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嫌われ勇者  作者: お茶大好きなお茶目さん
6/10

頂きます


「はぁ…」


帰れないのか。


僕は、元の世界に、僕の家に、家族の元に、帰れないのか。


「はぁ…」


あれだけ頑張ったのに。


死ぬ気で頑張ったのに。


魔王まで倒したのに。


「はぁ…」


これからどうしよう。


もういっその事、死んでしまおうか。


その方が楽かもしれない。


「あのぉ…」


死ぬ方法は、魔物に食われて死ぬ方がいいかな?

散々魔物を殺してきたんだ。僕の命一つじゃ足りないと思うけど、そんな償いでも良いだろうか。


けれど、魔物達は僕を殺せるのかな?


「…あの」


たぶん、無理だ。


並の魔物の力じゃ、僕の身体に傷一つ付けれない。例え、僕が何もしてなくても、無理だ。

ドラゴンとかならば、僕に傷の一つや二つ付けれるけれど、なぜか僕を見た瞬間に逃げ出すんだよなぁ。


じゃあ、首吊り自殺かな?


確か、首吊りをすれば、自重で首の骨が折れて、窒息死するらしい。

けれど、思うんだ。


「あ、あのっ」


僕の体はそんなヤワな身体をしていない。

自重なんかで首の骨が折れる事もなければ、窒息死する事もないだろう。


だったら、火炙り?


それも無理だ。

僕の身体には様々な耐性が付いている。例え、火の中水の中。溶岩の中でも僕は生きていられる自信がある。


じゃあ、毒はどうだろうか?


魔国の最奥地にあると言われる超強力な毒草。

いや、それでも無理だ。

なにせ、一度それを呑まされた事があったけど、この通り、僕は生きている。


どうすれば…。


「あのっ、あのっ!」


「なに?そんなに大きな声で言わなくても聴こえてるよ」


無視してたら諦めて帰ると思ってたんだけど、しつこい人だな。


「こ、この前はありがとうございましたっ」


この前?この前っていつの話?


そう思って声のする方へ視線を向けてみると、いつしか助けた女の子がいた。


「あぁ、うん。お母さんの具合は?」


「お陰で良くなりましたっ。それで…その…」


視線を周囲に巡らす女の子。

僕も吊られて周りを見てみると、僕を見て怪しむ人達や、僕に近付こうとする子供を止めてる親や、遠くから兵士を連れてきている人も見受けられる。


まぁ、外見からして怪しいもんね、僕。


それに、子供達の遊び場である噴水に腰掛けて自殺を考えてたし。


例えるなら、会社をクビにされて路頭に迷ってる鬱々したオッサンみたいな雰囲気が醸し出されてたもんね。たぶん。


兵士が来て面倒な事が起きる前に立ち去った方が良さそうだね。


「取り敢えず、移動しよ」


僕は向かって来る兵士を指差して女の子に言った。


兵士が何か言ってるけど、周りの人のザワザワとした声があって良く聞き取れない。


「わ、分かりました…」


女の子の了承を得たから、僕は彼女を引き連れて、足早にこの場を移動する。



〜〜〜



移動した先は、薄暗くジメジメとした裏路地だ。

その方が僕にとって都合がいい。


「で、さっき何か言い掛けてたよね?」


「えっ…あっ、あの…あの時のお礼を…」


女の子が皮袋を手渡そうとしてきた。

その中身は、間違いなくお金だろう。ジャラジャラとした音や膨らみ具合から予想が付く。


「そんなの要らないよ」


僕に、お金は必要ない。


腐る程に持ってるから。それもある。

けれど、本当は違うんだ。


使い道がないから手元に腐る程余ってるんだ。


どの店に行こうと、どこに行こうと、人は僕に買い物をさせてくれない。

お金があろうと使わせてくれないんだ。


僕は女の子が震える手で差し出す皮袋を押し返す。


「それじゃあ」


たぶん話はそれだけだろう。


だから、僕は彼女に背を向けた。


もう、一生会う事はないだろう。

今日で僕はこの街を出る。


行き先はもう決めている。


ーー魔王城。


僕なんかが死ぬにはピッタリな場所だ。

いつしか新たな勇者が来て、僕を討伐してくれるだろう。


淡い期待を抱きながら、僕は立ち去ーー。


「待ってくださいっ!!」


ガシッと手を掴まれた。

僕の手を掴む手は、とても暖かく、それでいて柔らかい。いつまででも触っていられる。そんな温もりがある。


初めて感じた不思議な温もりに、僕は足を止めさせられた。


振り返ってみれば、女の子が必死さを露わに僕の手を強く握りしめていた。


なぜ、そこまでするのか僕には分からない。


手も足も震えてる。見るからに僕に怯えてる筈なんだ。なのに、僕を引き止める理由が分からない。


僕の事が怖いんでしょ?

なら、逃げれば良いじゃん。


これまで何度も化物だと罵倒され、物を投げつけられ、何度も人間に殺され掛けた事を思えば、それぐらいで僕は傷付かないから。


「お、お母さんが…お母さんが会いたいって…」


僕に会いたい?


ハハッ。冗談じゃない。


どうせ、僕を見た瞬間に悲鳴を上げて僕を追い出すと思うよ。

同じような事を僕は何度経験したと思ってるの?


それが一番傷付くんだよ。

温かみのある家庭に招かれ、手のひらを返したように恩を仇で返される。


それがどれだけ苦しく、悲しいか。

君には分からないだろうね。


女の子の手を振り解き、僕は再度、彼女に背を向ける。


この世界に僕の居場所はない。


だって僕はーー。


「待って!お願いっ!行かないでっ!」


どうして君は僕を止めるの?

どうして、そこまで必死になる必要があるの?


僕なんか居なくなった方が君にとっても良い筈だよ。

この世界の人達にとっても、ね。


「お願い…。行かないで…」


縋り付かないで。

振り解けないじゃないか。


力加減を少しでも間違えたら、君を傷付けちゃうよ。


「はぁ…」


仕方ない…。



〜〜〜



僕は女の子に手を引っ張られて、一度来たことのあるボロボロの小屋に連れて来られた。


道は覚えてるし、逃げもしないのに、彼女は僕の手を離そうとしなかった。


僕の手を握る彼女の手は、ずっと震えていた。僕が怖くて仕方ないんだと思う。


だったら、手なんて握らなきゃいいのに。

僕なんか放っといてくれたらいいのに。


でも、彼女はそれを許してくれなかった。


なんでかな?

僕には分からないよ。


「ただいま。お母さん」


女の子が僕を引き連れて小屋に入って行く。

当然、手を引っ張られる僕も一緒だ。


「お帰りなさい、ミミリィ」


娘の帰りを待ってたのか、椅子からヨロリと不安定な身体を立たせて娘を出迎える母親。


ニッコリと微笑む温かみのある笑顔に、僕は視線を逸らす。


「その方は…?」


「この人が助けてくれたの」


「あっ、その節は、どうもありがとうございました」


頭を下げて僕に礼を言っている。ような気配がする。

けれど、僕は視線を逸らしたまま、地面に固定している。


見たくないんだ。


隙間風とか、家がボロボロだとか、そんな事を含めても、彼女達の温かみのある親子が浮かべる笑顔を僕は見たくない。


だって、僕には無いものだ。


もう、一生手に入る事のないもの。


元の世界に帰れるのならば別だ。だけど、帰れない。

もし帰れても、家族は僕を受け入れてくれるか分からない。


胸全体にモヤモヤとした物が広がる。


「大したお礼は出来ませんが、晩御飯でも食べて行って下さい。腕を振るって作りますので」


骨張った腕を見せて、逞しく振る舞う母親。

病み上がりだと言うのに気丈な人だ。


取り敢えず、僕は、彼女達に背を向けて家から出ようとする。


けれど、女の子が咄嗟に僕の腰に抱き付いて引き止めた。

どうしても僕を行かせるつもりはないようだ。


「………分かった」


渋々、僕は彼女達のお礼を受け取る事にした。



〜〜〜



美味しそうな匂いを醸し出す料理が壊れかけた机に並べられ、僕の目の前にも配られた。


久々に見る美味しそうな普通(・・)の料理と、その匂いから、自然と僕の口からヨダレが垂れ落ちそうになる。


「では、頂きましょう」


母親がそう言うと同時に、親子揃って両手を握って天を仰いだ。


何をするのか分からず、不思議に思ってると、


「「慈愛の女神よ。今日も私達に食事を与えてくれた事に感謝します。生ある者に幸あらん事を」」


祈り?の言葉を発した。


そんな風景を見たのは初めてだ。

僕も彼女達を見習って、食前の祈り?をする事にしよう。


「頂きます」


「口に合わうか分かりませんが、どうぞ頂いて下さい」


僕の言葉は別の意味で取られたようだ。


それはさておき、二人の視線を受けながら、僕は震える手でスプーンを握り、スープを一掬い。

口に入れる。


その瞬間に口の中に広がる香ばしい香り。ゴロゴロとした野菜や肉。

味付けは質素なものの、僕にとっては十分過ぎる程に美味しく思えた。


もう何年?


何年普通の食事をとってない?


この世界に召喚されて以来、食べてないような気がする。


ホロリと涙が目から零れ落ちて、スープに波紋を与える。


思い返せば、どこの店も僕は入らせてくれはしなかった。屋台の食事すらも僕には食べさせてもらえなかった。


何度飢え死にしそうになったことか。その度に、僕は雑草や虫を食べて生き長らえた。


力を得て初めて食べた魔物の肉の味は凄く不味かったのを今でも覚えてる。


何度も吐いた。

それでも食べる物がなかった時は無理矢理にでも胃に押し込んで食べていた。


水を一口飲む。


川の水や海の水とは大違いの美味しさが口の中に広がる。


また、目から涙が零れ落ちる。


血の味じゃないんだ。

塩っ辛くないんだ。

泥の味もしない。

血生臭くもない。

生臭くもない。


どれもが美味しく、僕は必死になって料理を口に放り込んだ。


噛み締める度に染み出す味が、僕の食欲を刺激する。


美味しい。


美味しい。


美味しい。


凄く、とても、物凄く、滅茶苦茶、美味しい。


涙が止まらない。

これが本来の料理なんだと、知ってた筈なのに。それなのに、僕には初めて食べたような気しかしない。


少しお腹が膨れてきて、ふと気がついた。

僕が食べる音しか聞こえなかった。


不思議に思って、視線を僅かばかり上げてみると、親子揃って僕を見て呆然としていた。


僕が見ている事に気が付いたのか、母親が口を開いた。


「そんなに急がなくても、食べ物は逃げませんよ」


ニッコリと微笑む母親。

その表情を見るだけで僕の心は締め付けられる。


そして、また僕は彼女達から視線を逸らして、質素な料理に目をやった。


久々の美味しい料理を口に入れ、普通の食事をとる。

前の世界だと、極々当たり前の事だった。


だけど、この世界では違う。

この世界に来て数年経ったけど、今日、初めてお腹が満足すると言う言葉の意味を知った。


その久々に感じる満腹感からか、僕は机に突っ伏して寝てしまった。


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