飛行場にて
水曜日の夜。
ヤスから電話がきた。
「あ・・・俺。金曜なんだけど何時にどこにする?」
「ヤスはその日何時ならいいの?それに合わせてそっちに行くからヤスが決めていいよ」
カオルが木曜に遊びに来ると聞いて、あたしは金曜に休みをとった。
まだ詳しい予定は決めていないが、有給がたまっているのも事実だったし、のんびりと札幌の街を買い物したいのもあり、金曜日は早い時間に出発しようと思っていた。
カオルと一緒に行くのかどうかは、まだ未定のままになっていた。
とりあえず明日来ることは確認したが、到着後どうするのか、
どこに泊まるのか、次の日どうするのか、、、なにも聞けずにいた。
なぜか分らないが聞けなかった。
「カオルどうすんのかな?」そう言われて心臓がドキリとした。
「さ、、さぁ?ヤス聞いてないの?」
「さっき電話したんだけど、金曜の時間と場所を教えてくれたらなんとか行くよ・・・って言ってた。だから早く決めたほうがいいかなーって」
ヤスもやっぱり知らないんだ・・・
ペラペラ言う人は信用ならない。けど、、、こんな密会のようなのもそれはそれで気になる。
ヤスも木曜から北海道に来ているらしい。
相変わらず飛び回っているんだなぁ。
「リオ木曜は何時に仕事終わる?俺、結構近くにいるから飯でも食うか?」
よりによって木曜日って。
「木曜はちょっと無理かな・・・仕事遅いから」
できるだけ自然な感じで嘘を言った。
「あ。そうなんだ?じゃあダメだな」
「うん。ごめんね」
別に嘘をつくことは無い。
けど、言うものちょっと後ろめたい。
ただ、レナのことがあったから同じように思われるのも嫌だった。
木曜までにヤスの仕事の都合によって時間を決め、連絡をくれるということで話は終わり、あたしはなんだかヨソヨソしい感じで電話を切った。
その日、夜チャット部屋に入ると結構な人数がいた。
札幌のメンバーはまた週末に会えることに盛り上がり、関東や関西も「俺達もまた飲もうぜ」のような話をしていた。
そんな中、カオルとヤスは金曜日の打ち合わせを二人でしていた。
みんなの話よりもあたしの目は自然にカオルの出す文字を見ていた。
ヤスにカオルは「金曜の昼くらいには着くよ」と言うと「ならリオに拾ってもらえばいいんじゃないか?」と言ってた。
<ヤス> 「なあリオ!時間合わせてカオルを空港まで迎えに行ってからこっち来てやれよ」
<カオル> 「リオがいいならお願いしようかな」
<リオ> 「あ、、うん。いいよ。時間教えて」
<ヤス> 「金曜はそのままこいつ等来ないかもなぁ〜」
<カオル> 「行くから!!」
<リオ> 「行くから!!」
<ヤス> 「そんなに同時に同じ言葉ださなくても・・・」
<カオル> 「じゃあ空港で拾ってもらってまっすぐ行くよ」
<ヤス> 「そうだな。合流したら俺の携帯に連絡くれよ」
その流れを見て、部屋のみんなも「いいな〜北海道いきてぇ〜」などの話になり、場は和やかに進んだ。
どんなにみんなが盛り上がろうとも、あたしは明日のことを考えるとなんともいえない気分になり、ドキドキした。
その日はいまいち気分がノレず、AM1時前には落ちた。
木曜日当日。
仕事が終わると、急いで空港に向かった。
到着は8時20分。
早く来すぎて7時40分には空港に到着していた。
なにもすることが無く、おみやげ売り場をウロウロしたり到着ロビーの辺りで時間を潰した。
どんどん到着する飛行機の案内板を見ていたが、一向にカオルの乗った飛行機は到着しなかった。
しばらくして案内板はカオルの乗った便が到着したことを表示した。
途端に落ち着かない気分になり時計を見たり、前髪が変じゃないか?化粧は大丈夫か?などと慌ててチェックした。
5分くらいしてパラパラと同じ飛行機に乗っていたであろう乗員が降りてくる度に
出口の自動ドアが開き、次第に心臓が痛くなった。
羽田から千歳という短い距離もあり、大きな荷物を持った人は少なく、ラフな格好の人もいればスーツの人もいた。
家族連れやカップルの姿もあった。
だんだん出てくる数も少なくなり、いくら待ってもカオルの姿は見えなかった。
「もしかしたら、、、乗らなかったのかも」
しばらく待ってみたが、ほとんどの人が降りきってしまったのか自動ドアも開かなくなった。
でも不思議と腹が立つということは無く逆に少しだけホッ・・としている自分がいた。
来ないなら来なくてもいいか・・・・
そんなことを考えていた。
出口の横に大きな水槽があった。
たくさんの魚がクルクルと泳いでいた。
ガラスを触り軽く指でコンコンとガラスを叩き寄ってこない魚を見ていた。
ふとガラス越しに人の影が見え、振り返るとそこには本物のカオルが立っていた。
「遅くなってごめん。荷物が出てこなくってさ」
そう言ってニッコリと笑った。
「もういないかと思ったけど、一人だけポツンといたからすぐわかったよ」
「あ・・・うん。乗ってないのかなーって思って・・・もう帰ろうと思ってたんだ」
目の前に本物を見て、自分で何を言ってるのかわからなかった。
「えーと、矢吹薫です。て、自己紹介なんかいらないか」
「あ、、、吉本まゆです。あたし本名言ってなかったよね」
「え?リオって本名じゃねーの?まゆって全然違うじゃん」
「あ。子供が女の子ならつけたい名前で、、、本名はまゆって、、そんな話はいっか!」
こんな時、ハンドルネームは恥ずかしい。
中にはちゃんと自分の名前を使ってる人もいるんだろうけど、「まゆ」なんて平凡な名前は自分でもあまり好きじゃない。
「リオって呼ぶ?まゆって呼ぶ?どっちがいい?」
いきなり本名を呼び捨てにされ、一瞬にして汗が出た。
「ど、、どっちでも呼びやすいほうでいいよ」
「うーん・・・て、ここで立ち話もなんだから、飯でも食う?腹減っちゃったよ。行こうか!」そう言ってカオルは歩き出した。
駐車場に着くまでの間、緊張して言葉がうまく出なかった。
カオルはそんな素振りも無く普通な感じペラペラと話をしていた。
間近で見たカオルは思ったよりも背が低い感じがした。
低いといっても175前後なんだろうけど、あたしがヒールを履いていたからかもしれない。
トランクに荷物を乗せ、とりあえず空港を出た。
「なにが食べたいの?あたしこの辺はあまり知らないんだけど」
実際、この地域でのお店なんかどこも知らなかった。
「あー。なんでもいいよ。道路際のレストランかどっかで」
そう言って目の前のファミレスを指差した。
「いいの?せっかく北海道来てファミレスで?」
「いいよ〜。俺ファミレス好きだし。それに明日の夜はヤスがきっと海の幸を予約してんだろ。それまで待つさ〜」
そのままファミレスに車を停めた。
玄関に向かう道でカオルは
「今日はありがとな。結構遠いんだろ?」とちょっと申し訳なさそうに言い出した。
「ううん。いいの!いいの!たまに空港も楽しかったよ」
嘘では無かった。夜の空港は来たことがなかったしなかなか綺麗だった。
店内に入り、一番端の席に座り、いざ向き合うとちょっと緊張した。
「あの、、、逢った感じなんか違う?」心配そうな顔をしてカオルが聞いてきた。
「ううん。そんなことないよ、写真通りだった」
そう言って笑った。それは本当のことだった。
優しそうな笑顔も線の細い体もそのままだった。
「そっか。俺も同じ感想。思ってた通りの感じ」
そう言って二人で笑った。
「あー。疲れた・・・仕事が長引いて飛行機ギリギリでさ、乗り遅れるとこだったよ」そう言いながらカオルはメニューを見た。
「そうなんだ?じゃあ明日の朝のほうがゆっくりできたね」
「いや。明日じゃゆっくり話できないじゃん。もうすっげぇスピードで仕事片付けたよ。ヤレばデキル子なんだ。俺」
「いつもヤラない子なんだ?」
「そんなことないから!」
お互い笑って話はしているが、どことなく緊張していた。
少なくともあたしは。
カオルは「ビールを注文していいか?」と聞いてきた。
あたしはあまり飲めないほうだし、飲むと眠くなるからどーぞ飲んでと言った。
「それともどっか泊まるとこ決めてから二人で飲む?」
いきなりそう言われて驚いた。
その驚いた顔を見て、慌ててカオルは
「いや!一緒に泊まるんじゃなくてリオも今日はどっかホテルに泊まるんだと思ったからさ、家遠いんだろ?」と慌てて一気に話した。
「カオルどこ泊まるか決めてるの?」
「いや。こっち着いてから決めようと思ったんだけど・・・」
「こんな時間から泊まるとこある?」
「あるだろ?野宿ってことは無いだろ」
たしかにそうだとは思うけど。
空港の近くとあってビジネスホテルはそれなりにあった。
「じゃあ、チェックインくらいは早くしないとね」
「うん。そうだな・・・」
ビールを一杯だけ飲んで、あとは軽く食事をしてファミレスを出た。
そこそこ大きそうなビジネスホテルの外観を見て隣で同じようにホテルを見上げるカオルに声をかけた。
「ここは?結構綺麗かもよ?」
「そうだな。リオも泊まるだろ?俺金払うからさ」
「いいよ。自分の分は自分で出すから。ビジネスなんだからそんなに高くないだろうし。気使わないでよ〜」
「いいってば!俺が無理言ったんだから俺が出すって!」
「いいよ!自分で出すから!」
かなり長い時間車の中でワイワイともめたが、いつまでたっても話が終わらないので、とりあえずフロントに行った。
そこでシングルを二つと頼むと時間が遅かったのもあり、ダブルの部屋か、ツインしか残っていないといわれた。
もめた意味が無くなったような気がした・・・・・
「どうする?他行く?」と聞くカオルの向こうに
不思議そうなフロントマンの顔が目に入り、なんだか気間ずくなった。
「あ。じゃあツインでお願いします!」フロントマンの目に
耐え切れずについ口から出てしまった。
驚いたカオルの顔をよそにキーを受け取り、エレベーターに向かった。
「え?え?いいの?ツインで?他のホテルでもいいよ?」と
オロオロしたカオルを見てフロントマンの話をすると
「別にいいじゃん。どーせもう会わないんだしー」と言って
ゲラゲラ笑った。
ホテルの部屋に入るとコジンマリとした部屋だった。
経費を浮かす二人連れの出張マン用という感じがした。
「とりあえず・・・コンビニでも行こうか?」そう言って
振り返るとベットをジッと見るカオルが慌ててこっちを向き
「う、、うん!行こう!コンビニ行こう!」と言った。
「あのさ、、、ナイから・・・・」
「わかってるよ!」
コンビニでお菓子やビールを買い込み、アレもコレもと必要以上に
買い込んだ。
コンビニを出てからカオルが「あ!歯ブラシ忘れた!」とまた
コンビニに走りこんで行き、その姿を見ながら外で待っていた。
そこに携帯が鳴った。
着信を見るとヤスだった。
「もしもし?ヤス?」
「あ。俺。明日カオル何時だって?」
「んー。昼かな?1時に空港に行くことになったよ」そう言うと
「そっか。俺5時には仕事終わるから待ち合わせしようぜ」
「うん。5時にどこ?」
「いやーお待たせ!よくよく考えたら歯ブラシなんかホテルに
あるよな。仕方ないからビール買っちゃった!」
カオルが後ろから突然話し掛けてきた。
「あれ?今の声・・・カオル?」
なんて耳のいいヤツなんだ、、、ヤス。
「そんな訳ないじゃん。通りすがりの人だよ」慌てて言った。
「そっか。じゃあ、明日5時に駅前でいい?カオルもリオも
俺と同じホテルでいいか?いいなら予約しとくぞ?」
「うん。いいと思う。お願い!じゃあ明日ー」
大慌てで電話を切った。
そんなに急いで電話を切ること自体怪しいとも思ったが、
切った後、カバンの中に携帯を押し込んだ。
「ヤスだったの?わりぃ〜俺の声バレた?」
「うーん・・・大丈夫だとは思うけど、、、」
そう言った矢先、今度はカオルの携帯が鳴った。
「うわ!ヤスだ!どうしよう」
「やっぱバレたかなぁ・・・」
「もしもし?あ。ヤス?」目を泳がせながらカオルが電話に出た。
「いや。違うって!あーいや、、、そうじゃなくて」
向こうの内容はわからないが、確実に疑っているようだった。
すると今度はあたしの携帯が鳴った。
着信を見ると知らない番号だった。
するとカオルがこっちを見て「もうダメだ・・・」と言うように
首を振った。
「え?なに?」という顔でカオルを見ると電話口を押さえて
「それヤスがホテルの電話からしてるんだってさ・・・」
あたしの着信音はカオルの携帯を通じてヤスに聞こえているらしかった。
「あー。そうだよ。今リオと一緒にいる。うん、、、うん。
わかったってぇ・・・・んじゃ明日な。おぅ」
そう言ってカオルはヤスの電話を切った。
「バレちゃったね・・・」
「だな・・・・」
「ま。仕方ないね。バレたもんは」
「だよな。仕方ねーな」
そう言ってちょっと笑って帰り道を歩いた。
隠し事をしているという後ろめたい気持ちがちょっと軽くなった反面、
明日ヤスに会った時の言い訳をお互い歩きながら考えていた。