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嫌われ勇者  作者: お茶大好きなお茶目さん
10/10

アーリー


私の今の名前は”アーリー”。

これでも、冒険者の中でもトップに位置する元Sランク冒険者だったのよ。


けれど、私は冒険者を辞めた。


辞めた理由は色々あるけれど、一番は…そうね。死に掛けたからかしら?


私が冒険者だった頃は、なんでもできると自惚れていたのよ。ホント、バカよね。

不可能なんてないって思ってたんだもの。


そんなんだから、報酬が良いだけの訳の分からない依頼を受けてしまったのよ。

今思えば、本当にバカな事をしたと後悔してるわ。


私はその依頼を失敗したの。

今なら失敗して当然だと言えるわ。


死んでないだけマシよ。

だって、私達が敵対した相手は、死神と呼ばれて畏怖される存在だったもの。


私達は、その死神に挑んで敗北した。

当然の結果だわ。


死神は、私達の想像を遥かに超越した力を持っていた。

強い強くないで判断できない圧倒的な力だったの。


私は強くなんてない。

この世界には手を出してはいけない生き物だっている。って事を初めて思い知ったわ。

そして、行きている事や空の青さに初めて気付かされた日だった。


私はそれを機に心を入れ替え、人生を見直す事にした。


そして至った答えは、これまで築き上げた地位も名誉も何もかも全て捨てて、新たな人生を歩む事だった。


それは血の滲む努力を、結果を捨てる事に他ならなかったけれど、私は躊躇しなかった。


なぜって、それが一番安全な選択だったからよ。

死神に会わなくて済む。それがどれだけ良い事か…。


そうして、私は、小さな頃に夢見た『自分の店を建てる』を叶えて、それを営む事にしたの。


何の危険もない。命を脅かされる事もない。とても安全な職業だと私は思う。


なのに、なのに…。


まさか、ミミリィちゃんが、あの死神を連れてくるなんて思いもよらなかった。


死神は、前に会った時と違ってフードを目深に被ってたけど、あの目。あの声。あの身体。間違いない。

包帯を巻いていようと、この私が見間違う筈がない。


私は頭を抱えて、この街の未来を案じる。


彼は、災厄の死神と呼ばれていた。

その名の通り…とは言えないけど、彼が寄ったとされる街は崩壊し、彼に近寄ったとされる人々は彼の手によって必ず死を迎えていた。


それが事実かどうかは定かではない。

だけど、実際に彼と関係のある街の幾つかは跡形もなく消え去っている。


そんな彼の側にいるミミリィちゃんの身を私は案じる。


でも、死神と共にいても、何かされたような事はなかった。それどころか、顔色が以前よりも良くなっていた。


だけど、心配なの…。


死神の強さは、圧倒的だもの。

実際に彼と戦った私が言うのだから、本当よ。


もう一度、彼と戦えと言われれば、私は迷わず逃げ出す自信がある。

それだけ、彼は強い。いいえ。強いだなんて言葉で彼の強さを測れない。


あれは、人が敵う存在じゃないもの。

死神。その名の通り、神様か何かに違いないわ。


もしかすると、最近噂になってる魔王が倒されたって話も、死神が倒したんじゃないかって裏では言われてるの。

それ程までに彼の存在は大きいの。


私は、天井を見上げて、この街の、ミミリィちゃんの未来を思いやる。


死神に関わる事さえ危険なのに、彼と一緒に行動してるだなんて…。


「…ねぇ」


「ハヒッ!?」


呼び掛けられただけなのに、私は咄嗟に立ち上がって返事をした。

私の中の動物の勘がそうしろと叫んだから。


声が裏返ったけれど、そんな事など気にしてられない。


だって、私を呼び掛けたのは、あの死神だもの…。


声を出そうとしても、口がパクパクと開閉されるだけで、声が出ない。


心の底から彼に恐怖している証拠だ。


「お会計したいんだけど。幾らかな?」


「め、めめめめ滅相もないっ!あ、貴方様にお金を支払わせるなんてっ!!」


声が地声に戻ってようが、関係ない!

私は彼を怒らせないようにすると言う義務を背負ってるんだものっ!彼の手を煩わせる事なんて事は絶対にしてはならないのよ!


「でも、貰ったものには相応の対価を払わなきゃ、商売は成立しないでしょ?」


死神と恐れられる人に常識を語られるなんて思わなかったわ…。

そうよね…。お金は受け取らなきゃいけないわよね。彼だってそう言ってるし…。


でも、彼にそこまで払わせる訳にはいかないし…。


「せ、千ルーン…です…」


彼等に振る舞った料理を考えると完全に赤字。

だけど、彼が何で怒るかなど分からないし、最低限まで値引きしておいて損はないと思った。


彼と会話するだけで、私の精神がゴリゴリと削られて行くような気がする。

この永遠にも思える時間を早く終わらせたくてたまらない。


間違ってもそんな事を言えないけどね。

私だって、まだ死にたくないもの…。


「千ルーン?」


「も、申し訳ございませんっ!額が大きかったですよねっ!?値下げ!そう!値下げしまーー」


慌てる私を他所に、死神は懐から大きな袋を取り出して私の前に置いた。


私でもスッポリと入りそうな袋だ。


死神は、その袋をゴソゴソと探り、硬貨を5枚取り出した。

パッと見た感じだと、教国のお金だと判断できた。


「どれが幾つで千ルーンになるかな?」


えっ?お金の価値を知らないの!?

子供の頃に必ず教えられる筈…。それがなくとも、買い物をしていたら自然と覚えると思うんだけど…。


「そ、それなら、銀色の硬貨一つで、千ルーンですけど…」


「そうなの?じゃあ、はい」


そう言って、私に銀貨を差し出してくる。


彼の差し出す手に触った瞬間、殺されるとかないよね?


なんて思ってしまう私は、やっぱり彼が怖いんだろう。

恐る恐る、私は彼の手から硬貨を受け取る。


たったそれだけの行動なのに、心臓が今にも破裂しそうな程に脈動するのを感じ取れた。


怖い。


その言葉だけが私の中を支配する。

彼の存在を忘れれたらどれだけ嬉しいか、そんな不可能な事を何度思った事か…。


「それじゃあ、また来るね」


彼はそう言うと共に大きな袋を、どうやってか懐に仕舞い込んで、私の前から立ち去る…………って、また来るの!?


店を畳もうかしら…?



ーーー



僕は、ミミリィと出会ってから変われたのかもしれない。


そう思ったのは、僕が飲食店で美味しいご飯を食べれたからだ。


いつもなら、ご飯など出してくれない。ましてや、店内に入れてくれた事すらなかった。


「ご、ごちそうさまでした…。ありがとうございます」


申し訳なさげにミミリィが僕に礼を言った。


礼を言いたいのは僕の方なのに、どうして彼女は僕に頭を下げるんだろう?

僕はまだ彼女達に何も返せてないって言うのに…。


街の人達から距離を置かれながら、僕達は大通りを歩く。


行き先は、特にない。

取り敢えず、ミミリィを家に返そうと思ってる。


「あの…」


隣にいるミミリィから、蚊の鳴くような声で呼び掛けられた。


「どうしたの?」


「あ、暑くないんですか…?」


ミミリィは僕の足元から頭の先まで見て聞いてきた。

一瞬、どうしてそんな事を聞くのかと思ったけれど、よくよく考えれば分かる話だ。


今月は夏の真っ只中の筈だ。

そして、天気は雲一つない快晴。

普通の人間なら薄着でも暑がる猛暑だ。


そんな中を、外套なんて暑苦しい物を着て歩いている僕。

普通に考えれば、僕はおかしな格好をしている。だけど、こうでもしないと僕の身体は隠せないんだ。


「大丈夫。暑くないよ。ありがとう」


でも、ミミリィの優しさは伝わったよ。

忘れ掛けていた心に染み渡るよ。


心配してくれたミミリィに感謝を伝え、僕は立ち止まって空を見上げる。

つられて、ミミリィも空を見上げた。


ミミリィは何もない空を見て不思議そうにしているけど、僕にとってはそうでもない。


平和だけが満ち溢れる街。

それを、全身で体感しているんだ。


こんな風に深呼吸をしたのはいつ以来だろう。

こんな風に空を見上げたのはいつ以来だろう。


僕にとって、凄く遠かった世界が、目の前に広がっている。

それが、僕の心を包み込み、温もりを与えてくれる。


これらを分け与えてくれたミミリィには感謝してもしきれない。


今の僕は幸せだ。


だけど、幸せとは一瞬で過ぎ去り、消える儚いものだ。

手を握っていても、自ずと逃げて行く。


それを僕は嫌って程に知っていたのに…。



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