存在
「これを毎日飲ませておけば数日で治るはず。けど、中毒性が高いから1日1回まで。それと、動けるようになったら絶対に捨てる事。禁断症状が出る可能性もあるから、動けるようになったら最短でも一週間は家から出したらダメ。そうじゃないと、今度こそ本当に死ぬ」
どうして、僕がこんな事をしなければならない?
女の子に『お礼がしたい』と泣きつかれて連れてこられた家で、なんでその子の母親を治療しなければならない?
訳が分からない。
「あ、ありがとうございますっ!」
僕があげた毒々しく赤黒い色をした液体が入った瓶を大事そうに抱えて頭を下げる女の子。
それが本当に毒だったらどうするつもりなのだろう。一応、中身は本物の回復薬だけど、人を簡単に信用しすぎだ。
ちなみに、その回復薬は、魔界で取れた超の付く程に強力な回復草を色々な草と混ぜ合わせて作った超回復薬だ。
それが必要になる程に彼女の母親は死に掛けていた。彼女の話を聞いた限りだと、医師からは不治の病だと伝えられたらしい。
けれど、そんな事は無かった。
僕が調べた結果、不治の病じゃくて、毒を盛られていただけだった。
ここから、ずっと北に行った所にある魔国付近の”欠落の洞窟”と呼ばれる場所で採れる花で間違いない。
それは”壮健の花”と呼ばれ、絞り汁を一滴、コップ一杯の水に溶かして飲むと身体が元気になる薬だ。
だけど、それ以上の量を足してしまうと、途端に体に不備が起き始める。
それを何日も続けると、身体が動かなって行き、徐々に体は瘦せ細り、考える事ができなくなって行き、毎日が地獄のような苦しみを覚え始め、遂には内臓の機能不全によって死に至る。
そんな薬にもなるが毒にもなる花だ。
そうと知ってか知らずか、彼女は僕に助けを求めた。
とても良い考えだと思う。
一時の間だけど、僕もその薬を多用した事があったから、良く知っている。
けれど、僕は人助けをしたい訳じゃない。
元の世界に帰りたいだけだ。
こんな事をしたって僕には何の得もない。
だから僕は最後まで面倒を見ない。彼女達が後でどうなろうと、僕の知った事ではない。
例え、犯人が誰か予測がついていようとは、僕は知ないフリをする。
もう、人間には関わりたくない。
面倒事しか持ち込まない人間なんて僕は大嫌いだ。
お礼なんて物も要らない。僕には必要ない。
僕が求めているのは『元の世界に帰りたい』それだけだから。
だから、これ以上関わらないで欲しい。
そんなに泣いて喜んでも、僕には共感できない。
彼女が母親と仲睦まじく…とは言い難いけど、コップ一杯に超回復薬を一滴垂らして、母親に飲ませている。
その姿は、今の僕には再現できないものだ。
心の底から羨ましく、妬ましく、嫉妬に駆られる。
だから僕は、
「………」
黙って家を出て行く。
ホロリと目から一滴の水が零れ落ちる。
アレを見ていたら、僕の母親を思い出してしまった。
僕の母親は優しかった…と思う。記憶が擦れて顔すら思い出せなくなってるけれど、父親も母親も妹も優しかったはずだ。
いつも賑やかで、喧嘩することもあったけれど、それでも、和気藹々とした雰囲気に包まれていた。そんな気がする。
後少し。
後少しで僕は帰れる。
元の世界に。
そして、家族の元に。
涙を乱暴に拭い、僕は王城へと足を向ける。
〜〜〜
「貴様みたいなヤツを通すわけないだろ。牢にぶち込まれたくなかったら俺の前から消えろ」
当然の反応。分かっていた事だ。
そう簡単に王城には入れてくれない。分かっていた。
分かってはいたけど、納得はできない。
だから僕は、
「なら、捕まえてよ」
その辺の盗賊が持っていた錆びだらけの短剣を取り出して、兵士の顔ギリギリに突き出す。
僅かでも動かせば、兵士の眼球に突き刺さる距離で短剣を止めた。
兵士は一瞬だけ呆け、その後、激情に駆られて僕の持ってる短剣を弾き飛ばして、僕を拘束した。
そして、僕は王城の離れにある牢へと連れて行かれた。
王城の牢は一度入った…いや、入れられた事があるから良く知っている。
抜け道も、隠れる場所も、牢の仕掛けも。そして、牢屋の中には誰もいない事も知っている。
あの時は、この世界に召喚されたばかりだったから何もできなかったけど、今なら出来る。
兵士に連行されて、大人しく僕は牢に閉じ込められる。
怒りながら兵士が牢から出て行く。
ここには見張りもいなければ、鍵を管理する人もいない。
強いて言うならば、牢から出てすぐ側にある小屋に休憩中の兵士が数人いるぐらいだ。
だから、何をしたってバレない。
とは言え、何でも出来るわけではない。
ここの牢は、魔封じの結界が張られており、魔法が使えないようにされている。さすが王城にあると言えよう。
けれど、魔法が使えないからこそ、魔道具も動かない。僕を拘束する手錠だって、何の意味もなさない普通の手錠になる。
だから僕は、手錠を力づくで引き千切った。
魔法が使えなくても、僕にとっては全く問題ない。
僕を外界から隔てる格子も腕力に物を言わせて力任せにひん曲げる。
ここの人間の使う技術が低いのか、それとも、ただ単に強度が低いのか、簡単に曲がってしまう。
貧弱な牢屋だ。
それから、牢を出る前に僕の着ている外套のスキルを使用する。
それは、姿を隠す、と言ったものだ。
いつだったか、僕を殺そうとした暗殺者が着ていた物だ。
命は助けてあげたけど、これから僕に被害が掛からないように最大の恐怖を与えるために四肢を全て使い物にならなくしてやったのを今でも覚えてる。
これさえあれば、僕は簡単に、そして、安易に王城へと忍び込める。
何も知らない人からすれば、少し回りくどい方法をとっていると思われるけど、これが一番最適な方法なんだ。
なにせ、王城を囲う壁や門には、どんな魔法もスキルも無効してしまう効果があるからね。
迷惑な話だよ。
さて、それじゃあ、王様との謁見に向かうとするか。
ーーー
俺は選ばれし勇者だ。
毎日毎日、クソつまらない日々を過ごしていたけど、それが一変。
なんと異世界に召喚された。
それが、つい一年前の話。
そして突然舞い込んできた魔王討伐の噂。
あいにくと、その噂はどの国や街にもある暗部と僅かな国の首相達しか知られていなかった。
当然、俺も知らなかった。
王が俺に話して初めて知った。
そして、それが確認された事実だとも。
誰がやったかなど誰も知らない。分からない。
だから、俺が魔王を討伐した。と言う事にすると王は言った。
それは、俺にとっては最高の提案だった。
ここでその提案を投げ捨てる奴が居たら、相当の阿呆だと俺は思う。
なにせ、地位や名誉の他に、莫大な報奨金や女まで手に入るのだ。
乗らない訳がない。
それから、俺が魔王を退治したと言う事を民衆に事実だと思わせる為に、数多の策を講じた。
まず、俺は王都を出ている事にした。
どのみち、この世界に来てから街中は姿を隠してしか出歩いていなかったし、丁度良かった。
それから、誰も疑いを持たないようにする為、民衆達に遠隔的な催眠をかけてから、俺と言う勇者の噂を流した。
噂の内容を簡単に説明すれば、俺は正義感に満ち溢れた優しい勇者だと流した。
そして、それを信じさせる為に、強力な催眠薬を井戸の水に混ぜて住民達が飲むように仕向けた。
俺達が考案した策は完璧だった。
でも、最終段階で躓いた。
クソ女が金をくれって図々しく強請って来やがった。でも、それは、まだ良かった。
問題はそこから。
突然、英雄気取りのクソ野郎が俺様の前に立って、そのクソ女を守ったんだ。
信用できる筋から雇った凄腕の暗部傭兵に、そいつを殺すように命令した。
けれど、一瞬の内にそいつらは倒された。俺様でさえも。
何が起きたかなんて理解できなかった。
ただ、分かったのは、そいつは普通の人間じゃねぇって事だ。
僅かにフードから見えた、あの目。
明らかに死んでいた。
全てに絶望し、全てを恨むような瞳。希望も何も写してなかった。それを何かに例えるなら、”無”としか言いようがない。
そいつに何かをされて倒された俺は、正直言うと、怖くて立ち上がれなかった。
凄く悔しかった。
悔しかったけど、立ち向かえば殺されると本能で理解した。だから、俺は、そいつが立ち去るのを今か今かと待つ事しかできなかった。
それから、俺は王城に帰った。
ちなみに、お供の代わりにしていた傭兵達は、そいつらの仲間に運ばれて行った。
「なんたる失態!貴様はそれでも勇者かっ!?」
王の隣に立つ宰相が口煩く怒鳴りやがる。
でも、あんな奴に勝てると思ってたら、そいつは頭がおかしい。
俺は勇者だけど、アレは次元が違った。
戦ってはいけない相手だ。
そうとも知らずに怒鳴り散らす宰相に苛立ちを覚えるけど、俺は寛大にして寛容な勇者様だ。
だから、俺様は怒らない。どうせ俺が何かする前に王が止める筈だ。
「やめるんだハルーサ。殺されたくなければ、な」
分かってるじゃないか。
今の俺は、悔しくて、悔しくて、苛立っている。これ以上口煩く言われたら、本当に殺していた所だ。
どうせ、俺が宰相を殺した所で、俺は罪に問われないしな。
だって、俺は選ばれし勇者だから。
「して、勇者マコトよ。その”通りすがりの正義の味方”だと名乗った其奴は何者なのだ?」
「知らねぇよ。突然現れたんだ。俺が知るわけねぇだろうが」
「そうか…。では、其奴一人に腕利きの傭兵もろとも敗北したと言う事か…」
王が何かを考えてやがる。
どうせ、碌でもない事でも考えてやがるんだろうな。
なにせ、この国の王は悪知恵が働く。俺様とタメを張れる程にな。
「ハルーサ。其奴を調べてみてくれ」
「分かりました…」
宰相は王の命令に渋々ながらに従って、この謁見の間から出て行った。
ザマァ見ろ。
宰相が出て行ったのを見計らってか、王が口を開いた。
「勇者マコトよ」
「あ?」
「一つ聞くが、通りすがりの正義の味方とやらは、どんな奴だったのだ?」
「どんなって…」
思い出すだけで身震いする。
あの瞳。アレは人間が浮かべるもんじゃねぇ。
人殺し…いや、魔物か…それも違う。
あの瞳は例えようがない。ただ、あの瞳は何も映してなかった。目の前にいた俺ですら…。
クソッ。
「黒い外套を着てて、フードを被ってたから良くは分からねぇよ。……次会ったら絶対に殺してやる…」
言葉を返してから、恨み言を呟く。
口だけならば、なんとでも言えるけどよ、俺様が負けたままで引き下がる訳がない。
いつか、絶対に、あいつを殺してやる。
俺様を一瞬でも怯えさせたんだ。その代償は重いぞ。クソ野郎が。
「そっか。僕を殺す、ね。…やってみれば?」
「は?」
「へ?」
突然聴こえた声に、王と俺は同時に声を上げた。
ゆっくりと声の聴こえた方…宰相の出て行った扉へと視線を向けると、そこにはーー。
いつからいたのか、もがき苦しむ宰相の首を掴んで離さない黒い外套を着た奴がいた。
途端、俺は言い表せない程の恐怖を覚えた。