チェリー
11月に入り、年内の仕事の予定表を渡された。
それを見ると、2週間後に東京に5日間の出張、戻ってすぐに
札幌・旭川・帯広に日帰り出張。
12月に入るとその日帰り出張は一日おきになり、真ん中辺りから
静岡に長期出張があり年末の休みギリギリまで行くことになっていた。
そのスケジュールを見るだけで肩が凝った。
ただ一点,良いことといえば他の業者の休みが完全に明けるまでは
仕事にならないのでお正月の休みは結構長かった。
「これ・・・なに?このなっが〜い出張は?」と紙を見ながら健吾に聞いた。
「あぁ。静岡で新規の店舗が開店するから、それのオープニングの手伝い。
たぶん15日くらいから行って、店内のディスプレイとかして〜
クリスマスにオープンするから、開店して2〜3日は手伝って・・・・
で。そのまま正月休みってとこかな」
「ふ〜ん・・・ わかったぁ」
「どこか問題ある?」そう聞かれて、「ううん」と答えた。
「後、2週間後の東京だけど・・・・あー。えーと。
もし彼氏に逢いに行くならいいぞ。それほど終わるのは遅くないし。
でも、朝、遅刻は困るからどんなに遅くても夜のうちに帰ってくること」
そう言ってこっちの返事を聞かずにカタカタとPCのキーボードを打ち込んだ。
「はぁ〜い」
なんてことない顔をして返事をしたが、内心はカオルに逢えると思うと、とても嬉しかった。
その日はどんなに健吾に仕事を振られても、文句も言わずにこなしていった。
その日も仕事が終わったのは8時過ぎだった。
健吾はまだ残って仕事をしていたが、あたしの仕事は終わったので、
「じゃ、お先に〜」と会社を後にした。
11時頃に、珍しくPCをつけチャットを覗いた。
久しぶりに覗いたわりには、結構な人数がいた。
あれ以来見ていなかったマサまでいた。
ちょっと「うわ・・・・」と思ったけど、個人的に話すことも無いだろうと思い、
そのまま適当に挨拶をしてかわした。
<リオ> 「おひさ〜>all」
<ラビ> 「この前はありがとねー>まゆ」
<マサ> 「ひさしぶり>リオ」
<ヒデ> 「仕事忙しいんだって?>リオ」
<ヤス> 「よ。生きてたか」
そんなみんなの挨拶を見ながら「懐かしいな〜」と思っていた。
<マサ> 「リオって本名まゆって言うの?>ラビ」
<ラビ> 「そうそう。この前焦ってたよね〜(笑)」
<リオ> 「源氏名って言われてね(笑)>ラビ」
その話をみんなに教えて笑った。
<ヤス> 「でもその男、リオの家を知ってるくらい仲いいんだ?」
ヤス・・・相変わらず視点が違うな・・・と感じた。
ラビがみんなの前で元彼だと言うんじゃないかと一瞬思ったが、
ラビはなにも言わなかった。
(さすがだぜ・・・ラビ!)そう呟きながら画面を見ていた。
すると電話が鳴り、画面を見るとラビだった。
「もしもし、どしたの?」
「あー。あのね報告しておこうと思って。ヒデとね付き合ってるの・・えへへ」
そう言って嬉しそうな声が聞こえた。
「わー!本当?よかったねー!やったじゃん!」
「うん。ありがと。まゆとカオルのおかげだよ」そう言ってラビは笑った。
そこにカオルが入ってきた。
<カオル> 「ひさしぶり〜」
その文字にみんな挨拶をしていた。
画面を横目で見ながらラビと話を続けた。
<カオル> 「あれ?まゆとラビいるんだろ?なんで無視?」
その言葉を見て、ラビが
<ラビ> 「ごめん。まゆと電話中>カオル おひさ」
と出した。
<ヒデ> 「もうリオはまゆでよくない?頭こんがらがる」
<カオル> 「そうだな。俺もいまさらリオとか言うの恥ずかしい」
<ヤス> 「俺、どっちでもいい。俺のこと興味無い女なんか」
ヤスの言葉に思わず吹き出した。
「カオルがお正月に温泉行こうかって、4人で」
「えー!行きた〜い!でも、、部屋ってどうなるの?」
「あ・・・やっぱヒデと一緒はまだまずい?」
「いや、そんなこと無いけど・・・」
「ラビの好きなようにするよ。別にカオルと一緒じゃなくてもいいし」
本当は一緒がよかったが、ラビのことを思ってそう言った。
「えっ・・・ううん。そんなことない。私もせっかくだから・・」
そう言って恥ずかしそうに笑った。
「了解」そう言ってお互い笑った。
そうして電話を切り、チャットに戻った。
<リオ> 「じゃあ今度のチャットから「まゆ」でログインするよ」
<ヤス> 「だから俺はどっちでもいいって」
<ヒデ> 「別にお前に聞いてないから」
<マサ> 「まゆちゃんね。OK」
<カオル> 「しかし、、産まれた子が女の子ならリオっていまから考えるのってすごいよな。そんなもんなの?女って?」
<ヤス> 「なに?子供の名前?子供いたの?」
<リオ> 「いないから・・・・」
<ヒデ> 「いいんじゃない?矢吹リオ いいじゃん」
その言葉を見て、ドキッっとした。
<カオル> 「まぁ。語呂はあってるなぁ」
<ラビ> 「うん。可愛いね。男の子ならなにがいいの?>まゆ」
<リオ> 「あー。まだ考えてないけど、3文字がいいかなぁ」
<ヤス> 「うちの犬、健太だ。どうだ?健太って?」
<ヒデ> 「犬と同じは嫌だろ・・・」
<マサ> 「ラビちゃんはどんな名前がいいの?子供の名前は?」
<ラビ> 「うーん。私はまだ考えたこと無いな〜」
<マサ> 「ラビちゃんの子供ならきっと可愛いだろな〜」
わ・・・ちょっと気持ち悪いなぁ・・・マサ
そんなことを思いながら画面を見つめた。
きっと少なくてもここにいる4人は同じことを思ってそうだと感じた。
しばらくして、どーにも浮いていたマサが落ちた途端、ヒデが
<ヒデ> 「ラビちゃ〜んて・・マサってラビ狙い?」と出した。
<カオル> 「まぁ、あいつは女なら誰にでもそんな感じじゃん」
<ヤス> 「レナが静かになったら次はマサか・・・」
<リオ> 「早く彼女でもできたらいいのにね・・・あの人も」
<ラビ> 「本当だよね。今でもたまに電話くるんだもん。嫌だな〜」
<ヒデ> 「それマジで?なんて?」
<ラビ> 「ご飯行こうって・・・嫌だから断ってるけどね」
<ヒデ> 「絶対行くなよ!なんだよアイツ・・・」
<ヤス> 「え?なんでヒデが怒る訳?」
その言葉を見て、ヤスが二人のことを知らないんだなと思った。
でも、ヤスにバレるとロクなことが無いから、なにも言わなかった。
<ヒデ> 「いや、普通に気持ち悪いじゃん。そんだけ」
<カオル> 「ラビも殴っておけば?もう変なこと言われないかもよ?」
<リオ> 「それはあたしのことですか?」
<カオル> 「他に誰がいて?>まゆ」
<ヤス> 「あれは傷害罪で訴えられるくらい痛そうだった・・・」
<リオ> 「うるさい!>ヤス」
それからしばらくは、あたしの平手打ちの話で盛り上がり、
1時少し前にヤスを落ちていった。
それを確認してからヒデがカオルに、
<ヒデ> 「この前カオルが俺にラビのこと聞いたのって
リオに言われたからだろ?」
<カオル> 「へ?なんのこと?」
<ラビ> 「ヒデに私のことどう思うって>カオル」
<カオル> 「あぁ。なに?ウマくいったの?二人は?」
<ヒデ> 「おかげさまで〜」
<ラビ> 「えへへ。ありがとね」
<リオ> 「よかったね。お似合いだと思うよ?」
<カオル> 「そっか〜 よかったな」
<リオ> 「でも・・・男ばかりの時に暴露されないように気をつけないとね・・」
<ヒデ> 「えっ・・・・リオ、、知ってたの?」
<カオル> 「ヒデまじでヤバいぞ。この前、思いっきり顔つねられた・・・」
<ラビ> 「なに?なんのこと?」
<ヒデ> 「ひぃー リオならやりそうだ・・・ 」
<リオ> 「男だけのチャットだと下ネタの材料にされるから気をつけたほうが
いいよ>ラビ」
<ラビ> 「うっそ!最悪〜〜」
<ヒデ> 「まだ話してないってば!>ラビ」
<カオル> 「その話は今度うちに来た時にでも>ヒデ」
<ヒデ> 「そうしよう>カオル」
<ラビ> 「なにがそうしようなのよ!二人して!」
<リオ> 「あ。そうだ!再来週東京に出張>カオル」
<カオル> 「嘘!まじで?何曜日?」
<リオ> 「たぶん月〜金だと思う。土日はゆっくりして帰るつもり」
<カオル> 「わかった〜 平日逢えそう?」
<リオ> 「うーん。たぶん大丈夫かな?連絡するね」
<カオル> 「おっけ。待ってるよ」
<ラビ> 「ねぇ?二人とも電話でそーゆーことは伝えないの?」
<リオ> 「あ。ごめん。二人で話ちゃって」
<ラビ> 「ううん。そうじゃなくて、電話とかしないの?」
<ヒデ> 「俺もそう思ってた。もっと遠距離って電話賃がかかるかと」
<カオル> 「俺、信用あるから」
<リオ> 「いや。そんなに無いけど・・・・でも電話って相手の都合とか
わからないし、平日はカオルも忙しいしね」
<ラビ> 「そうなんだ〜 私なんかこんなに近いのに毎日電話してるなぁ」
<ヒデ> 「だよな。電話賃倍になってると思うな、、来月」
どうやら二人は今のとこかなり仲がいいようだった。
なんとなく画面を見て微笑ましくなった。
それから間もなく、時間も遅いのでみんなそれぞれ退室した。
PCの電源を落としてからカオルに
<明日も仕事頑張ってね。おやすみ>とメールを送った。
<おう!まゆもな。あと、ちょっとは信用するように>と返信がきた。
そのメールを見てベットの中でちょっと笑い、そのまま眠った。
忙しい毎日で、曜日の感覚が薄れていた。
この2週間、毎日残業ばかりで月曜からの出張の用意をなにひとつできないまま週末をむかえた。
金曜の帰りに健吾に
「月曜日は直接空港に行く?それとも俺の車で行く?」と聞かれた。
「できれば・・・そのまま土日はアッチに残りたいから自分の車で・・」
そう言うと「あっそ」と軽い返事が返ってきた。
なんとなく気まずいまま会社を後にした。
(いつになったら、この気まずさは無くなるんだろぅ・・・)
そう思いながら家に戻り、出張の用意をした。
週末の休みはこの一週間の疲れをとろうと、死んだように眠った。
土曜日、ベットから出たのはお昼もとうに過ぎた3時頃だった。
それもインターホンがうるさいくらい鳴り、数回無視したが、
悪戯のように何度も押され、渋々起きた。
小窓から覗くと、健吾がいた。
「はーい・・・・どうしたの?」
メガネをかけ寝癖を手で押さえながらドアを開けた。
「信じられないな・・・まだ寝てたのかよ・・・・」
Tシャツとルームパンツのあたしを見て、呆れた顔をして言った。
「だって・・・疲れてたんだもん・・・・ 入る?」
まったく危機感が無いままに健吾を部屋に入れた。
ロールカーテンを下ろし、寝室で着替えリビングに出てくると、
健吾はコーヒーメーカーに水を入れ、珈琲をおとしてくれた。
「起きてから珈琲飲むまで、冬眠から覚めたカメみたいに動き悪いもんな・・・」
そう言いながら、馴れた手つきで手早く珈琲を入れていた。
「で。どうしたの?」浴室の戸を開けたままで顔を洗い、健吾に聞いた。
「お前・・・もっと女の子らしくすれよ・・・」
「え?なに?なんか言った?」タオルで顔を拭きながら浴室を出た。
健吾が浴室にある男性用の整髪料や髭剃りをチラッと見ながら、
「いや。なにしてるかな〜て。近くまで来たからちょっと寄ってみた」
「なにしてるも・・なにも。健吾が起こさなかったらまだ寝てたよ・・・」
そう言いながら珈琲をカップに入れ、砂糖の入れ物と冷蔵庫から牛乳を
出して健吾の前に置いた。
あたしはブラックだけど健吾は死ぬほど甘いのを飲む。
2年経っても、その動きは忘れないで当たり前のように用意した自分がちょっと驚いた。
健吾もそう感じたようだった。
「来週、仕事が終わったらあっちに残るのか?」
「うん。そのつもり。ちゃんと月曜には遅れないで戻るから」
「そっか・・・」
珈琲を飲む音以外になにもしない部屋の中が窮屈でリモコンのスイッチを押してCDを入れた。
流れてきた曲に聞覚えが無かった。
「スピッツなんて聞くんだ?」
そう言われて、その歌がスピッツの歌だと気がついた。
「う・・うん」
(これカオルのだ・・・忘れていったんだ・・・)
よくよく考えてみたらカオルの携帯の着信音はスピッツだったような気がした。
なんの歌かは知らないけど・・・・
「俺もこのCD持ってる。いいよな・・・これ」
「あ。うん・・・」
(ヤバい・・・まったくわかんない!題名だってかなり怪しい・・・)
「この中に入っている<チェリー>聴くと、お前をなんとなく想いだすよ」
「そうなんだ・・・・」(チェリーてなんだ?さくらんぼ?)
「そうなんだ・・・て。もっと感動できない?あの歌詞からして?」
「えっ・・そんなこと言われても・・・ なんて言っていいのか困るじゃない」
「まぁ、そうだな」そう言って健吾は笑った。
こっちはさっぱり笑えない。さくらんぼで想いだされても、なんのことやら・・・
CDケースから歌詞カードを出して<チェリー>を探してみた。
(わ!「君を忘れない」とか「愛してるの響きで強くなれる」とか書いてる!!
どうよ?それ?あたしなんて言えばいいの?)
「まゆさ・・・・」
歌詞カードを見て、動揺している所に突然名前を呼ばれビックリして健吾を見た。
「はい?」
「カオルって人のこと好き?」
「へ?」
「まだ別れる気は無いのかってこと」
「そうだなぁ・・・まだ無いかなぁ?」
「そっか。遠距離って辛くない?」
「うーん・・・たまに辛い。でも仕方ないもん」
「そっか・・・・」
そう言って煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐いた。
「なにか辛いことあったら俺に言えよ・・・
彼氏には及ばないけど近くにいるってことでは俺のほうが力になれるかもしれないし・・」
「うん・・・・ でも今のとこあまり辛いことも無いかな?仕事も楽しいし〜
後は〜 うん。別に無い」
「そっか・・・」
タイミングが良いのか悪いのか<チェリー>が流れた。
なんとなくサビの部分だけはCMで流れていたのか、カオルの着信音なのか聞覚えがあった。
「健吾・・・」
「ん?」
「疲れてない?」
「疲れて無い訳ねーだろ?ここんとこの忙しさお前も知ってるじゃん」
「いや、そうだけど。仕事だけのことじゃなくて、その他のこと・・・」
昔からどことなく寂しかったりすると健吾は今日のような顔をした。
それをなんとなく感じてそう言った。
「疲れてるっていうよりも誰かに甘えたい気分かな。なに?甘えさせてくれんの?」
そう言って笑った。
「いや。無理・・・・ あたしそんなに器用じゃないし」
「そうだろな。知ってる・・」
「甘える気も無いくせに〜」
「まーそんなとこだな。じゃ、俺行くわ。明日の用意とかまだ途中だし、
買出しのついでだったんだ。じゃ、明日遅れるなよ。チケット俺が持ってるから」
「うん。わかった。遅れないで行くよ。気をつけてね」
そう言って玄関先まで見送った。
手を振って帰る健吾の後姿はやっぱり疲れているような感じがした。
部屋に戻り、もう一度だけ<チェリー>をかけた。
(「愛してる」とは言ったことなかったなぁ・・・・ 「好き」とは言ったけど・・・)
きっといますぐにでも健吾に「もう一度やり直そう」と言えば、すぐに健吾は
あたしのことを受け入れてくれるんだろうなと思った。
けど、カオルの存在が大きくて今はそんなこと考えられなかった。
「もう終わったことなのになぁ・・・」
そう言って立ち上がり、まだ終わってない荷物の整理をした。
月曜の朝。
初めての出張とあって珍しく時間に余裕をもって空港に行った。
荷物は思ったより大きくなってしまい、また海外にでも行くようなトランクをゴロゴロと
ひきながらロビーに行った。
新聞を見ながら座っている健吾を見つけ、
「早いね。何時についたの?」と隣に座った。
「お前・・・どこ行くの?なにそのトランク?死体でも入ってんのかよ」
「なにもっていけばいいのか悩んでたら、こんなになっちゃった・・・」
「まぁ、旅行じゃないから帰りは土産ってほどのモノも無いし、いいけどさぁ・・・・」
しばらくして時間になり、飛行機に搭乗した。
禁煙席にかなり不満顔の健吾だったが、飛び立ってすぐに寝てしまった。
フライトアテンダントが飲み物を持ってきても、健吾は起きる様子も無く、
あたしは珈琲を貰い、窓から外を見ていた。
羽田に着くと、メーカーの人が迎えに来てくれていた。
名刺を渡し、軽く挨拶をして車に乗り込んだ。
昼からの打ち合わせに時間はちょうどいいくらいで、
ホテルに行くのはその後でということで、そのまま真っ直ぐ打ち合わせに行った。
夕方まで仕事が伸び、ホテルに到着したのは5時すぎだった。
「もう今日はとくになにもないぞ?行くなら行ってきたら?」
エレベーターの中で健吾が言った。
「健吾、食事は?」
「あとから適当に食うよ」
そう言われたが、なんとなく健吾をそのまま独りにするのは気が引けた。
独りの食事はなにを食べても美味しくないから・・・
「じゃあ、ご飯食べてから行こうかな?まだ仕事終わってないと思うし。付き合ってよ!」
「そうなのか?じゃ、着替えてから行こうか。後から部屋に迎えに行くよ」
そう言って隣の部屋に消えていった。
部屋に入りカオルに電話をした。
「もしもし?今ホテルに着いたの。ちょっと食事してからでもいいかな?」
「うん。いいよ。俺まだ終わらないし。迎えに行く?何時ならいい?」
「うーんと・・・・ 7時過ぎなら戻ってると思う」
「じゃあ、ホテルに行くよ。後からな」
ホテルの名前を教えて電話を切った。
ふと、こんな変な同情がかえって健吾に期待をさせるんじゃないかと思った。
気があるように思われても仕方ないことをしているような気分になったが、
さっきの健吾の顔を見て、
「じゃ。行くね」とはいえなかった。
荷物をトランクから出し、スーツをクローゼットにかけてから着替えた。
ドアをノックする音がして健吾が入ってきた。
「鍵、閉めたほうがいいよ。誰が入ってくるかわかんないし」
「あ。うん。わかった・・・ じゃ、行こうか?」
そう言って二人で近くのレストランに入り、ご飯を食べた。
健吾は食事よりもアルコールばかりがすすみ、店を出る頃には結構酔っていた。
「大丈夫?明日お酒の臭い残ったりしたら格好悪いよ?」
「全然酔ってないって。それよりちゃんと帰ってこいよ?遅刻なんかされたら
それこそ格好悪いし、信用無くなるからな」
「うん。そんなに遅くならないよ」
そう言って健吾の部屋の前で別れようとすると、
「そんなに遅くならないなら行かなくてもいいじゃん」とドアにもたれながら言った。
「え?そうだけど・・・ ちょっと顔見てくるくらいいいじゃない」
「顔ねぇ・・・ そんな訳無いじゃん。どーせ一発やるんだろ?」
その言い方にちょっとカチンときた。
けど、それ以上なにも言わずに自分の部屋の鍵を開け中に入ろうとした。
「もう寝たら?じゃーね」
そう言って自分の部屋のドアを閉めようとした時、健吾の手が邪魔をしてドアは閉まらなかった。
「ちょっと、手、離してよ!」
思い切り力を入れてドアを開けられ、健吾が部屋に入ってきた。
後ろ手に鍵を閉められ、そのカチッという音に背中がヒヤリとした。
「健吾、ちょっと待ってよ・・・ 酔ってるんでしょ?ね?」
「酔ってないって」
そう言ってちょっとフラフラした足取りで近づきそのまま抱きつかれた。
その腕をなんとか振り払おうとしたけど、健吾の力のほうが遥かに強かった。
「ちょ・・ちょっと。離してってば!」
なんとか離れようと必死でもがいたが、健吾は離してくれなかった。
「ヤダッ!これ以上そんなことされたら、もう一緒に仕事できない!」
その言葉を聞いて健吾の力が弱まり、パッと離れた。
「ごめん。俺やっぱ酔ってるわ・・・ おやすみ」
そう言って部屋を出て行った。
心臓がものすごい速さでドキドキし、健吾の部屋の方の壁からドアが閉まった音がした。
その音を聞いた瞬間にヘナヘナとその場に座りこみ、呆然と今の出来事に驚いていた。
「ビックリした・・・」
やや放心状態のままボ〜としている所に突然携帯が鳴った。
「わっ!!」
驚いて携帯を見ると、カオルからだった。
「もしもし・・」
「あ、俺。いま下に着いたよ。部屋まで行く?」
「ううん!すぐ行く!ちょっと待ってて!」
さっき健吾に抱きしめられたこの場所にカオルには来てほしくなかった。
急いでバックを持ち、部屋の鍵を閉めた。
健吾の部屋のドアを見つめ、そのまま走ってエレベーターに乗った。
扉が閉まり、一人になり急に力が抜け力無くその場にしゃがみこんだ・・・
まだドキドキは止まなかった。
エレベーターが開くと扉の前にカオルがいた。
「わぁ!!」
カオルの顔を見て、思わず驚き声が出た。
「なに?なんでそんなに驚くの?」
「あ。いや、、別に。いいのに外で待っててくれれば」
「いや、どんな部屋かな〜ってさ。ま、下りてきちゃったならいいか。いこ!」
そう言ってクルリと後ろを向き歩いていった。
車に乗り少し走ったあたりで
「どこか行く?もう飯食ったんだろ?俺まだだからどうしようかな〜」
とカオルは考えていた。
「ごめんね。カオルも食事まだだったんだね・・・ 一緒に来た人も
食事がまだで・・そのまま一人にするの悪いかなぁって・・・」
「いいよ!いいよ!俺はなんでもいいし。いつものことだから」
(カオルだって一人だったのに・・・・ もしかしたら待ってたかもしれないのに・・)
「じゃあ家行こうか?あたしなんか作るよ!」
「まじで?いいの?」
「うん!なんでもいいよ?何食べたい?」
「じゃ、買い物していこうか!」
家の近くのスーパーで買い物をして家に行った。
カオルがお風呂に入ったり、着替えたりしている間に簡単に料理を作った。
「じゃ、いただきまーす」そう言って食べるカオルの顔を黙って見ていた。
「なに?」
「ううん。美味しそうに食べるな〜って」
「そう?あまり美味しくないけど?」
「そ、じゃあもう食べなくていいよ」
皿を引っ張ると「嘘だって」と言いながらニコニコして食べた。
食事を終え、
「何時に送っていけばいい?もう帰る?」と聞くカオルに、
「なんだか帰りたくないな〜」と言ってソファーに座った。
「ならバッくれちゃえば?かくまってやるよ」
フフッと力無く笑うと横に座り顔を覗き込んだ。
「仕事でなんかあったのか?それとも会社の人と喧嘩した?」
そう言って頭を撫でるカオルに寄りかかり黙っていた。
「週末まで逢えないかもしれないけどいい?」さすがに明日は出づらいと思った。
「忙しいの?なら仕方無いんじゃない?」
「うん・・・・ ごめんね」
「気にすんなよ。遊びで来てる訳じゃないんだし」
そう言って頭をポンポンと軽く叩いた。
「じゃ、もう帰ろうかな」そう言って立ち上がると、
「え?もう帰るの?まだ10時前だよ?」と時計を見た。
「さっき「もう帰る?」って聞いたじゃない?」
「いやそうだけど、本当に帰るとは思ってなかったし・・・」
「今日は顔だけ見に来たの」そう言ってニッコリ笑った。
なんとなくさっきの健吾の言葉が頭に残り、今日はそんな気分にはなれなかった。
ホテルまで送ってもらい、
「じゃ、週末には行くから。またね」と車を降りた。
「うん。もし時間あったら連絡して、すぐ迎えに来るから。じゃ、またな」
そう言ってカオルは車を出した。
車が角を曲がって見えなくなるまで、その場に立って見送った。
エレベーターを下り、部屋の鍵を開けながら健吾の部屋のドアを見た。
静かな廊下に鍵を開ける音だけが響いた。
部屋に入り鍵を閉め、そのまま服を脱ぎ捨てシャワーを浴びた。
シャワーから出てベットに座り、明日の朝にどんな顔をして健吾と顔を
合わせたらいいのか考えた。
早く週末がきてほしい・・・・
そう考えながら、ベットに潜った。