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すべてを裏切った日

東京から戻り、3日ほど経った。

今だになにかの拍子に泣きそうになることは多々あったが、

その度にグッと我慢をして涙を押しやった。




「お前電話してないだろ?」

昼間、珍しく公園に行った時、健吾が歩いてきた。


「もう同じ課だし、ここで一緒にいても誰も疑わないね」

そう言って話を誤魔化して笑った。


「カオルから電話きたぞ」

そう言われて黙って前を向いた。


「話聞いた・・・ カオルに勝手すぎるって言ったら、ちょっと反省してた。

今回はアイツが悪いと思った。急ぎすぎだよ。

もっとこれから一緒にいるなら相手の都合も考えるべきだな」


健吾にどこまでのことをカオルが言ったのかわからないので、

言葉を選びながら答えた。


「もういいんだって。このほうがカオルにもいいんだから」


「カオル電話待ってるって。いつ電話しても電源切れてるって・・・

 ちゃんと話したいってさ」


「もうしない。やっぱり彼女は近くにいるべきなんだよ・・・

 あんなに疲れた顔してるって思ってなかった。

 カオルのこと、なにも知らなかったんだよ。自分だけ辛いみたいなこと言って」


「カオルのことばかりじゃなくて、お前は本当にいいのか?

 お前だって疲れた顔してるぞ。毎日目腫れてるし」


「辛いのは今だけだよ。健吾の時もそうだったもん。

 時間が経てばだんだん平気になるもんだし・・・・

 健吾の時だって同じくらい悩んだんだよ?知らなかったでしょ〜?」



健吾は自分のことを言われてバツの悪い顔をしていた。

でもそれは確かにそうだった(捨てられちゃったな・・・)て思って泣いたことを思い出した。



けど・・・その辛さは今回のほうが何倍も大きかった。


「俺の時は・・・・まゆが待っててくれてるんじゃないかなとか思ってた。

 お前そんなとこあるなぁ・・て。まぁ、、、そうじゃなかったけどな」

健吾はそう言って笑った。


「あたしもうチャットしない。URLも消すことにする。

 きっと目の前にいたらカオルも気を使うし。あたしも楽しくないし。

 ちょうど飽きちゃったって思ってから。ラビや他の女の子には

 またメールでもするからって伝えておいて」


「お前本気?」


「カオルならすぐ彼女見つかるよ。あたしが素敵だって思ったんだもん

 あ・・・健吾はいまだにいないか・・・ ちょっとアテにならないか?」


「悪かったな・・・ 俺だってその気になればすぐできるんだぞ?

 今は仕事が遅いから出会いが無いだけで・・・」


「うん。そう思うよ・・・健吾イイ男だもん。いないほうが不思議だね」


「俺にしとく?今度は大丈夫だぞ〜」


「よく「カオルに電話すれ」とか言ってそんなこと言えるねぇ・・・

 男の友情はアテにならないね」横目で見ながら笑った。


「でもなぁ・・・ 本当にこれでいいのかなぁ・・・」


「うん。いいの」


そう言って会社に戻った。




昼休みが終わり、席についた健吾は一日中チラチラと見ていた。

かえってその視線があるから、わざと格好をつけて平気なふりをした。


やっぱりまだ3日じゃ、なにも変わらない・・・

早く今の思いが消えるくらい時間が流れればいい・・・


家に帰り一人でまた考えると思うと、いつまでも会社に残って

いるほうが気楽だった。

たまに「なんでこんな量の仕事があるんだろ・・・」そう思っていたのに、

今はその量に感謝した。


「もう11時だぞ。まだ終わらないのか?」

そう言って健吾が上着を着て帰り支度をしていた。


「うん・・・もうちょっと。先に帰っていいよ」


「そんなに急ぎなんか無かったろ?もう帰れって」


「うん・・・・・」


そう言われて上着を着て一緒に会社を出た。



「大丈夫か?」

「ん?なにが?」

「一人でいるの嫌でいままで仕事してんだろ」

「そんなこと無いよ?さーて、明日はゆっくり寝ようっと!」


無理をしながら笑顔で手を振って車を走らせた。

健吾と別れた瞬間、また少し顔が暗くなっていると自分でも感じていた。


家に戻り、そのままベットに倒れこんだ。



どーせ別れることになるなら、大嫌いになって顔も見たくなくて

別れればよかった・・・・

いつまでも思い出の品を捨てられないような別れ方はするもんじゃ無いなぁ・・・


自然といつも置いてあった写真の場所に目がいく・・・

カオルがいつも寝ていたほうの枕を触りながら、自然と目が潤んでいくのが分かった。


自分の今の気持ちが分からない・・

こんなに会いたくて仕方無いのに・・




独りぼっちの部屋がとても広く感じた。


(直子・・・・彼氏と一緒かなぁ・・・・)


そんなことを考え携帯の電源を入れた。

電話をしてみたが、呼び出し音が響くだけで留守電になってしまった。

やはり明日が土曜日なら当然だなと思った。

また電源を切ろうとした時、着信があった。


画面に久しぶりに<向田 直樹>の文字が光った。

頭の中にニコニコした向田さんの顔が浮んだ。



(今、会うと弱音を吐きそうだ・・・)


出ようか出ないか瞬時に考えたが、少しだけ声を聞きたいと思った。


「もしもし?」


「まゆちゃん?ずーと電源切ってどうしたの?何回もかけたんだけど」


「あ・・・今、電源入れたんで・・・すいません」


「そっか。なにかあったの?電源切るなんて」


「いえ。別に・・・」


向田さんはなんとなくその間を感じ取ったかようだった。


「明日休みだから、今日これから飲みにいかない?」


「今からですか?だってももう11時過ぎてますよ?

 もう遅いし、今日はちょっと・・・」


「やっぱりなんかあったでしょ?」


「いえ、そんなことないです」


「じゃ、今から迎えに行くよ。用意しておいて、じゃね」


そう言って電話が切れた。

今、向田さんに会っていいのかなぁ・・・



きっと向田さんの顔を見れば、カオルのことが少しでも頭から消えると思った。

そんな逃げの道具に使うのは悪いと思いながらも、

いまの苦しい気持ちから少しでも開放されたくなった。



30分もしないうちにインターホンが鳴り、向田さんが迎えに来た。



「どこ行くんですか?車じゃマズくないです?飲むなら」


「じゃあ、うちに車停めてからにしようか」


「帰りはタクシーで帰ればいいですもんね。そうしましょう」


そう言って向田さんの家の駐車場まで行った。


遅くまでやっている向田さんの友達が経営している無国籍料理の店に行こうと言われた。



店に入ると、「よ。直樹、生きてたんだ?」

愛想のいいちょっと小太りのマスターが厨房から出てきた。


「こんばんは。はじめまして」と挨拶をした。


「あの、、おいくつ?若く見えるけど・・・・」マスターが驚いた顔を

して、あたしを見て聞いてきた。


「え?25ですけど・・・・」そう言うとマスターが向田さんの背中を叩き


「お前、、、犯罪みたいなことしてるな!12歳も違うってどうよ?

お前とうとうロリコンに走ったか・・」と脅えた芝居をした。

 


「嘘!そんなに違ったっけ?」


「はい。そうですけど・・・・」


そう言うと、マスターに更に背中をバンバン叩かれ

「お前が中学の時に生まれてんだぞ?犯罪だなぁ・・・」

と言って厨房に消えたいった。


その二人のやりとりが可笑しくて笑った。

向田さんも背中を痛がりながら笑っていた。


「マスターはおいくつなんですか?」

「俺と同級生だよ?」

「えぇー!見えない・・・・ もっと上かと思った・・・」


30代後半とか40代がすべて同じに見えているのもあったが、

同級生と聞いて驚いた。


「まぁ・・・見えないと言えば見えないかぁ・・・ あの腹がなぁ〜」

そう言って向田さんは厨房を見て笑った。


「そう考えると向田さん、やっぱり若く見えますね。なんでだろ?

 童顔なのかな?髪型かな?」


「どうかな?これでも若作りしてるからね。いろいろと」


「そういえば・・・・今日はどうしたんですか?急に」


「いや、ずーと忙しかったから随分まゆちゃんを誘ってなかったしね。

 やっと連休取れそうだったから電話したんだけど、出なくてさ」


携帯を切っていることを突っ込まれると思った。

きっとまた誘導尋問のように話をさせられそうな気がしたが、

向田さんはその話にはそれ以上触れなかった。


しばらくすると、マスターがいろいろと料理を持ってきてくれた。


「今日誕生日だろ?最近、女もいなくて暇なんだな〜とか思ったけど、

 こんな若い彼女がいたなんてなぁ・・・ヤルなぁ〜お前も!これはサービスな」

そう言って見たことの無い形のケーキをサービスしてくれた。


「え・・・向田さん、今日誕生日なんですか?」


「ん?正確には・・・・あ、もう今日だね。うん。0時過ぎたし。

 いつも誕生日にはここに来てるんだよ。俺も暇だねぇ・・あ。結構美味い。

 形は気持ち悪いけど・・・」そう言ってケーキを少しだけ先に食べた。


「そうなんですかぁ・・・じゃあまた12歳差になっちゃいましたね。

 せっかく11歳だったのに」


「最高縮まっても11歳かぁ・・・ ちょっと歳を感じちゃうなぁ〜」


少しだけガッカリした顔をしてフォークを口に咥えていた。


「誕生日に一人でいたくなかったんだ?」そう言ってクスクス笑った。


ちょっと照れたように

「まーね。でもいまさら「誕生日だから一緒に祝ってくれない?」って

 歳じゃないでしょ?でも、さすがに休日前だとねぇ・・・

 一人が身に染みちゃってね」


「あたしも一人でいたくなかったから、ちょうどよかったです。

 誕生日おめでとうございます」


「ありがとね。でも、なぜ一人でいたくなかったの?」


「あ、いえ。せっかくの週末だからな〜て。友達に電話してもいなかったし。

 つまんないから、もう寝ようかなって思ってました」


「電話してくれたらよかったのに。25歳の週末の過ごし方じゃないね」


そう言って二人で笑った。


1時を過ぎ、お客が減るとマスターがエプロンを外して席に来た。


「さて。若い子とイチャついてるオヤジでもからかうか!」

そう言ってグラスを持って一緒に席に座った。


「仕事すれよ〜 一応俺だって客なんだから」


「もう今日はこれ以上客はこないよ。もう1時だぞ?

 それより冷やかしのほうが面白いだろ?で、名前はなんていうの?」

そう言ってこっちを見てマスターが笑った。


「吉本です」


「吉本なにちゃん?俺は加賀猛ね。タケシさんでいいから」


「馬鹿かお前・・・なにがタケシさんだよ。気持ち悪い・・・・

 それに「なにちゃん?」とかオヤジ臭いんだよ。言い方が・・・」


いつものクールな感じと違う向田さんの言い方が可笑しくて笑っていた。

普段はもっと親しみやすい人なんだと感じた。


それからも向田さんとタケシさんはお互い悪口を言い合っていた。

そんな二人の会話を聞いて、なんだか久しぶりに笑ったような気がした。


3時になり店が閉まりタケシさんにお礼を言って店を出た。


「またおいで。直樹は来なくていいから〜」

そう言って手を振り外に出て送ってくれた。


「じゃ、タクシーが来る所まで歩こうか?」

そう言って向田さんが先を歩いた。


2月の北海道は一番寒い時期で、踏みしめる雪もキュッキュッと音が鳴った。

ポケットに手を入れて少し後ろをついていった。


「東京から戻ってから、指輪してないんだね・・・

 彼氏からのプレゼントじゃないの?」前を向きながら言われた。


キュッキュッという音だけが響いていた。

なにも言わずに黙ったまま歩いた。

今なにか言うと、全部を聞いてもらいたくなる・・・・


タクシーの中でもお互い一言も口を開かなかった。

向田さんが自分の家の近くで

「あ。ここで一人降ります」と運転手に告げマンションのすぐ前に車が停まった。

「じゃ、これ」と運転手にお金を渡し、

「着いたら電話して、おやすみ」と言いドアが閉まった。


走りだす車に笑顔で手を振り「またね」と言ったような口の動きが見えた。


なにも聞かない向田さんがやっぱり大人に感じた。




(もぅ・・・カオルが・・・って考えなくていいんだな・・・)




そう思いながら、寂しいような、もう悩まなくていいような複雑な気持ちになった。

また部屋に戻り、きっと同じように朝まで悩むんだと思うと胸が締め付けられた。



一人で部屋に戻るのが怖くなった・・・



「ここで停めてください。降ります!」


そう言って向田さんの家から5分もしないところで車を降りた。

キュッキュッと音がする雪を踏みしめて今来た道を引き返し、

そのまま向田さんの家のインターホンを押した。

ドアが開き、向田さんを見て何を言おうか考えたけれど言葉が出なく、

黙って顔を見ているしか無かった。



向田さんは何も言わずにドアの中に入れてくれた。


「あの・・・・」

そう言った途端、涙が溢れポロポロとこぼれた。

そんなあたしを見て、静かに抱きしめながら


「十分頑張ったと思うよ」


そう言って頭を撫でた。


「全然・・頑張ってない・・です・・ あたし逃げた・・ん・・です」


「もういいから。なにも聞かないから」


そのまま玄関で向田さんに抱きついたまま大泣きをした。

泣き止むまで向田さんは何も言わずに抱きしめていてくれた。



少し落ち着いた頃、部屋のソファーでまだ少し泣いているあたしに

冷たいタオルを渡してくれた。

タオルを顔にあてながら、まだ鼻がグズグズしていた。



「あ〜ぁ・・・お化粧とれちゃって」


「すいません・・・・」


「もう落ち着いた?」


「はい・・・」まだ喉がヒクッと言った。


隣に座って黙って肩を抱き頭を撫でてくれた。

また目から涙がこぼれた。


「泣いてるまゆちゃんより、笑ってるほうが好きかな・・・」

そう言ってゆっくりとキスをした。


「もう泣かないで・・・・」

そう言って顔を触っていた手で涙を拭いた。



「ここに来たってことは、俺は期待していいのかな?」


真っ赤な目をしたまま向田さんを見つめた。


(向田さんといれば、、、もう悲しい気持ちにならなくていいんだ・・・

 きっとカオルのことも忘れられる・・・)



静かに小さく頷いた。




そんな仕草を見て向田さんは軽く触れるようなキスをして

「本当にいいの?」ともう一度聞いた。


その言葉に自分からキスをした。

もう一人でいたくなかった・・・


「わかったよ・・・」

そう言ってまた唇を重ねた。


向田さんのキスは忘れていたあの日を思い出すくらい優しいキスだった。

唇を重ねているだけなのに、時々小さく吐息が漏れるほど素敵なキスに

呼吸が速くなる自分がいた。


背中に回っていた手が着ていたブラウスのボタンを弾くように外していき、

一つずつ外される度に恥ずかしさが増していった。



最後のボタンを外された時、自分の手が向田さんの手を握った。


「恥ずかしい?」唇を離し、そう聞かれた。


小さく頷き、握った手をギュッと掴んだ。


本当は今日こんなことになるなんて想像もしていなかったから、

この展開に戸惑う自分がいた。


「でも、やめない」


ボタンが外れたブラウスをフワッと脱がせソファーに覆いかぶさるように倒された。


「やっ、、あの、、、」


「もう、忘れな・・・。俺がいるから・・・」


カオルの疲れた顔が瞬間的に頭に浮かび、こうすることでそれが忘れられるなら・・・

静かに向田さんの首に手を回し唇を重ねた。




「たまに薄着してる時、体のライン見てた・・・」

足元にブラウスが滑り落ち、首筋をゆっくりと舌が這った。


「全然そんな視線気づかなかった・・・」


「まゆちゃんは俺のこと過信してるよ。俺だって男だもん」





ベットに横になり、背中にシルクのシーツの冷たさが広がった。

ちょっとあたしより体温が高く感じる向田さんの体が重なった。


舌先が胸元にいきやっぱり恥ずかしくなった。

ちょっと体に力が入ったのを感じたのか、それまで優しく這うだけだった舌が

強く胸に吸い付き小さく噛まれた。


呼吸が少し速くなった・・・

小さくでる声を聞かれるのが恥ずかしくて手の甲を口にあてた。

その手をソッと外し

「いいよ声だして・・・」

そう言って下着の中に滑るように手を入れた。


濡れているのを指で確認して、ゆっくり動かしながら

耳元で「感じやすいんだね?」そう言って笑った。


その言葉に恥ずかしくなり体が熱くなった。

指を動かされる度に声が漏れ、それを聞かれてると思うと

どんどん体が熱くなった。それでも押さえられるだけ声を押さえた。


「そんなに恥ずかしがらないで・・・」

そう言いながら指の動きを早めた。

下着の中からいやらしい音がした・・・


「や・・あっ・・あぁ・・・」

簡単に指だけでイッてしまい、それを見ていつもの顔でニッコリと笑い


「指だけでこんなに感じてくれるんだ?」

そう言って下着を脱がせ、ゆっくりと向田さんが入ってきた。



外が明るくなってきたのか、薄い唇も口を開けるとあどけなく見える

ちょっと大きい2本の前歯も薄明かりの中見えた。

眉間にシワをよせ息を荒くする向田さんはいつもとは違って見えた。


そんな顔を見ているだけでもイキそうだった。

「もうダメ?」そう悪戯っぽく言ってさっきより腰を激しく動かし

肩を掴んだ手に力が入った。


アゴを伝う汗が顔に数滴落ち、向田さんの眉間のシワが深くなった。

抱きついた手に力が入りもう声を聞かれてもどうでもよくなった。

夢中で体にしがみついたあたしの体を起こし座るような

かたちで自分の体の上にのせ、背中を指でなぞった。

背筋がビクッとして鳥肌がたった・・・・


胸元に流れる汗を舌でぬぐうように舐め、首筋を軽く噛まれる度に

いままで感じたことが無い刺激が体を走った。


力が抜けた喉元に汗が流れるのを感じ、どこまでも落ちていくような

快感が体を突き抜けた・・・

小さく声が漏れ、向田さんも終わりをつげた・・・・


力が入っていた手をゆっくりと背中にまわし、唇を挟むようにキスをした。

そのキスにこたえるように、ゆっくりと唇を舐め最後に時間をかけてキスをしてくれた。



「やっと来てくれたね・・・」


その笑顔はいつもの向田さんだった・・・


「最後は俺の所に来るって言ってたじゃないですか・・・・」


そう言って汗ばんだ体に顔をつけた。


「強がりだよ・・・ 本当はそんな自信なかったよ」


照れたように笑う向田さんに少しだけ微笑み、また胸に顔をつけ体温を感じた。

その暖かさは忘れていた安心感を引き戻すには十分な暖かさだった。



「そうでも言わないと格好つかないよ。なかなか動いてくれなかったからね。

 あと、二人でいる時くらい敬語はもうやめない?向田さんじゃなくて

 直樹って名前あるんだから」


「敬語はどうにかなっても・・・いきなり呼び捨ては無理か・・・な?」


「どうして?これからも向田さんて呼ばれるの?俺」


「そのうち慣れてくるまで・・・ちょっと待ってください。

 向田さんが思ってる以上にあたしには憧れの人だったから・・・

 そんなに簡単に呼び捨てはできない・・です」


敬語もすぐには直せなかった。


「俺ね・・・8:2で来ないと思ってた・・・・」


「どっちが8でどっちが2ですか?」


「来ないほうが8」そう言って笑った。


いつも自信満々だった向田さんが実は内心そうじゃなかったと聞いて

(この人も普通の人だったんだ・・・)そう思い、ちょっと笑った。


「まゆちゃんシャワー入る?汗かいたでしょ?」そう言われて簡単に軽くシャワーに入った。

リビングに行くともうスッカリと外は明るく朝になっていた。


「はい。今度こそ本物のモーニング珈琲」そう言って珈琲をくれた。

「ありがと・・・」そう言って笑顔で受け取った。


向田さんがシャワーを浴びている間に珈琲を飲みながらソファーに座り、

まだ少しだけ熱い体を冷やした。


もうカオルには戻れない・・・

カオルを裏切った・・・・心の中で小さくなにかが壊れた気がした。


でも、それも全部自分で決めたことだ。

これでよかったんだと思った。一人じゃない分、寂しさは無かった。


(薄情なもんだな・・・あたしって・・・・)




シャワーを出た向田さんに珈琲をついで渡した。


「ありがと。でもまゆちゃんも物好きだね。どー見ても彼やマツのほうが

 いいって言うと思うよ?普通の子は」


「そうかなぁ・・・?」

「そうでもない?」


「そうだったらここにいない・・・」


朝をむかえ、少し眠くなってきた。

そのまま「少し眠ろうか?」とベットに入り、

向田さんの胸に抱かれ眠りに落ちるまでに時間はいらなかった。

腕枕をした手を頭に乗せ、眠るまで頭を撫でてくれた。

目を瞑るとその手がカオルじゃないかと一瞬思ってしまうくらい

同じリズムで向田さんはあたしの頭を撫でていた。


けど、微かに香る布団に染み付いたトワレの香りで

これは向田さんなんだと感じた。


昨日泣いていたのも、辛かった思いもすべて忘れて眠りに落ちていった・・・





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