復讐
僕は、僕を追い出した張本人の内の一人の首を掴んで謁見の間に入った。
ハルーサが苦しんでいるけど、僕はコイツを殺すつもりはない。
ただの小っぽけな復讐だ。
気が済んだら離してやるつもりだ。
それから、ついでに姫様に会う前に王にも顔を合わせておこうと思った。だから、僕は謁見の間に足を踏み入れたんだけど、そこで僕に喧嘩を売るような言葉が聞こえた。
「黒い外套を着てて、フードを被ってたから良くは分からねぇよ。……次会ったら絶対に殺してやる…」
その言葉を吐いた人の顔を見たら分かった。
それは、絶対に僕を指しているって。
だって、それを言ったのは、あの金髪だったもん。
僕に殴られて動けないフリをしていた金髪だ。
「そっか。僕を殺す、ね。…やってみれば?」
挑発する気はなかったと言えば嘘になる。
けどね、金髪に声を掛けるつもりはなかったんだ。
ただ、少しイラっとした。
僕が聞いてないとでも思って言ったと思うけど、僕は知らない所で殺す殺されの話をされるのが嫌いなんだ。
「は?」
「へ?」
王様と金髪がアホヅラを晒した。
二人共、僕の存在に気が付いてなかったみたいだ。
っと言うか、外套のスキルは宰相を捕まえた時点で切っている。今の僕の姿は、周りから丸見えの筈なんだけどな?
「き、貴様は…何者だ…」
王様が目に見える程に怯えてる。
けれど、途切れ途切れながらにも言葉を発した。
さすが王様だと思う。
だって、僕は少しだけだけど殺気を放ってるもん。
普通の人だったら、今の宰相のように気絶してもおかしくない。
金髪も瞳に怯えを見せてるけど、僕を睨みつけている。
まぁ、金髪に用はないから無視するけど。
「僕を忘れたの?王様。三年前に僕を城から追い出したじゃないか」
「さ、三年前…?」
必死に思い出そうとしてるけど、思い当たる節がないようだ。
「やっぱり知らないんだ」
やっぱり、姫様と宰相で、僕と言う存在が居たと言う情報は止められていたんだね。
それなら、王様は関係ない。
「なら、姫様いるでしょ?カラール姫」
「カ、カラールに何の用だ…っ!」
さすがに自分の娘の名前を出されて王様も怒りを抱いたみたい。
もしかして、僕が姫様に何かするとでも思ったのかな?
「僕を元の世界に返して欲しいだけだよ」
「元の世界…もしかしてお前っ!?」
金髪が僕の言葉に反応して何か言ってるけど、今話してるのは王様だ。金髪は関係ない。
「ねぇ、王様。カラール姫は?」
「………」
あらら、口を閉ざしちゃったか…。
少し前の僕なら、そんな奴には拷問してでも吐かせていたと思うけど、今の僕は違う。
「話してくれないと、この国、滅ぼすよ?」
「っ!?」
手の平に凝縮した”ファイアーボール”を浮かせて脅す。
それにいち早く反応したのは、金髪だった。
僕の作り出した”ファイアーボール”の威力を察したんだと思う。
けれど、逃げ出しはしなかった。
一歩後退りしただけだった。
でも、王様が反応してくれないと意味がない。金髪だと意味がないんだ。
僕は、少し脅せば良いと魔国に居た頃に学んだ。
魔物には効果はないけど、魔族には効果があった。親兄弟を人質にして脅せば、なんでも言う事を聴いてくれた。
だから、これが最適な行動だと判断した。
でも、それはあくまでも魔族だ。
人間には試した事がなかった。
「………」
だから、これは予想の範囲内の返答だった。
「そっか」
なら、壊そう。この国の全てを。
なに。殺しはしない。
もう殺しはしないと心に決めたんだ。
だから、僕は殺さない。
ただ、絶望してもらうだけだ。
この国に住んでる人間全員に絶望をプレゼントするだけだ。
”ファイアーボール”を幾つも生み出して、その全てを高く、高く、浮き上がらせて行く。
天井に近付くと、天井を形作る石を溶かせ、もっと上へと浮かんで行く。
「これらが、この王都の頭上まで行くと大爆発を起こすから。早く決めてね」
生き物は殺さないと決めている。だから、人には被害を及ばないように範囲を限定している。
でも、人以外だったら被害は絶大だ。
一度、魔国にある魔人達の街で試した事があったけど、それはそれは酷いものだった。
建物だったり、食べ物だったり、物であったり、生き物じゃなけりゃ全てを燃やし尽くして原型も残らない程に破壊し尽くした結果。残ったのは、突如として街が消え去って呆然とする魔人達。
僕が手を下すまでもなく、魔人達は魔物に食われたり、飢えや争いで死んで行った。
生き残った者も当然いたけど、最後には自分で命を絶っていた。
だって、待てども待てども、助けもなにも来ないんだから。
来るのは血肉に飢えた魔物達だけだ。
その理由は簡単。
突然消えた街に誰も近寄りたいと思わなかったからだ。
調査隊は当然来たけど、その都度、僕が殺していた。だから、最後の最後まで魔人達に助けはなかった。
僕は、それと同じような未来を予想しながら、”ファイアーボール”を生み出し続けながら空高くまで上げて行く。
「ま、待ってくれ…っ」
やっと。やっとなんだね。
一つ目の爆発まで後数秒と言った所で、王様が声を上げたから、僕は一度”ファイアーボール”の上昇を止めて王様に視線を向ける。
「カラールは…カラールは…」
民を助けるか、娘を助けるか。おそらく、その双方のどちらを優先すべきかと頭の中で葛藤しているんだと思う。
別に殺したりしないんだけどな?
まぁ、良いけど。
さて、王か。それとも、親か。どちらを取るんだろうね。
「帰れないぞ」
金髪。お前には聴いてない。
さぁ、答えてよ。王様。
僕は待つのが好きじゃないんだ。
だから、早くしろ。
「興味本位で聴いた事だけどよ、カルーラが言ってたんだ。帰る方法はないって」
少しは黙れないのかな?金髪。
君の話は聞いてない。僕は、王様の口から聴きたいの。
「俺個人でも調べたけどよ、帰る方法はマジで無かったんだ。諦めろよ」
諦めれるわけない。
僕は帰りたいんだ。元の世界に。
そして、帰りたいんだ。家族の元に。
「俺の言葉が信用できねぇなら、カルーラ本人から聴けばいい。アイツは学園にいやがるからよ」
「ーーっ!?」
姫様の居場所を金髪が発した瞬間、王様が酷く動揺し、そして、金髪に怒りの激情を込めた鋭い睨みを向けた。
金髪の言葉は嘘じゃなさそうだね。
だけど、王様。その行動は間違えてる。
他人に責任を押し付けるのは間違えてるよ。
君がさっさと決断しないから悪いんじゃないか。
殺しちゃうよ?
……っと、僕は殺しをしないって決めてたんだった。
「………そう。ありがとう」
金髪にお礼を言ってから、王城を後にする。
そして、僕は王城近くの建物の屋根から謁見の間を見る。
ちょっとした魔法だ。
主な用途は、人を探したり、少し遠くを見たり、戦況を見渡したりする為に使われる。
けれど、僕の場合は違う。
索敵をする為に使っている。
僕の魔法の技量を持ってすれば、建物内部を見る事だって容易い。
謁見の間には、未だに王と金髪と宰相がいるのが確認できる。
そして、王が宰相に何かを言い渡すと、宰相は焦って謁見の間から出て行った。
おそらく、僕が学園に行く前に姫様を王城に戻そうとしているのだろう。
その証拠に、私服姿の兵士が少数だけ馬に乗って王城から出て行った。
「やっぱりね」
予想通りの行動だと思った。
僕は別に行くとは言ってないのに、向こう側が勝手に勘違いしたんだ。
そう仕向けたのは僕だけどね。
後は、あちらから勝手にやってきてくれるのを待つだけだ。
ーーー
王都の何処かにある豪華な飾り付けが目立つ、キラキラとした執務室にて。
奥の執務机に偉そうに座る男性がいる。
白に金の刺繍が入った寝間着を着た彼の名は、ペッド。
ミミリィの母を診た医師だ。
彼はワイン片手に目の前のメイド服を着て待機している女性を睨み付ける。
「おい。今日で何日目だ?」
「は、はいっ!三日目ですっ!」
「ちっ。あのガキ。金さえ持って来たら良いものの。少し調べてこい」
「は、はいっ!」
ペッドはワインを机に置いて、ペンを走らせる。
誰かに宛てた手紙を書いて、封をした。
「ちっ。面倒な」
苛立ち混じりの舌打ちをして、グラスに残ったワインを飲み干した。
ーーー
あれから数日が経った。
そして、今日。
ようやく姫様が王都に連れてこられた。
姫様が王都に来たのは内密で行われた事だろうけど、ここ数日間もの間、街全体の気配に集中していたお陰で見つける事ができた。
姫様は、王城の裏手から入って行き、寄り道する事なく謁見の間に向かった。
「それじゃあ、行こうか」
僕は立ち上がりながら、数日間もの間、身動き一つしてなかった身体を動かす。
身体が固まってしまって、立ち上がるのに少し苦労した。
けれど、姫様と会えたら、もうこんな事をしなくて済む。
平和で、平穏で、何者にも脅かされる事のない生活に戻れるんだ。
既に使われなくなった下水道から出て、外の空気を吸うと体全体に酸素が行き渡る感じがする。
太陽が眩しく思えたのは、いつ以来だろう。
そんな事を思いながら、足を王城へと向ける。
ーーー
「おぉ、カルーラよ。よくぞ戻った!」
娘が無事に、何事もなく帰って来た事に儂は喜びを隠せない。
思わずハグしたくなる程に嬉しい。
しかし、儂は王だ。人前でそんな事は出来ない。
「はい。ですが、こんなにも急ぐ必要はあったでしょうか?」
うぅむ…。彼奴の事を話すべきか、それとも黙っておくべきか…。
チラリと隣に立つ宰相を見ると、頷き返してきた。
やはり、話した方が良いか…。
「うむ。それはだなーー」
「僕を元の世界に返してもらうよ」