最後の夜
頭の痛くなった正月休みが終わり、またいつものリズムで仕事が始まった。
毎日が仕事に追われ、家に帰る時間は早くて夜の10時。
書類の締め切り日になると深夜0時になることさえあった。
それでも、また仕事中心すぎる毎日がバレると、
カオルがいい顔をしないと思い、家に帰りパソコンをオンにし、
取り合えずチャットの部屋にログインし、それからお風呂に
入ったりと、週に1〜2回一応は気を使った。
けれどカオルも忙しいのか、それほど頻繁にはネットをしていなかった。
あたしなんかが、これほど忙しいのだから当然向田さんの
忙しさは比べ物にならないくらいだった。
それでも顔色ひとつ変えずに淡々と仕事をこなしている姿に感心した。
社内にはなんとなく向田さんとあたしの噂が広まっていた。
直子にいろいろ聞かれ、偶然会ったと誤魔化したが、
そんな嘘は見破られ大げさな噂がジワジワと広がっていった。
向田さんの携帯の裏のプリクラも剥がすことなく、
そのままの状態にそれを見た人達は噂というよりも確定という感じに
思っている人もいるようだった。
けれど、そんな噂の広がり具合とは逆に向田さんは仕事が忙しく、
あのお正月休み以来、二人きりで逢う機会は無かった。
たまにすれ違う時に、
「仕事が落ち着いたら連絡するね。その時は時間あけてね」
と言っていたが、なかなかそんな時間は無いようだった。
その分カオルのことを考える時間は増えた。
けれどやはり時間が経ってもあの話は考えれば考えるほどひいていた。
まだすぐのことでは無いと分かってはいたが、なかなか決心ができずにいた。
1月の終わりに東京へ出張があった。
今回は月〜水の3日間で、初日にメーカーさんと食事があり、
カオルに逢えるのは火曜の夜だけの予定だった。
一日しか無いのだからと健吾が気を使っていた。
「俺は次の出張の時にゆっくり逢うから、今回は一人で行ってこいよ」
なんとなくカオルと二人きりで逢うことにちょっと戸惑った。
事前にチャットで出張だからと伝えた時に、その場に健吾もいて
カオルも健吾に気を使った。
「じゃあ、またみんな一緒に食事しようよ!」
カオルの出す文字に健吾は一応返事をしていた。
当日、カオルも楽しみにしてたから一緒に行こうと誘い、
健吾も一緒に食事に行くことになった。
あたしとしてはありがたかった。
その当日、7時過ぎにカオルがホテルに来た。
この前のホテルとは違う所だったので、その日カオルは車だった。
「じゃあ、今日はまゆに運転してもらって、明日送ってもいいかな?」
「それがいいんじゃないか?いま捕まると罰金高いしな〜」
そんなことを言いながら、二人は飲んでいた。
またちょっと仲間はずれ的な話の中、特に会話に参加することも無く
モソモソと横で食事をしながら、会話を聞いていた。
(もう少し時間を置いてから逢いたかったな〜)
なんだかいつも逢っていないのが普通になってくると、
4週間後にまた会うというのは、とても早く感じられた。
その気持ちの変化に自分でも少し困惑した。
あれほどいつも一緒にいたいと思っていた気持ちは少しづつ変わりつつあった。
健吾と別れカオルの家に着き、いつものように話をしていた。
「一ヶ月ぶりくらいだけど、今回は痩せてなかったな」
「うん。忙しい分、ジャンクフードだからかなぁ・・・」
「そのうち腹だけでるかもなぁ・・・」
「カオルも仕事忙しいんでしょ?大丈夫?」
「ん。なんとか生きてるよ」
そう言ったカオルの顔が妙に疲れているような感じがした。
ここ最近は、それほどお互いメールもしていなく、
カオルも結構遅くに帰っているようで、気を使ってチャットにログインしても
まともに話をするのは週末くらいだった。
なんとなくそんなカオルを見て可哀相な気分になった。
やっぱり疲れてる時や辛い時に側にいてあげられない恋人なんて
なんの意味も無いのかな・・・
その日、携帯の目覚ましをセットしながら
眠そうな顔をしているカオルに、
「疲れた顔してるね・・・もう寝ようか」そう言って電気を消した。
「うっそ!久しぶりに逢ってそれは無いと思うよ〜」
「だって、目が死んだ魚のようになってるもん。ちゃんと寝てる?」
「寝てるって!今日くらいちょっと遅くなっても問題無い!」
そう言って横になっているあたしの上に乗り、
「まゆはしたくないの?もう飽きちゃった?」と聞いた。
「そんなことないよ?でも疲れてるなら・・と思って」
「疲れてるからしたくならない?」そう言ってキスをした。
そう言われれば、そんな感じもした。
体はものすごく疲れているのに、それとは逆にいつもよりも
感じるような気がした。
自然と自分からも体が動きカオルに
「もっと・・・きて・・」とねだる声がでた。
そんなあたしを見てゆっくりと動きながら、
「ね?側にいたらいつもできるよ」と小さく耳元でカオルは言った。
こんな時にそんなことを言われたら、なんでも頷いてしまいそうになった。
「いま・・そんなこと言わないで・・」
そう言ってカオルの口を唇で塞いだ。
少し体を離し反応を見ながら動きを早めたり止めたりと
いつものように焦らすにいいだけ焦らしてカオルは楽しんでいた。
カーテンが最後まで閉まっていない窓から月明かりが入り、
目が慣れてくると、その顔の表情までハッキリ見えた。
「意地悪そうな顔がハッキリ見える・・・」
薄く目を開けるとそんな少しだけ口元が笑った表情のカオルが見えた。
「いや?気持ち良さそうな顔してるなぁ〜と思ってさ。
他のやつに抱かれてもそんな顔すんのかなぁ・・・」
「さぁ?自分の顔は見えないもん」
カオルの腕枕で眠りにつく頃、窓を見上げながらカオルは
「まだ決心はつかない?」と聞いた。
それを考える時間が無かった訳じゃないのに、
まだなにも答えはでていなく、寝たフリをして、なにも答えなかった。
「やっぱ嫌か・・・・・」ため息にも諦めにも聞こえる声で言った。
一緒にいたいような、でも本当にOKをしていいのか
考えながら黙ってカオルの胸に顔をつけた。
「会社の子がさ・・・・」
きっと起きているのを知ってカオルが話を続けた。
「彼女いるの知ってるけど、遠くにいるなら暇な時遊びませんか?って
言ってくる子がいてさ。別にその子に特別興味があるわけじゃないけど、
休みの日とか暇だし、どうすればいいと思う?」
その子と遊ぶにしてもなにも言わないでいて
ほしかったと寂しい気持ちになった。
きっといつまでも返事をしないあたしにカオルは怒ってるんだ。
「カオルはどうしたいの?」
「俺はまゆに側にいてほしい。けど、それがダメならわからない。
だから決めて」
「そんなこと言わなくていいよ・・・」
「怒らないんだ?」
「普通は言わないでしょ・・・そんなこと・・・」
それだけ言って黙った。自分は向田さんに気持ちが揺れたり
していたくせに、やっぱりカオルがそんなことを言うと少し腹がたった。
だからと言って、ダメだと言った所で今、自分がすぐこっちに来ることが
できるのかと聞かれれば返事ができない。
お互いなにも言わずに黙っていた。壁にかけた時計の秒針の音
だけが部屋に響いた。それまでそんな音があったことも知らなかった。
そのうちカオルの寝息が聞こえた。
体を起こして隣に座り、黙って顔を見ると、
やっぱり少し疲れた顔に見えた。
(もうダメなのかな・・・)
起こさないように服を着て、目覚ましをいつもの時間に合わせカオルの家を出た。
送らなくて良い分、少しでも眠ってほしかった。
このまま一緒にいたら泣いてしまいそうで、カオルの側にいることが辛かった。
泣くくらいならば、
「そんな子と遊んじゃダメ!あたしすぐこっちに来るから!」
顔のひとつも抓れば、この話しは笑い話になるのに・・・
車の通りがある所まで、ぼんやりと歩いた。
前にこの道を歩いた時には、こんな気持ちで歩くなんて思ってもいなかった。
二人で手を繋いで笑いながら歩いていたのに・・・
人通りの無い道路を歩きながら、少しだけ目がジワッとした。
空車を見つけてホテルまで帰り、
部屋に入った瞬間に、いままで我慢していた涙が溢れた・・・・
その涙がカオルにたいして怒っているからなのか、
いつまでも決められない自分に腹がたってなのか、わからなかった。
きっと良いことと悪いことは公平なのかもしれない。
いままで良いことが多すぎたんだ。
窓の外が少し明るくなり、
時計を見ると5時を指していた。
(今日は帰るだけだから・・・まぁ・・いいか)
バスタブにお湯を溜め、いっぱいになるまで流れ落ちる湯を
黙って見つめいていた。
ホテルのバスタブを見て最初にカオルに逢った日のことを思い出し、
また涙が溢れた。
これで終わりかもしれないと思うと、何を見ても涙がでた。
それほどカオルのことを好きなのに、どうして決めきれないんだろうと
思うといつまでも涙が止まらなかった。
タオルを冷やし、お湯につかりながら目を冷やしたけれど、
それでも溢れてくる涙にタオルがすぐに温かくなった。
1時間ほどお風呂に入り、部屋に出た。
のぼせているような感じがして、そのまま裸でベットの上に横になり
ボーとしながら部屋の中を見ていた。
6時を過ぎた頃、隣の健吾の部屋でドアを開け閉めする音がした。
(もうそんな時間か・・・)
ぐずぐずと体を動かし支度を始めた。
1時間くらいしてドアをノックする音に気がつき開けると健吾がいた。
「なんか音したからさ。もう帰ってきたんだ? て、なにその目!
真っ赤だけど泣いてたのか?喧嘩したのか?」
健吾の顔を見て、また泣きそうになった。
「ううん。寝不足なだけ。何時に出る?早めに空港行こうか。
あっちでご飯食べよう。もう用意できてるから」
そう言って部屋に戻りトランクをひき廊下に出た。
「あ・・・うん。ちょっと待って・・・」
今すぐにでも東京を離れたかった。
健吾はなにも言わずにたまにチラッとこっちを見たが、
それ以上のことはなにも言わず黙っていた。
空港に向うタクシーの中で携帯が鳴った。
画面に「矢吹 薫」の文字を見えた。
黙って携帯を見ているあたしに、健吾が「出ないのか?」と聞いた。
「ん。いいの・・・」そういって電源を落とした。
「そっか・・・」気まずそうな顔をして健吾もそれ以上言わなかった。
すぐに健吾の携帯が鳴り、そっちを見ないで黙って外を見ていた。
「あの、出てもいい?」
「健吾の携帯だからお好きに・・・」
また黙って外を見ていた。きっと相手はカオルだ。
「もしもし?・・あぁ・・・うん・・・そう・・・」
言葉をハッキリ言わずに、ただ返事だけで会話をしている健吾が
気をつかってると思うと申し訳なくなった。
「もしもし?あれ・・・もしも〜し?」
声が聞こえないのか、健吾が何度も「もしもし」を繰り返したのを聞いて
運転手が声をかけてきた。
「この辺は電波悪いんだよね〜 移動してるのもあるし」
「あ。はい。わかりました」と電話を閉じ黙っていた。
空港に着き窓口のお姉さんに
「一便早い飛行機に空席があるなら変更したいのですが?」と聞くと
平日ということもあり、余裕で変更してくれた。
それでも1時間ほど時間があり、空港内のレストランに健吾と入った。
まったくといっていいほど食欲が無く、珈琲を飲むと胃が痛くなりそうで
ミルクティーを頼み黙ってそれを飲んでいた。
目の前でモーニングセットを頼んで食べながら健吾が話し掛けてきた。
「あのさ。どうしたの?やっぱ喧嘩?さっきカオルも慌ててたけど、
どうしたのよ。お前勝手に帰ってきたんだって?」
「ん?別に・・・・ たいしたことない」
それだけ言って黙って窓の外の飛行機を見ていた。
「そんな訳ないだろ!そんなに目真っ赤にして」
「言えば、カオルが悪く聞こえそうだし・・・
でも本当に悪いのはあたしだから。
カオルは悪くないの。全部あたしが悪いの」
そう言って黙って外を見た。
健吾の顔を見たら間違い無く泣きそうだった。
「俺の時もそうやって自分が悪いとか思ってたんだろ。
それで最後に電話した時でなかったんだろ?あれは俺が悪かったんだぞ?
今回だってカオルにも悪いとこあるんじゃねーの?
そうやっていつも自分、自分て言うけどさ。 ちゃんと話せよ。カオルと」
健吾の視線を感じながら黙っていた。
「こんな所でそれ以上アレコレ聞いたら、あたし号泣するよ?
今はもうなにも言わないで・・・」
「あー・・・うん。わかった。あっち着いてからにする」
さすがに朝の空港で号泣されると、どうにもならないと思ったのか
それから千歳に着くまで健吾はなにも聞かなかった。
席につき目の前の雑誌をパラパラと見ながら飛び立つのを待った。
飛行機が飛び立った時、なんともいえない気分になり、
そのまま顔を覆って涙を隠した。
「具合悪いですか?」
優しく聞いてきたフライトアテンダントに
小さい声で「いえ、大丈夫です」と答え寝たふりをした。
たぶん隠し切れなかった鼻の赤さで泣いているのがバレたような気がした。
千歳に着き、到着ロビーの水槽を黙って見ていた。
もう今日はなにを見てもダメだな・・・
きっと家に帰ってもカオルを連想するモノを見る度に泣けてくるだろう。
でも、それも仕方が無い・・・全部自分が悪いんだ・・・・
健吾の車に乗りお互い黙っていた。
「あのさ、健吾・・・今日はごめんね。なんか気まずかったでしょ?
もう落ち着いたから。大丈夫」
「気まずいなんてもんじゃなかったぞ〜お前!」
「泣きそうな時に優しい言葉かけられると、もっと泣けてくるじゃない。
そんな感じだったから・・・」
「でさ。喧嘩しただけだろ?まぁ・・それがどんな喧嘩かは聞かないけど、
滅多に逢えないのに、あんな帰り方したらマズいだろ」
寒いのに窓を開け煙草を吸いながら健吾が言った。
健吾の上着のポケットから煙草を出して一本抜き、火をつけた。
久しぶりの煙草はおいしいなと感じた。
「お前煙草止めたんじゃないの?もったいねぇ〜禁煙してたのに」
「カオルがさ・・・嫌がるかなって思ったんだ。でももういいかなって」
「もういいかな・・・って。どういう意味だよ」
「そーゆー意味。もう終わり・・・」
「え?別れたのかよ!!嘘だろ?昨日あんなに普通だったじゃん」
「どっちみちダメだったんだよ。遠距離なんて・・・」
そう言って煙が目に染みたフリをして目に手をあてた。
「ちょ・・マジで?なんでよ?お前が悪いって
もしかして向田さんのことで、別れたの?」
「違うよ。向田さんとはお正月以来逢ってないもん。
前に言ったじゃない。気まぐれでしょって。もう誘われないし・・
それが原因じゃないよ。いろいろあるんだって」
煙を吐き出し自分のほうの窓も少し開けた。
「正月って・・・・正月にも逢ってたのかよ・・・
まぁ、それが原因じゃないなら、なにが原因なんだよ?
さっき切れちゃったけど、カオルなんか慌ててたぞ?
お前黙って帰ってきたんだろ?あと、ちょっと寒い、窓閉めて」
「健吾があたしなら、カオルのとこにすぐ行く?」
窓を閉めながら聞いた。
「カオルのとこかぁ・・・ まぁ、ちょっと考えるけどなぁ〜
でも、男と女じゃ立場が違うだろ?お前が行くぶんには
いいと思うぞ?カオルだってそんなに給料が安い訳じゃないし。
お前一人くらい養えるだろうしさ。俺がって言うなら仕事も無いのに
すぐは行けないけどな」
「健吾もカオルと同じこと言うね・・・」
「だってそうだろ?もう俺達の歳なら十分結婚してもおかしくないし。
子供いたって普通じゃん。カオルもまゆの事が良いって言ってるなら、
結婚しちゃえばいいじゃん。好きなんだろ?」
「やっぱりあたしが悪いんだなぁ・・・」
「まぁ、すぐには決められないってのもわかるけどさ。
つーか、それでカオルの家から無断で帰ってきたのかよ。
そりゃビックリするだろ?起きたらいないて。
電話出ないのもどうなのよ?それお前が悪いぞ?」
「うん・・・・・」
健吾にカオルが「来ないなら会社の女の子と遊ぶ」って言ったから
それがキッカケで帰ってきたとは言えなかった。
きっと健吾のことだから、そんなことを言ったと知ったらカオルに
怒って文句を言うだろう。そんな所だけはうるさいし・・・
それを言ってカオルと健吾の仲が悪くなるのは嫌だった。
それに実家のこととか、同居とか他にも問題があることも言えない。
それはカオルの家のことで、たやすく人に言ってはいけないと思った。
「今日の夜にでもちゃんと電話して謝れよ。
ちょっと時間くれって言えばいいじゃん」
「うん・・・・・」
そう答えたけれど、本当はもう電話をする気は無かった。
きっとお互い今は辛いかもしれないけれど、こうするほうが
カオルにも良いことだと思った。
会社の女の子のことを「興味無い」とか言っていたけれど、
きっとカオルなら、その子にも優しくできるんだろうと思った。
その子もきっとカオルのことを好きになる。
そんな人だから・・・・
まだ頭の中に他の子に優しくするカオルを思い浮かべると苦しくなった。
またボロボロと涙がこぼれ、隣でこっちを見ていた健吾が
「そんなに泣くほど好きならなんで喧嘩したのよぉ〜?
ったく、、、気まずいにもホドがあるぞ!」と苦笑いをしながら言った。
「ご・・・・めん・・・・・」そう言ったがたぶん聞き取れない声だった。
「俺からもちょっと助言してやるよ。仕事好きなんだろ?
だからまだ行きたくないんだろ?今辞められたら困るって言ってやるから。
な?だからちゃんと謝れよ?あの調子じゃカオルも謝ってくると思うけどな」
そんなことだけじゃないのに、健吾が気をつかってそう言ってくれた。
その優しさにも涙がでた。
お昼少し前に会社の近くに着いた。
「どうする?今日はこのまま直帰でもいいぞ?俺はちょっと会社行くけど。
家まで送るか?」
「うん・・・ 今日は帰っていいかな?急ぎの仕事は明日やるから」
「あぁ。いいよ。どーせそんな顔でいったら俺が疑われるしな
なにかあったら電話するから」
そう言って家まで送ってくれた。
「じゃ、電話すれよ。今、昼休みじゃねーの?すぐすれ!」
バックの中の携帯は電源を切ったままだった。
昼休みが終わった頃に電源を入れようと思った。
しばらくは昼休みの間と夜は電源を切ろう・・・・
そう思いながら切れた携帯を見た。
家に戻り、トランクから洗濯物を出し洗濯をし、そのまま掃除をした。
なにかしていないといろいろ考えそうだったので、まるで大掃除のように
あちこちと体を動かした。
時計を見るともう夕方なっていて、
忘れていた携帯の電源を入れてみた。
メッセージが2件入っていた。
「俺だけど・・・電話して。昨日はごめん。じゃ、電話待ってる。
いつでもいいから。仕事中でも出られるから・・・」
カオルの声で入っていた。
またグッと涙が出そうになった。
続けて2件目が流れた。
「俺、健吾。お前俺の書類持っていったろ?悪いんだけど持ってきて。
たぶん遅くまでいるから。つーか電源入れろよ。まだ電話してねーの?
ばっかじゃねーのお前」
涙が引っ込んだ・・・・
バックを見たら言っていた書類が入っていた。
急いで着替えて会社に行き健吾に書類を渡した。
「携帯の電源いれたんだ?電話したか?」
書類を受け取りながら健吾が聞いた。
なにも言わずにデスクに座り、出張の書類を出し仕事をした。
「あのなぁ・・・・ ここで泣かれたら本当に俺が誤解されんだけど?」
そう言われてもなにも言わずに仕事をした。
「ったく・・・すぐ泣くくせに強情だよな・・相変わらず」
そう言って健吾も仕事に戻った。
6時過ぎになり、その日は切りのいい所で仕事を止め家に帰った。
ベットの枕もとの写真を見ても、いつもカオルが寝ていた枕を見ても
気持ちは落ち込む一方だった。
窓に下げていたドライフラワーにしたバラの花を見ても力が抜けた。
指に馴染んだ指輪を外すと、指に痕がついていた。
ちょっと大きめの箱にそれらを全部入れ、目に触れない所にまとめて閉まった。
それでもキッチンを見ても、浴室を見てもすぐにカオルを
忘れることはできなかった。
きっと時間が経てば気持ちも落ち着く・・・・
そう自分に言い聞かせて、できるだけカオルのことを考えないようにした。
ここ最近は前に比べらたら少しは眠れていたのに、
その日はなかなか眠れなかった。
携帯の目覚ましは電源を切っているので、目覚し時計を出してきてセットした。
ベットに入っても目は冴えていた。
(あ〜・・・眠れない!)
冷蔵庫を開けるとカオルがいつも飲むビールが入っていた。
(この前全部飲まなかったやつだ・・・次にって思ったけど、もう次は無いな・・)
そう思い、一本手にとりプルを開けて飲んだ。
「うっわぁ・・・・にっがぁ〜〜」
喉がキュ〜となったが、そのまま飲み続けた。
酔えば眠れる・・・そう思い全部を一気に飲んだ。
そのままベットに入り、口の中の苦さに「うぇ〜」と言いながら目を閉じた。
時間はまだ10時だったが、起きているより眠っていたほうが辛くない。
軽い現実逃避をする為に無理に目を閉じた。
そのうちアルコールが程よく体にまわり知らない間に眠れた。
この日ばかりはアルコールに感謝した・・・・・