。元より美しい神様が、さらに輝かんばかりですね」

「うふふ。ありがと、最初の木」


 しかし彼――なんとなく男っぽいので便宜上――はいつの間にこんな褒め言葉を覚えたのだろうか?植物のその場から動くことのない特性上“その場で生きる”のみであるせいか、複雑な精神性は必要ないようで、みな幼い傾向がある中彼だけは最初から小難しい言葉も知っていたし。栄養不足とはいえ最初はあれだけ小さかった木だ。見かけよりも歳を取っている……というのは考えにくいような気がするなぁ。

 だけど、しっかり者の最初の木が植物たちをまとめてくれるおかげで助かっているのは事実だ。なんせ、私が一つ尋ねたらみんないっせいにわーわーいろんなことを言い始める。聖徳太子も真っ青なことに私は聞き分けることができるけれど、大変なのには変わりない。だけど彼にお願いすれば、山の植物たちの意見を集約してもらえるのだ。

 離れていても、植物は土でつながっている。周囲の誰とも根を触れていない植物なんて、もはやこの山に存在しない。彼らは実は、そこにいながら強力なネットワークを構築しているのだ。


 こんなことをしていたので、私は結局この日一日を衣服やアクセサリーの製作に使っていた。我ながらすごい集中力を発揮したものだけど、不思議なことにこの体は肉体的な疲労をほとんど感じない。どれくらい連続して動けるかは試していないものの、睡眠すら特に必要ないため、朝から翌朝まで山の中を行ったり来たりしてもへっちゃらなのだ。

 でも草木も眠る丑三つ時というのはこの世界でも同じらしいので、その時間は大人しく過ごすようにしている。私が通るだけでみんな興奮して目覚めてしまうから、安眠妨害も甚だしい。歩く睡眠妨害。……不名誉だ。


「うーん!やりたいこともとりあえずできて満足したし、このままのんびり見回りでもするかな」


 私は目一杯伸びをして今後の予定を決めた。時間の縛りがないので、数日かけてゆっくり山を一周するのが私の見回りである。本気を出せば一周するのに一時間もかからないけど、それじゃあ見たいものも見られやしない。

 そろそろ私が降り立った山脈の中心となるこの山の周辺も、再生が進みつつある。ここだけではなく、周囲の山を見回ってみるのもいいだろう。と、考えていた私のウサ耳に、聞きなれない音が届いてきた。


「ん~?」


 耳と言いつつ、これはレーダーのようなものだ。私は聞こうと思えば、その場にいながら世界中どこまでも……とはいかないけど、山脈の中ならだいたいどんな音でも聞こえる。だけど普段はそこまで意識しないので、新たな生き物がやってきたとしても色々な他の生き物に紛れてわからない。生き物たちから伝言ゲームで伝わって来るか、その生き物が挨拶に来てようやく気づくくらいだ。

 それなのに何かが聞こえたということは、これはそれなりの規模、もしくは巨大な何かだと考えられる。この世界で私よりも大きな動物は、まだ見たことがない。一瞬『マンモスみたいなとんでもない規格外が来たらどうしよう』と思ったけれど、そこまで重さはなさそうだ。と言うかこれは、どことなく聞き覚えがある。


「……人の足音?」


 一人二人ではない。少なくとも数十名以上、おそらく百名前後、かな?私が思い浮かべる人間ではない二足歩行の生き物である可能性はあるものの、それは非常に人間に近い足音だ。柔らかい足や蹄ではない、例えるなら靴音。それにいくらか金属がガチャつく音が混じる。彼らはは今のところ、この山へ向かう進路をとっているようだ。

 人間とかそういう生き物に会えないかと考えてはいたけれど、まさか私が捜しに行くよりも早くあちらから来ているかもしれないなんて。

 興奮を抑えながらより耳を澄ませると、足音から想定される進む速度からして、この山に到達するまで一週間くらいありそうだ。これがもし私が期待する人間、あるいは人間に近い生き物であるとするならば、彼らはなぜ寒い北を目指しているのだろう。もしも彼らがこの山に来たとして、私はどうしようか?

 私はわくわくとした気持ちを隠しきれないまま、山の見回りを始めた。お仕事は忘れていない。だけど合間に彼らの動向をうかがってしまう。ほんの数日がとても長く感じた。待ち遠しすぎて、何かしていないと日々落ち着かない。


 こんな風にちょくちょく人間らしき生き物たちの動向を探っていると、彼らの事情も少なからず把握できた。

 まず彼らはこの山――ヴァース山と呼ばれているようだ――を領土に含む国の兵士たち及び王子らしい。不毛の大地でなんとか懸命に生き足掻いていた彼らは、植物などに代表される自然をほとんど目の当たりにしたことがない。畑を耕しても実りは極端に少なく、雨が降ってもすぐに乾き、王侯貴族でさえ飢えに苦しむような生活が続いているという。

 しかし彼らはある日、この山が再生し始めたことに気づいた。この再生は十中八九、私がこの山に降り立ったからだろう。もちろん彼らはそんなことを知る由もなく、少しでも食料調達にめどをつけるために王都を旅立った。


 この話を聞いているだけなら、私が期待する人間である可能性が高い。さすがに会話や足音、それに生き物たちの言葉だけでは同じ姿であるとは断言できないけれど、少なくとも社会性はそう離れていないのではないか?と感じる。

 とはいえ、ヴァース山は非常に大きな山だ。私の足なら大した距離ではなくても、彼らの歩みの速度を考えると、私が拠点にしている中腹の池にたどり着く前に引き上げることになるだろう。なんせ、地球で例えればチョモランマ級だからね。あっちこっち断崖絶壁もあるし、人間からすれば難所だらけ。前任の頃から人間などが入った形跡はないので、全てが手探り。そもそも人の形跡があれば、虫や鳥に訊かずとも気づいていた。


「神様としては、山を荒らしたりしない限り放っておくのがいいんだろうけど……」


 この好奇心を抑えられる自信は、これっぽっちもないのである。




   ********************




 こうして私は暫定人間たちが山のふもとへたどり着いたのを見計らい、山を降りた。だけどいきなり接触するのはさすがに用心に欠けるというもの。いくら私だって警戒心とか慎重さくらいは持ち合わせている。もしも粗暴な振る舞いが目立つようならすぐにその場を立ち去り、動向を伺いつつ妙なことをしでかしたら山を崩すなどしてゆく手を阻むつもりだ。

 ……まあ、そんな心配はしていないんだけどね。

 ふもとに至るまでの話を聞いている限り――あれは土地管理の一環であって断じて盗み聞きではないと主張したい――彼にらはきちんと秩序がある。それもその秩序は、私の感性とズレたところにはないと確信している。一人ひとかけらの兎肉で子供のように大喜びしながらも、調子に乗らず程度をわきまえて狩りをしているところも好印象。もしも百人の胃袋を満足させるだけの兎を狩られたら、兎の今後が心配になることは間違いなかった。

 気づかれないよう神通力で姿を消して野営を眺めていると、十分とは言えない食事を囲みながらも兵士……と、学者もみな痩せているが明るい顔をしている。あの学者だけは、ちょっと心配になるくらいのはしゃぎっぷり、いや、狂いっぷりであんまりお近づきになりたくない。食糧事情改善に邁進しているのでなければ、マッドサイエンティストだと思ったかも……。


 謎の高笑いに引いていると、ふと王子が野営地を一人で離れたのが目に入った。浮かれているせいか誰も気づいていないようで、この辺に大型の肉食獣などがいないとはいえ少し心配だ。一応、毒蛇とかも住んでいるし。私が一団に注目しているせいか誰も積極的に手出しをしようとはしていないけど、いくら落ち目の国とはいえ王子様が無用心に過ぎないだろうか。

 気になってこっそりついて行くと、王子は野営地の傍を流れる小川の水源を見つけたようだ。小さな滝が小さな池を作り、それが川の流れになっている。私の力が馴染み始めてから復活した、昔の水源だ。この水は山々の間を縫い進んでいる最中で、どうやら昔とは違う流れを作っているらしい。いつかは人間たちの街にも到達するかもしれない。

 彼は膝をついて両手を池へ差し入れ、水を掬いあげた。少しずつ涼しくなる季節とはいえ、思った以上に冷たかったのか、やや首をすくませている。その仕草が子供らしくて可愛らしい。傍でよく見てみると、年頃はおよそ十五歳くらいだろうか?まだ幼さが残る少年は王子として責任感のある姿を見せているが、まだまだ子供だらしく、ここにたどり着くまでの間も興奮冷めやらぬ様子だった。

 そうか、そんな子供が、ここまで来たのか……。

 大人たちを率いて、私にはまだ感知できない遥か遠くの街から。彼らの目的地はこのヴァース山であるが、それまでにいくつもの山を越える必要がある。聞けば、それらに人の手が入っていたのも随分と昔のこと。その人の手が入った痕跡だって、ヴァース山に近づくにつれどんどん消えていく。私が存在に気づく前にも危険な場所がいくつもあったはずだし、毎日満足のいく食事もないまま大人の兵士と同じ重装備を背負って歩き詰め。元々の体つきだって、栄養が足りていないから細く頼りない。年齢のわりに凛々しく整った顔立ちをしているが、それはあくまで彼の王族としての在りようがそう見せているのだろう。


 それを感じて、私はこの少年の味方になりたいと思った。だけど神様として山を訪れる生き物に平等であるべきだと、冷静に考えている部分もある。さて、どうしようか。

 ……いや。そもそも閻魔様は言ったじゃないか。“好きにしろ”と。あくまで地球の話ではあるが、神話上で人間を助ける神様はいくらでもいた。私が同じことをして悪いわけじゃないだろう。ただ、介入する程度は見極めないといけない。なんでも頼られたって困るし、いつでも助けてもらえると思ってもらっても困る。私の普段のお仕事は山に住んで豊かにすることのみなので、あくまで今回は特別措置なのだ。

 それにはやはり、交換条件が必要だろう。私は彼らにこれから生き延びるために必要な何かを与え、彼らは私に今一番ほしいもの……この世界の知識を提供する。基礎知識さえ得られれば、後は自分で色々と調べたりもできるだろうし。山の神様の力を使って。

 ……地頭で勝負する気はない。私の頭脳は基本的に平均的な日本人のままだ。転生して、回転率だけはやたらよくなったけど。じゃないと色んな声を聞き分けたりなんてできないし。

 ともあれ、そうと決まればあとは行動あるのみ。急に隣に立たれていたら怖いだろうと思い、池の対岸の岩に飛び移り、姿を現した。でも、何か思索にふけっている王子はすぐには私に気づかない。

 さて、いつになったら気づくかな?


「……さて、そろそろ戻らねば……っ?!」


 少しイタズラ気分で眺めていると、王子は小さく(かぶり)を振って立ち上がり、そして私に気づいた。

 そういえば言語のことを忘れていたけれど、その辺は転生手続きで適応させてくれていたようで、理解に支障はない。動植物の言葉もわかるのと一緒に手を加えてくれたのだろう。それなら一般常識も一緒につけてくれればよかったのになぁ。

 私はちょっぴり心の中で愚痴りながらできるだけ相手をリラックスさせられるよう微笑みつつ、少しだけ緊張しながら口を開いた。


「ええと、今晩は?私の言葉、通じているかな」


 発音は大丈夫?文法は合ってる?自分で喋るとなると、今まで喋ったことのない言葉と発音は難しい。思ったよりは簡単に話せているけれど、今まではずっと日本語だったからなおさらだ。私が発する波動で動植物たちは大体意味を拾ってくれるので、気にしていなかった弊害がここに。生き物によって言葉が違うのは当たり前なので、周りも気にしていなかったし。

 でも今までと違い一対一で明確な言語を持つ生き物が相手だから、自分が知っている言葉を使っているというのは安心感につながるはず。いくら私の波動で私の言うことがわかったとしても、それはむしろ恐れにつながる可能性がある。怖がられて対話ができないのでは、私がここに来た意味がなくなってしまう。

 おっと。私の涙ぐましい努力(?)をよそに、王子はどうやら人間とは明らかに違う未知の存在に驚き、固まっているようだ。それもそうか。私だっていまだに頭上のウサ耳が気になるし、脚の形に違和感があるし、美しいけれど不思議な顔立ちに馴染みきってはいない。私が定義する“人間”と同じ姿をしている王子からしてみれば、私は明らかに人外。接し方がわからないのもしかたがない。

 十秒、二十秒、三十秒、……一分、二分……。

 ……いくらなんでも王子のフリーズが長すぎる。あんまりのんびりしていると王子がいないことに誰かが気づくかもしれないし、何の話もつけられていない今は他の人に来てほしくないな。しょうがない。


「ええと、ラディスラウス王子?そろそろ正気に戻ってほしいのだけど」

「はっ?!」


 このままでは話ができなさそうなので、ぴょんと王子の傍に移って目の前で手をヒラヒラと振ってみた。すると、ようやく反応が返ってきた。しかし王子の名前言いにくいな。


「気が付いた?」

「あ、ああ、すまない。あなたは一体……?なぜ私の名を?」

「ふっふっふ。私はこの山のことなら何でもわかるんだよ」


 いきなり山の神様です、なんて言いにくいのであえてそちらの問いには答えなかった。常に山で起こっている全てのことを把握しているわけではないけど、調べればすぐにわかるのだし山のことなら何でもわかるというのは本当だ。正体を明かすのは、もうちょっと神様ですって名乗っても笑われない程度に不思議なことをして見せてからにしよう。おかしなやつだと思われるだけならともかく、“頭の”おかしなやつだとは思われたくないし、


「それでラディスラウス王子……長いから、ラディ君でいいかな?ラディ君はこの山に来て何をするつもり?それをして、どうしたいの?」

「どうしたいか、か……。私の国はみなが飢えている。少しでも作物になりそうなものを持ち帰り、育て、餓死する者を一人でも減らしたい。そのためにこの……緑生い茂るヴァース山に来たんだ」


 おや、もっと私を警戒して渋るかと思ったけれど、随分あっさりと教えてくれた。本能的に私を高位に位置する者だと察したのだろうか?もしくは、口にすることで自分の目的を自分自身に刻んでいるのだろうか。

 まあ、どちらでもいい。彼は嘘をつかなかった。彼の目は明確な意思を持って私の目を見ている。掲げる目標がある。それで十分だ。


「そう。なら明日は野営地から真っ直ぐ、太陽が真上に差し掛かる頃まで上を目指してまっすぐ進んでごらん。そこにはちょっとした林があるの。足元を見ると、君の顔くらい大きな丸い葉っぱがあちこちにあるはず。そこを掘ると皮の赤い芋が取れるよ。火を通すと甘い味がするの。葉や茎も筋を取れば食べられるし。道中は他にも君たちにとって有用なものはあるだろうけど、これが一番まとまって採集しやすいと思う。栽培もそんなに難しくないしね」


 地球で言う、サツマイモに近い芋だ。葉っぱの形が違うし味も少し違うから、似て非なるものではあるんだけど。栽培が簡単なのは見つけた時に確認済みだし、味だってもちろん試食……というかたびたびオヤツにしているので保障できる。改良されていないから安納芋みたいな甘さではなくて素朴な味なんだけど、食事に使うならその方がむしろ向いているだろう。

 そういえば人間という知的生命体がいるのなら、砂糖なんてものも存在する可能性が高いよね?あまーいお菓子が久しぶりに食べたいな。ラディ君たちの貧窮ぶりからすると国内に流通している砂糖はほとんどないだろうけど、どっかから砂糖の原料になる植物とか手に入らないかな。それさえあれば自力でどうにかできるのに。あとは牛かヤギなんかがいればミルクも手に入り、私の料理の幅も広がろうというものだ。

 え?調理器具?神通力で調理器具や器はぱぱっと作れちゃうし、火だって神通力で出せちゃうから問題じゃない。我ながら力の使いどころを間違えている気はするけど、必要なくてもたまには美味しいものを食べたいのだ。もちろん、料理だって人並みにはできる。

 悠長にしているのは、ラディ君が警戒心むき出しでこちらの思惑を推し量ろうとじっと見つめてくるだけで行動を起こさないからである。警戒しなくても、悪いようにはしないのにね。気持ちはわかるけど。


「……なぜそんな情報を、私に?」


 長くはない時間でも様々考えてみただろう。だけど行き着く先は、今ラディ君が言った言葉しかない。彼は私を知らないのだから、考えたって正解にたどり着くのは至難の業だ。


「頑張っている君にプレゼント……とは、純粋には言えない、かな。いいことを教えてあげた分ほしいものはあるし」

「つまり一方的に情報を流しておいて見返りを求める、と?それは詐欺ではないか」

「でも私の言ったことを本当に信じたわけじゃないし、結局は自分で確かめるでしょ?どうせ今後の進路も明確に定まっていないのだし、今言われたとおりにすることだってできる。だから私も今すぐ見返りをよこせとは言わないよ。明日、私が言ったことが正しいと証明されるまではね。

 それに、警戒しているところ悪いけど、大層なものをほしがっているわけじゃないんだ。私は君たちに有とって益な物が手に入る場所だけは教えたけど、それを今後どうするかは君たち次第。国民を飢えから解放できるかも君たち次第。違う?」

「いや、その通り……だな」


 ラディ君は随分と混乱しているようで、かろうじてうなづきながらも目を白黒させている。

 これが普通の人間相手ならまだ落ち着いていたんだろうけど、彼が私から感じられるのは、わかりやすい権力欲とか金銭欲ではない。だってそんなの求めていないし。しかも人間と目つきが違うから考えが読みにくく、未知の生物なので予測も立てにくい。いくらしっかりしていても、いきなり私相手に平然と相対していられるはずはないのだ。……あのマッドな学者なら平然としていそうだけども、あれは例外だ。例外。

 私は『しゃーないしゃーない』という気持ちを含んだ苦笑を浮かべた。


「とりあえずはっきり言っておく。私は必ず恵みをもたらすと言い切れない物の情報を提供しただけでがめつくあれこれ要求はしない。ただこのままサヨナラっていうのも、不安だろうね。

 私がほしいのは、君たち種族に関する情報。……ああ、身構えなくても大丈夫。情報っていうか、暮らしぶり?文化?主に国としてではなく、種族としてのね。今後この山にまた君たちのような生き物が来るかもしれないし、管理人としてはきちんと把握しておきたいんだ」

「……管理人?」


 困惑しているラディ君ににっこりと意味深に笑いかけながら、自分で『おお、管理人っていいじゃない』とちょっと満足気な私。神様ほど胡散臭くないし。……いや、管理人ってのも相当か?なんせ山一個丸々管理しています、だし。いやいや、私有地を管理していると思えばどうということはないよね。地主ってやつだよ。うん。それに実際、やっていることは神様っていうより、管理人に近いし。閻魔様も管理職とか言ってたし!

 誰に向かって言い訳しているのかはともかくとして、これ以上しゃべっているといらんボロが出そうなのでそろそろ退散しよう。


「それじゃあ、君が私の言うことをとりあえず信じてくれるのなら、また明日会いましょう」


 見かけ上はトンと軽く地を蹴った私は、次の瞬間ラディ君には豆粒のように小さく見えたはずだ。登場と同じく唐突な退場にぽかんとしている気配を背中に感じながら、いつもの拠点へと退却した。

 久しぶりの人間との会話。それも子供とは言え大層な身分の人間を相手に交渉の真似事なんてして精神的に疲れたので、あとはもう朝までぐっすりだった。

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